4. 死 後 、 不 幸 に な ら ず に す ん だ 人

 ある霊魂の他界後の足跡を、
 なるべく分かりやすいように、物語風に記述します。







 和夫(仮名)は若くして他界した。交通事故だったせいで、自分が死ぬという心の準備ができていなかった。
 そのためもあってか、和夫はしばらく、いろいろな所を彷徨った。落ち着いたのは、だいぶ経ってからのことであった。




 和夫は生前、決して悪い人間ではなかった。ところが、世間からはあまり評判がよくなかった。暴走族のような友人がいた事もあって、近所では不評だったのである。
 そんな和夫が落ち着いた場所は田舎であった。見渡すと山があり、川まであった。地上ならば田圃や畑があるのであろうが、死後の世界では食事を取らないためなのであろうか、そういったものは見当たらないのであった。
 和夫は若いためか、喧嘩をしてしまうことがあった。もちろん、相手は同じような年代の男性である。
 その日もちょっとした事で喧嘩になり、激しい念を飛ばし合い、双方とも痛い思いをしていた。
 こんな事なら喧嘩なんかしなけりゃ良かった、と心の中では思うのだが、始まってしまった喧嘩は、双方ともなかなかやめられないのであった。
 地上なら、殴ったり蹴ったりするのであろうが、霊魂の世界なので、殴ると考えると、なぜか、相手がまるで殴られたかのように飛んでしまうのである。これを二人で際限なく繰り返し、共に苦しむのだが、片方がやめるとめった打ちにされそうで、結局やめられないのである。
 「もう駄目だ。ここを出たい。」
 和夫が田舎を出たのはそうした事情があったからである。

 やがて、和夫は悪い霊魂の目に止まり、仲間に引き込まれる事になった。いつの間にか、和夫は喧嘩が得意な大勢の霊魂に取り巻かれたのである。

 和夫の苦しみが一層深くなった。しかし、和夫には生前から正義感のような気持ちがあった。すぐに喧嘩をするのは確かにいけないが、本人としては、できれば悪い事はしたくないと考えていた。
 そんな和夫は悪い霊魂たちの仲間になる気はもうとうなかった。
 和夫はある時、逃げ出した。捕まった後での制裁を考えて決して逃げ出さないのが一般の霊魂であるが、和夫は違っていた。
 心の中で、何かが自分を呼んでいる、そんな気がして突っ切ったのである。
 和夫はとうとう逃げ切った。なぜなら、追っ手が迫って来た時、助けが入ったのである。
 それは不思議な体験であった。
 追っ手の手に落ちると思われた、その瞬間、心の中で自然に沸いてきた言葉があった。それは和夫自身どうして口走ったのか分からない事であった。
 生前、どこかで耳にしたのであろう、何か呪文のような言葉を叫んでいたのであった。
 その時である。空から突然光のようなものが降りて来て、いきなり追っ手の目をくらましてしまったのである。
 追っ手は眩しくて目が開けられないらしく、それぞれに散って行った。
 和夫は一人になった。それから一人で長い旅をした。

 随分と月日が流れて、ランクが上の世界に入ってから、和夫は知った。
 霊力をともなう呪文が上の世界の霊魂を引き寄せ、その輝きの格差により、悪い霊たちが逃げ出したという事を。

 和夫が先輩の霊魂に言った。
 「地上にいた頃、神なんて馬鹿にしていたけど、呪文に力があるなんて、びっくりしましたよ。」
 先輩が答えた。
 「私も同じだよ。地上にいた頃は宗教とか、修行とかは弱い人が縋るものだと思っていたよ。
 でも、こっちに来て分かったのは、心の弱った人が宗教に入りやすいというだけで、宗教や修行自体は大切だったんだ。
 地上にいた頃から知っていれば、今ごろずうっと上の世界にいたと思うよ。」
 「同感です。」

 和夫はどこで呪文を知ったのか、まだ思い出せないのであった。 


死後の世界は物質でできてはいないので、私達にとっては不思議な事がたくさん起こるようです。


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