頭 KYOKO OKAZAKI
岡崎京子

プロフィール
1963年12月13日東京都出身。 80年代はじめ跡見学園短期大学在学中にマンガ家デビュー。
退屈で、シビアな資本主義社会の中で、たくましく生きる、自立した自我を持つ女の子の「ラブ&(アン)ハッピー」を描き、注目を集める。
しかし、作品を重ねるに連れ、作品の主題は、「性と暴力と死」に染まってゆき、近作では、もはや、誰も到達できない絶嶺に到達していた。その先に何が描かれようとしていたのか?
現在、諸事情あって、休筆中。復活を祈る。

 

 

レビュー

好き好き大嫌い
(短編集)宝島社
好き好き大嫌い
エイリアン
■短編著作の蓄積で研かれたテクニックが、ようやく岡崎京子の才能をフルに発揮させた傑作短編。それまでの短編ももちろん魅力的だが、この「エイリアン」の作品としての強度は只事じゃない。
わかりやすくて深い見事なモノローグにより丁寧に描かれる日常は説得力があるし、物語りのキーである、めちゃくちゃかわいい造型の宇宙人の立場と、主人公の女の子の家での立場のリンクのさせ方など、実に巧い。
素直で素朴で切実な感動。当たり前にあることの不思議。岡崎京子が苦手な人にこそ一読をお薦めする。
あと、「悲しくてもつらくても(中略)UCCの缶コーヒーはあったかくておいしくて」というような固有名詞入りのモノローグの持ってきかたなんかが「リアル」の在り処のように思う。ぐっとくる。(雅)

 

 

カトゥーンズ
(短編集)角川書店
カトゥーンズ
カトゥーンズ
■作者曰く「限りなく続くことも出来た」1話6ページの短編連作。
各話の最後の1コマが、その次のさっきとは違う話の最初の1コマになるという、おもしろい構成の中、岡崎京子の短編の魅力が縦横無尽に炸裂する。
お伽話のように最終話で第1話が1周して戻ってくるのがお見事。
物語りはどこからでも始まり、登場人物はすれ違い、どこかへ辿り着き、どこかで出会う。「縁」というものの不思議が具体的に描かれるのだ。それは人が次々に出ては、入っていき、ひたすら周り続ける山手線の電車のようにさりげなく。
発想から、各短編の出来から、とにかく完成度が高く、おもしろい。
退屈な日常のそこら中で、奇跡が連続して起こっているということ。(雅)

 

 

東京ガールズブラボー
(全2巻)宝島社
東京ガールズブラボー
■繁栄と、メディアと、夢の電脳都市、帝都TOKIOにやってきた、前衛的暴走特 急女子高生、金田サカエ(北海道出身)と、その仲間が巻き起こす、から騒ぎを、厳しくも、優しい目ではちゃめちゃに描いた80年代パッパラニューウエイブ青春大活劇。
 何も考えてないようで、考えてる、でも結局、その場の勢いで行動する主人公が、とにかくパワフルでキュート。でもばか。ばかなんだけど、そのやみくもな行動力や勢いは、なにか勇気づけられる感じもする。自立(精神的に)した少女は、自意識にからめとられ て、何事も自己完結させるしかなくなった「のび太君」の憧れでありながら、最後には手の届かない存在になってしまう。とにかく、よくも悪くもまっすぐ一直線で、極端から極端へ走るストーリーは、サブカルや、時代描写のディティールを抜きにしても、充分おもしろく、「サカエ、大丈夫かよ、おまえ」と、はらはらしながら読めること請け合い。
 ところで、岡崎京子の作風が大きく変化する境目が、「東京〜」と、「リバーズ・エッジ」の間にあるのだけど、この間 に刻まれた決定的な亀裂も、何か象徴的。ラブ&ハッピーは、愛の絶望と、諦観へ。でも、何もかもが80年代まででやり尽くされたっていう言説(もちろん岡崎京子は、こんなこと言ってません)には、やはり「違うよ」と言いたいし、そういう面でも、根拠はないけど、前向きなサカエの生きざまは、支離滅裂だけど、かっこいいと思うのだった。もうすぐ、時代は2000年代に突入。その前に、是非一読を。(雅)

