最近のいずみ

Last Update:2004/6/30

パートタイムアスリートいずみ 4年目に突入!! 


■2004年6月30日(水曜日)


大野選手と河野さん
 ホクレンディスタンスチャレンジに出場。朝、羽田を出て旭川へ行き、レンタカーで 宿泊先の滝川サイクリングセンターへ行き、昼寝をしたあと、夕方深川市陸上競技場へ 向かった。
 天気は雨。気温17℃。あまりいい環境ではなかったが、ウォーミングアップを しているうちに雨は小雨になり、意外とコンディションはよくなった。
 800mの出場者は12名。韓国の選手がそのうち3名。アテネオリンピック韓国代表 選手もいた。レースは1周目を体育学校の菅野が引っ張り51秒で通過した。自分は 5番手について1周目を回っていたが、350m過ぎで力尽き、1周目は53秒台。 600mくらいまではジョッグのように走っていた。残り200mで、ハッと我に返り、 何しに北海道まで来たのか考えたらこのまま終わるわけには行かないので、前から落ちてきた 選手を1人かわし、なんとかねばってゴールまで走った。結果は1分53秒70で8位。
 途中妥協があったので、タイムは悪かったが、県選手権よりはよかったし、シーズンベスト でもあったので、収穫はあった。トップは1分47秒10で韓国代表の選手だった。
 今日はメインレースが男子10000m。前半の5000mが14分かかっていたので タイムは出ないかと思ったら、後半は日本選手権優勝の大野が一人で逃げきり、日本記録 保持者の高岡さんの追い上げを振り切って27分59秒でシリーズ3連勝を飾った。 この19歳は、オリンピックですばらしい結果を出してくれるのではないかと思った。

■2004年6月29日(火曜日)
 子供がハイハイで前進するようになった。触りたい物があると、一生懸命 それに向かって手を出し、少しずつ前進する。前進するのがおもしろいようで、 身体全体を使って喜びを表している。こちらの呼びかけにも答えるようになり、 機嫌がよければ、名前を呼ぶと呼んだ方向を確認して動き出す。前進はぎこちなく、 生まれたばかりの馬や鹿が動き出すような感じに似ている。ソニーのアイボの 動きにも似ている。妻と2人、このぎこちない動きがこの上なくかわいく、 本人だけでなく自分たち両親まで喜んでしまった。

■2004年6月28日(月曜日)
 左の腓腹筋の痛みは変わらず、運動はまったくできなかった。身体のバランスも 崩れているだろうと思い、整体へ行った。整体では施術の前に、骨格のバランスを 見てくれと頼んだのに、先生は、あまり聞いてくれず、マッサージをするだけだった。 先生の自己満足のマッサージのようで、それが納得行かず、施術を受けているのに 全然リラックスできなかった。
 結局最後までマッサージをして終わった。今日は運が悪かった。もう二度と この先生には当たらないように、予約の時は、この人だけは当てないでくださいと 言おうと思った。

■2004年6月27日(日曜日)
 神奈川県選手権2日目。午前中に800mの準決勝、午後に決勝があった。 天気は昨日ほど蒸すこともなく、走りやすかった。体調は昨日よりはよかったが、 走り自体はそんなにかわることはなかった。
 準決勝も高校生が積極的に引っ張ってくれ、1周目が55秒台。昨日と同じように 500mを通過するころに失速してきたので、残りは自分が先頭に出て、トップで ゴール。タイムは1分55秒38。タイムは昨日よりいいが、感覚は昨日と同じで いっぱいいっぱいだった。
 決勝は、昨年度優勝の林くん(すぱっつ)が飛び出し、2番手に自分がついて いく展開で、1周目は55秒くらい。残り300mからだんだんペースがあがって、 600m通過のときには、ついて行けなくなった。650m過ぎで渡辺さん (愛川町役場)につかまり、最後の直線で荒井くん(東海大)にもつかまった。 このままでは表彰台にも上れないので必死にもがき、渡辺さんを抜いてゴールした。 タイムは1分54秒63。悪いなりに頑張った。
 決勝前から左のふくらはぎが痛かったが、レース後、トレーナールームで 診てもらったところ、肉離れに近いと言われた。アイシングをしてテーピングを してもらったが、歩くだけでも気になる。水曜日にはまたレースがある。 ちょっと心配な痛みだ。
 アンビバレンスでは4×100mリレーで41秒10の大会新を出し優勝。 十種競技の竹原くんも優勝し、かなり盛りあがった。

