『偽りの神』

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目次

一、朝鮮征伐のお告げ
ニ、神の御意志
三、出兵
四、権力
五、勝利
六、新しい時代
七、結論

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一 、 朝 鮮 征 伐 の お 告 げ

 その時、私は皇后様のお体に乗り移られた神様と対話しておりました。その事が、この国で初めての、海の向こうの国との戦争を決定する出来事になろうとは、私には思いもよらぬ事でした。

 大王(仲哀天皇)は九州の熊襲を成敗するために、皇后の息長帯媛様(神功皇后)や私、大臣の武内宿禰を連れて、大和(今の奈良県)から、筑前(今の福岡県西部)の香椎にいらっしゃいました。
 そこで大王様は熊襲の征伐がうまく出来るようにと、神様のお告げを聞きたいと考えられたのです。
 幸い、皇后の息長帯媛様は神様を乗り移らせる事が出来る特殊なお方でした。また、私は神様との会話に何度か立ち会った事があり、その道では大王様からも信頼を受けておりました。
 そして、その日、お一人の神様が皇后様の体にお入りになったのでした。
 それは、大王様が琴を弾き、私が神様と話をするという手配になっておりました。 
 回りには誰もおらず、囲いの外は兵に見張らせ、三人だけで行なう神事だったのです。    
 誰一人話をせず、静まった場所に響く琴の音色は、心が落ち着くようでもあり、また、逆に、その音色に引きつけられて、神様との会話を忘れてしまいそうでもありました。
 しばらくして、私が皇后様に向かって拝礼をし、神様に入っていただけるようにと、詞を奏上致しました。
 それから、神様がお入りになりやすいように、皇后様はゆっくりと目を閉じられ、何もお考えにならないようになさいました。
 次に私は、神様に準備が出来た事をお伝えするために、別の詞を奏上しました。それから、すぐの事でした。目を閉じられたままの皇后様が口をお開きになり、お言葉を下さったのでした。もちろん、それは神様が皇后様の中にお入りになられて話された貴いお言葉だったのです。
 神様はおっしゃいました。
 「ここよりも西の方角に肥えた国がある。熊襲を得るよりも遥かに値打ちがある。そこには金銀を初めとする宝がたくさんある。その土地を与えることにしよう。」
 私はびっくりしました。何しろ、熊襲さえまだ討てないというのに、別の国を与えるとのお言葉だったからです。
 しかし、もっと、びっくりされたのは大王様でした。
 「神様、私は西に国がある事を知りません。今、高い所へ上って見て参ります。」
 「良いでしょう。」
 神様のお許しが出たので、大王様は近くの高い場所へ行き、わざわざ西を見て来られました。しかし、私は何か大変嫌な予感がしていました。
 この土地へ来てから西の方角を見た事がないわけもなく、大王様には何度見ても答えは一つのはず、それなのに、あえて、わざわざ高い所へ行かれて戻って来られた。天皇様はこの神様を信用しておられない、そんな気がしたのでした。
 大王様は戻って来られてから、こうおっしゃいました。
 「見渡せど海ばかり。どこにも国などありませんでした。」
 大王様はそれっきり、琴を弾かれるでもなく、むしろ、琴をどけて知らん顔をしてしまわれました。
 皇后様に入られた神様は、たいそうお怒りになって、おっしゃいました。
 「神の言う事を疑るとは何と言うことだ。神を無視する者がこの国を納めるのはおかしい事じゃ。お前の命を取り上げるから、そのつもりでいよ。」
 神様の激しいお言葉に私はうろたえてしまいました。ところが、大王様はそれでも、ただ黙って無視しておいでなのでした。
 (大王様はこの神様を偽者の神だと思っていらっしゃるに違いない。)
 私はそう思ったので、大王様の側に近寄り、小さな声でこう言いました。
 「大王、今はこらえて下さい、もし、本物の神であったらどうなされます。お命に関わります。今はご辛抱を。」
 「そうか、分かった。」
 大王は私の言葉を受けて下さり、渋々、琴を弾き始められたのでした。
 ところが、これから後、神様は言葉を出す事をなさらず、ただ、黙っておられました。
 私はどうして良いか分からず、ただ、事態を見ているしかないのでした。
 大王は何も話さない神に焦れたのか、琴の音色はいつしかぞんざいになっていました。
 その時でした。琴の音が消えたかと思うと、大王様は急に立ち上がられ、こうおっしゃいました。
 「偽の神、そちの正体は何者ぞ。」
 びっくりしたのは私だけではありませんでした。人間にどなられた神様も同じように驚かれたのでした。
 この日の神のお告げはこれで終わりとなりました。大王が席を立たれてしまったからです。
 神様が帰られたのか、皇后様は目を開けられ、自然な話し方でこう言われました。
 「私は神様が帰られてから嫌な予感がしています。いかに大王のお立場とはいえ、神様にあのような無礼、ただで済むとは思えませぬ。」
 皇后様のご心配は良く分かりました。それでも、どうする事も出来ない私なのでした。

 次の朝の事でした。私がまだ起きて間もない頃でした。皇后様から至急のお使いが来たので、取るものも取らず皇后様の元に行くと、なぜか、お人払いをされ、私一人だけが、お部屋に通されたのでした。
 私はそこで悲しい出来事に出会いました。昨日まであんなにお元気だった大王様が、息を引き取られていらっしゃったのでした。
 皇后様はこうおっしゃいました。
 「昨日、床に入られた時まではお元気でした。特にお変わりもなく、すやすやとお休みでした。それなのに、どうした事でしょう。朝になると息がないのです。」
 皇后様はそこまでお話になると、涙で後が続かなくなってしまわれました。
 「神様のご意思でしょうか。」
 私が尋ねると皇后様は泣く泣くおっしゃいました。
 「まさにそうでしょう、他には考えられません。」
 「私もそう思います。昨日まで何のご病気もなかったお体が急にこのようになろうとは、人では考えられません。」
 皇后様は泣きながらもしっかりとおっしゃいました。
 「ここで、神様のご意思に背いては国の将来にも関わりましょう。何としても、神様のご意思に沿わねばなりませぬ。」
 「それでは、熊襲ではなく、西方の国を討つのですか。」
 「そうです。それが神様のご意思です。」
 「しかし、大王がこのお姿では。」
 「隠すのです。しばらくは大王は生きている事にします。」
 「では、西方の国へは誰が行くのでしょうか。」   
 「あなたと私で行きましょう。」
 「はっ。」
 「あなたは智に長けています。私でもあなたが側にいれば負ける事はないでしょう。何と言っても神様の御心ですから。」
 「しかし、大王はなぜ戦いに行かれないのかと皆に思われませんか。」
 「心配は要りません。私は男装して参ります。元より側近以外には姿は見せません。敵にそれが分からなければ良いだけです。」
 「ただ、皇后様には御子が。」
 「大丈夫です。腹の中の御子は将来、大王になるかもしれない御子です。このような事では大事ありません。神様のご意思を成し遂げる正行の為です。それで何かあるなら、大王になる資格もありません。」
 「皇后様には、ただならぬお覚悟、私、心の底から感銘致しております。どうか、私を思う存分お使い下さい。」

