最近のいずみ

Last Update:2004/10/31

パートタイムアスリートいずみ もうすぐ5年目に突入!! 


■2004年10月31日(日曜日)


くいだおれ人形



西田夫妻
 大学同期の結婚式で大阪へ行った。大阪の難波は7年ぶりで、どんな雰囲気だったかも よく覚えていなかったが、道頓堀にあるたこ焼きやと、くいだおれ人形と、グリコの 看板は全く変わっていなかった。
 今回の新郎は、防大に入学した時、最初のルームメイトだった西田くん。 彼は大学2年の時に、防大をやめ、次の年には、医者となるべく、医学部へ入り、 今では立派なお医者さん。1年しか一緒に過ごさなかったが、一番辛い時期に 一緒に生活した仲間なので、とても仲が良く、進む道が分かれた後も、連絡を 取り合って、自分の結婚式には来てもらい、今回は彼の結婚式に招待してもらえた。
 新婦は、高校時代のクラスメイトということで、高校時代の友人と、 新郎の仕事の関係者が多く、自分と同じテーブルだった7人が、全員医者。 媒酌人は大学の医学部の教授だったが、この方が以前防衛医大で8年間 教鞭を執られたということで、自分も医大の宿舎にいたこともあり、いろいろと 話ができた。
 披露宴のスピーチは、今まで参加した披露宴の中では最もおもしろく、余興では ハンドベルの演奏や、音大の声楽科に在学中の人がアメージンググレイスを歌うなど、 披露宴ということを忘れてしまいそうなくらい、すばらしいものだった。
 また、新婦がほんとうにきれいで、だれもがうらやましく思うのではないかと 思った。とても仲の良い友人の結婚式なので、招待されて、本当にうれしかった。

■2004年10月30日(土曜日)
 イラクで捕らえられた香田さんと見られる遺体が発見されたというニュースが あったが、人違いだった。そのニュースを聞いて、よかったと思ったが、その直後に そう思うのはおかしいと思えてきた。人違いでも人は殺されている。人が一人 殺されているのだから、重大な事件。イラクでは毎日のように死者が出ているのかも しれないが、一人の命が絶たれているというのは、大事ではないか。マスコミの報道は、 人違いでよかったという感じで、なんかおかしい。飛行機の事故などが起こったときに、 乗客に日本人はいなかったと報道するのに似ている。やっぱり人が亡くなっているし、 この報道の仕方はどうなのかなぁ?と考えてしまう。そうはいっても、日本にいる人に とっては、自分の身内の情報が知りたいのだから、知りたがっている情報を報道するという ことからすれば、当然の報道にも思える。自分の頭の中では、どうも解決しない。

■2004年10月29日(金曜日)


同じ姿勢はつらいです



行進の先頭は防大生



戦車も走ります
 防衛庁・自衛隊50周年記念観閲式予行の予行が行われ、朝霞訓練場へ見に行った。 予行の予行なので、VIPはもちろん出席せず、代役の人が名札をぶら下げて代わりに 役目を果たしていた。内閣総理大臣の話のところは、国会の所信表明が流された。
 観閲式を見るのは、防大1年生の時以来。そのころのことはあまり覚えていないので、 今回は、とても新鮮だった。思っていたよりも行進する参加者は少なく、逆に、走行する 車両などの装備の量が多いと思った。
 一番気になったのは、報道陣が決められたラインから出ないように、止める役をして いる人たちのジッとしている姿。片膝をつき、両手を広げ、人が話をしている間は、 ずっと同じ格好をしていなければならない。アスファルトについている膝は痛いに 違いない。それでもジッと耐えなければならない。なんと辛い役目なのか、と思った。
 行進の先頭は防大生。次が防衛医大生。どちらかと言えば、今回は医大生の方がうまく 見えた。先頭は背の高い者が並び、後ろへいくにしたがって、身長の低い者になって いくので、先頭の歩幅に後ろの人が合わせると、大またになり、大変そうに見えた。 もう少し、先頭で歩いている人たちが、後ろに歩いている人たちを気にして、少し 歩幅を狭めれば、きれいな行進に見えるような気がした。
 装備では、実際にイラクへ行って来た車両や、PKOに参加した車両もあり、 注意を引いた。
 そして、航空機もたくさん参加したが、輸送用のヘリは、さすがに新潟の震災に 配慮して、1機だけの観閲飛行だった。