■2004年6月26日(土曜日)
 神奈川県選手権に出場。今日は800mの予選だけ。先週まで捻挫や 風邪にやられ、まともに運動をしていなかったので、走れるわけはなく、 気候は蒸し暑く、最悪な状態だった。
 予選は7組あって3着までと4着以降タイムのいい人が3人準決勝へ 残れた。先月の時点では、この予選でシーズンベストを狙っていこうと思って いたが、そういう気分でもなく、なんとなくスタートラインに立った。
 自分よりタイムの速い人はいないので、自分が先頭で走るようになると 思っていたが、高校生が積極的に先頭を引っ張ってくれた。1周目は56秒7。 タイムとしては相当遅いが、体はかなりきつかった。高校生は500mを 過ぎると失速してきたので、残り300mからは自分で引っ張った。 楽に走って逃げ切ればいいが、体中に力が入ったような状態で、リラックスが まったくできず、ゴールしたときには、体中がしびれて動けなくなりそうだった。
 体がしびれるくらいがんばって、タイムは1分56秒47。トップで通過 することはできたが、明日以降、かなり心配になる走りだった。

■2004年6月25日(金曜日)
 ゴールドウィンのバーゲンへ出かけた。天気予報は曇りで、朝、家を出るときには 晴れていたので傘を持たずに出かけたが、会場へ着いてみると、大雨になっていた。 開場30分前にバーゲン会場へ着いたが、すでに長蛇の列が出来上がり、並んだ場所は 屋根のないところで、大雨にうたれながら30分間耐えた。
 バーゲンが始まり会場に入るとすぐにトイレで着ていた服を脱いで、雨を絞った。 着替えはバーゲンで買って着替えることにして、濡れた服を再び着て会場へ突入した。
 今回のバーゲンはアウトドアグッツが多く、自分が欲しいと思っていた陸上用品は 少なかった。会場内をしっかり回ったら2時間かかり、結局服は乾いてしまった。
 本当に得したなぁというような物はなかったが、いろいろと買ってしまった。 先月知り合いになったゴールドウィンの社員の人に社員証を借りて レジで見せると更に割引があった。ここで初めて得した気分になった。雨に耐えた 甲斐があった。

■2004年6月24日(木曜日)
 昨日は、渋谷駅で東京メトロの駅員が拳銃で撃たれ重傷を負った事件があったが、 今日は、田園調布駅で乗客の財布を奪ったり、刃物で切りつけたり、駅員に 催涙スプレーを噴射する事件があった。昨日は、一人の犯行だったが、今回は 外国人グループ5,6人の犯行らしい。犯罪のニュースがあまりにも多すぎて、 それが当たりになってきた。人の少ない目立たない場所での犯行ではなく、 大勢の人がいる場所での犯行が多く、一人の人が犯罪に巻き込まれる可能性は どんどん高まっているように思う。
 また、最近は小中学生が同じ子供を殺そうとする事件も多発し、大人だけで なく子供までかなりおかしくなっている。子供だからといってなめてかかると、 殺される可能性がある。
 自殺者も年々増えていると聞く。交通事故で亡くなる数よりも自殺の方が 多いらしい。
 これらの原因の一つには、心の問題があるとよく言われる。心というのは、 結局脳の働きのことなのだろうか?脳の研究だってかなり進んでいるだろうに、 人の気持ちを落ち着かせるような脳への働きかけって何かないものだろうか。

■2004年6月23日(水曜日)
 アンビバレンス練習会。神奈川県選手権直前ということで、今日も各自で 調整。自分は600m+200m。600mは前半の300mを43秒、後半は 少しペースを上げて40秒で気持ちよく走れればいいなぁと思っていたが、 実際は気持ちよく走ることなどできなかった。思っていた以上に寝込んだときの ダメージがあった。先週の自分だったらきっとできた練習だったが、そんなことを 考えても仕方ない。今の状態がわかってよかったと思うことにした。600mの 後の200mはただ惰性で走るだけだった。週末にレースに出て大丈夫なのだろうか?

