−くぼみ−


「誕生日だからってプレゼントなんか買ってきたら承知しないからね!」
まさかアポを取る電話でそんなことを言われるなんて微塵も思わなかった。
ボクがあらかじめ『何が欲しい?』と聞いた訳ではないし、それらしき前フリをしたワケでもない。
るりかがそのことを遠回しに(?)示唆しているのかもしれないが、男にモノを要求するような娘だとも思わない。
でも、そうならわざわざ口に出してまで言わないだろうと考えると、やはり何かを望んでいるのかもしれない。
ボクとしてはただ『それじゃ、今度の日曜日にそっちに行くね』と言いたかっただけなんだけど、出発前からこんなに悩まされる結果になろうとは...。

 るりかのoneになってからもうすぐ1年と半分が経とうとしている。
それまでは妙に気を使って、なんとなく距離を置くるりかの言動にこちらも気を遣っていたが、それからは彼氏として接することができるようになったことは、ボク自信素直に嬉しかった。
かつてるりかは、「男と女の間には友情は存在しない。」と明言しその考えどおり行動していたようだが、それよりも重い(?)愛情を手にした今は、「昔ボクが取った行動が友情なんだね」と事あるごとに振り返る。
『もう昔のことだし恥ずかしいからよしてくれ』とボクが恥ずかしそうに言うと、
「でもそれは私にとってとても大事なものだから」
と今まで以上にその交遊関係を広げているという。
 高校卒業後はお互い大学生になり、昔のように少し離れたところに住んでいる。
ボクもるりかも同じ大学に行きたいと思っていたが、その目指すべき道が違っていたということと、ほんの少しの努力の差がそうさせたワケだけど、今となってみればそれはそれで良かったのではないかと思う。
逢いたい時に逢えないというのは少し寂しいし、るりかもそう感じているようだが、ボクがあまりにも近くにいすぎると、昔と変わらぬその好奇心の芽を摘んでしまうような気がするからだ。
このことをるりかに言うと必ず怒るから口には出さないけど、逢う度に輝きを増すその目をもうしばらくじっと見つめていたいと思う。

 今度の日曜日に名古屋に行くのはおよそ3ヶ月振りになる。
前に逢ったのは5月のゴールデンウィークで、その間はテストや部活、バイトに追われていた。
いや、部活とバイトに明け暮れていたと言うべきか...。
ま、大学に通い始めてから独り暮らしを始めて親からの援助は学費以外には使わないようにしているので、そのほとんどは食費と遊ぶためと電話代、そして旅費のためだがら仕方ないんだけどね。
えっ...、親の金の残りはどうしてるのかって?
それはまだ言えないな。
まあ、強いて言うなら『赤字補てんと3年後のため』とだけ言っておこう。


 そんなこんなでるりかに逢うのは久しぶりというワケである。
さっきも言ったとおり電話ではよく話しているので声を聞くのはそれほど珍しいことではないが、逢うのは久しぶりなのでダイヤルする手が多少緊張しているようにも思える。
『前にもこんな感じ...あったような気がするけどいつだったかな?』
妙にワクワクしている自分の気持ちにどことなく懐かしさを感じたボクだったが、それがいつのことかは思い出せなかった。
『もしもし、るりか?』
「うん。そうだけど。どうしたの?」
『いや、どうもしないけど。』
「何か今日変だよ?」
『えっ、何が?』
「別に何がってワケじゃないけど、いつもとちょっとカンジが違う。」
『そ、そんなことないと思うけど。』
「ふうん...。まっ、いいけどね。」
『ところでさ、るりか?』
「ん?」
『今度の日曜...えーっと、8月21日だけど空いてるよね?』
「あっ!そーゆーコト聞くんだ。」
『べっ、別にそういう意味じゃないんだけど...。』
「そんなこと聞かないで『逢いに行くよ』って言って欲しかったなぁ。」
『ごめんごめん。』
「もう...。相変わらず女心の分からないヤツなんだから...。」
とつぶやいたるりかのその言葉が、ボクの胸にグサリと突き刺さった。
でもそれは悪い意味ではないというのも分かっているし、自分でも鈍感だと思っている。
そのせいでるりかを6年近くも待たせてしまったワケだから...。
「まっ、それは置いといて、いつ来るの?」
『(置いとかれても困るんだけど...。)そうだね。せっかくの土日だし、学校も休みだから土曜日には行こうと思ってるけど。』
「あっちゃー。ゴメン!」
『都合悪いの?』
「悪くはないんだけど、サークルのみんなが誕生日のお祝いしてくれることになってるんだ。」
『良かったじゃない。それじゃ仕方ないよ。』
「うん。ホントはその日がいいって言ってたんだけど、どうせ彼氏が逢いに来るんでしょ?って...。」
『なんか気遣わせちゃったみたいだね。』
「こらこら!またそーゆーコト言う。」
『あっ、ごめん。』
「まったくもう...。でもまっ、いいか。あなたか久しぶりに逢いに来てくれるんだから。」
『そっ。ボクが逢いに行くんだからね。』
「あっ...でも....。」
『でも何?』
「誕生日だからってプレゼントなんか買ってきたら承知しないからね!」
『えっ、どうして?』
「だってあなたが教えてくれたじゃない?『モノじゃない、大事なのはキモチだ』って。」
『それはそうかもしれないけど...。』
「んじゃ、それで決まりっ!」
『き、決まりって...。』
「もうこの話は終わり。ところでどっか行きたいことろ...ある?」
『そうだな。せっかくだから泳ぎに行かない?』
「うーん...、それもいいけど...。」
『どっか面白いところ見つけたの?』
「そ、そうじゃないけど...ね。」
『それじゃあさ、泳ぎにいった後るりかお勧めのスポットに連れてってよ。それならいいでしょ?』
「うん、分かった。」
『それじゃ、21日に。』
「うん!楽しみに待ってるね。」


