椅子 椅子に座ると 椅子はミシッと音を立てた 使い古した角木の椅子に 幾十年も使ったような 黒光りしたその椅子に もう一度座ると もう音はしなかった ただ低周波らしい低い音が ビーンと長く鼓膜に響き まぶたも容易に動かなくなった 電灯はついては消え 世界は一瞬に静止した 絵画に化したその世界に 白い雲がフッと現れ 丸や四角の化物が 二つ頭の昆虫が 三つのしっぽの魚たちが 飛んでは消え 消えては飛び あるものは早く あるものは遅く あるものは大きく あるものは小さく 妙な円軌道を描いていた 椅子がミシッと音をたてた 世界は既に戻っていた