■2004年6月22日(火曜日)
 職場でエアコンの試験運転が始まった。フィルターの清掃をするように 放送が流れたので、エアコンからフィルターを取り出してみた。埃が固まって 真っ黒。これでは、エアコンが入っても相当無駄に電気を消費するだろうと思った。
 昨日は湿度も高く、蒸し暑かったので、エアコンが入ったらいいなぁと 思っていたが、今日は、外は晴れていて、部屋の窓とドアを開けていれば、 風が適度に入ってきて丁度よかった。しかし部屋は自分一人がいるわけではない ので、部屋を閉め切り、エアコンがよく効くような状態にした。
 1時間もすると、部屋は十分涼しくなり、だんだん寒くなった。自分の職場の エアコンはONとOFFしかないらしく、温度の調整ができない。だから寒くなれば とことん寒くなるらしい。寒くて頭が痛くなりそうだったので、長袖を着た。 暑いからエアコンが入るのはわかるが、温度調整ができないので、自分のほうで 着込んで寒さ対策をするというのは、なんかおかしい・・・

■2004年6月21日(月曜日)
 喉の痛みが取れず、医務室で診てもらった。喉はしっかりと炎症しているという ことで、また薬をもらった。先週もらったのは2種類だったのに、今回は4種類。  昼ご飯を食べたあと、薬を飲んでみたら、少しずつ喉の痛みがなくなってきた。 喉の痛みがなくなるのと並行して、頭痛がひどくなってきた。これって薬の副作用? 午後は、頭痛で、しかも頭がボーっとして働きが悪い。外は台風の影響でもの凄い 風雨だし、部屋の中は湿度が80%以上になり、肌が汗でべとつくので、さらに 頭を働かせない方向に動いているようなきがした。
 今日は1年で最も日の出ている時間が長い夏至だというのに、日の長さを満喫すること ができず、身体にとっては不快な1日だった。

■2004年6月20日(日曜日)
 昨日のイベントの続きで、伊奈町にある丸山スポーツ広場で行われた オリエンテーリングの練習会に参加。昨日は昼からだったが、 今日は午前中だけの練習会。
 場所はスタート地点がグランドで、オリエンテーリングをする場所は、 普通の町の中だった。コースは町の中の藪をつなげたような感じで、 蜘蛛の巣やバラの刺に苦労しながら進んだ。立ち入り禁止と書いてある 場所が多く、その中にコントロールがあるので、立ち入るのに躊躇した。 後半、また右足を捻挫し、最後は歩くような速さのジョギングしかできなかった。 テーピングはしていたので、捻挫は軽かったが、ちょうど痛みがなくなりつつ あった時期だったので、また振り出しに戻ってしまい、精神的なダメージは 大きかった。

■2004年6月19日(土曜日)


稲荷山公園
 「埼玉県所属のナショナルチーム強化選手とトレーニングをしよう!」という 企画があり、オリエンテーリングの練習をした。場所は入間基地の隣にある 稲荷山公園。
 今回の練習会は、会場が公園なので、それ程広くなく、コントロール を確実にとらえるためのコントロールピッキングが中心だった。2時間の 間に4本のオリエンテーリングをした。距離が短いので、すぐに次のコントロールが 見え、走りやすかった。最後は強化選手と併走もでき、なかなか充実 した練習だった。
 日差しは強かったが、日陰にはいると風通しもよく昼寝日和で、子供は 気持ちよさそうに寝ていて、うらやましかった。

■2004年6月18日(金曜日)
 熱は下がったので、いつも通り出勤。薬の影響があるためか、頭がボーっとして 集中力があまりなかった。午後からは頭痛が出てきて、座っているのが辛くなってきた。 座っているのが辛いので運動でもしようかと思ったが、動くと頭痛が更にひどくなるので、 仕事の時間が終わったらすぐに家に帰り、またひたすら寝た。

■2004年6月17日(木曜日)
 朝起きたときに、喉の痛みがあり、首回りもイヤな感じだったので、体温を 測ってみると37.6℃。一応職場には出勤したが、休暇にしてもらい、 医務室へ行き、薬をもらって家へ帰った。家に着いてまた体温を測ったら 38℃を越えていた。そのまますぐに寝た。
 昼ご飯を食べて薬を飲んで寝て、夜ご飯も食べ、薬を飲んで寝た。 汗を大量にかき熱は下がったが、身体の感覚はあまりいい感じではなかった。 睡眠時間は十分すぎて、寝るのが疲れた。はやく健康になりたい・・・

