(9/11〜10/01)

「ガロ系漫画家の進路2」(くろぶち)10/01

ガロで漫画を描いていた人が歩む3つのコース

1:ガロから羽ばたいて他誌への連載をもつ。

このコースが一番漫画家として理想のコースといえると思う。しかし確立は少ない感じだ。

例としては、古くは池上凌一(水木しげるのアシスタントしていた)。最近では魚喃キリコや古屋兎丸が入る。

2:ガロから羽ばたいてマルチタレントへ。

このコースが一番歩みがちなコース。苦労して漫画を描くよりも、深夜のマニアックな番組で面白いことを話してギャラをもらえるほうが楽なんだろう。

例として、エビスさん(漢字がわからん)やひさうちみちお、みうらじゅん、内田春菊など。

でも、漫画だけにとらわれないで多方面で才能を発揮するのは良いことだと個人的には思う。

3:自問自答して漫画を捨ててしまう。

このコースはガロ系だからなのか、漫画を真剣に考えすぎてどうにかなってしまうコース。

つげ義春なんかももう漫画描いていないし、まだ第二の人生を歩んでいればいいが、最悪のパターンとして自殺がある。山田花子や最近ではねこぢるなど、、、。これはできれば避けて欲しい。

これは僕が勝手に感じたものなのでそこまで重くとらえないで下さいね。

「ガロ系漫画家の進路」(くろぶち)09/29

ガロの一番の特徴として新人漫画家の発掘があると思う。大手の出版社とは違った(受け入れられない)実験的な作品が載っていたりする。しかし雑誌がそんなに売れていないのもあってほとんどギャラは無いとかも聞いたことがある。そのせいかずっとガロだけで漫画を描いて生活している人は少ない。

だからガロというのはプロの漫画家だけど次の進路への行程的な部分でもあると思うのです。

ガロの後の進路については僕が思うに3パターンあります。それについてはまた明日、、、。

「かわいいキャラの顔って、、、」(雅)09/23

更に発見があった!下の第二のまる子の顔、糸井重里にそっくりだ!

ところでミッフィーちゃんって、冷静に考えると、あの口は4方向にバク!って開くんちゃうやろか?

で、中は牙だらけやったりして!
おまけに口の中からもう一個の口がシャコーンと飛び出したりして。
ミッフィーのおばあちゃんになると、もう6方向!

ぎゃーーーーーーーーー!!

これも多角的にものを見るってことか。(違うがな!)

←(くろぶち画)

「こういうことダネ。」

「ちびまる子ちゃんの新しい楽しみ方」(くろぶち)09/22

この前久しぶりにテレビでちびまる子ちゃんを見て物凄い発見をした。あの可愛い絵柄のちびまる子ちゃんがたちまちに不細工で悩まし気な表情に変わる方法。

左のイラスト(くろぶち画)を見てほしい。普通のちびまる子の顔だ。しかし!まゆ毛を目に見立てて本来目である部分を鼻の穴に、、、。ああ!恐ろしい。まるで水木しげるの漫画に出てくる人間みたいです。僕はそれに気付いてしまってからというもの内容をそっちのけで楽しんでしまった。それに飽きたとしてももうその呪縛から逃れられないでいる。

マンガを描くということ(1)(雅)09/20

手前味噌になるけど、僕は今、出版社に持ち込む為のマンガを描いている。
持ち込むのも、公の場所にマンガを持って行くのも初体験だ。
(同人誌なども全く経験なし、コミケにすら行ったことがない)

現在作業そのものは順調で、あと一週間以内に完成する予定。
こうやって、「人に見られる」という前提でものを作るのは、やはり自己満足していられるオナニーマンガとはかなり違ってくる。
推敲に推敲を重ねるし、こんなんじゃだめだと思ったりもする。
だから、描くことは楽しいだけじゃなくなってくる。スランプも生じる。
でも、だからこそ、今までにない発見や経験が生じてきて、それがある意味面白くもある。もっと早くに賞に応募しときゃよかった。
勇気のなかった自分が情けない。最初からうまくやろうって魂胆が甘いってもんだ。
やっと最近、ものを作ってるって実感が、少し沸いてきた。

「猟奇的なヤクザ漫画‘殺し屋1’(くろぶち)09/19

またヤングサンデーの漫画の事なんだけど「殺し屋1(イチ)」についてです。

なんかなかなか人気があるらしくこのあいだコンビニで別冊で出ていたりしてました。この漫画は以前同じ雑誌の中でで「のぞき屋」というやつを描いていた人の新作。

純真な変態(?)の殺し屋のイチという青年が主人公のヤクザの世界を描いたやつなんだけど、とにかく恐い。普通のやくざ漫画とは全く次元のちがう空気が漂ってる。出てくる人物の全てがまともじゃない。精神的に恐い。読んでいる方も気がおかしくなってしまうんではないかと思う程。おもわず目をそらしたくなるけど絶対に先が気になってしかたがないです。

「座敷女→貞子→恐怖?」(雅)09/18

ついこないだ、やっと「リング」を観た。この春公開された例の「デュアルムービー」の一本目だ。これが予想外に怖くておもしろかった。

どこが怖かったのか書いてしまうとネタバレになるので書かないが、ふと気になったのが、「座敷女」との奇妙な酷似。うわさ話や、貞子の造形がどこか座敷女を彷佛とさせる。中田監督は、読んだことがあるのだろうか?