 この時、わが国が初めて海の向こうの外国と戦う事が決まったのでした。

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 二 、 神 の ご 意 思


 私はすぐに国中におふれを出しました。国中の汚れを祓い清め、神様のご意思によって動く正しい国にしなければならないと思ったからです。
 人々の中には、生きている動物の皮を剥いだり、田の畔を壊したり、溝を埋めたりといった悪い事をした者もまだたくさんいました。それらの者達の汚れが綺麗になるようにと、祓いをさせたのでした。
 それから私は再び神様のご意思をお尋ねする事にし、祭場を設営致しました。
 今度は大王の代わりに自分が琴を弾き、皇后様に入られた神様と話をする審神者は、中臣烏賊津使主に命じました。
 前回と同じ段取りで神事は進んで行き、いよいよ神様が話される段となりました。神様がおっしゃいました。
 「今日は良き日じゃ。準備が整ったようじゃ。」
 審神者が聞きました。
 「いかなる準備が整ったのでござりましょうか。」
 神様がお答えになりました。
 「実はのう、わしは、前からこの国の汚れを気にしていたのじゃ。この国の民は自分達の神ばかりを信じて、国の神を思うておらぬ。これでは海の向こうの国には勝てぬのじゃ。
 民が皆、心を一つにして、国の神を祭らねばこの国は栄えぬのじゃ。」
 「ははーっ。おっしゃる通りにござります。」
 「わしは国の神が全ての民に祭られる事を望んでおる。その為には、国中にもっと、神の意思を知らさねばならん。また、そうした貴い神を海の向こうの国の民にも教えねばならぬのじゃ。」
 「ははーっ。」
 審神者は神の権威の前にただ平伏すのでした。
 神様はどんどん話を続けられました。
 「やがて、西方の国を従えたら、熊襲もすぐに従うであろう。その時は皇后の腹の中の子を大王として国を治めるが良いぞ。」
 中臣烏賊津使主は、大王がこの世を去られた事をすでに知っていました。ですから、何ら不思議には思わず、神様の言葉が自然に受け入れられたのでした。
 実際、仲哀天皇には他に二人、息子があった事は、この時は頭に入っていなかったのかもしれません。烏賊津使主はそのまま会話を進めたのでした。
 「恐れ多くも神様に申し上げます。今日、お越しになられまして、私にお話し下さる神様は、何と言う御名の神様でござりましょうか。慎みてお伺い申し上げます。」
 神様はゆっくりした口調でこう言われた。
 「私は日の神に仕える貴い神である。」
 「日の神様はどのくらい貴いのでござりましょうか。」
 「日の神はこの国の神であり、天上の世界に光をお与えになる、それはそれは貴い神である。
 この神に仕える私は、山や川の神と同等の神である。」
 「ははーっ。そのように貴い神様とも知らず、ご無礼をお許し下さりませ。」
 烏賊津使主は深々と頭を下げ、神を敬うのでした。
 神様はなおも言われました。
 「皇后の腹の子は男子である。その男子にこの国を与える。それゆえ、西方の国を討ち、大王になる時には日の神の力を得よ。そのための儀礼は後日、私が示す事にする。」
 「ははーっ。分かりましてござります。つきましては、一つお伺いしたい事があります。」
 「何でも言ってみなさい。」
 「西方の国を討つには、どのようにすれば良いのでしょうか。」
 「まず、国の神を祭る。これが第一である。次に、天の神、山の神、海の神など、諸々の神を祭る。それから、海を渡るには船に底筒男命、中筒男命、上筒男命、この三神を祭っておく。こうすれば、天地の神が全て味方し、敵はすぐに降参するであろう。」
 神様の有り難いお言葉をいただき、審神者の中臣烏賊津使主はそのまま神事を終了させたのでした。

 その日の夜、皇后様がおっしゃいました。
 「私の中にいる子は将来大王になり、日の神の力を受けねばなりません。そのためには、是非とも西方を得ねばなりません。それは、ひいてはこの国を栄えさせ、民を喜ばせる事になるのです。あなたはしっかり策を練って下さい。」
 「ははーっ。」
 私は国の将来が掛かっていると思うと使命感と緊張でいっぱいになるのでした。
 ところが、ある日の事でした。私は一人で海を見ていました。まだ見ぬ敵を思い、作戦を立てていて、少し疲れたのでした。
 大きな石の上に腰を下ろし、ぼんやりしていると、ふと、ある考えが頭をよぎりました。
 (もしも、本物の神様でなかったらどうしよう。)
 私はとんでもない考えを持ってしまい、それから長く悩むようになったのでした。
 私は皇后様の指示で戦いの準備を進めていました。ところが、その一方で、神懸かりについても、深く研究するようになっていたのです。神が本物かどうか、それを見間違えると、個人だけではなく国全体の将来をも暗くしてしまいます。私はなるべく近くにいる神懸かりの達人を探しては、話を聞く事にしていたのでした。
 ある時の事でした。誰かに私が神懸かりの達人を探していると聞いた人が私を尋ねて来ました。そして、とうとう神祭りの達人にして、自らも神懸かるという人物に巡り合えたのでした。
 その先生の家で、私は神様が本物かどうかを見分ける方法について尋ねました。
 先生はこうおっしゃりました。
 「あなたの話を聞いた限りでは、正しいのはむしろ、天皇の方じゃ。」
 「えっ、どういう事でしょうか。」
 「あなたはまだお若い。これからもっと修行なされば、こうした事を分かるようになるというものじゃ。 
 神懸かりというのはのう、簡単ではないのじゃ。昨日や今日、初めて審神者をやったような者が判断出来る事ではないのじゃ。」
 私は驚きのあまり、声も出せないのでした。
 「若い人は人を見る目がない。当然、神が本物かどうかなど分かろうはずがない。」
 「それでも、私のように皇后様にご指名いただいた場合は、未熟でもやらねばなりません。」
 「そうですか、それは困りましたね。では、一つ教えましょう。 神様であれ、何であれ、およそ人の体に入るとなれば、簡単な事ではないのじゃ。」
 「私もそう思います。簡単なら、皇后様でなくても、もっと、たくさんの人が出来るはずだと思います。」
 「そうなのじゃ。つまり簡単ではない。だから、最初はなかなかうまく話せないものなのじゃ。」
 「うまく話せないのですか。」
 「そうじゃ。他人の口で話すのじゃからのう。いきなり、すらすらと話すのは、まず怪しいと考えねばならん。」
 「なるほど。」
 「次は琴じゃ。」
 「琴?」
 「そうじゃ、琴は何のために弾くのか。」
 私はすぐには答えられませんでした。 
 神懸かる人、つまり神主の心を静め、清らかな気分にするためじゃ。そうでなくて、神主が苛立っておっては、神も神主の口を使いにくいからのう。」
 「そうでしたか、知りませんでした。」
 「ただ、伝統のままにやっておるから分からんのじゃ。」
 「おっしゃる通りです。」
 私はだんだん素直になっていった。
 「琴はのう、神主の気持ちが納まったら、そこで止めるのじゃ。そうでなくては、神が神主の体に入る段になっても、神主が琴に気持ちが取られて困るからじゃ。」
 「では、やはり、琴は途中ではいらないのですね。」
 「神主にもよるが、初めから無くても良いのじゃ。」
 「そうだったんですか。」
 「つまり、本当の神主は一度はともかく、二度目からは琴を嫌がるものなのじゃ。」
 「でも、皇后様は何もおっしゃいませんでした。むしろ、私に琴を弾けとおっしゃいました。」
 「神懸かりとはのう、神様が偽者の時もあるが、神主が偽者の時もあるのじゃ。」
 「えっ、どういう意味ですか。」
 「相手はこの国の皇后様じゃ。ましてや、次の天皇の母になられるかもしれん、わしもそういう方を敵にしたくはない。まだ、死にたくは無いからのう。」
 私はどう返事をしようもありませんでした。先生のおっしゃる事は分かるのですが、何しろ、それが正しいとなると、大変な事になるからでした。
 私はいよいよ悩みを深くしたのでした。

