Memory

お姉ちゃん

私には一つ違いの姉がいる。
私たち二人は、私が生まれた時から姉が大学に入学する時まで
ずっと一緒だった。
いつも一緒の部屋で寝ていたし、学校の行き帰りも一緒だった。
小学3年くらいまでは勉強机も一緒だった。
顔も性格もかなり違っていたけれど
私たちはとても仲のいい姉妹だったし、今もそうだと信じている。


私はいつもお姉ちゃんをあてにしていた。
頼りにしていた。
「一生のお願い!」
などと言いながら、たくさんのお願いをしたりもした。
でも、大抵、そんなお願いをしなくても
お姉ちゃんの方から気がついて色んなことをしてくれた。
私の中で、お姉ちゃんは万能だった。

当時「大草原の小さな家」という海外のドラマをテレビで放映していた。
その中で長女のメアリーは髪の長い、美人で頭のいい女の子だった。
私のお姉ちゃんも髪が長く頭のいい美しい(と信じきっていた)
お姉ちゃんだったので、ひそかに
「オネーチャンはメアリーみたいだなぁ」
などと考えていた。
それが
「メアリーはオネーチャンみたいだなぁ」
に変わるようになり
そのうちに、メアリーを見る時には必ず
お姉ちゃんのことを思い出すようになったくらいだった。

小さい頃、お姉ちゃんは毎朝私を起こしていた。
その時、私はすこぶるつきのネボスケで
目覚ましだけでは到底起きることができなかった。

文字盤が蛍光色の赤くて野暮ったい目覚まし時計を毎日セットして
そして毎朝止めるのは、いつもお姉ちゃんだった。
私はその目覚ましが鳴るのをついぞ聴いた事が無い。
気づいた時にはお姉ちゃんは服を着ていて、
押入れに布団をしまいはじめている。
その間ずっと、お姉ちゃんは私に声をかけ続け、
そのお蔭で遅刻などすることなく学校に行けた。

小学校の時は学校への行き帰りはずっと一緒だった。
お姉ちゃんが具合悪くなると、
一緒に学校を休んでしまったほどだった。

夜寝るときは、手をつないで欲しいと頼んだり
真夜中のトイレに一緒に付き合ってもらったこともあった。
いつもお姉ちゃんの後ろをついて回っていて
おばあちゃん子ならぬ、お姉ちゃん子だったと言えると思う。


お姉ちゃんが大学入学ともに家を離れてから
今まで二人の部屋だった狭い部屋を一人で使うようになった。
その部屋で自分の受験勉強をしながら
「私も来年大学生か。そうか。1年しか違わないんだもんなぁ」
などと考え始めていた。
そうして私の中のお姉ちゃんは、万能お姉ちゃんから
本当は普通の人に違いないお姉ちゃんに変わっていった。
何もしてもらわなくて大丈夫な年齢になり
やがて、お姉ちゃんのことを
とても仲のいい友達と同じみたいに考えるようになっていった。


そんな時こんなことがあった。
何かの時に、北海道のお姉ちゃんの家を訪ねた事があったのだ。
その時お姉ちゃんは、部屋の壁に貼り付けた
何枚かの私の写真を見せてくれた。
その時は
「写真を飾るなんてアメリカ人だねぇ」
なんて言ってちゃかしてみたけれど、その実、とても狼狽していたのだ。

その何枚かの写真は私の小さい頃から高校生までの写真だった。
いつも見る、これが幾分マシだと思うような鏡の中の自分のすまし顔からは
遠く離れた、どちらかというといただけないものばかりだった。
小さい私はデコッパチの2.5頭身。
高校生の私はパンパンになった腕やら足やらを剥き出しに
妙ちきりんな格好でポーズをとっている。
見ていても美しいわけでもなく、アングルが素晴らしいわけでなく
どちらかというと部屋の雰囲気を壊しかねないような変てこな写真だった。

私は、いままで考えてもみなかった本当のお姉ちゃんの部分を
見てしまったような、何ともいえない気持ちになった。
万能のお姉ちゃんを勝手に作って、またそれをこそぎ取る時に
いつのまにか私はお姉ちゃんの中心も一緒に取ってしまったようだった。
家族から離れて何年も経ったお姉ちゃんの部屋で写真を見つけたとき
私は久しぶりにお姉ちゃんを見つけた。
「これチッチちゃんの写真」
といって見せてくれたお姉ちゃんは
実際に何をしたわけでもないけれど、
何をしてくれるよりもお姉ちゃんだった。
ずっとずっと私のお姉ちゃんだった。

きっとそれは昔から変わらないこと。
私の中のイメジだけが意味無く入れ替わったりしていただけで‥。


あれから何年かたった。
私はあの写真を見てお姉ちゃんをありがたいと思ったのもつかの間、
お姉ちゃんの写真の一枚も持たないで自分の好きなカエルばかり
飾って毎日を送っている。

私は一生お姉ちゃんの写真を飾る事は無いだろう。
写真を飾っても、そこにはお姉ちゃんを感じることができないからだ。

私がお姉ちゃんを感じるもの。
昔、私を起こす前にお姉ちゃんを起こしていた赤い野暮ったい目覚し時計。
長い髪を結んでいた紺色のゴムひも。
一緒に遊んだビーズ細工の作品をたくさんしまっていた
「エリーゼのために」の白い四角いオルゴール。
いい匂いのする液体の透明リップ。
使いかけのオロナインH軟膏。
キキとララの四角い大きな鏡。
そして
「大草原の小さな家」に出てくる、何でも出来る姉さん、メアリー。

みんな過去のもの。
どれもこれもどこかに無くなってしまった。


お姉ちゃんと離れた生活を始めてから13年。
お姉ちゃんを感じるものを何も手元に置かないままで
ずっと生活している。

でも、お姉ちゃんはさすがお姉ちゃんなのだ。
ふと気づけば、今私はお姉ちゃんにもらった
あたたかい部屋着を着ている。
お姉ちゃんにもらったなんて
普段は絶対に考えないで、それでもずっと着ている。

13年経って、遠く離れていても私は依然としてお姉ちゃん子だ。
私はお姉ちゃんの妹のままでずっと生活し続けているみたいだ。
もうすぐ、お姉ちゃんと離れている生活の方が長くなるのだけれども。