脚本家 古谷壮志の
現象学的人間論と、うずまき

この物語はフィクションであり、
登場する人物、団体名は実在のものとは
一切関係有りません。
らせん編その12 「君、これはひょっとするとひょっとするよ・」

唐突に教授は言った。

「何がですか?」蛇足ではあるが教授はよくどうでも良いことを口にするので、私はその都度何のことか確認する必要があった。 たとえば「これはなかなか良さそうでねえ」といった後に、「ここで言うこのなかなか良さそう、というのは桂三枝が鳥人間コンテストで審査員でありながら実に適当に発する「これは良さそうですね」という表現よりはむしろ現実的で実現性のある表現なのだよ」などと続けるのである。 だから何なんだと言ってしまえばそうなんだが。

「つかぬ事を訪ねるけれど、君は昨夜何を食べたかね?」

「夕食にですか?」

「そうだよ」

「夕食・?そう言えば何食べたっけ?」

実に妙な感覚だった。まるっきり思い出せないのである。つい昨日の夕食のことが。それも全くである。

「思い出せない・変だな・」私はつぶやいた。

「じゃあ今朝の朝食は?」

「朝食はいつも決まってます。私は毎朝トーストとコーヒーですよ」

「今日は食べたかね?」

「今日は・食べたっけな?どうなんだろ?何で思い出せないんだ?」

教授は薄笑みを浮かべると、おもむろに言った。

「それはねえ君、君は昨日の夕食も、今朝の朝食も食べていないからだよ」
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