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 三 、 出 兵


 皇后様のご指示で、私達が海を渡る準備は整い、とうとう出発の時が来ました。
 皇后様は私の悩みをご存じではなく、ことごとく私に相談され、私を頼りにしておられました。私はそんな皇后様を裏切る事は出来ませんでした。私には皇后様を疑う確たる証拠はなく、かといって、皇后様に直接お聞きすることも出来ないのでした。
 出発の朝、皇后様は私の他、大勢の者達の前でこうおっしゃいました。
 「この戦いは神様のご意思によるものであり、私達は神様の御心を代行するにすぎません。
 ですから、もちろん勝利します。いえ、勝利しなければならないのです。そうでなければ、私達はこの国の神様の威厳を落とすばかりか、あなた達の家族に至るまで神様の罰を受けるかもしれないのです。」
 ここまでおっしゃると、皆も皇后様のなみなみならぬご覚悟を知り、一層緊張して聞くのでした。
 皇后様はさらにおっしゃいました。
 「お前達の苦労が神様のご意思に沿っている以上は、たとえ死んだとしても恐れる事はありません。黄泉の国の神をも祭っての出発です。たとえ、何があっても恐れる事などないのです。
 さきほど私は占いをしました。『この戦いで無事帰れるのなら、釣をしていて、三匹の魚が釣れよう。しかし、無事でないのなら、それ以上に釣れる。そして、どちらでもないような中途半端な結果ならば、二匹以下しか釣れないように。』と祈ったのです。
 私が命じた者は釣りをしました。そして、この話をするために、私はここに来る前に結果を聞いたのです。」
 皆は息を呑んで聞き入っていました。
 皇后様はおっしゃいました。
 「三匹の魚が釣れました。」
 「おーー!」
 皆から感嘆の声が漏れました。中には男ながら涙を流しそうになっている者さえいました。皇后様は戦いの前に、主だった部下達の心を一つにまとめ、信頼を得られたのです。
 (この方は女性でありながら、戦術にも長けておられる。)
 私は感心して尊敬するとともに、これほどの方なら、偽りの神懸かりを私の前で演じ得るかもしれない、そういった疑惑が沸き起こってきて、どうにも打ち消せなくなってしまったのでした。  

 その日、皇后様を乗せた船団は日本の国を出発しました。それは思った以上に楽なものでした。特に嵐に遭うという事もなく、コースを大幅にずれる事もなく、どの船も、予定通りに西方の国に着いたのでした。
 私達の常識からすれば、それは、やはり神の御業でしかありませんでした。日本から船団を組めば、それぞれの船がバラバラに、違う場所に着いても当たり前、と考えられたからでした。
 この事で、私以外の部下達が皆、皇后様は神のご加護を受けておられる、そう信じるに至ったのは言うまでもありません。
 何しろ、大勢の兵を集めたのです。日本の各地の王逹にも命じて兵を出させていました。そうした者達は国の神ではなく、それぞれが独自の神を祭っている場合があり、そう簡単には従ってくれないであろうと、私は警戒していました。
 ところが、今回の順調な到着で、それらの者達の間にも、皇后様の神様は自分達を守って下さるのだ、と考える者達が出て来たのでした。
 そうなると、一部に不満分子がいても多勢に無勢です。大勢は皇后様のご指示にまとまっていったのでした。
 陸に着くと、皇后様は皆を集めておっしゃいました。
 「敵は私達の船団を見て驚いているでしょう。こうなると、敵も急には戦えません。少数で挑んで来ても負けるだけです。多数がまとまらなければ強い力にはなりません。
 私達は迷う事なく、すぐに敵の王を倒すのです。そうなれば、後は黙っていても降伏します。私達には神様が付いていらっしゃいます。この国の人にも、わが国の偉大な神を与えねばなりません。迷う事なく、戦うのです。」
 皆、感激して涙を流していました。完全に心が一つになり、盛り上がっていたのでした。
 兵達は一気に攻めのぼりました。神様のご意思とあって、兵達は恐れもせずに戦いました。
 一方、この国の人達は、いきなり現れた強い兵隊達の前に、逃げ惑うばかりとなって敗走して行きました。
 勝ち目がないと考えた新羅の王はすぐに降伏し、日本に仕える事を誓ったのでした。
 また、隣の百済の王も、あまりにも強い日本の兵を知り、すぐに降伏する事にしました。無駄に戦って王の一族が皆殺しにされる事を恐れたからでした。
 日本の兵達はいとも簡単に二国を従える事が出来ました。
 まさに神のお力に違いない、そう兵隊が考えたのは言うまでもありませんでした。もしかしたら、皇后様ご本人もこの時、ご自分に神の力が宿ったと、感じられたのかもしれませんでした。
 側にお仕えする私には、皇后様のご自信が自然に伝わって来るのでした。
 帰りの船では兵達は皆陽気でした。勝ち戦もさる事ながら、船団が神様に守られているという確信が、兵達を自然に陽気にしていたのでした。
 そして、今度もまた、何の不都合もなく予定通りに筑紫に帰り着いたのでした。
 兵達は奇跡が起こったと感じており、もう誰一人皇后様に逆らう者は居ませんでした。最初はしぶしぶ集まって来た諸国の兵達も、いつのまにか皇后様を敬愛し、胸を張って凱旋したのでした。
 (もう、とても皇后様を批判出来ない。一言でも、誰かの耳に入ったら、すぐに首が飛んでしまう。)
 私はただ一人、皇后様を疑っておりました。そして、それが、どういう事であるのか、それを実感していたのです。

