−It's my dream...−
〜真奈美Birthday記念SS〜
それが私の元に届いたのは、2月の終わりのことでした。
最初にそれを手に取った時は、はっきり言って驚きました。
キチンと住所と名前が書かれていたのでお母さんは「真奈美宛みたいね」と疑うことなく私にそれを渡そうとしていたのですが、受け取ったその手紙には切手が貼ってなかったんです。
『きっと途中ではがれたのよ。』
と、何となく不安をぬぐいきれない私でした。そして、
『きっと裏には...。』
そう思ってその手紙を裏がえしてみると、差出人の名前は見当たりませんでした。
私はとても嬉しくて、そしてその手紙の差出人が誰か何となく分かりました。中身を見ることなく...。
「気持ち悪いから捨てましょう」
とこの手からそれを取り上げようとしたお母さんの制止を振り切って、私は急いで部屋に戻りました。
だって...、早く中の手紙を読みたかったから...。
急いで部屋に戻った私は、ためらうことなく手紙の封を切りました。
『きっとあの人の...。きっとそうだ。いえ...、そうであってほしい。』
そう信じて開けた封筒の中身に、私の疑問は確証に変りました。
『きっとあの人だ』と。
でも、分からないこともたくさんあります。
どうして手紙には何も書かれていないのですか?
どうして半分だけなのですか?
どうして2日早いのですか?
どうして...、どうして来てくれないのですか...?
あの人が逢いに来てくれたのはもうかれこれ2週間ほど前のことになります。
両親は反対しましたが、どうしても入りたかった香川大学への合格が決まったことを話すと、あの人は自分のコトのように喜んでくれました。
そして私の夢だった、あの人とこの地で雪を見ることができて...、私の気持ちをキチンと渡すことができた。
『私にできることはすべてやったもの。きっと大丈夫...。』
とても嬉しい私のこの気持ちを悟られないように一生懸命隠したせいか、あの人はそれには気付かなかったようです。
あの人は常に私の身体の具合を気づかってくれ、そして私を守ってくれる...。
私はあの人が傍にいてくれるだけでとっても嬉しいし、私を見つめるその目がとても大好きです。
でも時々、少しだけ怖くなります。
いえ...、『怖い』という言い方は少し変かもしれませんが、あの人の遠くを見つめるその先に...、
「私以外の誰か」がいるような気がするのです。
あの人に何度か聞こうかとも思いましたが...、私にはできません。
だって、私に向けてくれるその眼差しがあまりにも優しすぎるから...。
『ねえ、お母さん...。ちょっと、いい?』
「どうしたの?急に改まっちゃって。」
『あのね。私...、』
彼から届いた手紙の答えを探すために、その日あの人の所へ行くためにお母さんに了解をもらおうと思いましたが、何となく「ダメ」と言われそうな気がしました。
その理由は他でもない私にあるのですが、もう私も来月からは大学生。
それに甘えてばかりの私だったけど、自分の夢を叶えるためには『もう両親に頼るわけにはいかない』と心に決めていたのです。
でも未だ普通の人と同じように生活を送ることのできない私を気遣う両親。
そしていつも優しく接してくれるあの人がいるから...、私は甘えてるだけかもしれません。
行きたい理由はそうではないのですが、こういう自分から早く抜け出したかったからかもしれません。
『あのね...、再来週の金曜日、ちょっとお出かけしたいんだけど...。いいかな?』
「いいって、いいに決まってるじゃない。またあの子が来てくれるの?」
『う...うん。でもね、ちょっと遠いんだ。』
「そうなの...。でもあの子が一緒なんでしょ?」
『そうなんだけど...。』
「だったらそんなこと言わなくても...。体調がいいんなら行ってきなさい。」
『ありがとう...。』
結局、ホントは『東京に行く』ということをお母さんに言うことはできませんでした。
ごめんなさい、お母さん...。
今日はとても天気が良くて少しほっとしてます。
ただでさえ一人で旅行するのは初めてなのに、雨なんか降ってたらもっと不安になってたと思います。
森を豊かにしてくれる雨だからキライという訳ではないんですが、今日だけは私のために協力してください。
せめて私が帰ってくるまで...。
でも私が家を出ようと玄関で靴を履いている時、後ろから呼び止められました。
それは私の家の世話をしてくれている家政婦の洋子さんだったのですが、私はとってもびっくりしました。
「お嬢様、お出かけですか?」
『え...ええ。ちょっと...。』
「どこに行かれるんですか?」
『あ、あの...、それは...。』
「大丈夫ですよ。引き止めたりはしませんから。」
『えっ...?』
「はい。あの子から伺ってます。ぜひ協力してください、って。」
そう言って洋子さんは少し笑いながら軽くウインクをしました。
「それじゃあ玄関にお車を回しますので、待っててください。」
『うん。ありがとう。』
空港に向かう車の中で、洋子さんは教えてくれました。
「あの日私宛にも手紙が届いたんですよ」と...。
切手のなかったあの手紙はその中に一緒に入っていて、そしてあの人のお願いで洋子さんがポストに入れたんだ...と。
『ずるい...。』
私は心の中でそう思いました。
そこまで解ってるならどうしてその気持ちをあの時言ってくれなかったの?
