『立山の神殿』


     目次

  一、立山の豪族
  二、邪神の侵略
  三、御神託
  四、神殿の秘密



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 一   立 山 の 豪 族

 その頃、今の富山県は越の国と呼ばれる地域の中にあり、幾つもの小さな国が集まっていた。複数の豪族が兵士を従えて、小国を支配していたのである。周囲を山と海で囲まれていたためか、日本の他の地域との交流も少なく、そこは独自の文化を誇っていた。
 立山の下方一帯を支配していたのは巫女であった。この女性は神祭りが上手で、民衆の信用があり、御神託によって政治を行ない、人々は安定した生活を送っていた。
 また、立山から見て、日が沈む方角の地域に二神山という山があり、その山の周辺を治める男の豪族がいた。彼は巫女の政治に大変な興味を持っていた。
 豪族の名前は八父部といい、少し変わった神祭りをし、自分の知恵で政治を行ない、人々を治めていた。
 八父部は実際のところは巫女の名前さえ知っておらず、その実態を良く知っていなかった。そのためか、彼はわざわざ事前に使者を立て、巫女を訪問することにしたのであった。 その後、この二つの小国は、戻りようがないほどの深い対立へと進んでしまう。そして、それが越の国に悲惨な事件を引き起こすのであった。

 それは、夏の暑い日であった。八父部の使者はふらふらになって帰ってきた。
 どうやら、必死に走って来たらしい。水を飲んで一呼吸すると、使者は息を切って話し始めた。
 「八父部の神に申し上げます。巫女の国は戦争の準備をしています。まるで、越の国を全て支配しようとしているがごとしで、次から次へと兵士を雇っています。
 私が巫女に面会を求めたにもかかわらず、側近はそれを拒否し、巫女を『越の国の神』と言って、対等には会わせてくれませんでした。私はこのままでは命が危ないと考えてすぐさま逃げて参りました。」
 八父部は怒った。
 (兵力の増強を計り、わざわざ立てた使者に面会もしないとは、まさに戦争の準備に違いない。
 やがて、この国にも攻めて来るかもしれない。)
 八父部はすぐに兵力増強の計画に入った。
 八父部には二つの作戦があった。一つは攻められる前に攻めてしまうという作戦。もう一つは周辺の諸国と手を組み、力を蓄え、周辺の国に巫女が攻めて来たら、それを助ける形で参戦するというものであった。
 八父部の側近たちは後者の作戦を主張した。自ら攻めていく場合は、一国の兵力だけで戦う事になるが、他国が攻められてそれを助ける場合なら、他の国と協力して戦うことが出き、兵力が増すというのであった。
その上、戦争を行なう名目がはっきりして戦いやすいので、ぜひ、後者を選択してほしいというのである。
 八父部は考えた。
 (敵の戦力を知らないで相手を攻めるのは何とも愚かだ。ここはしばらく、相手を調査しよう。)
 八父部は自国の兵力を整える一方で、巫女の国に偵察員を送ることにしたのであった。
 どれだけかの月日が流れた。あたりはいつの間にか雪になっていた。この季節に攻めてくる者はいない。
 八父部の国では戦争のことなど忘れて、寒さとの戦いに頭を悩めていた。
 ところが、そんな時である。巫女の国に放った偵察員が戻って来た。
 彼が言うには、巫女の国では兵力を整え、暮端山の周辺を支配する豪族を早急に攻めることが決まったというのである。
 八父部は青ざめた。 
 (もし、それが本当ならこの国にも攻めてくるかもしれない。いや、それ以前に援軍を出す約束をしてしまってある。こんな雪の中を殺し合いをしろと言っても、この国の兵隊は動いてはくれない。
どうすれば良いのだろう。巫女の国の兵はどういう考えをしているのだろうか。)
 八父部の困惑は側近たちの不信を招いた。 普段から無敵と呼ばれ、神を名乗る八父部が苦しんでいる。それも、戦う前から相手を恐れている。側近たちの心はいつしか八父部から離れていった。
 やがて、暮端山の豪族から知らせが入った。立山の巫女の兵が攻めて来たので、約束どおり援軍が欲しいと言うのであった。
 もちろん、事は急を要する。すぐに出兵しなければ間に合うわけがない。
 それでも八父部は動かなかった。いや、動けなかったのである。
 何日かして、八父部に知らせが入った。暮端山の豪族は巫女の支配下に入ったという。 
八父部は思索に耽る毎日となった。
 (この雪の中、自国の兵は動いてくれそうにない。暮端山の豪族とは、お互いに助け合う約束をしていたのに助けに行かなかった。この件で周辺の諸国は自分を信用しなくなったに違いない。
いや、それ以前に自国の兵が自分を信用していまい。)
 八父部は窮地に追い込まれた。
 その頃、他の国々では、巫女と同盟を結び、戦争を避けるという方向に動いていた。
いくら戦争のうまい巫女でも雪が解けて複数の国から同時に攻められては困るに違いない。
それを考えれば、同盟に応じてくれるだろう。諸国の見解は大体同じであった。
 実際、事情や考えの違う複数の国が一つにまとまって戦争をする事は、よほど卓越した指導者がいないと上手く行かない。出来れば、戦争を避けたい。それが諸国の共通した見解だったのである。
 じばらくして、幾つかの国が巫女に同盟を求めた。もちろん、八父部もその中に入っていた。
 ところがである。巫女はあっさりそれを蹴ったのである。
 巫女は戦闘的な指導者なのか、平和より戦いを好むらしいのであった。
 八父部の国はざわめいた。そのうち、立山の国が攻めて来る。それも、相手を倒す強い兵隊である。
そんな恐ろしい兵に攻められたら、勝てるわけがない。その上、自国の神は腰抜けときている。
 兵隊たちの動揺は民衆にまで広がった。今のうちに降参して立山の国に入れてもらえないだろうか。
人々は逃げる事しか考えなくなっていた。
 そんな時である。
 海辺の国が遠くの国から援軍を連れてくるという噂が流れてきた。どうやら、海辺の国では船を操って、遠くへ行くことが出来るらしく、遠くの国の情報が入るらしいのであった。
 八父部はこの情報に引かれ、急ぎ海辺の国に使者を立てた。その後、直接出向いて行った。
 話によれば、海から行く遠い国には、冬でも雪が降らない所があり、そのまた遠くには巨大な国があるというのである。その国が攻めてくれば越の国などは一たまりもないという。
 海辺の国の豪族は『火見の神』と名乗っており、大変な博学であった。
 火見の神は賢かった。この神の力を借りれば生き残れるかもしれない。八父部は火見の神の協力を得るために、貢ぎ物の約束をしたのであった。