もしないならないで、興味深い類似。富江といい、最近の恐怖の対象は、得体の知れない女なんだろうか?(女性の方、失礼!あなたのことじゃないよ。)

「リング」怖がれた人は、「座敷女」も是非読んでみてほしい。(「座敷女」の詳細についてはレビューを参照)

ちなみに「らせん」は、、、ねえ、、、

「原作と脚本」(くろぶち)09/17

漫画を映画化するとき(今回の話は実写について)「いかに原作の良さを壊さないで再現するか」ってことに感心が行きがちだろう。それはその漫画が好きな人ならばなおさらだと思う。だから昔から「どうして脚本する人は原作者本人じゃないの?」とか単純に思っていました。しかし今は漫画をいい‘映画’にするにはいい脚色がなければだめだと気が尽きました。

漫画で読んでいる時に全く不自然ではないことも映画にすると完全に変な部分ってあると思う。「ブラックジャック」なんていい例。まぁ全ての漫画に言えると言ってもいいと思います。

だからいい脚本に仕上がれば映画もいいものになる。僕は邦画の中で「少年時代」が一番好き。もちろん原作も大好きだ。だけど原作を忠実に再現したなら、あんなに感動できる映画には決してなってはいなかったはず。2時間という枠と実写にすることなどを念頭に書き直すことが大切だ。

最近話題になった「ねじ式」は僕もみたのですが、あれは原作を忠実に再現することだけで完結してしまっていて映画としては成功はしていなかったと思いました。

「黒」(雅)09/15

昔、モノトーンに勝るものなし!みたいな感じで、たんすの中の僕の服が黒白ばっかって時期があった。くろぶちのいう「黒の魔法」にまんまとかかっていたのだ。今では逆に黒を服になかなか使えなくなってしまった。

下手にジーンズを黒にしたりすれば、その黒が他の色を食うことがわかってしまったからだ。
色のトータルイメージに個性が失われるといってもいいかも知れない。
漫画のベタについても中途半端だとそうなってしまうんだろう。(最近の漫画家で、特にベタ配置が絶妙なのは、松本大洋だろう)
前回までのうちのページの僕の表紙デザインは、確かに安易だったと思う。

シンプルイズベストなどとよく言うが、ここで言われている「シンプル」の頂点に立つには、それこそシンプルにはたどり着けないのだとも思う。かと言って、「中間色が一番楽」(キミドリ)っていうわけでもないのだが。
でも、少し言い訳させてもらえば、前の黒中心の表紙は、あそこから始まって、ちょっとずつカラーに移行しようと目論んでたんだけどね。(って、言い訳コラムかこれは。)

「‘黒’という色の魔力」(くろぶち)09/13

昨日この「漫画時代」のデザインをリニューアルした。白をバックにデザイン重視になった。なぜリニューアルしたかというと新しいデザインが面白そうだったのが1番だけど、前回の黒いバックに白い文字のレイアウトが僕にとっては凄く嫌だったから。雅とくろぶちの共同のページということで遠慮して、僕は雅の「黒がいい」という要望に答えていました。もちろん僕は心の中でこれじゃぁダメだなと思ってた、、、。(別に雅がいけないんじゃないよ)

ここで僕の思う‘黒’について話したい。服にしろなんにしろ黒という色は他の色と合わせやすく引き締まって格好いいので重宝される。だから皆使いたがる。でも黒ほど使いやすいけれど周りの色に影響を与えてしまう色はないんではないかと思います。

他のページでもバックで黒を使っているページはもの凄く多い。だけれどかえってそのページを安っぽく見せてしまっているのが殆どだ。黒の性質を理解して見せたい物をいかす術を知っている人は優れたページに仕上がっている。でも本当にそういう人は少ない。僕は黒を克服することがまだ出来ないから嫌だった。

漫画でも黒のベタをうまく利用するのは難しいだろう。「つげ義春」は絶妙のバランスで黒を利用している良い例だと思います。

「境界線上のアフタヌーン」(雅)09/12

月刊アフタヌーンという雑誌がある。あまりメジャーじゃないけど、「広辞苑か?」っちゅーくらいのぶ厚さで目立ってる漫画雑誌だ。

普通雑誌というものは、必ず雑誌ごとに「カラー」っていうものがあり、その色使いがうまいほど、その雑誌はいい(おもしろい)ということになる。が、「アフタヌーン」の場合、その色は混沌としている。絵の具の色がごちゃごちゃになった水指しのような感じに。

全体的に見て、「凄い!」と思える漫画こそ少ないけれど、僕は、その混沌そのものが好きだ。何でもあり。それが漫画の魅力じゃないだろうか?

「同じ月をみているが素晴らしい!」(くろぶち)09/11

今毎週楽しみでしかたがないのがヤングサンデーに連載されている「同じ月をみている」です。土田世紀の編集王の次の連載です。

純朴で絵を書くことが得意なドンちゃん。とても貧乏だけどいきいきと前向きなその姿勢は毎回感動を誘います。

お約束のようにドンちゃんに不幸が襲い掛かるんだけどドンちゃんの態度を見ると読んでいる自分にメッセージを投げ掛けているみたいで考えさせられます。この先一体どうなるのか想像もつかない。もうすぐ単行本の1巻が出る頃だと思うので要チェックです。


戻る