■2004年10月28日(木曜日)
 国体では、体育学校の選手がたくさん活躍した。体育学校からは、 レスリング、ボクシング、射撃、アーチェリー、ウエイトリフティング、陸上 で23人が出場した。レスリングとウエイトリフティングはそれぞれ参加した 7人と4人全員が優勝。射撃でも5人中4人が優勝した。ボクシングは1人が優勝し、 2人が3位。アーチェリーではアテネオリンピック銀メダリストの山本選手に 次ぐ2位。陸上でも健闘し3位に入賞した。
 レスリングではアテネオリンピックの代表選手に勝っての優勝が2種目もあった。 オリンピックにピークを持ってきたのだから代表選手はいいコンディションでは なかったのかもしれないが、代表選手に勝ったというのは、とてもすばらしいこと だと思う。次は是非、全日本など、重要な試合で勝って欲しい。
 これほどまでに、体育学校の選手がすばらしい成績を残したことを見たことがない。 今回は、大会3日目には埼玉県の総合優勝が決まっていたというくらい、圧倒的な 強さだったらしい。この結果には、体育学校の選手の貢献が大きいのではないかと 思う。

■2004年10月27日(水曜日)
 5週間ぶりにアンビバレンス練習会に参加。全日本実業団が終わってから 1ヶ月間、ジョッグはたまにしていたが、トラック練習はしていなかったので、 久しぶりに走ったような気がした。
 今日は中長距離のメンバーが、誰もいなかったので、短距離と一緒に練習した。 メニューは200m×7。短距離も冬季練習に入りつつあるので、強度は低く、 練習復帰にはちょうどよかった。200mが終わったあとに、500mを走ろう ということになり、一緒に走った。設定は75秒だったので、楽に走れるだろうと 思っていたが、全く楽ではなく、最後は全力だった。先頭は71秒台で全然設定 通りではなかったため、遅れてゴールした自分が設定通りのタイム。しかし、 75秒が全力だと、800mでは2分も切れない。この1ヶ月間のツケがきたという 感じ・・・

■2004年10月26日(火曜日)
 形態測定と最大筋力測定した。形態は、以前測ったデータが5年前のもので、 自分が一番走れいていた時期。胸囲は3センチほど小さくなっていた。上腕は 以前よりも大きくなっていた。大腿部は左右差が2センチ以上あり、自覚していた 通りの結果になった。
 最大筋力は1年前の測定のよりは少し向上している種目が多かった。5年前の データと比べて、それほど変わりはなかった。シーズン中はウェイトトレーニングを ほとんどしていないので、筋力は落ちていてもおかしくないが、昨年より 向上していて、予想外の結果になった。

■2004年10月25日(月曜日)
 連日テレビでは地震の被害について報道され、被害の状況が明らかになってきた。 避難している人は約10万人で、食料が十分に行き届いていない。できるだけ 早く十分な食事が食べられるようになることを願っている。
 朝霞駐屯地でも、「災害派遣」という文字の看板をぶら下げた車両が たくさんあった。道の閉鎖状態が解決されたら、出発するのだろうか。 一昨日の夜から、何度もヘリコプターが離発着を繰り返している音を聞くので、 ヘリコプターが救援に行っているのかもしれない。
 自分たちができることは何かと考えた場合、現場で復旧を手伝うことが一番 良いが、なかなかそうもいかないので、まずはテレビで呼びかけていた募金に 参加しようと思った。

■2004年10月24日(日曜日)
 昨夜は、震度4クラスの地震が4,5回続き、新潟では震度6強が3度もあり、 自分たちの地域とは比べ物にならない凄まじさだった。震度6強というのは、 人は立っていることができない状況らしいが、震度4でもビルの上の方に いれば、似たような状況になるのではないかと思う。
 妻は、子供を産むときに、今この瞬間に地震が来たら、どうしたらいいの? と思いながら子供を産んでいたという。これだけ頻繁に地震が起これば、 妻が心配するような状況で子供を産まなければならなかったお母さんも いるのではないかと思う。赤ん坊がいる家では、水、お湯、替えのおむつや ミルクをどうやって調達したらいいのだろう?   今年は天災が本当に多い。自分が心配していた父の実家では、先日の台風 23号で、またもや家が水に浸かってしまった。その家に住んでいた 父の姉は、この天災のストレスで、食事もあまり喉を通らず、胃潰瘍で 入院していた。今まで一度も浸水したことがなかったのに、今年はすでに3回も 浸水している。  こんなに連続でやってくる天災は普通じゃない。地球規模で何かが変化して いるのではないか?