 とうとう雪が融けた。それは、越の国に大きな試練をもたらす事になった。


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 二   邪 神 の 侵 略

 越の国では、雪融けともに、小さな国々が一斉に戦争の準備に入った。特に、立山に近い国々では、それぞれに同盟を結び、立山を包囲する勢いとなった。
 一方、八父部はそうした動きに同調しながらも、もう一方では、火見の神に教えを請い、遠い国の戦術や政治を学ぼうとしていた。
  立山の巫女は一向に動かなかった。他国の団結に作戦を変えたのか、それとも、時期を待っているのか、それは、豪族たちに眠れない程の不安と疑心を与えた。
誰かが裏切ってはいないか、それが強い指導者を持たない豪族連合の欠点であった。
 しばらくして、一つの噂が越の国を駆け回った。どうやら、噂の出所は立山の巫女のようであった。
 遠く出雲の国から兵隊が来て、越の国を乗っ取るというのである。これには豪族たちも腰を抜かしてしまった。
 越の国の中の一国が攻めて来るというだけでも、大騒ぎをしているのである。それなのに、出雲という大国が攻めて来たらどうなってしまうのか、豪族たちは急いで集合したのであった。
 豪族の一人は言った。
 「どうして、わざわざここまでやって来るんだ。途中に支配したい国はないのか。」
 もう一人が言った。
 「立山の巫女が最初に言ったらしいから、この話は嘘かもしれない。俺達を混乱させようとしているに違いない。」
 ところが、もう一人がこう言った。
 「それも確かに考えられる。しかし、それでは立山の巫女には不利ではないのか。皆がかえって団結してしまうぞ。」
 「うーむ。」
 豪族たちは考えあぐね、とうとう立山の巫女に使いを出すことにした。真相を知るためである。
もしも本当なら、立山の巫女にとっても、越の国同士で戦っている暇はないはずであった。
 ところが、返事は意外なものであった。
 「出雲ではご神託が出たらしく、それは、『越の国が勢力を持つ前に支配下に入れないと、そのうち強国になり、周辺の諸国を侵略する』というものである。そのため、出雲の国がいずれ攻めて来ることは確実で、その前に越の国を統一せねばならない。したがって、一刻も早く、立山の巫女に従え」と言うのであった。