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 四 、 権 力   


 やがて、皇后様は立派な御子をご出産になりました。大変に立派な男子で、大鞆命と名付けられました。
 皇后様はその後もまさに男以上の活躍をなさり、とうとう熊襲をも討ち破られたのでした。
 すでに皇后様の権威は揺るぎなく、盤石であるかに思えました。
 けれども、実はそうではありませんでした。仲哀天皇に二人の息子がいたからでした。
 ある日、皇后様は私を呼んでおっしゃいました。
 「どう思います。このまま帰ったとして、二人の息子達は大鞆命を生かしておくでしょうか。」
 私は素直に答えました。
 「そんな事はないでしょう。すでに皇后様の権威は国の隅々にまで響いている事でしょう。そうなれば、お二人はただ黙っていては皇位を奪われるとお考えになり、兵を挙げられるかもしれません。」
 「やはり、そう思いますか。」
 「はい。」
 「私も同じです。私は別に大王の母になりたいわけではありません。ただ、このままでは大鞆命が殺されてしまいます。母として、それは許せません。」
 「当然だと思います。」
 「それに、私は神のご意思でこれまで国の為に戦ってきました。それなのに、その結果として、息子が殺されることなどあってはならない事です。ましてや、部下達は皆、大鞆命こそが次の大王になるのだと言っています。」
 「皇后様、私は何とかお身内の戦いだけは避けたいと思っております。」
 「では、あなたに何か策があると言うのですか。」
 私は答える事が出来ませんでした。これまでのいきさつから言って、とても戦いは避けられないと思えたからです。
 私が考えるには、時代は皇后陛下を支持しており、その息子であられる大鞆命が次の大王になられるのはごく自然の事でした。けれども、筋から行けば、上の息子である、香坂王、忍熊王を無視すべきではないと思われたのです。ましてや、すでに大君はいらっしゃらず、すぐにも大王の地位が要るというのに、まだ幼い大鞆命をその地位に付けるというのは、間違いではないか、そう思っておりました。
 (皇后様は地位と権力を求めておられるのでは、そして、そのために、身内の血を流そうとしておられるのではないだろうか。)
 そう思うと、ゾッとするのでした。とは言いながら、このままではやはり二人の皇子逹は戦いを挑んでくる、それをどうする事も出来ないのでした。
 ただし、皇后様がお二人に従われるという事があれば、戦いは避けられる、それが私の本心なのでした。

 やがて、私が恐れていた事が現実になりました。香坂王と忍熊王は仲哀天皇の死を知り、それを長く隠していた皇后様に強いご不信を抱かれ、とうとう、皇后様と戦う決意をされたのでした。
 これはお二人の立場に立てば、むしろ当然の事でした。外国や熊襲に対して隠すのはともかくとして、皇后と一緒に戦った諸国の将軍によって、各地に情報が伝わっていたにも関わらず、お二人には早い知らせをしなかったからです。        
 これは、お二人から見れば、明らかに皇后様による権力への策略に思えるのでした。
 皇后様は主だった部下を集めて、こうおっしゃりました。
 「私達は神様のご意思で辛い戦いを勝ち抜いてきました。それがどれだけ大変で、奇跡に満ちていたか、それは皆が一番良く知っている事でしょう。
 そうであれば、私達は当然、胸を張って大和に帰れるはずです。ところが、おそらくそうは行かないと思われます。」
 皆、しんとして、静かに皇后様の話を聞いていました。皇后様は先を続けられました。
 「香坂王と忍熊王が大きな働きをした私達に対して、戦いを挑んでくるかもしれません。そんな事は許される事ではありません。それは神様に逆らう事であり、この国に貢献のあった者に対して決して行なってはならない悪い事です。
 私は香坂王と忍熊王が神様のご意思に従う事を求めています。もし、無事大和に入る事が出来れば、二人を説得したいと考えています。
 でも、それが二人によって出来なくなってしまえば、仕方がありません。二人に罰を与えねばなりません。
 明日、船で大和に向かいます。ただし、いつでも戦える準備をしての旅となります。
 皆さん、神の力は私達にあります。それを信じてしっかりと進みましょう。」
 「ははーっ。」
 「ははーっ。」
 「ははーっ。」
 あちらこちらから指示に従う声が聞かれた。この時点でも皇后様の権威は衰える事がなく、むしろ、一層強まったのではないかと思えるほどなのでした。
 私は一人になって考えました。
 (このまま皇后様に従って良いものなのかどうか、ここを去ったとしても、それが何か真の神様の役にたつのかどうか。)
 私は悩むばかりでした。
 もしも、皇后様が単に自分の権力への欲求によって、神を偽られたとして、それをお諫め出来る者が他に居るでしようか、居るわけがありません。部下の中で疑っているのはただ一人、私だけなのですから。
 このまま、私が居なくなれば、皇后様は欲望のままに突き進まれます。それが本当の神様のご意思でないからには、とても国の将来の為にはならないと思えました。
 かといって、側にいてもご意見一つ出来ない状態になってしまいました。
 (どうしたら良いものか。)
 私は一人、悩んでいました。
 そして、ある朝、皇后様の船団は大和へ向けて旅立ちました。
 香坂王と忍熊王も戦う準備をとうに終え、戦いに出たのでした。
 香坂王と忍熊王の軍団は摂津の斗賀野まで来ました。皇后様の船団を待ち伏せしようと考えての事でした。ところが、ここで二人の関係にひびが入りました。
 二人とも皇后様を討つという気持ちは同じなのですが、国を治めるという段になると、考えに違いがあり、どうにも一致出来ない事が分かったのでした。つまり、どちらが大王になっても片方が協力するという事でないと、手を組んでは戦えません。それなのに、肝心の大王になってからの考えが一致しなかったのです。
 香坂王は、国の領地をこれ以上広げる事なく、無意味な争いはさけて、現状を維持し、血を流す事なく国を栄えさせるべきという考えを持っておられましたが、忍熊王の方は、領地をますます拡大し、海の向こうの国をもっと攻めるべきだという考えでした。
 つまり、香坂王は国の中にまだいる服従しない者達をすぐに攻めるよりも、しっかりした制度を作って、国の安定を図りたいと考え、忍熊王の方は、海の向こうの文化を積極的に取り入れて国を栄えさせたかったので、海の向こうの国に対して、より強い支配をしたいと考えていたのでした。
 この二人はいくら話し合ってもどうにもならないほどに考えが離れていました。
 これは、皇后様と戦う以前に解決せざるをえない大問題になっていたのでした。
 香坂王は、二人のうちどちらが欠けても皇后には勝てないと考えていらっしゃいました。ですから、こう提案されました。
 「二人のうち、どちらの考えが正しいのか、神様に尋ねてはどうか。」
 忍熊王が答えられました。
 「それなら異存はない。もとより、神様のご意思に反した国造りでは、人々は付いて来ない。良いでしょう。」
 「ならば、この地域の神主に神を呼んでもらい、どちらが正しいかを尋ねてみよう。」
 「分かりました。」
 結局、お二人は神が乗り移るという神主を探し出し、そのご意思を聞く事になりました。
 そして、それは朝早くに起こりました。
 神主がお二人の前でこう言ったのです。
 「国の神は地の神と天の神を従え、すでにこの地に降りていらっしゃいます。私はその使いの者です。今日はあなた達に神のご意思を伝えます。」
 二人とも、神の使いに丁寧に頭を下げました。
 その時です。神主が急に踊りだし、こう言ったのでした。
 「この国は汚された。皇后によって汚された。それを退けるならば神が味方する。その前に二人で勝負すべし。二人で狩りをして、先に猪を仕留めた方に神が味方する。正々堂々勝負しなさい。」
 そう言い終わると、神主はへなへなとその場に座り込み、そのまま倒れてしまうのでした。
 「これは、どうした事だ。」
 香坂王が言うと、忍熊王が言われました。
 「猪で狩りをせよとは、我々が猪を討とうとする様子を上方から神様がご覧になり、二人の誠の心が分かったら、猪をどちらかに与えて下さると言う事ではないだろうか。」
 「そうに違いない。われわれの誠の心をお見せしよう。」
 こうして、二人はその日のうちに近くの野原に行って、猪狩りが行なわれたのでした。
 猪はなかなか現れず、二人とも、神様はまだお決めになっていらっしゃらないのかと、焦れておりました。
 その時でした。一頭の大きな猪がいきなり香坂王めざして突進して来たのでした。とっさの事で、猪はあっと言う間に香坂王に襲いかかりました。忍熊王はすぐに矢を猪に向けて放ちました。しかし、香坂王はそのまま帰らぬ人になってしまわれたのでした。
 忍熊王が言われました。
 「悲しい事になった。だが、結果として、神様は私を選ばれたに違いない。」
 そうおっしゃると、忍熊王は皇后様との戦いに心を向けられたのでした。