■2004年10月23日(土曜日)


代々木公園



オリエンテーリング初挑戦



表彰式(大会会長と)
 オリエンテーリングのクラブチーム「渋谷で走る会」の10周年記念イベントが 代々木公園で開催され、久しぶりにオリエンテーリングをした。オリエンテーリング の選手であれば、常にオリエンテーリングのことを考えているので、地図を久しぶりに 見るということはないが、自分は陸上がメインなので、地図を見るのも久しぶりだった。
 毎回、第1コントロールをうまく見つけられず、調子が狂ってしまうが、今回も やっぱりうまく見つけられず、第5コントロールまでは、地図を持っているのに、 地図を見ていないようなものだった。第5を過ぎたところで、自分の2分後に出発した 筑波大の大学院生に追いつかれ、そこからは、彼の後ろを追うように走っていた。 確信の持てるところは、彼を追い抜いたが、ほとんどは、彼の方が先にコントロールを 見つけていた。後半になって、彼を見失い、また自力でコントロールを探し、結果的には、 コントロールが残り3つのところで10秒ほど抜き返していた。
 結果は4位。大半は人の力をかりて走っていたので、なんとも言えない順位だった。
 自分が走り終わったあとは、妻が初めてオリエンテーリングに挑戦した。 初めの方は、彼女も自分と同じく、地図を全然見ていないので、おかしな方向へ 向かったりした。普段運動をしていないのだから歩けばいいのに、なぜかムキになって 無駄に走り回っていたので、地図の読み方やコンパスの使い方を教え、自分は子供と 一緒に妻の行動を遠くから見ていた。その後は、うまくコントロールが見つけられ、 ゴールまでたどり着くことができた。
 初心者の女子の部は2人しか参加していなかったこともあり、妻は第2位ということで、 表彰された。初めてやった競技で、表彰されることは、すばらしい。妻は喜んでいるかと 思いきや、かなり恥ずかしそうだった。

■2004年10月22日(金曜日)
 台風が通り過ぎると、天気がよく気持ちいい日差しを浴びることができる。 といっても日中は、部屋の中にいるので、外はいいなぁと思いながら、 屋内で生活している。
 もういい加減台風は来ないで欲しいが、まだ台湾の方向へ向かって台風24号が 来ている。そのまま中国方面へ行くのか、また急旋回して日本へ向かってくるのか? 消滅するよう願っている。

■2004年10月21日(木曜日)
 筑波大学大学院入試。昨年、失敗したので今年は、なんとしても受かりたかった。
 午前中のペーパー試験は、○×と穴埋めで、全くわからない問題がいくつかあった。 特に弓道の問題は、問題の意味すらわからないものもあった。意味はわかるけど、 弓道の甲矢(はやと読むらしい)は何回りか?という問題は、困った。答えは右か 左しかないが、そんなの知らない。なんとなく右と書いてみたが、正解はどっち?
 論述問題は、陸上競技論と運動学を選択し、運動学は、過去問がそのまま出て、 完全に覚えていたので、覚えていることを全て書き出し、自分としてはこれ以上は できないというほど満足な解答ができた。しかし、陸上競技論では必要のない 言葉を2つ入れてしまい、どのくらい減点されるかが問題。この試験で最も不安な部分 になった。
 午後の面接は、緊張して、声が震え、特に研究計画に関する質問への答えが、 答えになっていなかったような気がした。昨年は、緊張せず、ハキハキと答える ことができ、結構自信を持っていたが、その面接の結果があとちょっとだったよう なので、今回は、まずいなぁ・・・と思っている。結果はいかに・・・