 豪族たちの会議は困惑した。もしも、それが本当だとしたら、今は越の国の中で争っているわけには行かない。かといって、偽りであったら、立山の巫女に騙される結果になってしまう。信じるべきか信じないべきか、簡単には結論が出せない難問なのであった。
 しかし、金持の神と名乗る豪族が言った。
 「この話は立山の巫女に都合が良すぎる。もし、そうなら、なぜ、暮端山を攻めたんだ。
先に出雲の事情を説明してから、それに応じない者は容赦しないと言うのならともかく、何も説明せず、他国を攻めて、今ごろになってから、都合のよい話を持ち出すのは随分とおかしな話だ。」
 豪族たちの考えは傾いた。
 中には異議を唱える者もいた。しかし、立山の謀略を許さず、で大方の賛同が得られた。
 そして、金持の神を中心として、立山に先制攻撃を掛ける事になったのである。
 八父部は困った。一応、金持の神に従うとは言ったものの、会議には出なかった火見の神の意見が知りたい。
 金持ちの神を中心とした諸国の兵隊が立山を攻めたのは数日後の事であった。その中に八父部と火見の神の姿はなかった。
 戦いはあっさりと終わった。
 立山の巫女が待ち構えていたからである。至る所に罠が異掛けてあり、予想以上の負傷者が出た。
その上、夜になると獣が鳴き、兵士達が恐れている間に、大将の金持の神があっさりと逃げてしまったからである。
 大将の逃げた軍は悲惨である。誰も統率できない兵達はただ逃げて行く。勢いが付いた追う側の兵の強さとは格段の違いであった。
 やがて、敗れた国々は立山の支配下に入った。残るは八父部と火見の神、そして、幾つかの小国のみとなった。
 立山の巫女はその名前を広く公表した。国造呼と呼ぶのだと言う。その名前には野心が隠されていた。
 国造呼の政策はなかなかのものであった。これまで、別々だった国同士のしきたりを統一し、分かりやすい国造りをした。
 また、船で入って来る遠い国の人達をもてなし、情報を得る事に努めた。
 越の国は立山を中心として、強大化しつつあった。   
 しかし、国造呼にはまだ、やらねばならないことがあった。八父部や火見の神といった、残された小国の征伐である。
 もちろん、そんなことはすでに承知の博識者火見の神は、八父部や他の残った小国を集め、作戦会議に入っていた。議題はもちろん、天津神をも恐れぬ侵略者、邪神国造呼の征伐であった。