■僕は60年代が大好きで80年代が大嫌い。だからこの「東京ガールズブラボー」を借りて読み始めた時、 ファッションや台詞の端々に出てくる単語とかもう嫌で嫌でしかたがなくって吐き気すら感じた。物語の途中にお洒落で気ままな主人公の女の子に対して嫉妬心を抱いたデブで眼鏡をかけた暗い女が陰湿なイジメをした時、この作品は薄っぺらいものだと思った。
 でも、登場人物の‘のびた君’の性格とか動向が妙に気になってしかたがなくって先を読んでいく、、、。 そのうちに‘薄っぺらい’といわれている80年代に青春を送る人達にも燃えるものがあり、悩んだりしている姿が見えてきた。
  最後の方では暗いデブの女についてもしっかり触れられていて、薄っぺらい描写なんて思った事を後悔させられた。結局読み終わった時、素直に「面白かった」って感じた。僕は90年代に青春を送る世代。だけど自分では凄く嫌い。カラーというか皆目標や考えも無く適当に過ごしているような気がしてならないから。だけど、「60年代に生まれたかった」とか「学校に行っても面白く無い」とかインターネットを使って愚痴ってたりしてる自分は結局おもいっきり90年代してるんだろう。(クロブチ)

 

リバーズエッジ
宝島社
リバーズエッジ
■今まで、いろんな漫画に出会ったけれど、その中でも最もインパクトが強く、尾を引いた漫画が、この「リバーズ・エッジ」であることは間違いない。
 ふと考えてみると、生活の大半は、ひょんなことの連続で出来ているような気がすることがある。でも、そのひょんなことが起こるきっかけは、全てその時その時の、自分の決定からだと思 う。何か一つのことを決めたり、行ったりした瞬間、そこから、次の決定や、行動までの運命が決まる。そんな、当たり前のようなことを、改めて感覚的に突き付けられた感じ。
 3面記事のニュースや、自分には起こらないであろうと思っていたこと。それは、突然、降り掛かってくるかに見えて、実 は、平坦な日常の中で、ゆっくりと、確実に進行している…友人との在り方や、他人との、かかわり合い、毎日、当たり前のように過ぎていく日常が、いかに複雑で、ぐちゃぐちゃなものの上で成立しているかを再確認させられる。重いけれど、絶望的ではない、リアルなのに、白昼夢のような、不思議な読後感に浸れるのだ。
 これは、現代のサバイバル漫画なのかも知れない。これが若者向けストリートファッション誌で掲載され、大反響を呼んだという のも頷ける。ここには正体不明の感情の正体が、確かに見え隠れしているからだ。
 ただ、どんなことが起こっても、いつもどおり夜は明けていく。(雅)
 

私は貴兄のオモチャなの
(短編集)祥伝社
I wanna be your dog
「虹の彼方に」
■俺も「ひょっこりひょうたん島」のあの唄が好きだ。
作中にある通り、この唄の一節が物語りの軸となったこの短編は、読んだ後、なんでか少し元気の出る不思議な短編。
人生が(主に恋愛関係で)メチャメチャな女の子3人組。
主役の花ちゃん以外の2人は劇中ほとんど泣きっぱなし。ヒサンである。
そんななか、3人の中で一番、ラブリーになりきれない花ちゃんは、劇中1回も泣くことはない。それがいいのか悪いのかはわからないが、ラストを見るかぎり、泣き方を忘れても、希望のようなものは残っていると思える。
無根拠でも、わきあがってくる思いが強ければ、その思いは「強い」のだ。
物語りが加速度的に殺伐としていったここ数年の岡崎作品だが、このほのかな希望(つまり明日)が捨てられたことはなかったと思う。そう信じたい。(雅)

「私は貴兄のオモチャなの」
■初恋の煉獄を描く、少女マンガの現在形。
初恋の人にフラれつづけながらも、1回公園のボートに一緒に乗ってアイスを食べたいと願う星山星子(21歳)。
しかしその願いを素通りし、いきなり彼女は初恋の人の「性のドレイ」になってしまう。
そしてどうやってもかなわなかった、ちいさな願いがかなう時、それは願っていたものではなくなってしまっていた、、、
 書きなぐられたような、筆書きモノローグの効果が凄い。
より主人公の気持ちがぐさっと刺さってくる。
岡崎京子は本当に見開きの使い方がうまいのだが、この短編のクライマックスで2回訪れる見開きは漫画史上に残る素晴らしい見開きだと勝手に思っている。切なすぎる、刹那すぎる傑作。
その刹那を抱えて、なお煉獄はつづくのか。(雅)

 

 

モドル
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