 次の日、皇后様の軍を討つ為に、忍熊王は海に向かわれました。
 香坂王に向けて密かに強そうな猪を放たれたのは、部下の一人だったのです。
 忍熊王には裏で密かに動く特別な部下がいました。ことさら忍熊王からの命令がなくても、状況に応じていろいろと先回りし、忍熊王の為に働く者達がいたのでした。
 ですから、忍熊王はどんな状況になっても、結局は自分が勝てると考えていました。将来、海の向こうの国とも戦う為に、強固な戦士達を普段から養成してあったのです。
 忍熊王は香坂王が居なくても皇后様に勝てるという自信があったのでした。

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五 、 勝 利


 皇后様は戦略に長けておいでした。数々の戦いを経て、私がお側に居なくも敵に勝てるほどに戦い上手になっておられたのでした。 そこで私は皇后様に進言しました。
 「どうか私に幼い大鞆命様をお守りさせて下さい。皇后様には私の知恵などなくても負ける事はありません。また、部下には強い将軍が多数おります。私としては、大鞆命をお守りして、戦いの場からなるべく離れていただきたく思います。」
 皇后様がお答えになりました。
 「確かに、幼い大王を戦いの中に置くのは危険というものでしょう。なるべく外に置きたいものです。でも、所在が敵に分かってはなりませんよ。」
 「もちろんです。私にお任せ下さい。」
 「良いでしょう。」
 私は前線から離れて大鞆命様をお守りする事になりました。皇后様はすでに御子を大王と呼ばれており、これでは忍熊王と話し合う余地はありません。こうなれば、たとえ、どちらが勝っても、血筋を絶やさない為、幼い御子をお守りするのが、私の役目ではないかと考えたのです。
 ついに、皇后様の船団と忍熊王の軍が対決する事になりました。皇后様は一艘だけ、兵の居ない船を先頭にしておられました。それは、囮だったのです。皇后様としては、敵はとにかく、船を一艘手に入れようとして、大勢の兵がその船に向かって走ると考えておられたのでした。
 忍熊王の兵達は、その船にはきっと敵が隠れていて、油断したら襲ってくると考えていました。そのため、岸に着いても警戒して、すぐに襲おうとはしませんでした。
 しかし、実際には、その船に本当に兵はおらず、他の船にばかり兵がいました。
 皇后様の軍は敵がすぐに襲って来ないのを見ると、次から次へと船を岸に付けさせました。しかし、どうした事でしょう。忍熊王の兵達はそれでも襲って来なかったのです。
 皇后軍の将軍建振熊命は、ちっとも敵が襲って来ないのでどうしたものかと迷ったものの、とにかく岸に下りて体勢を整え、逆に攻める事を決意しました。
 一方、忍熊王の軍の総大将伊佐比宿禰はなるべく陸で戦った方が有利と考え、皇后軍を引き寄せて戦う作戦を取ったのでした。

 とうとう、二つの軍が衝突しました。双方とも、前方には強い兵を置いていました。その為か、共に譲りません。
 そこで、皇后様は側に居た部下におっしゃいました。
 「どちらか先に引いた方が、後ろ向きになって不利になるでしょう。とにかく、相手に引かせる手を考えなさい。」
 「ははーっ。」
 側近はすぐに、皇后の考えを将軍建振熊命に報告しました。
 建振熊命は少し考えると、こう言いました。
 「全軍、戦いを納めて、船に引け。」
 何と、建振熊命は皇后様のご指示と反対の手を打ったのです。これを知った皇后様が激怒なさった事は言うまでもありません。ところが、建振熊命は平然としていました。
 忍熊王の軍の兵達も、形勢が不利という訳でもないのになぜ急に相手が兵を引くのかが分からず、深追いしなかったのでした。
 建振熊命は兵を海辺まで戻すと、今度は敵の兵に向けて、白い布を振ったのでした。忍熊王軍の兵達は事情が良く分からず、すぐに総大将の伊佐比宿禰に指示を願いました。
 伊佐比宿禰はしばらく兵を引かせ、伝令を出しました。伝令はこんな返事を持って帰りました。
 「お互いに前方は精鋭ばかりでなかなか勝負が付かない、勝ち負けが決まる頃には半数以上が死んでしまおう。共に同じ国の兵なのに不必要な血を流したくはない。それで、双方とも一度引いて、もっと、簡単に勝負が付くようにしたい。」
 と言うものでした。
 総大将の伊佐比宿禰はもっともと思いながらも、何か策略があるに違いないと感じ、返事を出しました。
 「われわれは神のご意思で戦っているのだから、引くわけには行かない。ただし、そちらも同じ考えだとしたら、大勢の犠牲が出る。そこで、どうだろうか、大将同士で勝負し、決着を付けては。」と。
 建振熊命はこの返事を聞いて大笑いました。相手の総大将は伊佐比宿禰ですが、こちらの側は、建振熊命は将軍にすぎず、総大将は皇后様だったからです。
 忍熊王に対する立場は幼い大鞆命だったからです。
 「うーん、敵も馬鹿な事を言うものだ。」
 建振熊命は再び伝令を出しました。その内容は伊佐比宿禰の提案を受け入れず、しばらくしたら、総攻撃をかけ、一気に勝負を付けると言うものでした。
 返事を受け取った伊佐比宿禰は腹を立てました。それなら、初めから戦いを中断する必要はなかったからです。
 しかし、その時、伊佐比宿禰に連絡が入りました。遠くから何艘かの船がこちらに向かっていると言うのでした。
 (そうか、しまった。敵は援軍が来るので、時間を稼いでいたんだ。援軍の到着と共に一気に攻めてくるつもりだったんだ。これまで互角だったのだから、敵に援軍が来ればこちらが不利だ。)
 「ここは、ひとまず軍を引く。」
 伊佐比宿禰は全軍に命じ退却を始めました。建振熊命がそれを追走させたのは言うまでもありません。結果として、皇后様のご指示の通りになったのでした。
 実は遠くに見えた船は大鞆命様を乗せた、私の乗る船だったのです。兵はわずかしか残っておらず、とても援軍にはならなかったのです。それでも、船の数だけはあったので、敵はこちらの思い通り、錯覚したのでした。頭の良い伊佐比宿禰は私達の船の位置を計算していたのでした。
 こうした、頭の良い部下を持った皇后様の軍は敗走する忍熊王の軍を追い詰め、近江の国の逢坂という所まで追いかけたのでした。
 ただ、敗走していては、兵も逃げてしまう、そう考えて、逃げずに応戦した忍熊王軍でしたが、すでに態勢は決してしまっていたのか、再び敗走するしかなかったのでした。
 そして、ついに、近江の篠波という所までくると、兵は殺されたり、逃げたりで、ことごとく居なくなってしまい、最後に残ったのは忍熊王と伊佐比宿禰だけになってしまったのでした。
 何とか小船で湖にお逃げになった忍熊王と伊佐比宿禰でしたが、周囲は敵ばかり、どうにも逃げられないと覚悟なさり、とうとう二人とも入水して果てられたのでした。