 まず、火見の神が中心となり、八父部ら他の豪族たちはその考えを聞く形で会議が進められた。
 火見の神の考えは大胆であった。遠い国の兵隊を頼んで国造呼を倒し、しかる後に、国造呼の所持する財物を遠い国の兵隊に与えるという案であった。
 しかし、豪族の一人が質問した。
 「事がうまく行かなければ、どうなるのですか。簡単に勝てない場合は、支払う財を自分達で用意しなければならなくなるのではないでしょうか。」
 火見の神は答えた。
 「では他にどうすれば良いというのか。このまま時間が経てば、やがて、我らは全滅する。
何もしなければ、負けるのを待つだけだ。短期の決戦を狙って、一気に勝負を付けるしかない。」
 八父部は不安になった。少し強引な作戦に思えたからである。
 しかし、他に何の案も出ず、会議は終了した。時間はあまりない。よって、日が十回登って沈んだ次の日、全兵士が集まる事が決定された。火見の神はそれまでに遠い国の兵隊を集めねばならず、それぞれの国は戦いの準備に入った。
 この情報はすぐに国造呼の耳に入った。当然、国造呼の側も急いで準備に入った。兵隊が三隊に分けられた。あまり信用出来ない将を信用のおける将の下に組み入れ、国造呼は自分の周りに、支配した豪族の子供達を置いて監視し、裏切りを防いだ。
 そして、ついに決戦となった。国造呼の第一陣は暮端山に陣を張り、二陣と三陣は一歩下がった平野にいた。
 一方、八父部の軍は慌てていた。頼みにしていた遠い国の兵隊が来てくれなかったのである。
火見の神の大将としての立場は丸潰れであった。これでは士気が上がるわけがない。これでは戦う前から勝負は決まっていた。
 八父部達の軍は戦う前から下がってしまい、とうとう、敵の正面に行くはずが、二神山の下まで、さっさと退いてしまったのである。
 国造呼の軍は予期していたのか、少しも慌てず、暮端山を降りて、ゆっくりと前進してきた。
 そして、次の朝、とうとうお互いの前にそれぞれの敵が現れたのであった。     

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 三   御 神 託 

 立山の国には神殿があった、そこは国造呼がご神託を受け、人々を導くための場所であった。
 しかし、邪悪な心を持つ国造呼に、正しい天津神がお告げをくださるわけがない、八父部はそれをずっと考えていた。
 八父部にはご神託が得る力がなかった。青年時代には必死に神祭りの修行をしたが、ご神託が得られるようにはなれなかった。そのため、彼は知力で豪族としての立場を築いたのである。
 そのため、彼は巫女が行なう政治に深い関心と羨望を持っていた。彼が本当に尊敬していたのは、火見の神ではなく、むしろ、国造呼の方だったのである。
 その国造呼に迫られ今にも敗れそうになった時、国造呼の欠点は神祭りにある、そうとしか思えなかったのである。
 味方の兵達は怖がっていた。援軍が来ない以上、強力な国造呼軍に勝てるはずがなかったからである。
 これでは勝負にならない。何とか、戦いの開始を引き伸ばしたい。八父部はたの豪族の許可も得ずに、敵陣に使いを出した。
 彼の使いはこう口上した。
 「私は二神山の八父部の神に仕える者です。八父部の神の伝言を御伝えします。
八父部の神は天津神からご神託を受けました。それによれば、
 『出雲の国が攻めて来るが、その前に二神山を中心とした国家を築き、越の国を統一せよ。
これに刃向かう者は天津神に刃向かう者として、神罰をくだす』
というものでした。
 八父部の神はこの貴い御使命を受けて、戦いの為に立たれました。
 もしも、この御神業に従うのであれば、すぐに兵を引く事、そうすれば、皆の命は保証する、との事でありました。
 三回、日が沈むまで猶予を与えるので、それまでに返事が欲しいとのご意向です。」
 国造呼の側近たちは内心震えてしまった。
 (国造呼の行為は到底本物の天津神のご神託とは思えない。いつか確かめようと思っていたが、ひょっとしたら、天津神は八父部の神に御使命を御与えになったのかもしれない。
そうなると自分達は神に逆らう者になってしまう。)
 側近たちの動揺は予想以上であった。
 国造呼は賢かった。側近たちの動揺をすぐに見抜いた。
(これでは攻められない。このままでは内部で裏切る者が出かねない。そうなれば、内と外の両方で戦う事になり、敗れる事は間違いない。)
 国造呼は考え込んだ。何か良い手はないものかと。
 一方、八父部が勝手に使者を送った事について、火見の神を中心とした豪族たちは怒り狂っていた。
 皆に相談すれば却下される、それでは困るというのが八父部の言い分であった。しかし、そんな話が通るはずがなく、怯えて睡眠不足の豪族たちにとっては、怒りの格好のはけ口となった。
 しかし、一通り怒鳴り終わると、もうそれ以上は言葉が続かなかった。目の前の敵の恐怖が再び襲って来たからである。
 彼等はただ、相手が攻めて来たら、どうやって上手く逃げようか、そう思っていたのであった。
 ところが、事態は意外な方向に動いた。国造呼が攻めて来ないのである。
 そればかりか、停戦を求める使者が来たのであった。
 その使者の口上はこうであった。
 「国造呼様がおっしゃるには、必要以上に犠牲者を出したくない。そのため、戦場ではあるものの、御神託を仰いだところ、天津神様には、『悪人といえども、なるべくなら改心する機会を作る事が、真の神の御意思であるぞ』とのことであった。
 国造呼様は天津神様の貴い御意思に従い、兵を引くことになさった。
 『一つ日が昇ったら兵を引くから、お前たちも戦うことを止めて、こちらからの連絡を待て』
との国造呼様の御意思である。」
 そう言うと、使者は返事も聞かずに戻って行ったのである。
 豪族たちは大喜びであった。多分、八父部の発した使者の口上が効いたに違いない。
 今度はうってかわって、八父部を褒めたたえるのであった。
 火見の神は言った。
 「何はともあれ、相手が兵を引けばこちらも引くとしよう。ただし、油断は禁物だ。それが相手の作戦かもしれない。」
 豪族たちは引き締まった。これで終わりとは限らないからであり、この後、敵が攻めてこないという保証がないからであった。
 次の日、それぞれの軍は兵を引いた。まるで何もなかったかのごとしであった。


