-熱





朝起きると身体がいつもよりだるい感覚に襲われる。心なしか視界も安定しない。
昨日の疲れが残っているのだろうか。そう思いつつも、たいしたことないだろうと思いベッドから抜け出して着替える。
大量にある書類の処理をしなくてはならないし。どうせすぐに元に戻るだろうと、ふらふらしながらも部屋から出た。

「おはよー、シー。」

部屋から出たところでフラルと鉢合わせる。
いつものようにフードを被った彼女は元気そうに部屋を歩いていた。
フラルに挨拶をしてから書斎に向かおうとすると
棚に書類をいれたフラルが、何かを思い出したように一度背中を向けた俺に向きなおした。

「そういえば、あいつ、来てるよ。うざかったから飛び蹴り食らわせたら伸びちゃったから一応ソファーに寝かせてるけど。」

「・・・・・・また来てるのか・・・。」

「適当にあしらって追い払っちゃえば?個人的にはとどめを刺して生ゴミの日に出してほしいけど。」

惜しげもなく本音を晒したフラルは残りの片付けがあるからと、ぱたぱたと足音をたてて姿を消した。
たぶん片付けというのは、玄関先で喧嘩になって壊した備品のことだろう。本当に二人は仲が悪いな、と再認識する。
・・・片付けるくらいなら最初から喧嘩をしなければいいんだが、それはとうの昔に無理だと悟ったので口には出さない。



応接室に行くと、そこのソファーで伸びていたはずの男、エンストはすでに復活していて
俺の姿を見た途端に子供みたいなどこか無邪気な笑顔になる。

「あ、シーくんお久しぶりです!元気でしたか?寂しくなかったですか?もし寂しかったのなら、今すぐ僕が全力で慰めほぶっ!?」

向かいのソファーに座ると、途端にいつもの勢いで話しかけてきてそのまま触れてこようとするので
いつもの条件反射で相手の顔面に分厚い書類の入った封筒を叩き付ける。
べちんっ、と思ったよりいい音がした。軽く鼻がつぶれたかもしれないけど、気にしない。

「・・・シーくんさすがに痛いですよそれは・・・っ。」

「・・・だろうな。」

若干赤くなった鼻を抑えなら抗議するエンストを尻目に、彼の顔面に叩きつけた書類を見る。
それはずっしりと重く、厚い。さすがにこれは痛かったかもしれない。悪いことをしたとは思わないが。
封筒の中から書類の束を取り出して、目を通し始める。
ふと、視線を感じて向かいのソファーに座っているエンストに目を向けると
いつのまにか鼻を抑えるのをやめて、また微笑みながらこっちを見ていた。

「玄関でいきなりあの洗濯板娘から遠慮のない蹴りをもらったときは、このまま三途の川を渡るかと思いましたけど、シーくんへの溢れんばかりの愛で戻ってきましたよ!」

「・・・・・・(フラルに聞こえたらまた騒ぎになりそうな言葉を)」

「久しぶりに会うことが出来ましたけど、やっぱりシーくんは可愛いですね。見た瞬間痛みも疲れも吹っ飛んじゃいましたよ!」

一人で語っているエンストの言葉を右から左へと聞き流しながら、書類を見つめる。
気難しい文字の羅列を目で追うが、どこか意識がぼんやりとしていて頭に入っていかない。
まだ完全に目が覚めていないのだろうか、と思いながら読み続けていると、不意に名前を呼ばれる。

「・・・シーくん、」

「何・・・・・・、?!」

俺の名前を呼ぶ声が妙に近いと思いながら顔を上げると、いつのまにかエンストが目の前にいて思わず背後のソファに身体を埋める。
いつのまにこんなに近づいていたのだろうか。それ以前に話すのをやめていることにすら気づかなかった。
驚いている間に、エンストが手を伸ばしてきて無意識にびくりと身体が反応する。何をするつもりだろうか。避ければいいんだろうが、何故か身体が重くて反応できない。
俺の不安を他所に、伸びてきたその手はゆっくりと額に宛がわれた。ひやりと体温の低い手が、どこか気持ちいい。