どうして手紙に書いてくれなかったの?
そう思った私の顔と雰囲気はきっと不機嫌そうだったのでしょう。私の顔を見ることなく運転を続ける洋子さんがこう言いました。
「きっとあの子も不安なんだと思いますよ。」
そして洋子さんは続けてこう言いました。
「ここで待ってるそうです...。」
と渡された紙は、羽田空港の案内図でした...。
『えっと...、どっちかなぁ?』
数時間前洋子さんにもらった案内図を頼りに、そこに付けられた赤い目印を探しました。
両親と何度か来たことはあるけれど、でも初めて一人で来る広い空港...。
その目印がどこをさしているのかよく分かりませんでした。
だんだん近づいてるような気はするのですが、それに反して人通りが少なくなっていく。
『ホントにこっちでいいのかな...。』
私はだんだん不安になってきました。
そしてたどり着いたその場所を見て、さらに不安になりました。
『駐車...場?』
ねえ...、ホントにここでいいんですか?
未だ姿の見えないあの人が来るのをここで待って、もうかれこれ10分程経とうとしています。
地図に印の付けられた場所はここで間違いないと思うのですが...、不安はさらに増していきます。
『やっぱり誰かに聞いてみよう。』
そう思って歩いて来た道を戻ろうと振り返った時でした。
「おーい!真奈美!!」
後ろからあの人が私を呼ぶ声が聞こえました。
私はとても嬉しくてすぐに振り向きましたが、すでにあの人は私の前で膝に両手を置いて大きく肩で息をしていました。
「ごめんね...。ホントは...、ハアハア...もっと早く着く予定だった...んだけど...。」
『い、いえ...。私も今着いたばかりでしたから。』
「そう...ハアハア...。それは良かった。」
『あっ...あのー...、』
「えっ...ハアハア...何?」
『もうちょっと落ち着いてからでいいですよ。』
「あ...、ありがとう。それでさ、お願いがあるんだけど...。」
『は、はい...。何ですか?』
「それ...、少しくれない?」
『えっ...。こ、これですか?でも...。』
「ハアハア...、だ、ダメ...?」
そう言ったあの人の顔は、とても辛そうでした。
どうして遅くなったのかは分かりませんが、私のために一生懸命走って来てくれたんでしょう。
私はとても恥ずかしかったですが、あまりにも苦しそうな表情に、ついそれを差し出してしまいました...。
「ありがとう。」
『で、でもやっぱり...。』
そう言った私の声はあの人には聞こえていなかったようです。
よほど走って喉が乾いていたのか、私が偶然手に持っていた飲みかけのジュースを渡すとそれを一気に飲み干しました。
私は...、私はあまりの恥ずかしさに顔が真っ赤になっていたに違いありません。
だって...。
「ふう...、ありがとう。やっと落ち着いたよ。」
あの人はそう言って少し恥ずかしそうに頭をかきました。
『い...、いえ...。でもどうして?』
「あ、ごめん。順番に説明するね。
まず最初にどうしてボクが走ってきたかというと、道が混んでて予定の時間に間に合わなかったから。
あっ、予定っていうのは真奈美がここのに着く時間のことね。」
『はい...。』
「それでね、どうしてここが待ち合わせ場所かというと、今日ボクは車でここまで来たから。」
『く...、車?自動車ですか?』
「そう。」
『じゃあ、どなたか一緒なんですか?』
「えっ...、ボク一人だけど。どうして?」
『だ、だって...、お車で来られたんでしょ?』
「そうか。まだ真奈美には話してなかったね。ボクね、先月車の免許を取ったんだ。それで今日はドライブに行こうと思ったんだけど...。」
『そ...、そうなんですか。』
「ダメかな?」
『い...いえ。そんなことありません!』
「そう、良かった。真奈美は車酔いとかしないよね?」
『はい、大丈夫です。』
「良かった。じゃあ、車取ってくるからちょっとここで待っててね。」
『はい。』
そう言ってあの人は、さっき走ってきたその道をまた戻って行きました...。
今までいろんな人の運転する車に乗りましたが、こんなに複雑な気持ちになったのは初めてでした。
なんとなくおぼつかない運転に不安を感じつつも、私の胸の高鳴りはこのまま押えきれないほど...。
でもあの人は私の顔を見るどころか、話しかける余裕さえないようでした。
一生懸命話しかけようとしているんですが、その言葉はとぎれとぎれで、そして何となく上の空といった感じでした。
