Memory

アラスカ

中学校3年生の時、クラスの最寄のトイレのことを、
あたしたちは『アラスカ』って呼んでいた。
学校の北校舎4階、日のまったく当たらないそのトイレは、
夏でもひんやりしていた。
もちろん冬には凍えるような寒さになった。

『アラスカ』は、いつも空いてるトイレが1つしかなかった。
閉じこもらなくてはいけない人、無理に閉じ込められた人、
隠れる必要があった人、そんなひとたちが他をふさいでいた。
でも、いつでも1つだけは空いていた。

その当時、校内暴力なんかが社会問題になっていて、
ご多分にもれず、あたしの通っていた中学校もその問題を抱えていた。

今もなんとなく思い出す。
雨の日に傘が廊下の天井に突き刺さっている光景。
目の回りがいつもあざだらけの気の弱い先生の顔。
シンナーですっかり変色してしまった廊下のシミ。
一人の女の子にたくさんの男の子たちが奇声をあげて襲いかかる様子
(何が起こるのかは神のみぞ知るだ)。
教室に掲示されたプリントに火がつけられて
燃え上がった時のみんなの無関心さ。
休み時間に誰かが食べてしまって、いくつか足りない給食のパン。
放送室をのっとった人がいて、延々先生の悪口を放送し続けたときの、
先生の居たたまれないような表情。

あの時の、あの雰囲気っていうのは一種独特だった。
あの状況下で、あたしは自分の学校がそれなりに好きだった。
自分の学校は自由な校風だ、なんて思っていた。
そして、それが、今のあたしに少なからず影響を与えている。
学級崩壊っていう言葉が流行りだけど、多分、あの時は
それに近かったと思う。
でも、みんなちょっと大人びていた。

あたしが3年の頃は、イジメなんかなかった。
給食の時は、いつのまにか誰かが給食を配っていた。
別に、強制されるわけでもなく。
掃除も誰かがちゃんとやっていた。先生が見にこなくっても。

それより何より、『アラスカ』の1つだけ空いたトイレを思い出す。
あの時のあの学校にいて、タバコのつまっていないきちんとしたトイレが
いつも必ず1つ空いてるってことは、あたしたちには奇跡で、
かつ当たり前だった。
『アラスカ』を避けて、違うトイレに行ってた人は大切なものを
見落としてしまったと思う。

『アラスカ』があったから、あたしは今でもあの学校が好きだ。
『アラスカ』があったから、あたしは今でもみんなが好きだ。
そして、なんとなく、誇りにさえ思うのだ。