■2004年10月20日(水曜日)
 小学生のときから栄養の用語で使われる糖質と炭水化物という言葉 が、なんで同じ意味として使われているのか疑問に思っていた。今日はやっと 理由がわかった。
 ブドウ糖、果糖、ガラクトースの3つを単糖類と呼び、その3つの組成はどれも、 C6H12O6で、糖質の基本単位なので、単糖類と言うのだそうな。HとOの比率が 2:1なので水と同じ。Cは炭素なので、結局これは炭と水ということになる。 つまり、炭水化物と呼ぶということで、糖質の事を炭水化物と言うのだ 。 今日は、長年の疑問が解けて、随分スッキリした。これって常識? 今まで知らなかったのは非常識?
 今日は、明日の入試に備え、つくばへ移動した。明日の朝、家を出発すると、 ひょっとしたら台風23号が直撃する可能性がある。小降りのうちにホテルへ 着くことができ、来て良かったと思った。しかし、ホテルはかなりボロかった。 部屋の入り口は倉庫のような雰囲気でドアが自分の身長と変わらないくらい低く、 オートロックではなく、鍵をかけるときは、部屋の内側でロックをして、 外に出るという方式。部屋は喫煙した匂いが残っていて、部屋の中にはハエがいた。 そして洋服ダンスには前に泊まった人の忘れ物なのか?スーツ、ネクタイ、 シャツの一式がかかったまま。赤堀っていう刺繍入りだった。このホテル どうなってるの?

■2004年10月19日(火曜日)
 また日本列島に台風が接近している。今年10個目の日本列島上陸だとか。 沖縄や奄美大島では、夜には暴風域に入った。この地方は毎回大変だと思う。 また、父の実家のある、高松方面も心配になる。今年は2度も家が水に 浸かっている。
 また自分の大学院入試も心配になる。当日朝台風が強くて高速道路が 走れなかったらまずい。宿を取ろうと思って、ホテルを探したが、つくば 市内のホテルは満室ばかり。これは試験の関係か?それとも常にそういう 状況なのか?とりあえず、学校からは遠くだが、途中に見つかって良かった。

■2004年10月18日(月曜日)
 昨夜は子供の夜泣きが激しく、全く眠れなかった。お腹は空いていないし、 抱っこをしても泣く。泣くということは、何かが自分の思い通りに行かず、 気に入らないということなので、いろいろと原因を考えては見たが、見つからず 困った。
 最終的に寝たのは午前4時頃。今日も出勤なので、6時半には起きた。 全然寝た気がしない。2,3日前から、急に夜中に泣くようになった。 これが本物の夜泣きだ、と実感した。

■2004年10月17日(日曜日)
 朝から天気がよく快晴。大学院の入試が近づき、勉強も最後の追い込み時期に 入っているが、部屋の中でジッとしているのがもったいないので、外を歩き ながら勉強してみた。信号があるところでは危ないので、信号のない、ずっと 歩ける駐屯地内の外柵沿いを歩いた。人もほとんどいないので、気をつけるのは、 曲がり角に来たときだけ。そのほかは、ずっと試験対策のプリントを見たり 声に出して読んでみたり、外での勉強もなかなかよかった。午前と午後で 4時間くらい歩けた。

■2004年10月16日(土曜日)
 NHKスペシャルはイチローの特集だった。好調なときはどういうときか? という質問に、調子があまり良くないときだと答えたのが意外だった。
 ヒットを打つ時には、確かに運良く当たる場合もあるが、打つべくして打った ヒットもある。つまり、解説者が「あれは運が良かった」と解説したとしても、 イチローからすれば、「それは必然のヒットだ」と言える当たりもあったりする。 イチローの調子がいいときというのは、必然のヒットが打てるときで、自分の感覚と 結果が一致する時。たとえ打てなくても、自分の感覚と結果が一致すれば、調子が いいと言える。マスコミが騒ぎ立て、好調と言われる時期は、意外と自分の 感覚と結果が一致せず、打てるわけないのにヒットが出てしまうという時期だったり する。
 今後の目標は?と聞かれ、「もっと野球がうまくなりたい」と答えた。本当に 純粋に野球が好きで、その野球好きなところから偉大な記録が生まれたのだと思った。 普通の人ならば、次の目標に、具体的な数字をあげたりするのだろうが、イチローは 違った。これは本人だけが確認できるもので、本人の楽しみでしかない。周りの人が とやかく言うものではない。
 スポーツ選手だけでなく、日常生活でも、自分の感覚というものを大切にし、 それを磨き、自分の感覚と結果が一致するように日々努力しなければならないと 思った。

