Memory

ゆりちゃん

5年くらい前、あたしは1週間ばかり入院した。
そこで出会った高校生の女の子、ユリちゃん(仮名)。
とても明るい女の子だ。

ユリちゃんは一人の男の人に恋をしていた。
同じ病棟の塩田君(仮名)だ。
塩田君は昔AV男優をやっていたとかいう坊主頭の風変わりな青年だった。
ゆりちゃんはせつない思いを隠すことができなくって、
病棟の皆も気にしていた。

東大卒(自称)とかいう男の人と、あたしと、美人の誉れ高いメグさん
(仮名)とで相談にのってあげた。
きけば、塩田君もまんざらではないように思われた。
二人きりで話をしたり、場の雰囲気ではキスしてくれるってことだった。
でも、なにしろユリちゃんは青春まっさかりなので、
恋する気持ちも何かベクトルの方向が違っていたように思う。
ぜひ、あたしの初めての人になって欲しい。
これが、第一なのだった。なんか、ユリちゃんは必死だった。

自称東大卒が塩田君を呼んできて、ユリちゃんの話を直接伝えた。
今考えれば、バカみたいにおせっかいな話だ。
小さな親切大きなお世話である。

塩田君はあっさり拒否した。
おぼこいユリちゃんにキスして気持ちをあおっておいて、拒否したのだ。
きっと、世慣れた塩田君にとって、キスなんてどうってことない
コミュニケーションの一つだったんだろうな。
話に詰まったり、間が持たなくなったらチュだ。
別に、深い意味なんてなくって、ユリちゃんの思いにギョッとした
のかもしれなかった。

そこで、ユリちゃんのベクトルは、方向を変えて暴走していった。
それは、なんとしても経験をしてしまいたいって思いに
取って代わっていたのだ。

遠くで事の顛末を眺めていたある人が、
俺が助けてやろうってユリちゃんを誘った。
ユリちゃんはよろこんで、むしろ感謝してそいつについていった。

あたしは、ちょっと、時代の風潮がうとましくなった。


退院してから1ヶ月くらい経って、
突然ユリちゃんから電話がかかってきた。
駅前のナンパスポットに出没して、いまでは○人くらい相手にしたよって
自慢げに話していた。とても楽しそうだった。いつもの明るいユリちゃんだ。
最後に、ぽつりと、塩田さんが死んだ、って言って電話を切った。
それから2度とユリちゃんから電話はかかってこない。

ユリちゃんにとって、塩田君はなんだったのかなって思う。
ユリちゃんを拒否した塩田君が、
いつかユリちゃんの英雄になってしまうのではないかと、とても不安だ。

ユリちゃんはこの時代にこの辺で育った、まるで普通の女の子だ。
あたしはユリちゃんが幸せだといいなって思う。
なぜって、ユリちゃんの幸せが、時代の女の子たちの幸せに
つながるように思えるのだ。