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 四   神 殿 の 秘 密

 国造呼には弱みができた。今回の事で嘘の御神託を出した事を二人の側近に気付かれたのである。     この事が公になると、人々の心が離れ、国の統率は保てなくなってしまう。国造呼にとってそれは、全ての崩壊と敗北を意味していた。国造呼はやむをえず、それらの側近に高い地位を与える事にした。
秘密を知った者が一人だけなら手も打てる。しかし、二人いてはそれも無理だ。一人を殺せば、他の一人からすぐに真相がばれてしまう。国造呼には他に手がなかったのである。
 二人はそれを良い事に、したい放題をするようになった。新しく支配した国では好き勝手に横暴な行為をし、それでも国造呼から何の処罰も受けないのであった。
 政治の実権もいつしか彼等が握り、国造呼はただの飾りになっていった。それでも、国造呼は何も出来なかった。この時代に天津神を偽ることは、何人といえども許されなかったからである。
 一方、八父部の方はそうではなかった。八父部の御神託作戦は、味方の窮地を救う最善の策であり、大勢の兵の命を救った事は事実であったし、何といっても、八父部は御神託で政治を行なってはおらず、それが戦略であると兵の誰もが思っていたからであり、悪い評判はほとんど立たなかったのである。
 そのため、八父部はすぐに使いを出した。国造呼に降伏を呼び掛けたのである。
 国造呼は本心から降伏したい心境にあった。彼女はすでに権力を失っていたからである。 しかし、二人の側近がそれを許さなかった。彼等は国造呼の御神託が偽物だと知ったが、八父部がこれまで御神託を行なっていない事を、すでにつき止めていたからである。
 そして、側近の返事が使者に与えられた。
 その内容はこうであった。
 『天津神が御認めになる真の王を知るために、我が国にある神殿に来ていただきたい。
遠国にまで権威を認められた立山の神殿で、天津神が八父部に御神託をくだされば、
国中の者が従う。ただし、国造呼に正しい御神託が降りれば、国造呼に従う。
 また、この事は越の国中の王や神を招くばかりではなく、卑怯な真似のないように、
遠国にも広く知らせ、越の国以外の王をも招待する。
 そこで、越の国の真の王を天津神に選んでもらい、以後は全員一致となって、
その王に従い、出雲に対応する。』
というものであった。
 八父部にはもう逃げ場がなかった。自国ならともかく、遠国にまで案内を出され、諸国の王が招待されたのに、それを無視したとなれば、天津神に認められてもいないのに、嘘の御神託を語った大罪人にされかねないのであった。
 期日までわずかしかない。八父部は必死に手を考えた。そして、彼が考えた手は一つしかなかった。
急ぎ御神託に詳しい神人を捜し出し、対策を教わる事であった。
 彼は自分の国で最も偉大と言われている神人の家を一人で訪ねた。
 神人は答えた。
 「貴方は相手の側の侵略行為に対して、大勢の命を救うために仕方の無い行動をした。
ところが、今はそれを逆手に取られて苦しんでいる。これでは貴方がかわいそうだ。
 私に任せなさい。当日、私が助手となりましょう。」
 八父部は神人の言葉にすがるしかなかった。そして、ついに、その日が来てしまった。
 遠国からの招待者もそろい、八父部と国造呼はとうとう公衆の前に出ることになったのである。
 まずは、国造呼が先に御神託を得る事になった。何しろ、いつも使用している神殿である。
初めて使用する側は少し様子を見てから行なうのが適切とされた。
 側近の二人は考えた。
(偽者と言えども国造呼はこれまで一度も他者に見抜かれてこなかった。