■2004年10月15日(金曜日)


朝の富士山と夕方の富士山
 最近はずっと天気が悪かったが、久しぶりに雲一つない秋晴れの青空になった。 1日中富士山が見えるというのは、とても気持ちいい。雲がほとんどないため、 日中は太陽の光が直に当たって、屋外で活動している人にとっては、天気が 良すぎて逆に困ったのではないかと思う。
 スウェーデンの研究所が、携帯電話を10年以上使っていた人は使っていない人より も脳腫瘍の危険が2倍になると発表した。しかも携帯電話を常に左か右の 同じ側で使っている人をみると、4倍近くにはね上がるという。利用期間 が10年未満のユーザーでは、とくに増加はみられず、今回はアナログ式に限った 調査で、デジタル式については、まだ使用された期間がアナログほど長くないため、 関係は不明らしい。
 昨年、総務省では携帯電話は脳腫瘍の原因にならないと発表しているので、 まだまだ本当のところはわからない。世の中いろいろな情報が流れ、どの 情報を信用し選択してゆくか、難しい時代になった。

■2004年10月14日(木曜日)
 最近集団自殺がテレビで取り上げられている。生きるのが面倒くさいからという理由も 要因の一つにある、というから驚いた。別に死にたいわけではないが、無気力で 行動を起こすこと自体が面倒。それなら、その面倒がなくなるように死んだら楽かな? なんて考えるようだ。死のうとする行動力を少し別の方向にずらすだけで、 違った道が開けるように思うが・・・。生きたくても事故や病気で亡くなる人もいる。 生きたい人が生きられず、特に事故や病気にも遭わない人が、無理に自分の命を絶つ。 世の中はなんと不条理なのか、と思った。

■2004年10月13日(水曜日)


体重測定
 子供の1歳の誕生日。今日の身長は76cm、体重は10kg。 生まれたときは49.5p、3082gだったので、体重は3倍以上になっている。 1年で自分の体重が3倍になることを考えると、今の自分では耐えられないだろう。 自分の身体が自分の身体でない感覚になるのではないか。赤ん坊の細胞分裂の スピードはものすごいものだ。毎日見ていれば、大きくなっていく 実感はないが、1年前のことを思い出すと、あんなに小さかったのに、 なんとでかくなってしまったことか。当の本人はそんなことには、まったく 関係なく、昼寝して、動き回り、泣いている。とにかく元気でなにより
 親としての1年間が過ぎた。2年目もしっかりと見守ってゆきたい。

■2004年10月12日(火曜日)
 背骨を中心に上肢、下肢を一体化して鍛えるコアスタビライゼーションいう トレーニングがある。従来のトレーニングのほとんどは部分的にしか鍛えていない ので、全身を一体化してトレーニングをしましょう、というもの。
 コアというのは、横隔膜、骨盤底筋、腹横筋、横隔膜、多裂筋に囲まれた部分。 簡単にいえば、腹回りの奥の方の筋肉で囲まれた部分(体幹の深層部)。 スタビライゼーションは安定という意味合い。
 トレーニングは、腹横筋を意識することから始まる。口から息をはき、腹を へこます動作。これが最も重要な部分らしい。これができないと先へ進めない。 そして一段階ステップアップすると、呼吸に関係なく腹横筋が収縮でき、 最後の段階は、無意識で腹横筋が使えてくる。
 腹をへこますように意識して、腕立ての姿勢をしっかりととり続けるだけでも 十分トレーニングになる。ジト〜ッとしたイヤな汗が出てくる。地味な運動過ぎて、 挫折してしまいそうだが、その場に自分の寝られるスペースさえあればできる。 短時間でもできるので続けてみようかなぁと思った。 