 とは言われたものの、やはり男としてはプレゼントも持たずに行くのはちょっとみっともない気がする。
それに今はボクの手にあるこのペンダントの代わりに、るりかに付けて欲しいペンダントが1つあった。
海がよく似合うるりかに。
ずっと前から探していて、最近ようやく見つけたこのペンダント。
でもボクのセンスがるりかに通用するかどうかがちょっと不安...だけどね。


 こちらも東京と変わらずかなり暑い。
新幹線からホームに降り立ったボクは、あまりの温度差に頭がクラクラしてよろけそうになる。
そこまでか弱い体ではないということを最初に断っておくが、やや弱り気味(疲れ気味)の体で泳ぎに行こうと言った自分に少し不安を感じる。
『昔はこんなんじゃなかったのにな...。』
とまだ若いクセして昔を懐かしがる自分にやや恥ずかしさを感じながら、るりかとの待ち合わせ場所へと向かった。
駅からそんなに離れた場所ではなかったので歩いていったが、東京と同じ両面からじんわりと伝わってくる暑さに、やっぱり泳ぎに誘って良かったなと思った。
せっかくのいい天気だし、このところアルコール漬けにされたボクの身体には丁度いいだろう。
 ところで、誰も聞かなかったので言わなかったが、ボクも大学であるサークルに参加している。
あまり聞きたくはないかもしれないが、ジュースでもおごるから待ち合わせ場所に着くまでの時間ちょっとつきあってくれ。
ありきたりで高校生でもやっているようなサークルなのだが、仲間うちでは通称「ATC研究会(A traveler's club)」と縮めてかっこ良く聞こえるよう呼んでいる。
やってることもなんてことはない、ただ企画してそれを実行するだけなのだが、それはそれで楽しいところもある。
で、何故ボクがメンバーに加わっているのかというと、先輩の企画した歓迎会の席で軽く経歴紹介をしたところ、満場一致で放たれた矢をかわすことができなかったからだ。
アルコール漬けにされた理由は、他のメンバーは今週末福岡に旅行に行ってボクだけそれをキャンセルしたため、死ぬほど飲まされてそれを許してもらった、というワケだ。
我がATCでは、金欠と冠婚葬祭以外の理由で参加を拒否することは厳しく罰せられるのだ。
そのおかげか、見たこともない幽霊部員も多数存在するという事実もあるが...。