 皇后様の軍は大勝利となりました。力の強い者、知恵のある者を従えて、皇后様の権威はますます不動のものとなりました。当然、これで大鞆命様は公然と次の大王と名乗れる様になったのでした。
 しかし、私は気掛かりでした。多数の人の血を流しただけではなく、腹違いとは言え、母が息子達を殺して権力を握ったのです。この汚れを祓わなければ災いが降り懸かります。
 私は大和に凱旋なさる皇后様とは別に、御子を連れて禊の旅に出る事を願い出たのでした。

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 六 、 新 し い 時 代


 私が御子をお連れしたのは若狭でした。若狭の海で私共々御子をお清めしたいと願っての事でした。
 私どもが行なう禊は、古来、川や海に身を沈めて行なうものでした。ただ、戦で血を流した身ともなると、簡単ではありません。私は土地に住む禊の達人を探し当てたのでした。
 達人はこうおっしゃいました。
 「禊は、ただ身を清める為のものではなく、自分自身の霊を蘇らす神事なのじゃ。だからこそ、神様に出会えるほどに修行しなければならん。
 幼い御子を連れてお出でともなれば、よほどの覚悟をせられよ。」
 私ははっとしました。それまで、私どもが行なっていた禊は汚れを祓う事ばかりでありました。自らの霊を引き出し、神様の御前にも出られるようになる為などとは到底、考え及びもしなかったのでした。
 私は、この達人に正しい禊を習いました。御子がもっと大きければ、大王の血筋の伝統にしたいものでしたが、このお年ではそれも適いません。
 私は、この後、越前にも行って禊を行ない、その土地に住む賢人達人に教えを請うたのでした。
 ある夜、私は夢を見ました。夢の中では白い衣を来た神様が、私にこうおっしゃったのでした。
 「代々の大王がこの国を統治しようとしているようであるが、支配される側は一方的に支配されるのである。大儀がなくては神の敵になる事と心得よ。
 やがて、この国も一つにならねばならないという事はあろうが、手段が何でも良いと言うわけではないはず。ましてや、親子兄弟が大儀でなく、権力が欲しいだけで殺し合うのは神の望むところではない。
 かといって、今更、国をバラバラにすれば、これまで以上に血を流す事にもなるであろう。
 大王も神の力を願うのであれば、正しく神を祭り、正しく神に対面出来る様な大王になってもらわねば困る。
 せめて、正しい神事を行なう様、皇后に進言せよ。」
 そう言われると、神様は見たこともない修行の方法と儀式を私に教えて下さったのでした。
 私はかつて、神懸かりについて達人に尋ねた時、正しい神事に付いて話された事を思い出していました。
 (今、私に出来ることはこれしかない。そして、何とか、大王様が国を治めるに相応しく成長される様、力を尽くさねば成らない。)そう考えたのでした。

 やがて、私達の一行は皇后様の待つ大和へと入りました。そこにはわが子を待つ母の姿がありました。
 (ああ、このようにお優しい皇后様が、どうして血筋の者を殺してしまわれるのであろうか。)
 私は深い溜め息を付いたのでした。
 皇后様は皇太后様となられ、御子の摂政となられました。御子はやがて大王になられる事が決まっておりました。
 時が経ちました。
 ある時、皇太后様がおっしゃるには、この国はやがて、再度、海を渡る事になる。それを踏まえて、強い国を造らねばならない。そのためには、反対する者の力を弱くしたい、と言う事でした。
 私は国家を造るに当たり、強い支配力を求められるのは自然な事だと思いました。そうしなければ、外敵にも弱いと思ったからでした。
 ところが、やがて、皇太后様には自ら神のごとしお振舞いが見られ、すでに一部では神をないがしろにしているという批判が出ていたのでした。
 私はある日、決意して皇太后様に申し上げました。
 「このままでは、部下の者達も諸国の者達も皇太后様から心が離れてしまいます。どうぞ、ご一考を。」 
 「なぜ、私から皆の心が離れると言うのじゃ。」
 「大王と言えども人の子です。神ではありません。ましてや、皇太后様は大王ではありません、人でしかないのです。また、皇太后様はあの時より一度も神懸かりをなさいません。それなのに、まるで神が乗り移ったかの様なお言葉が目立ちます。」
 「私には神様のご意思を伝える義務があります。神懸かりなどせずとも、私は神様のご意思が分かるのです。」
 「おそれながら、申し上げます。すでに国の力は全て皇太后様にあり、今更それを脅かす者はおりません。
 しかしながら、だからこそ、正しく国を治めねばなりません。特に国の神や王家の神よりも、それぞれの地域の神を祭る者達を認めてやらねばなりません。神はそれぞれに人とつながっており、必ず国の神を祭るものではないと存じます。」
 「お前はいつから、そのような無礼な事を口にする様になったのか。」
 「目をお覚まし下さい。皇太后様が御力を願われているのは日の神です。確かに貴い神様でございます。しかしながら、海の神も山の神も皆貴く、それぞれに人々が祭っております。ましてや、そのように貴い日の神がどうして大王家の神になったのでしょう。
 これは明らかに神を欺くものと存じます。」
 「お前もそこまで言うからには覚悟があるのじゃな。」
 「はい。」
 「どのような覚悟じゃ。」
 「もとより、私の命はとうに神様に捧げております。」
 「ほう、いかなる神にじゃ。」
 「イザナギの神様にございます。」
 「ほお、この国をお造りになった貴い神様ではないか。」
 「はい。」
 「そのような貴い神様に命を捧げると言うからには、私がお前を成敗しようとすれば、それなりの手も打っていようのう。」
 「はい。その時は皇太后様が神懸かりを演じられ偽りの神の言葉を発せられたと触れ回る者を用意しております。」
 皇太后様のお顔の色が変わりました。やはり、神懸かりは嘘だったのです。私は今しかないと考え、強く意見しました。
 「いかに皇太后様に国を思うお考えがあると言えども、夫である大王を殺すなど許される事ではありませぬ。そのような行為は貴い神様の望まれる事ではないと思います。」
 「そこまで知っておったのか。ならば、今さら隠す事もあるまい。本当の事を教えてあげましょう。」
 そこまでおっしゃると、皇太后は急に馴々しくおなりになられたのです。
 「私はねえ、どうしてもわが子を大王にしたかったのですよ。子が出来たと分かった時は、本当に嬉しかったのです。何しろ、夫は私をいつも側に置いていましたからね。次の大王は当然、私の子供がなると思ってたんですよ。
 それなのに、あの人は王位は長男から順番に権利があるなんて言うのよ。ああするしか他に手がなかったのよ。」
 「しかし、それは、神のご意思を受け、神の力を得る者のする事ではありません。」
 「そうね、私もそう思う。でも、結果は大成功よ。新しい国は手に入るし、言う事無しでしょう。」
 「それは違います。考えても見て下さい。御子にとって兄に当たる人があなたの軍によって殺されました。当然、恨んでいる人もいるでしょう。ましてや、神の名を偽りました。これでは神様は御力を与えては下さりません。」
 「私は神を利用したのです。最後までこのまま利用します。考えても見なさい。それでも戦争に勝ちましたよ。それは私の力です。それでもあなたは私に背きますか。」
 「いいえ、背くのではありません。今となっては、この国を再び分裂させる事は良い事ではないでしょう。このまま進むしかないと思います。」
 「ならば、良いではないですか。」
 「良くありません。人はいずれ死にますが、国はずっと先まで続いて行くのです。先の事を考えて国造りをしなければなりません。」
 「もう良い。分かりました。国造りはあなたに任せましょう。私はあなたの意見をなるべく聞きましょう。実際、それがあなたの狙いでしょう。」
 「皇太后様、私は脅しに来たのではありません。」
 私は自然に涙が出そうになりました。皇太后様には私の思いは全く届かない事が分かったからです。
 そして、私はもう一つの決断をしたのでした。