「・・・・・・熱、ありますね。」

しばらくそうしていると、真面目な顔でエンストが告げた。

「・・・・・・・・・熱?」

そう言われれば、体温が高い気がする。相変わらず思考も覚束無い。

「シーくん。もしかして熱あるの、気づいてませんでした?」

「(ギクッ)」

何故か真剣な顔のエンストに図星をつかれて、思わず目を逸らす。気づいてなかった。完全に。
そんな俺を見て、エンストはため息をつきながら額に当てていた手をはずした。

「・・・フラルや他のメンバーの体調には気づくのに、どうしてこうシーくんは自分のことには疎いんですか・・・。」

「・・・・・・ただの風邪だろうから、そんなにたいしたことじゃ・・・」

「たいしたことありますよ。悪化でもしたらどうするんですか?フラルや周りにも迷惑かかりますし、何より僕が心配で他に手がつけられません。」

正論過ぎて言い返すことが出来ない。最後のは置いといて。
思えばいつも、俺の体調に最初に気づくのはエンストのような気がする。
今回のように体調が優れないときや、怪我をしていたのを隠していたときも。軽いものだったけれど。
毎回一番最初に気づくのはエンストだった。

ぼんやりと、そんなことを考えていると手に持っていた書類を取り上げられた。

「・・・何を」

「今日はもう休んでください。仕事は禁止です。」

「でも」

「だめと言ったらだめです。」

それは今日中に終わらせないと間に合わない書類だから、休んでる暇はない。
そう思い、エンストの言葉を無視して書類を取り戻そうと立ち上がると、急に眩暈と吐き気が同時にこみ上げてきて
結局そのまま力なくソファに上に逆戻りした。

「ーっ・・・(気持ち、悪い・・・)」

「だから言ったじゃないですか。今日はもう部屋に戻って大人しく休んでいてください。」

「でも、エンスト・・・、」

「絶対にだめです。」

「・・・・・・。」

「睨んでもだめです。そそられますけど。」

そそられるってなんだ・・・。そう思いつつも口にはせず、まだ残る吐き気をどうにかしようと口元を抑える。
ここまでして部屋に戻ろうとしない自分に飽きれたのか、ため息を吐くのが頭上から聞こえた。

「・・・シーくん。」

「・・・・・・・・・何。」

「自分で素直に部屋に戻るのと、ここで僕にへろへろになるまでキスされて部屋に担がれるのとどっちがいいですか。」

「自分で戻る。」

「即答ですか!?・・・わかってもらえたようで嬉しいですけど・・・なんか悲しいですね・・・。」

一人項垂れているエンストを放っておいて、ソファーから若干ふらつきながらも立ち上がる。
これ以上ここにいても、また何か言われそうなので素直に戻ることにした。
立ち去ろうとすると、それに気づいたエンストが近づいてきてふらつく体を支えられた。

「・・・一人で戻れる。」

「遠慮しないでください。ちゃんと休むのも確認したいですし。無理されたら困りますからね。」

遠慮してるわけではないんだが。
そう思いながらも、結局そのままエンストに支えられながら自室まで戻ることになった。
ぽすんとベッドに体重をかける。身体がだるい。本格的に風邪をひいたことを今更実感する。

「それじゃあ、あとで食事と薬持ってきますからゆっくり休んでいてください。あ、書類は僕がやっておきますから。」

「・・・ん・・・・・・。」

「何か必要な物があったら言ってくださいね。」

「・・・・・・わかった・・・。」

「シーくん。」

「・・・何?」

まだ何かあるのだろうか。布団を捲る手を止めて振り向くと、ドアの前でエンストは微笑んでいた。

「早く良くなってくださいね。」

微笑んだままエンストはそう告げると、静かにドアを閉めて行った。
それを見送ってから重い体を動かして布団の中に滑り込む。横になると大分楽だ。
今日はエンストの言いつけどおり、素直に休んでいよう。そう思い目を閉じると思いのほかすんなりと眠りに入っていった。








目が覚めたときに、エンストの顔が目の前にあって思わず殴り倒したのはまた別の話。






最初に文章として初めてエンシーを書いたのがこのお話です。
二ヶ月近く前に書いたものだったので、色々と今以上にボロボロだったので全部書き直しました。
出来てるものを書き直すのも、結構大変ですね・・・!ところどころ元とは変わってます。
元では何故か最後にフラグっぽいものが立っていたので、木っ端微塵にへし折っておきました。(にこっ)





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