でも私は、そんなあの人の一生懸命な姿もとても大好きです。
それからしばらく高速道路らしきとことを走っていましたが、運転に余裕ができたのか、私にこう話しかけてきました。
「ねえ真奈美?どっか行きたいところある?」
『えっ...、どこか、って急に言われても...。』
「ごめん、そうだよね。突然聞かれても分からないか...。」
『はい。ごめんなさい。』
「いや、別に真奈美が謝ることはないんだよ。どっか行きたいところがあるかな、と思って聞いただけだから。」
『はい、ありがとうございます。でも私東京ってあんまりよく知らないし、なんとなく息苦しい感じがして...。』
「そっか...。じゃあ、今日はボクに任せてくれる?」
『は...、はい!』
その私の言葉を聞いてあの人はどこに行くか決めたようで、その後は何の迷いもなくハンドルを切っているように見えました。
相変わらず交わす言葉は少なめでしたが...。
しばらくして目に映る景色に船が多く飛び込んでくるようになりました。
あの人がどこに向かって車を走らせているのかは分からなかったので、私はだんだん不安になってきました。
何度かどこに行くのか聞こうかとも思いましたし、それ以上に気になることがありましたから。
『どうして半分だけだったのか。そして、どうして手紙に...。』
でもそれを今聞いてしまうと、あの人が私をどこかへ連れて行こうとしていること、そして私をここへ呼んだこと自体が無意味になってしまうような気がして、結局そこに着くまで聞くことはできなかったんですけど...。
そしてもう一つ、私を不安にさせる一つのものがありました。
それは...、音もなく静かに迫ってくる、夕暮れでした。
空港を出てからはや2時間。
帰りの飛行機の時間は何時だったかな?ちゃんと間に合うのかな...?
もし、今日帰れなかったら...、
どうしよう...。
「ここだよ」
とあの人がようやく車を止めたのはそれからしばらくしてからのことでした。
そこはとても静かで、少し寒くて、誰もいなかったけど...、とてもキレイな砂浜でした。
「良かった。なんとか間に合ったね。」
『えっ...?』
「実はね、真奈美が他に行きたいところがある、って言ってもここに連れてくるつもりだったんだ。」
誰もいない砂浜を二人並んで歩きながら、あの人は笑いながらそう言いました。
でも、空港に着いた時はまだ上にあった太陽がもうすぐ水平線の向こうにその姿を隠そうとしています。
「どうかな...。気に入ってくれた?ここはボクが一番好きな場所なんだ。」
『は...はい。とっても綺麗です。』
「良かった。とっても嬉しいよ。」
『で、でも...。』
「でもどうしたの?」
『あの...。そ、その...。』
「ボクがどうしてここが好きか、ってコト?」
『は...はい。』
「あのね、どうしてボクがここが好きかって言うと、ここにいると、なんとなく1日という時間を感じられるから。
太陽が沈んだ後に姿を現す、何にも邪魔されずにその輝きをせいいっぱい放つ星。
夜にしか見ることのできない、いつ消えるかも分からない...、でも力強く光る星。
そして疲れを癒した太陽が再び新しい朝を届けてくれる...。
そんな1日を真奈美と感じたかったんだ。
今まではずっと一人だったけど、明日またここから昇る太陽を、新しい明日を一緒に...。」
そう言ったあの人は、水平線に沈みゆく太陽を眺めながら本当に嬉しそうに話してくれました。
私がここに住んでるフツウの女の子なら、あの人のとっておきのこの場所。連れてきてもらえるだけで、一緒に見れるだけできっと嬉しいんでしょうけど...。
でも...、でも私は...。
『ご...、ごめんなさい。』
「えっ、どうして...?」
『あ...、あの...。どうしてもお母さんに言えなかったんです...。』
「言えなかった、って?」
『今日ここに来ることを...。』
「そっか...。そうだよね。さすがに女の子一人で東京に行くなんて言えないか...。しかも泊まるなんて無理な話だよね。」
『ごめんなさい。』
「い、いや...。別に真奈美が謝る必要なんてないんだよ。いきなり呼びつけたボクが悪いんだから。
だからそんな悲しそうな顔しないでよ。ねっ?」
『は、はい...。ごめんなさい。』
そう言った私の目からは、いつの間にか一筋の涙がこぼれていました...。
でも...、自分でもその涙の理由が分かりません。