■2004年10月11日(月曜日)
 シカゴマラソンがテレビで放送されていた。男子の1位はケニアのルート。 昨年に続き2連覇。タイムは2時間6分16秒。マラソンは今のところ負け知らず という選手。2位、3位は、最近出場したレースでは必ず3位以内にいる、ヤクルトの ジェンガと、カネボウの高岡さん。2人のタイムも2時間7分台。
 高岡さんはアテネオリンピックでは代表になれなかったが、やっぱり日本で一番強い ランナーだと思った。3レース続けて2時間7分台以内というのは、日本人では 今までにいない。中盤までは世界最高を上回るペースで、30q過ぎにルートが スパートをかけ5位になったが、最後は2位の選手が目の前に見える 位置まで盛り返してのゴールだった。年齢は34歳になったばかりだが、世界のトップ ランナーの年齢からすれば、まだまだこれからという年齢。頑張ってほしい。

■2004年10月10日(日曜日)
 テレビの映像を見て、昨日の夜関東を直撃した台風22号は、かなりの 強さであったことを知った。
 台風が通過するときは、家の中にいたので、外は風と雨が強いなぁ、という くらいの感覚で、気がつけば雨も風も止んで、もう通り過ぎたのか、と思うくらい 短い時間に通り過ぎたように感じていたが、横浜では、トラック20台くらいが、 風に飛ばされ横転していたし、南北線の麻布十番駅は浸水し、他の地下鉄も 運行停止が多かった。亀戸の交差点も川のようになり、都心は、自然災害には 弱い場所がたくさんあるように思えた。
 地面はほぼ舗装され、水の逃げ場がないのだから仕方ない。水は低いところへ 流れるのだから、地下鉄の駅が水に浸かるのも自然な流れ。
 洪水ハザードマップというものがあるが、用意できている地域はまだ少ない。 各市区町村がこのマップを作り住民に注意を呼びかけることにより、早期避難を 促すことができ、人的な被害を最小限にできるのではないかと思う。

■2004年10月9日(土曜日)
 NHKでパラリンピックの総集編をやっていた。一番の印象は、パラリンピックの 競技レベルの高さ。プロ選手も存在するという完全な競技スポーツだった。
 柔道では、組み合ってから試合が開始されるため、いきなり投げの動作が始まる。 オリンピックの柔道とは違い、本来の柔道のおもしろさが、競技開始から見られる ところが魅力だと思った。
 次の北京大会が開かれる予定の中国は、今大会でもすばらしい結果を残していた。 政府がバックアップし、若い選手を発掘して育てている。オリンピックだけでなく、 パラリンピックでも国を挙げての選手強化に取り組んでいるのには驚いた。 日本では、苦労して競技を続けている人が大半だと思うと、この差は大きな差に なってくるのではないか。
 また、今後のパラリンピックではお金のある国の選手の方が、器具の開発などにより、 道具の面では有利になってくるのではないかとも思った。オリンピックでも、射撃の 日本選手は、射撃の道具が国内でそろわないため、海外遠征の時に購入する。道具の 面ではヨーロッパの選手が明らかに有利だという話を聞いた。また、水泳や陸上の ウエアーは日本でかなり研究され、選手は、最新のウエアーを着て競技に参加している。
 こうなると、それぞれの練習環境や、道具の違いから、公平というのはなんだろう? という疑問がわいてくる。やっぱりお金のある国や選手が有利になってくるのだろうか? オリンピックもパラリンピックも将来は、プロ選手の祭典となるのかも知れない。

■2004年10月8日(金曜日)
 耳の手術で縫ったところの抜糸をした。また麻酔をかけて糸をとるのだろうと 思っていたが、実際は、消毒をしたあと、そのままはさみとピンセットのようなもの で抜糸が行われた。糸が抜ける瞬間は痛いんだろうなぁと思っていたが、全く痛み はなく、はさみで糸を切る音はしたが、いつ糸を抜いたのかわからないうちに、 抜糸は完了した。
 先生は、「これで手術は一通り終わったけど、また再発する可能性はあるから、 またできたときには、すぐに来てね。」と軽い口調で言われた。その口調からは、 またいつでもどうぞ、という感じで、とっても気軽な手術だったんだなぁと思えた。  薬については、手術後の症状を話したところ、「合わなかったんだね」と言われ、 今後は、薬をもらうときには注意するようにアドバイスを受けた。先生の返答は、 いつもあっさりしていて、何でもなかったんだと思えてきた。