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 七 、 結 論


 時が経ち、御子(応神天皇)が三歳になっておられました。明日は皇太子になるための儀式があります。御子は何も知らない様に無邪気に遊んでおいででした。
 皇太后が私を呼ばれたのには訳がありました。皇太子になる儀式を、神の力を得る儀式として臣下に示して欲しいと以前から言われていたのでした。それなのに、私はその話をこれまでずっと無視し続けており、前日になってすら、何の準備もしていなかったのでした。
 皇太后の怒りは頂点に達していました。人払いをされる皇太后はおっしゃいました。
 「あなたは明日に迫った儀式を何と考えておられるのか。」
 私は黙っていました。
 「明日は臣下が大勢集まって来る。本来なら、今日はその準備で忙しくてならぬはずじゃ。それなのに誰も準備しておらん。どうなっておるのじゃ。皆の食事は私が手配したから良いというものの、式はどうなっておるのじゃ。」
 私はゆっくりとお伝えしました。
 「その件に関しましては、随分前にお断りしてあるはずですが。」
 「そんな事はならぬと言うたはずじゃ。考えても見よ。明日なのじゃぞ。何とかせよ。」
 「誰か別の者に命じられては。」
 「何を言う。神事はお前が第一と諸国の王達は皆知っておる。今度の儀式は神の力を得る儀式なのじゃぞ。お前がやらなくては、皆、不思議がるであろうが。第一、お前でなくては、本当に神の力が得られるとは、皆、信じないであろうが。」
 「何とおおせられましょうと、私は神を偽る事は出来ません。」
 「別に偽れとは言っておらん。御子は私と違って、まだ子供じゃ、罪は犯しておらぬ。汚れてもおらぬ。だから本心から、お前が神の力を呼べば良いのじゃ。そして、御子に授ければ良いのじゃ。」
 「皇太后様、神事はそのように楽なものではござりません。神の力を得るとすれば、本当の禊をして鎮魂をせねばなりません。それは幼児では無理なのでござります。」
 「だから、お前が代わりに儀式をして、御子にそれを与えれば良いのじゃ。」
 「残念ながら、私がこれまで学んで来ました修行にも儀式にもそのように都合の良いものは無いのでございます。」
 「ないと言うのか。」
 皇太后様はたいそう興奮されているご様子でした。そこで私は言いました。
 「今から思えば、先の大王が行なわれた儀式などは神事ではありません。あんなものでは何の役にも立たないのです。国を治める長として、神の力を得たいのなら、普段から修行をしていなければ駄目なのです。その時だけのいい加減な修行を儀式の中で行なってみても、弓や槍が急にうまくはならないのと同様に、修行が急に身に付く訳がないのです。
 神懸かりが簡単には出来ない様に、普段、何もしていないただの人に出来る様なものではないのです。」
 「黙りなさい! 言わせておけば!」
 皇后様は頭から湯気が出るのではないかと思えるほどに、力んでいらっしゃました。
 私はそれでもこう言いました。
 「皇太后様、国を治めるのに、神の力を得たいのなら、本心から神に仕えねばなりません。そうでないなら、神を語らず、人の知恵で国を治めるのです。」
 「ばか者。考えても見よ。この国が神なしで治まるとでも思うのか。」
 「それならば、本心から。」
 「えーい、黙りなさい。そんな事をする気があれば、人に頼んだりするものか。
 いまいましい奴じゃ。人の弱みに付け込んで言いたい放題とは、お前の事じゃ。お前こそ、神様をも恐れぬ罰当たり者じゃ。」
 私はしばらく考えました。そして、ゆっくりと言いました。
 「皇太后様が儀式を行なわれたらいかがですか。皇太后様は演技がお上手です。かつては私さえ騙されました。臣下に分かる事はありません。」
 「そうか、その手もあったわね。」
 皇太后は急に元気になられました。そして、私を下げられました。おそらく明日の儀式の次第について、考えられるのだと思えました。 そして、いよいよ次の朝となりました。

