頭 JUNJI ITOH
伊藤潤二

プロフィール
1963年7月岐阜県生まれ。
幼児期より、楳図かずお、古賀新一に熱中し、怪奇マンガを描き始める。
またSFにも傾倒し、中学時代、SFショートショートコンテストに毎年応募する。(これは落選)
大学卒業後、歯科技工士になるが、月刊「ハロウィン」にて「楳図賞」が開設されたのをきっかけに、「富江」を投稿。第1回楳図賞にて佳作入選し、そのままデビュー。
1990年、歯科技工士を退職し、漫画に専念。コンスタントに作品を発表し続ける。
現在トップクラスの恐怖漫画のプロフェッショナル。
乾いた絵柄や独特なセンスもさることながら、この安定した量産ぶりも見事である。
(参考文献:「ネムキ3月号別冊 伊藤潤二WORLD」朝日ソノラマ)

 

 

レビュー

首のない彫刻
(短編集)朝日ソノラマ
首のない彫刻
「地図の町」

■伊藤潤二は、楳図かずおや筒井康隆に多大な影響を受けていることを語っているが、その作品の放つ雰囲気には、前者に加え諸星大二郎的匂いも垣間見られる。
この「地図の町」のような「迷い込む」というキーワードによって、読者を不安の迷路に誘い込ませる作品には、それが特に顕著。
この世界では、諸星ホラー同様、異界は当たり前のようにすぐ隣に存在している。
「押切シリーズ」などでも繰り返し描かれる「そこにある異界」は、そこに簡単に入り込めることで「迷子になって帰れなくなるかもしれない」という、人間のプリミティブな不安を的確についてくる。じんわりと怖い。(雅)

 

うめく排水管
(短編集)朝日ソノラマ
うめく排水管
「双一の誕生日」
■愛すべきクソガキ、双一の連作の中でも、実に味のある佳編。
釘を何本もくわえて、自分勝手な呪いをかけるひねくれ小学生、双一のキャラクターは、実際にいたらほんとむかつくんだろうけど、漫画の中で見れば、逆に「こいつ憎めねえなあ」ってなってしまうのだから人間は勝手なもんだ。
双一に毎回のように「ホラーな目」にあわされる愛すべき被害者、路菜のリアクションも、真剣に怖がってるはずなのに、かなりユーモラスで楽しい。
「首吊り気球」などで心底恐怖した息抜きに読んでみてほしい。
この独特のユーモアも「うずまき」などに受け継がれていく、伊藤潤二の魅力のひとつなのだ。
炸裂するいかれた台詞センスに注目!(雅)

 

 

首吊り気球
(短編集)朝日ソノラマ
首吊り気球
■恐怖と笑いは紙一重。それは円周上の1度と359度で隣り合せになっている。
だから笑いに近づきすぎた恐怖は、勢い余ってそのまま一周して恐怖に戻る。
伊藤潤二の作風は、怖さの中に何処かユーモラスな側面を持っている。(「双一シリーズ」はその典型)
だが、本短編集収録の「首吊り気球」に関しては、とにかく怖い。
1歩間違えばギャグに近い化け物の造形や世界観なのに、その描写の度が過ぎた結果、
笑いを通り越した、寒気のするような狂気の世界を現出させている。
リアリティも、あまりになさ過ぎると、かえって説得力を持つという実例。
否応なく悪夢の世界に引きずり込むその力量は、やはり只者ではない。(雅)
 

サイレンの村
(短編集)朝日ソノラマ
サイレンの村
「記憶」

■楳図かずおは「心の醜さが顔に表れる」というテーマを繰り返し描いているが、伊藤潤二は「心は醜いが美しい」たちの悪い女を繰り返し描く。
言わずと知れた「富江シリーズ」の富江は、その代表であり、先天的な美貌と、自分は美しいという過度なまでの自信の相乗効果が、彼女を人外なまでに美しく「見せる」のだ。
しかし、それは仮面であり、あくまで内面は異様なモンスターなのだが。
この「記憶」では、自分の顔はひょっとしたら醜かったのではないか、そして、これから醜くなってしまうのではないか、という美少女の不安が描かれる。
そこまでは楳図の記憶から離れてはいない。だがラストでは、より重層的な人間の醜さが、見事に表現されるのだ。(雅)

 

 

画家
(短編集)朝日ソノラマ
画家
「暗殺」

■拙いながらも、既にその潜在能力の高さを垣間見せていたデビュー作にして、その後、伊藤潤二の代表作となった「富江」連作の中の一編。
今も連綿と続くこの連作の高い完成度は、伊藤潤二の高いクオリティで作品を量産できる実力を示している。
中でもこの「暗殺」では、単に他者を恐怖と狂気に陥れるだけでない、富江という存在の複雑怪奇な不気味さが、「他の自分に対する殺意」という、普通ありえない感情を描くことで、見事に表現されている。
増殖するだけでも、充分恐怖なのだが、真に怖いのは、この徹底的な「自分大好き、あんたイヤ」という利己主義なのだ。(雅)

 

 

屋根裏の長い髪
(短編集)朝日ソノラマ
屋根裏の長い髪
「悪魔の理論」

■わずか10Pの短編ながら、伊藤潤二作品の中でも1,2を争う禍々しい作品。
(「サーカスが来た」も、共通した悪魔的禍々しさを放っている)
狂気のない、デ−モンのような人間の恐るべき「説得劇」。
「羊たちの沈黙」や映画監督黒沢清の近作に通じる、狂気ならざる恐怖感は、来るべき90年代ホラーの本流を確実に予見していた。凄い!(雅)

 

 

トンネル奇譚
(短編集)朝日ソノラマ
トンネル奇譚
「長い夢」

■伊藤潤二のSF的資質が開花した傑作短編。
発想はほとんどSFなのだが、理屈を描かないことで、ラブクラフト暗黒神話体系にも似た怪奇な雰囲気を生みだしている。
キーワードは「死」と「夢」と「永遠」。
発想の見事さと、それを描ききるテクニックで、ホラーファンのみならずSFファン、ひいては一般にまで届く普遍性と、面白さを作り上げている。
悪夢的設定を描ききる説得力ある絵の力にも注目。(雅)

 

 

うずまき
(全3巻)小学館
うずまき
■読者の予想を遥かに上回るもの凄い展開の末、完結した長編作品。
「首吊り気球」の紹介で、「リアリティも無さ過ぎるとかえって説得力が生まれる」と書いたけど、これは、最早それどころじゃないくらいぶっとんでいる。
「うずまきに呪われた街」、たったこれだけの言葉から、限りなく暴走していく想像力。
そして、現実の街はあっという間にここではない世界に侵食され、全ての常識は覆され、ただ、そこにあるものがリアルなものとなっていく。
リアリティとは、現実をそのまま描くことではなく、「そう思わせる説得力」だから。
登場人物のひとりはひたすら「狂っている、、、」と呟きつづけるのだが、この世界は本当に狂っている。奇想天外の極地と言ってもいい。
今ここまで変な漫画を描ける人はそういない。これは最早ホラーの枠を完全に飛びだしている。
ただ、圧倒的にビザールで、だからこそどこか魅惑的な「漫画」なのだ。
ファンタスティック!(雅)

 

 

モドル
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