脚本家 古谷壮志の
現象学的人間論と、うずまき
この物語はフィクションであり、
登場する人物、団体名は実在のものとは
一切関係有りません。

ぐるぐる編その2

 教授は奇妙な男というより奇天列な人間で、数々の奇行を私は憶えている。まず思い浮かぶのは、彼がいつ如何なる時でも長袖のシャツを着ていたということだろう。私がそれに気付いたのは八月の半ばで、何故長袖のシャツなのかと尋ねると、

「人間の能力の中で最も長けているのは「馴れ」だよ、これは脳内物質との関わりが深いんだが、まあその辺は難しいから置いといて、「馴れ」というのは恐ろしいものではあるが巧く利用してやれば素晴らしいものにもなり得るんだよ」私は聞いた。

「どういうことです?」

「君が疑問に思っているのは八月に何故長袖なのかということだろう?答えは簡単、八月だからだよ」私は思わず首を傾げてしまった。

「今暑いからといってこの長袖を脱いでしまうと、僕はその状態に馴れてしまって次に長袖を着たときに更に暑く感じるだろう?なら更に暑くなったときの為に長袖を着ておいて暑さに馴れておけば、その時長袖を脱ぐとさらなる清涼感が得られるじゃないか。どうだね?」成程と私は一瞬感心したものの、要は半袖を着るのが嫌なんだと言うことを私は直感した。八月を過ぎて更に暑くなる事など在り得ないからだ。そして彼は満を持したかの様にこう切り出した。

「なあ君、そんなに暑いんなら冷し中華でも食べに行かないかね?」それが私の、助手としての初めての仕事になろうとは、この時はまだ知るよしもなかった。

 食堂に入った私たちは食券を購入した。冷し中華を食べに入った筈なのに、我々は揃いも揃ってカレーライスの食券を購入していた。一見バカみたいな行動ではあるがそれは仕方の無い行動ではあった。なぜなら販売されていた食券がカレーライスのものしかなかったからだ。私たちが入ったのは大学校内にあった今は亡き第二食堂(通称二食)で、この食堂は一定の時間を過ぎると、メニューの殆どが売り切れてしまい、後には煮詰まった具の少ないカレーライスしか残らないのだ。我々は黙々とカレーライスを食べた。蛇足ではあるがこの時、私が大盛りを注文したのに感化されて教授も途中から大盛りに変更してくれと頼み、食堂のオヤジに嫌な顔をされたことを付け加えておこう。

「教授、後から変更するなんて迷惑ですよ」私はカレーライスを食べながら言った。

「そんなこと位で気を悪くする位なら食堂なんかやらなきゃいいんだ」彼は意味ありげにスプーンを見つめながら言った。

「見たまえこの如何にも安物なスプーンを。ユリ・ゲラーでなくとも簡単に曲げられそうじゃないか」私は言った。

「曲げちゃ駄目ですよ」教授は続けた。

「こんな安物のスプーンを出す食堂が、一体どんな冷し中華を出すか君は気にならないかね?」彼は余程冷し中華に対して思い入れがあるんだろうと、私は思ったが後にそれはそうではなかった事が判明するまで、私は彼が冷し中華好きだと思っていた。

                                   つづく

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