 などと知らぬ誰かと話しているうちに待ち合わせ場所へと着いた。そしてるりかはいつもどおり先に来て待っている。
まあ、待っていてもらえるのは悪い気はしないし、とても嬉しいけどあまり早く来られるのもチト困りものだ。
今回は名古屋だということもあるけど、以前るりかが上京してきた時は待ち合わせ時間が11時であったにもかかわらず、その1時間前には着いていた...ということがあった。
「何も悪いことはないじゃない。」
とるりかは言うが、やっぱり待たれるというのはボクにとってはどうもバツが悪い。
『やあ、相変わらず早いね。』
「そう?」
『うん。どれくらい待った?』
「そんなに待ってないって。着いたのは30分前くらいかなぁ...。」
『さ、30分!?この暑いのに?』
「うん。でも今日はそんなに暑くないと思うけど。」
『そうかもしれないけどさ、やっぱり...。』
「やっぱり?」
『いや、なんでもないよ。それじゃ、行こうか?』
「あっ、途中でやめるなんてズルイなぁ〜。」
『いいの!るりかだって先に待ってる理由、話してくれたっけ?』
「...ま、いいか。」
『そっ、いいの。じゃ、行こうか!』
「そのことなんだけど、1つ聞いていい?」
『何?』
「行くのって...海?それともプール?」
『う〜ん、そこまでは考えてなかったけど...。』
「なーんだ。それじゃあさ、プールに行かない?」
『どうして?』
「丁度こないだ改装してきれいになったところがあるんだ。行ってみたいと思ってたんだけど...ね。」


 と訪れたプールはすでに人で溢れかえっていた。
まあ、土日だから仕方がないとは思ったが、夏休みに家族サービスに精を出す淋しい(?)お父さんの姿が妙に目立って見えるのはボクだけではなかったのだろう。
るりかも自分が誘ったからか、今更海に行こうとは言えず気まずい表情を浮かべると同時に笑顔もややひきつって
「あっ、あはは...。」
と笑うしかなかったようだ。
『今から海に?』とも思ったが、人の多さはそこも変わらないだろうし、容赦なく照りつけられて火照った体をこれ以上歩き回らせるのはチト辛い。
というワケで、人の多さより目の前の冷たそうなプールの誘惑に負けてしまった。

『なんだ。意外と少ないな。』
水着に着替えて一足先にプールサイドに着いたボクはそう思った。
むしろ多いのは向こうに見える子ども用のプールの方。やはり家族連れが多いせいか、大人用の水深2メートルでは人はそう多くない。
『よかった。これならゆっくり泳げそう...うわっ!?』
そう思っていたボクの目線が大きく揺れて、プールに顔面からダイビング。
「こらっ!」という声と、以前にも増してカワイイ水着を着たるりかの姿を一瞬横目に見ながら。
突然背中から押されたボクは多少慌て水の中でもがく。そしてそのボクの後を追うようにるりかがプールに飛び込む音が聞こえる。
別に後ろからいきなり押されたことに怒っているワケではないが、ここは1つるりかを驚かせてやろうと、まだ水の中にいるるりかの背後に回り込む。
そしてるりかが水面に顔を出しているのをした(水中)からボクが見上げている...。
いっ...いかん!なんという状況なのだ!?
いくらるりかがボクのことを好きだと言ってもこれはさすがにまずい。
ということで、読者には申し訳ないが静かに浮かび上がることにする。
 るりかはまだ背後に浮かび上がったボクに気付いていないようだ。
だが、しばらくたっても姿を見せないボクにやや心配している様子だ。しきりに辺りを伺っているように見える。
でもボクが飛び込んだ位置から今いる場所までずいぶん距離があるのでまさか後ろにいるとは思っていないようだ。
「あれっ?どこいっちゃったのかなぁ...。」
どうやらかなり心配になっているらしい。
そりゃそうだ。ボクが水に飛び込んで(?)からもう1・2分経ってるしね。
でも、どうやって驚かせようかな?
ホントは『わっ!』と驚かせたいけど、二人水の中にいるし、万が一のことがあっちゃいけないし...。


「まさか...溺れちゃったの...?」
『まさか。』
「えっ!?どこにいるの?」
『ここだよ。』
とボクはプールサイドから声をかける。
するとるりかは驚いた表情をみせたが、ボクの髪がずぶ濡れになっているのを見てすぐに気付いたようだ。
「えっ...あっ、でも...いつ?」
『さっきだけど、その前に何か言うことあるんじゃない?』
「えっ?」
『さっきは結構水飲んだんだけどなぁ...。』
「だって、ぼーっとしてたから、つい...ね。」
『だから?』
「あの...その...ごめんなさい。」
『ごめんごめん。ボクはそんなに怒ってないよ。』
「...もう。いじわるなんだから。」
『でもいきなり後ろから突き落とすのもいじわるだと思うけどなぁ...。』
「ごめんなさい...。」
『よし、これであいこだね。それじゃいくぞ〜!』
ボクはそう言ってるりかの目の前に飛び込んだ。
「きゃっ!」
『行くぞ〜。さっきの仕返しだ!』
「ち、ちょっと待って。」
『ダ〜メ!』