 大きな木の回りに、円のごときに女性達を座らせ、木の下に祭壇が作ってありました。これだけ見れば、他の祭場とそれほど変わりはありません。ところが、今回は祭壇の向かい側の方角に多数の人達が集まっていました。彼らは国の各地から招かれていたのでした。
 こうした儀式では威厳が大切です。すでに主役の御子は立派な衣装を着て、隣にある家の中に控えていました。もちろん、皇太后は一緒に付き添っておられました。
 いよいよ、始まるという時、私は再び皇太后に呼ばれました。そして、こう言われました。
 「これからも政治はお前が中心とします。ですから、つつがなく終わる様に、必ず協力しなさい。」
 付け人逹の前でもあり、私は深く頭を下げました。それでも、返事はしませんでした。室内を気まずい空気が流れました。それでも、私は意に介さず、そのまま退席したのでした。
 儀式が始まりました。
 御子が皇太后と共に皆の前に現れました。それから御子は祭壇の正面に座りました。いつもは賑やかな御子も、今日はよほど言われたのか、ちょこんと座っていました。もちろん、それでも子供は子供です。あっちを向いたりこっちを向いたりで、なかなか落ち着いては居られないようでした。
 皇太后が詞を奏上なさいました。さすがに御声が美しく、聞く者の心を引きつけるのでした。それから皇太后は緑色をした木の枝を持つと祭壇に近付き、二度三度と左右に振り、それから御子の頭上でもそれを振られました。
 ここまでは、どこにでもある儀式で参列者もことさら注目する様子もありませんでした。
 ところが、参列者が驚いたのはこれからでした。
 皇太后は急にその場に膝まづくと、軽く目を閉じ、こう言いました。
 「私は神である。」
 それは、まるで男の様な威厳で、さっきまでの女性の美しい声とは似ても似つかぬものでした。
 参列者は神懸かりが起きたと知り、急に緊張し出すのでした。なかにはひそひそ話をするものもいました。皇太后は神のお告げが出来る人だったのを思い出したとでも言っているのでしょうか。小さな声なので、私には分かりませんでした。
 皇太后はこう言いました。
 「この御子は我らの御子である。人の息子ではなく神の息子である。人の腹を借りて生まれはしたが、元は天の神である。皆のもの、くれぐれも御子に逆らうでないぞ。この国はこの御子に神が与えたものであるから、皇太子に従わぬものは、天の神全てを敵とする事であるぞ。」
 参列者達は最初はただ驚いていましたが、そのうち、我に帰ったのか、頭を下げて聞いている者が多くなりました。
 皇太后の儀式は大成功のうちに終わりそうでした。
 皇太后が話を終わろうとした時でした。私の部下がこう言いました。
 「神様にお尋ねします。」
 「えっ。」
 皇太后は予期せぬ事態が起こったと見えて、一瞬、表情が曇ったのでした。
 部下が言いました。
 「貴方様はなぜ、正式な神懸かりではなく登場されたのですか。」
 皇太后に入ったという神は言った。 
 「あなたはこの儀式の大切さを知らないようだな。」
 そこで今度は私が言いました。
 「あなたが神なら、尋ねましょう。魂を震わす業はどのような業で、いかなる目的があるものなのでしょうか。」
 「ナニ。」
 皇太后は明らかにうろたえていた。私が真実を知っている限り、話を続ければ必ず化けの皮が剥がされてしまうからでした。
 皇太后に入った神様が言いました。
 「今日は、そうした話はしない。皇太子になる儀式である。」
 私が反論しました。
 「これでは神様のお力を得た皇太子になる儀式とは言えません。本人に何の力も入っていません。この場で力をお与えにならないのですか。」
 皇太后に入ったという神は、一瞬、私の方を見て睨みました。その上でこう言いました。
 「神様はいつも正しい。まして、私は日の神の使いです。山や川の神と同格の神なのです。あなたは黙っていなさい。」
 私はおそらくそう言われると予想していました。ですから、こう言ったのです。
 「私は神主に入った神を見分ける審神者という役目もおおせつかっています。この役目は皇太后様から命じられた役目なのです。この役目は、神主に入った神様が本物の神様かどうかを見抜くのが仕事なのです。かつて、海の向こうの新羅に出兵する事を決めた時にも、私と皇太后様で神様のお告げを受けたのです。
 ですから、皇太后様に神様が入られたとなれば、私はただ黙ってはいられないのです。」
 会場は静かに二人のやり取りを聞いていました。
 皇太后に入った神は黙ってしまいました。
 私はさらに言いました。
 「審神者としての私が見るには、あなたは偽りの神です。」
 「何を無礼な。」
 神が烈火のごとくに怒って言いました。それを見ていた御子は怖くなったのか、泣き出してしまい、その場を離れてしまわれました。 それを見た神は参加者の前であるにも関わらず、私を強く睨み付け、こう言いました。
 「お前は大切な儀式を台無しにした。罰あたりめ、死んでしまおうぞ。」
 「望むところです。」
 私はなぜか自然に言葉が出てくる様な感じがするのでした。私は強く言いました。
 「罰を与えるのなら与えるが良い。されど、そなたはイザナギの神とスサノウの神を敵に回す事になる。それを覚悟で罰を当てよ。」
 私は当初、こんな事を言うつもりはありませんでした。しかし、今は言葉が自然に出てしまうのでした。
 私の言葉に威厳を感じたのか、神はたじろいでしまいました。私が恐れないのを見て、私の対抗手段を恐れたのでしょう。でも、本当は私が殺されても、皇太后の秘密を世間にばらすようには仕組んでありませんでした。それを知らない皇太后は私を恐れたのでした。
 皇太后に入った神は言いました。
 「とにかく、儀式は終わりとする。」
 そう言うと、皇太后は急にその場に倒れてしまいました。
 私は参加者に大きな声で言いました。
 「皇太后様に入った神の偽者は怯えて逃げ帰ったり。」
 一瞬の静寂があった後、回りにいた女性達が皇太后に駆け寄り、隣の家の中へと運んでいきました。こうして皇太子になる儀式は終了しました。

 次の日、参加者達は日本の各地へと旅立って行きました。彼等は口々に、
 『王家には武内宿禰という正しい審神者がいるので、偽者の神が入っても、騙されることがない。』
そう言って、去って行ったという事でした。
 何日かの日が過ぎました。
 皇太后が私を呼んでこう言いました。
 「あなたに習って、正しく国を治めましょう。でも、あなたが生きている間しか、あなたには力はありませんよ。あなたの子孫にいくら私の秘密を伝えても、その頃には根拠のない話とされるでしょう。
 あなたは自分が生きている間だけの力。私は子子孫孫に至るまで権力をふるえるのです。」
 私が言いました。
 「あなたは権力の奴隷です。あなたの子孫がいくら権力を持ったとしても、それはいつわりの虚勢です。神様は全てご存じです。親子兄弟をも血に染めるあなた達の行為は、やがて本当の神によって裁かれるのです。」

 実は先の大王にはもう一人の男子がいらっしゃいました。誉屋別王です。皇太子とは腹違いの兄弟でした。この方には賢い側近が付いておられ、先の二人とは違って、勢いのある皇太后とは戦わなかったのでした。しかし、それも、その時だけの事だったのでした。本心はもちろん、皇太后の行為を非難しておられたのです。
 誉屋別王の使いが私を訪ねて来たのは、あれから数日の後の事でした。
 使いは私に皇太后を殺すようにと言ってきました。そして、誉屋別王に仕えて欲しいと言うのでした。
 私はそんな気はなかったものの、誉屋別王はどんな国造りを考えているのかと聞きました。
 ところが、使いは言いました。
 「皇太后は自分の権力の為に血筋を殺した。だから、自分達も同じ事をして何が悪い。」
それだけなのでした。誉屋別王も側近達もただ、地位と名誉が欲しいだけで国造りの事は頭になかったのでした。 
 私は失望しました。それでも、最善の手を打ちたい、そう考えて一計を案じました。
 二日後、皇太子の住まいには皇太后と誉屋別王が座っていました。外には双方の部下がいましたが、中にいたのは、私と誉屋別王の付け人の一人だけでした。
 私の発案で、これからも仲良く国を造っていくという話し合いが行なわれました。もちろん、皇太后は警戒していました。それは誉屋別王も同様でした。
 話が進むうちに今後の話になりました。私が、誉屋別王に大王を譲ったらどうか、そう言ったものですから、話は混乱しました。幼い皇太子が、あっさりとそれで良いと答えてしまったために、なお一層、混乱したのでした。
 両者とも譲り合うことがなく、双方、引くに引けないぎりぎりのところまで追い詰められ、頭に血が上った誉屋別王は、さっと刀を握りしめ、とうとう皇太后に向けて振りかぶったのでした。しかし、それ以上の事は出来ませんでした。
 共に部下を外に置いており、簡単には相手を殺せなかったのです。その場の殺伐とした空気をどうすることも出きず、しばしの沈黙がありました。
 その沈黙を破るかのように私は言いました。
 「誉屋別王には謀反の心あり。今日それを確認しました。この後、誉屋別王に謀反の動きがあると考えられし時には、即刻、死罪とします。」
 誉屋別王と付け人は何が起こったのか分からないと言った表情で呆気に取られていました。
 そして、私は皇太后に言いました。
 「私の身にもしもの事があれば、私の部下がすぐに誉屋別王にあなたの秘密をお知らせします。そして、誉屋別王こそが大王であると、私の名によって、各地に知らしめます。 
 よって、これからは私の指示でのみ行動して下さい。」
 皇太后は額に汗をかきながらも、言葉が出ないのでした。

 その日から、私は王家と共に国造りの仕事を続け、私の子孫も次々と政治を司ったのでした。


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