一方、八父部は経験がない。結果は初めから明らかだ。)と。
 国造呼はいつもと同様、臆することもなく御神託を発した。彼女にとって、ここで負ける事は、自分の人生の全てを他者から否定される事だったのである。
 その御神託は、大勢の招待者たちを納得させた。そして、御神託の結論はやはり、立山の神殿を越の国の中心として政治を行なえというものであった。
 そして次に八父部の番になった。八父部は素人とは言うが、若い頃は御神託を得られるように修行した人物であり、充分な素養があった。
 助手として付き添った神人が小声で言った。
 「貴方の思うように、貴方の真剣な気持ちを、そのまま天津神にぶつけなさい。」
 いくつかの作法が終わって、八父部が祈念に入った時、助手が懐から鏡を出して、祭壇の中央に置いた。
 そして、なにやら変わった拍手を何度もした。そのためなのか、座していた八父部の体が急に前後に動き始めた。どうやら、八父部ですらどうしてか分からない様子であった。
 そのうち、今度は助手が変わった動作をした。何やら、手で八父部を扇いでいるようなのであった。
その目があまりにも真剣なので、招待客たちは、まるで吸い込まれるように静まり返って行った。
 そして、助手が八父部の脇に控えた時、八父部の体が自然に止まった。助手が小声で言った。
 「心に浮かんでくる事をそのまま話しなさい。そこに自分の意思を決して入れてはなりません。」        八父部は小さくうなずくと招待客の方を向いて語り始めた。 
 「地の人は誰でも人であり神ではない。ゆえに、これからは王と言えども神を名乗らず、他の名前を名乗るべし。神は天に在り、地に在るのは人である。
 地の人が御神託を判断することは難しい。たとえ偽物でも、人はそれを本物にしてしまう。
御神託は人としての道を尋ねるものとし、政治は人の知恵で行なえ。
 今回の催しは間違いである。政治の人に神は判断出来ない。出来るとすれば、神人のみである。
 よって、天の神はこの催しの中止を伝え、神の意思を示す。
 この神殿はふさわしくない。これより後は山を神殿とせよ。それは、地の人の子孫がどれだけ続いても消えない神殿となろう。」
 御神託が終了した。
 招待客は黙ってしまった。
 その御神託は、どうみても単に八父部の言葉とは思えない、迫力と重みを持っていたからである。
 しばらくして、ある遠国の王がゆっくり口を開いた。
 「御神託は越の国だけではなく、我ら遠国の者にも貴い天津神の教えのはず。
そうであれば、越の国だけの政治に使われるのはおかしい。
 これからは、立山のお山自体を神殿として、遠国の者にも神として祭らせてほしい。
 政治のことは一度元に戻すべきだ。よって、立山の国に侵略された国を元に戻し、もう二度と侵略はしないと誓ってもらいたい。」
 誰も異議を挟む者はいなかった。二人の勝敗がはっきりしたのであった。
 立山の国の二人の側近はもうそこにはいられなかった。国造呼は心労から御神託が急に得られなくなったと主張し、引退する事になった。
 立山の神殿は壊され、かわりに真の神殿が誕生した。
 八父部は名前を二上彦と変え、立山に降りられる天津神を祭って一生を終えた。

 越の国に真の平和が訪れたのであった。

 その後、立山は山自体を大きな神殿として祭られる事になり、越の国はおろか、隣国の人々からも信仰されるようになったのであった。

                                          『立山の神殿』 おわり

                     
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