■2004年10月7日(木曜日)


ブルックスのシューズです
 先月行われた日本体力医学会の持久走大会の賞品が送られてきた。賞品の ランニングシューズは、カタログに28pまでしか載っておらず、実行 委員の先生からも、「29かぁ、なかったらごめんね」なんて言われていたので 自分の履ける29pのシューズはないだろうと思い、あきらめていた。
 そのため送られてきたシューズを見るのはドキドキだった。箱の外に書いてある サイズを見ると29pとなっていて、中身も29pだった。
 いったんはあきらめていたことが、希望通りになるというのは、うれしさ 倍増で得した気分。なんでもないことだけど、久しぶりに うれしさがこみ上げた。

■2004年10月6日(水曜日)
 夜中の11時40分過ぎに、震度4の地震があった。久しぶりの大きな地震で、 とうとう大地震が来たか!!と思ったが、いったんおさまったあとは、何事もなく、 安心した。子供は、まったくこの地震には気づかず、寝たままだった。
 テレビでは、地震直後から、字幕で地震情報が流れ、NHKでは、すぐに 震源や各地の震度が表示された。なんでこんなに素早く、こういった情報が 手にはいるのだろう?と思い、調べてみると、各市町村に震度計があり、ネットワーク を介し、震度情報を都道府県、消防庁まで伝達できるシステムを構築していた ためだった。
 和光市と朝霞市は隣の市なので揺れはそれ程変わらない気がするが、和光市は 震度4、朝霞市が震度3という表示だった。この数字の違いは、このシステムから すれば、それぞれの市に設置された震度計が示した値だったということ。
 このシステムは、阪神淡路大震災の時に、地域の震度を細かく把握できて いなかったために、いろいろな対応が遅れたという反省の上に成り立っていた。
 今後の課題は、震度分布をどこまで細かくしていくか、通信回線がISDN回線 のため有線回線であることから、耐震性の問題をどうするかなどがある。有線回線に ついては、衛星などのバックアップ回線を構築する必要があるということだった。 有線回線なので、地震によってこの回線が切れて情報が送られてこなかった場合 には、有線回線が切れるほどの大きな地震だったとわかるという。今の整備状況 では、なんとも皮肉な情報把握の方法になってしまう・・・

■2004年10月5日(火曜日)
 日曜日からずっと雨。これほど連続で雨が降るのはいつ以来か?この夏は これほど連続して降ったという記憶がない。実際はあるのかもしれないけど・・・
 お昼のニュースで、「明日未明にかけて、激しい雨が降ることが予想されます」と いうフレーズを聴いたときに、「未明」ってなんだ?とふと思った。雰囲気は朝になる 前くらいかなぁと思ったが、正確な意味がわからない。天気予報では良く言われる言葉 だが、今まで、なんとなく雰囲気だけを感じて聞き流していた。今回は、何だろう? という気持ちになり辞書で調べてみた。意味は、「夜半を過ぎて、まだ明るくならない 時分」となっていた。雰囲気は間違っていなかった。とにかく疑問が解決して スッキリした。
 日常生活でも正確な意味を知らずに使っている言葉は多いのではないかと思う。 それらの言葉の正確な意味を気がついた時にでも調べることによって、それだけ 自分の表現の世界が広がるような気がして、うれしくなる。