そしてそれからしばらく二人で二人の甘い時間を過ごした。
周りで泳いでいる人には多少迷惑だったかもしれないが、そんなことどうでもいい。
久しぶりにるりかの顔を見れてとても嬉しかったし、こうしてまた逢えるのが何カ月先になるかわからないし...。
『いつもそばにいれたらいいのにな...。』
口にこそ出さなかったが、本当に楽しそうなるりかの顔を見ながらそう思った。

 ひとしきり遊んだ後、プールサイドで並んで日光浴をしていた。
やや白いボクのボディ(?)にはチトきつい日差しだったが、これを避ければなお白くなってしまうから仕方ない。
それにたまにはこうやって天日干ししないと身体にも悪いしね。
『う〜ん。たまにはこうやってのんびりするのもいいねぇ。』
「そうね。でも...。」
『でも?』
「あまり焼きすぎるのは肌に悪いし、それにあなたのその言い方...。」
『なんか変だった?』
「だって何かオジサンみたいなんだもん。」
とボクの最初の言葉を笑った。
確かに天日干しだとかのんびりだとか言ってればオジサンみたいに聞こえるか...。
『でも、ホントいい天気だよね。』
「うん、いい天気。おとといまではこっちも雨だったんだけど、昨日から急に暑くなっちゃって。」
『きっと今日に合わせてくれたんだね。』
「かもね。ねえ...。」
『ん?』
「ノド渇かない?暑いし、ちょっとはしゃぎすぎちゃったから。」
『そうだね。何かジュースでも買ってこようか?』
「うん。私コーヒーでいい。」
『コーヒー?何か余計喉渇きそうな気がするんだけど。』
「いいの。」
『はいはい。じゃボクはスポーツドリンクにでもしようかな。』
「身体に水分?」
『別にそういうワケじゃないけど、やっぱ喉が渇いてる時はそういうのがいいからね。』
「ふーん。やっぱオジサンじゃん♪」
『へいへい。それじゃ後で飲ませてくれって言ったって飲ませてあげないからね。』
「ベー」
とるりかは立ち上がったボクを下から見上げながら小さく舌を出した。
他の人にこんなことされると腹が立つんだろうけど、やっぱるりかはカワイイな...。


 そして、このことがこれから起こることのきっかけとなり、ボクのこの行動がるりかを泣かせてしまう結果になろうとはボク自身も思っていなかった。
そういうつもりもなかったし、まさかそう取られるとも思っていなかった...。


 ロッカーに戻り財布から小銭を出そうと思ったが、あいにく細かいのがなかった。
『確か入ってたはずなんだけどな...。』
そう思って荷物の隅までくまなく探したがやはりなかった。
『変だな...。まっ、いいか。』
ボクはおもむろに財布から千円札を抜き出し自動販売機へと向かう。
そして自分が飲む分とるりかのコーヒーを買って戻ろうとした時、左手に握りしめた百円玉がポロリと手から滑り落ちた。
コロコロと音を立てて転がる。
ボクはそれを拾おうと前かがみになりながら追いかけていると...濡れた床に足を取られて前のめりに倒れそうになった。
『うわっ!?』
ボクは両手に持っていた残りのお金と2本の缶ジュースを思いっきりぶちまけ両手で自分の体を支えた。
落ち着いていれば百円一枚拾うだけだったのに、ちょっと慌てたせいで拾うモノが増えてしまった。
しかもお金は四方にちらばり、せっかく買った缶ジュースはころころとあらぬ方向へと転がっていく。
『どっちを先に追う!?』
一瞬迷ったボクだったが、とりあえず手より目が先にお金を追ってしまう自分がちょっと恥ずかしかったりもした。

『さて、お金は全部拾ったし...缶ジュース、あれ?』
ようやくお金を全部拾い集めたボクだったが、肝心のモノが見つからない。
ボクのスポーツドリンクはさほど転がっていなかったが、缶コーヒーはどこへいったのか。
ぶちまけた時いちおう転がる方向は見ていたつもりなんだけどなぁ...。
「探し物はこれかな?」
『えっ!?』
不意に聞こえてきた声にボクは少し驚いて顔を上げると、缶コーヒーを持ったるりかが立っていた。
「あんまり遅いから見に来たんだ。」
『ありがとう。』
「...うそつき。」
るりかはそう言うとその缶コーヒーを手に持ったまま、その目に少し涙を浮かべていた。
そしてボクを待つことなく振り返り、プールサイドの方へと歩きだした。
『ち、ちょっと待ってよ!』