今日帰らなきゃいけないから泣いているんじゃない。あの人の希望を叶えられなかったからでもない...。
そんな、自分でも何故流しているのか分からない涙を、あの人はその手で優しく拭き取ってくれました。
「せめて日が沈むまで、ここで一緒に...。」
そう言いながら、静かに打ち寄せる波打ち際に二人並んで座って、あの人の肩にもたれかかりながら...。
そんな私を全部受け止めてくれるあの人の気持ちはとても嬉しかったです。
でも...、私は訪れる闇の中に明日を感じることができませんでした...。
「本当に今日はごめんね。何か無理させちゃったみたいで...。」
『い、いえ...。いいんです。あなたに逢えただけでも嬉しかったですから...。』
「ありがとう。やっぱり真奈美は優しいんだね。」
『そ、そんなこと...。』
「そうだよ。ボクがそう思うんだから間違いないって。あ、そうだ。これ...。」
『こ、これは?』
「遅くなってゴメン。真奈美、誕生日おめでとう。」
『う...、嬉しい。誕生日憶えててくれたんですね?』
「そりゃあまあ...ね。」
『ありがとうございます。とっても嬉しいです!』
「あっ、でも中身は家に帰ってから見てね。今見られるとなんとなく恥ずかしいから。」
『はい。分かってます。』
「約束だよ。きっと...。」
結局私は最終便で高松へと帰りました。
あの人の誘いを断ったもとは今でも心残りだし、それ以上に、あの時見せたあの人の表情が忘れられませんでした。
でももし今日私が帰らなかったら...、きっとお母さんはあの人のコトを...。
一緒に朝日を見たかったけど、でも、きっと明日は明日だけじゃない...。
そしてあの人は、私が搭乗口を通るまでずっと傍にいてくれました。
最後まで、「ごめんね...。」と謝るその言葉に、私の心はズキズキと痛くなりました。
でもだめなんです。まだ私には...。でもいつかきっと...。
「お嬢様、お帰りなさい...。」
空港に着いた私を出迎えてくれたのは洋子さんでした。
まさか洋子さんが待っててくれるとは思ってなかったので、少し驚いて、少しだけほっとしました。
『ねえ...、ひょっとしてずっとここで?』
「いえ。お戻りになるならきっとこの時間だと思いましたので。
それに奥様にはお嬢様が「あの子を空港まで見送りに行くと言ってた」と言ってきましたので、そんなに心配なされなくても大丈夫ですよ。」
『ありがとう...。』
「いえ、これもお嬢様のためですから。」
『ねえ、洋子さん。1つ聞いていい?』
「はい、何でしょう。」
『さっき「帰ってくるなら」って言った、よね...?』
「ええ。それがどうかしたんですか?」
『う...、ううん。なんでもないの。』
「さっ、早く家に帰りましょう。あまり遅くなると奥様も心配されるでしょうから...。」
『うん。そうね...。ありがとう。』
家に帰った私はすぐにあの人からもらったプレゼントを開けました。
でもそれはプレゼントの中身が早く知りたかったからではありません。
東京にいる時は全く気にも止めなかったのですが、こうして自分の部屋でゆっくり考えると、いくつか分からないことがありました。
『どうしてあの人はわざわざ私を東京に呼んだんだろう...?』
そして、
『どうして何も言ってくれなかったんだろう...。』
あの人と一緒にいた時は、あまりの緊張と不安にそんなこと考える暇がなかったと思います。
だからきっと手紙が入っている。きっとプレゼントの中にあの人の気持ちが入っている...。
そう思いながら...、そう願いながら包装を解くと、隅にそっと隠されるようにそれはありました。
無地の白い封筒に入った、1通の手紙。
それを見つけた時は本当にほっとしました。でも私の心臓は高鳴っています...。
答えはどうであれ、できればあの人の口から直接聞きたかった。でも聞きたくなかった。
でも、私は自分の本当の気持ちをキチンと伝えた。だから...きっと...。
お願い...。
そう想いながら開けた手紙に書かれていた、私の目に飛び込んできたのは、短い言葉でつづられたあの人の気持ちでした。
「ボクも逢いたい...。そしていつか一緒に...。」
『今度こそ...。いつかきっとあの人と新しい明日が見たい...。』
To be continued...?
1999.03.11 Writer:R.M.
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