■2004年10月4日(月曜日)
 NHKのクローズアップ現代で、ドーピングについての放送があった。途中から 見たので、前半の内容は知らないが、自分の見た部分は、アメリカ一般市民の ドーピングの実態と遺伝子ドーピングについて。
 アメリカでは、サプリメントにもドーピングとなる薬物が入っている場合があったり、 インターネットの普及で、これらの薬物を手に入れることも容易になっている。また 一般市民がトップアスリートを見て、同じようになりたいと思い、薬物を使用する場合 が多く、国内で約300万人の人がドーピングとなるものを服用しているという。 そしてドーピング専門のクリニックも存在し、毎日多くの人がドーピングの副作用の 相談や治療に来ていた。
 遺伝子ドーピングは、筋肉が肥大することに制限を加える遺伝子の変異により、肥大に 制限がなくなるというもので、その遺伝子の変異した牛は、筋肉がモリモリで、 ボディービルダーのように切れのある盛りあがった筋肉をしていた。また、3,4歳の 子供の異様に発達した下半身の写真もあった。その子供は、軽々とダンベルを持ち 上げられるという。実際にマウスではこの遺伝子をいじって筋肉を発達させるのに 成功していた。
 この研究は、本来、筋ジストロフィーの患者の治療に関する研究で、研究のために 全国に身体を提供してくれる人を依頼したところ、患者の応募数よりもアスリートの 応募数が多いという意外な結果となった。近いうちに、遺伝子ドーピングというもの が行われる可能性があり、ドーピングをチェックする機関では警戒を強めいている。
 アメリカは、日本とは人間の数は違うけど、多くの人が良くも悪くもドーピングに 関心を集めていることを実感した。地域によっては、子供にドーピングの予防プログラム を組み、子供をドーピングから守ろうとしている。いつか日本でもこのような プログラムを組む日がくるのだろうか?子供の頃から正しい知識というものをしっかしと 植え付けることが必要なのだと実感した。そのためには、まずは自分が正しい知識を 身につけなければならない。 

■2004年10月3日(日曜日)
 唇の荒れがさらにひどくなり、口を開くだけで痛みが出て、食事をするのが 苦痛になりだした。昨日から化膿止めの薬を飲むのを止め、具合は良くなるのでは ないかと思っていたが、期待はずれ。
 このままでは、人前に出られなくなるので、近所の皮膚科のある診療所へ行った。 ここで、今までの経緯を話すと、先生からは、「薬が一つの原因と考えられるかも しれない」と言われ、これだという原因の特定には至らなかった。飲んでいる薬は、 疑いがある場合は、飲まない方がよく、傷口に直接塗る塗り薬も、塗り続けると 治りは遅くなるので、頻繁に塗らず、乾燥させたほうが治りが早いという アドバイスがもらえた。
 最近、以前と違うことがもう一つあることを思い出した。それは、この1週間 全く運動をしていないこと。レースが終わって、手術をしたこともあって、 完全に休んでいた。普段身体を動かしていたのに、身体を動かさなくなったこと が、原因なのかもしれない。普段身体に負荷をかけているのに、かけなくなると、 逆に正常でない身体となってしまうのか?本当のところは、何もわからない。

■2004年10月2日(土曜日)
 自動車学校に通っていた時によく言われたのは、歩行者優先。運転しているときは できるだけこのことを意識し、運転している。今日は特に、横断歩道を渡ろうとしてる 歩行者が多く、何度も車を止めた。止まれば、歩行者は少しうれしそうに横断してゆく。 また、こちらにも配慮して小走りに横断する人もいる。止まって良かったなぁと思う。
 自分が歩行者のとき、また運転しているときに対向車を見ていると、歩行者に全く 配慮していないのでは?と思うほど、歩行者に目を向けて止まってくれる人が少ない。 車に乗っているときであれば、自分が止まれば、対向車線の車も止まらざるを得ない 状況になるので、目を向けてもらえるが、歩行者では、無理に横断するわけにも行かず、 車が通らなくなるのを待つことになる。
 歩行者も急いでなければ、信号のある横断歩道へ行くという選択肢があり、より安全に、 確実に横断できる。そうすれば、ドライバーが歩行者を気にする回数が減る。
 歩行者もドライバーも、お互いに相手のことを考えられる世の中になると、交通事故も 減ってくるのではないかと思う。

■2004年10月1日(金曜日)
 昨日の夜から、唇が荒れだし、なんとなく調子が悪い。胃の具合などが悪いときに、 唇が荒れ出すが、胃の具合の悪い感覚がない。リップをしても変化はない。
 最近、普段の生活で変わったことがあったとすれば、手術をしたこと。 化膿止めの薬を飲んでいるので、これが原因なのかもしれない。時間が経つに つれて、荒れ方がひどくなっている。今まで薬を飲んで、身体の具合がおかしく なったことはないが、今回はあわなかったのだろうか?少し心配。



[昔のいずみ]