ボクは慌ててるりかの後を追いかけたが、どうしてるりかが泣いているのか分からなかった。
それに...、どうして「うそつき」って言ったんだろうか...。

 るりかは先程まで寝そべっていた場所で、膝を抱えたまま下を向いていた。
ボクはいまだにその理由がいまいち分からなかったが、そのままにしておくわけにもいかないのでとりあえずるりかの横に腰掛ける。
『...どうしたの?何か悪いことしたかな?』
「..........。」
『そんなに待たせたっけ?』
「だって...。嘘ついたじゃない。」
『えっ...。嘘?嘘なんてついてないよ。きちんと缶コーヒー買って...。』
「そうじゃないの。私言ったよね。プレゼントなんていらないって...。」
確かにるりかは電話でそう言った。
だがボクはまだ荷物の中に潜ませているペンダントは見せていないし、さっき荷物をひっくり返している時にそれをるりかに見られたとも思えない。
『ねえ...、どうしてボクがうそつきなの?』
「だって...わざとなんでしょ?これ...。」
そう言ってるりかはその手に持っていた缶コーヒーをボクに見せてくれた。
『だって、るりかは缶コーヒーがいいって言わなかった?』
「ちがうの!...そうじゃんないの。」
『違うって...あっ!』
るりかのその手に大事そうに握られていた缶コーヒーは角がほんの少しだけくぼんでいた。
きっとさっき放り投げたショックでそうなったのだろう。
でもどうしてそれがうそつきになるんだろうか。
あっ!そうか。そう言えば...。
そうか。そういうことか。
だからるりかはボクに「うそつき」って言ったのか...。
ボクにしてみればそんなつもりはなかったし、きっとるりかもボクが転んだところを見ていなかったんだろう。
『ごめん。そんなつもりじゃなかったんだけど...。』
「ううん、いいの。」
『だから泣いちゃったのか...。』
「ううん、違うの。」
『えっ、それじゃあどうして?』
「だって...これもあなたの演出だと思ってちょっと昔を思い出しちゃって。」
『そうだったね。』
「うん。だってあの時も逢えて本当に嬉しかったし、あの日家に帰って...おんなじように泣いちゃったんだ。」
『そうだったんだ...。』
「だって私、ずっと逢いたいって思ってたんだもん。だから昔あなたの住んでた家の近くにいれば逢えるかなって...逢えるかどうかも分からないのにずっと待ったりなんかしちゃってさ。
ちょうどあの頃もう逢えないのかなってちょっとあきらめてたしね...。」
『そっか...。いろいろ辛い思いさせたったんだね。』
「ううん、もういいの。あなたもこのことを憶えてくれてただけで嬉しいから...。」
そう言って残った涙を拭き取ったるりかの顔はとても嬉しそうだった。
そしてるりかはこう言う。
あの時はまたすぐに帰っちゃったけど、今日はずっと私のそばにいてくれるんでしょ?と...。

『うん。でもるりかの誕生日のプレゼントならきちんと用意してるよ。』
「あっ、やっぱり私に嘘ついてたんだ。ふーん...。」
『いや、そういうワケじゃないんだけど、やっぱり...ボクのプレゼント受け取ってほしいな。』
「うん...ありがとう。ねえ...。」
『何?』
「せっかく来たんだから、もう1回泳ごうよ!」
そう言ってるりかは立ち上がり、その手をボクに向かってまっすぐに差し出した。
『うん。』
そう言ってボクはその手をしっかりと握りしめて立ち上がろうとした瞬間、るりかボクの身体をぐいっと引き寄せて...そしてボクにしっかりと抱きついた。
「これからはずっと一緒なんだよね。」
ボクは大きくうなずいて返事をしようとしたが、身体を引き寄せられた反動で体がよろける。
そして二人抱き合ったまま再びプールの中へ飛び込む。


水の中で二人が何をしたのか...?
それは二人の大事な時だから...、二人だけの思い出にしておこう。
 
 
fin...
1999.08.30 : Writer R.M.

戻る