脚本家 古谷壮志の
現象学的人間論と、うずまき
この物語はフィクションであり、
登場する人物、団体名は実在のものとは
一切関係有りません。

らせん編その11

「お母様はなんと?」

実に当然な疑問である。「ちゃんとご飯食べてるのか?って」実に月並みな答えである。

大体こういう妙な事件が重なった場合、当然の事ながら私は電話がその一連の事件に何かしら関係が有るものだとばかり思っていたが、どう考えたって関係有りそうもない。

教授がちゃんと自活しているかどうかと、大仏の頭が転がっていることや電話が冷蔵庫に入って地面に埋まっていることが関係有るわけがないし、ドラマや小説のセオリーで言うと。

こういうときに電話をかけてくるのは大抵、主人公達が巻き込まれている事件の黒幕だったりするもんだが、教授の母親が黒幕なのだろうか?

どこぞの母親が息子の通う大学に来て大仏の頭を放置していったり、息子が気づかない間に部屋の電話を旧式の黒電話に付け替えて、ご丁寧にそれを冷蔵庫に入れてアパートの庭に埋めておく。

そんな習慣が日本には昔からある。とか、そう言うことが頻繁にあるなんて話は聞いたことがない。さっぱり訳が分からない。

それらの事象に何か関連性はあるのだろうか?その時私には解らなかった。

しかし、教授には何かヒントになったらしく電話の入った冷蔵庫を、腕組みしたまましげしげと見つめている。

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