いまから30年前、日本には半導体の技術はほとんどなく、全てをアメリカから教わっていました。
この写真に写っている瓦礫の広場は『フェアチャイルド社』の跡地です。
フェアチャイルド社は当時世界でもっとも技術力のある半導体メーカーでした。
この会社が持つ半導体の基本特許の日本総代理店をしていたうちの会社は、
この会社からいろいろな事を教えてもらいました。
半導体の作り方、検査、検査装置、使い方からマーケティングまで、何でも教えてくれるのです。
彼らからすれば、私は発展途上の小さな島国から来たみすぼらしい若者だったから、でしょうかねぇ?
やがて、フェアチャイルド社で半導体の技術を学んだ人たちの一部がスピンアウトして
インテルと言う会社を作りました。
さらにインテルからスピンアウトしてザイログ社を作った人たちもいます。
多くのエンジニアがこのフェアチャイルド社から育っていったのです。
フェアチャイルド社は『フェアチャイルド&カメラカンパニー』(良い子のカメラ)と言うそうです。
つまり子供向けのおもちゃのカメラを作っていたようです。
おもちゃ会社が半導体で大当たりして世界最大の半導体メーカーに育っていったわけです。
フェアチャイルド社はカメラの技術を使った
プレーナー方式
という画期的な製造方法を確立しました。
元々オモチャのカメラを作っていた会社なので
写真の原理で半導体を作ってしまおう、と思ったんでしょうね?
写真の技術を使ってシリコンの表面に感光剤を塗り、
その感光という作用を用いて半導体を製造するのです。
現在でも世界の半導体メーカーのほとんどはこの方法で半導体を製造しています。
その後30年、いまでは見る影もない姿をさらしています。
日本の半導体メーカーが強くなり、世界を制しているのです。
97年のランキングを見ると世界No.1はインテル、続いてNEC、モトローラ、などの順です。
トップ10には日立、三菱、東芝などの日本のメーカーが名前を連ねています。
この瓦礫の広場の入り口に張られた1本の鎖の前に立って瓦礫の広場を見ていると、
何とも言えない気分になります。
感無量。
我が恩師は一体どうしてこうなってしまったのだろう?と。