■2004年6月16日(水曜日)
 アンビバレンス練習会に参加。ほとんどの人が、週末の川崎市制記念大会への 調整で、個人練習だった。自分は中距離の練習がしたくて練習に来たが、 一緒に走る人が見つからず、一人で400m+300m+200mを3セットやった。 スパイクは先月の延岡のレース以来で1ヶ月ぶり。トラック練習自体も捻挫の 影響であまりやっていないが、10日もすればまたレースなので、少し追い込んで みることにした。設定は60”、43”、27”。
 1セット目は設定ギリギリで走り、2セット目は300mが40秒台で、追い込みすぎて 200mで苦しんだ。3セット目は300mで足を攣ったが、我慢して必死に走った。 最後の200mも同じ感じ。
 ほぼ設定通りで走ることができたが、ずっと走っていなかったため疲労が大きかった。

■2004年6月15日(火曜日)
 最近、最大酸素摂取量の測定をよくやっている。測定の方法を学んで、自分一人で できるようにするために何度も繰り返し教えてもらっているのだが、測定をすると いうことは、被験者が必要となるので、職場にいるいろいろな人たちに協力してもらう ことにしている。被験者は主に中高年の人たち。普段から、もの凄く運動をやっている 人から、まったく運動をやっていない人までいろいろ。いろいろな人を測定するので、 違った結果が出てきておもしろい。特に普段運動をやっていない人は、意外な結果が出て びっくりする。
 最大酸素摂取量が低いだろうと予測していた人が、中高年の平均からいえばかなり 高かったり、逆に高いだろうと思っていた人があまりにも低かったりする。運動 していなくても高い値を出す人は出せて、かなり自分を追い込むことができるし、 逆に、まったく追い込めず、心拍数もそれ程上がらないまま終了する人もいる。 結局、測定してみないとわからないことが多い。
 測定をするということは、それを分析して、フィードバックしなければならない。 測定はやってしまえば終わりだが、そのあとの分析が大変。ひとりひとり適切な アドバイスをしなければならないので、ここからが本当の勉強なのだろう。

■2004年6月14日(月曜日)
 先週、木曜日に子供が熱を出し、2日半経ってやっと熱が引き、安心していたが、 その後は、鼻水と咳が出て、日を追うごとにひどくなってきた。昨夜は、喉の炎症が ひどくなっているのか、咳がひどく、よく泣いた。0時前に起きて泣き、2時半から 3時半頃まで泣き、6時前に泣いた。乳もやって、おしめも替えてやっているが、 まったく泣きやまず、喉が原因としか考えられなかった。薬は飲んでいるが、 効いているようには思えない。逆に下痢がひどく、お尻が肌荒れになった。 自分も妻も連続で2時間ほど眠れればいいくらいだった。朝になって、出勤する ときには、疲れていて職場でも集中力がなく、測定では被験者に迷惑をかけてしまった。 子供を育てていくのは、ホント大変だ。

■2004年6月13日(日曜日)
 昨夜は3次会まで行き、夜11頃にホテルへ帰り寝た。周りの人たちは2時だったり 3時だったりしていた。みんなよく飲み、今朝はかなりお疲れだった。
 帰りも車で帰ってきた。車で移動するときは、行きよりも帰りの方が早く帰ってこられる 気がする。昨日と同様、普通の休日なので、渋滞も工事渋滞くらいで、とてもスムーズに 帰ってこられた。土日を使って実家へ車で帰るのも可能な気がしてきた。実家へは 大型連休に帰るのではなく、1日くらい休みを取って普通の休日に帰る方が、 渋滞もなく、疲れも少ないので、いつかは、こちらを選択しようと思った。

■2004年6月12日(土曜日)


村松夫妻



中距離関係者
 体育学校で選手をしていたときの先輩の結婚式があり、浜松まで出かけた。 挙式時間が11時過ぎからだったので、朝6時に家を出て4人で乗り合わせて 浜松まで向かった。ゴールデンウィークなどの連休中は、いつも渋滞している 東名高速道路も、普通の休日は渋滞せず、気持ちよく進むことができた。新幹線で 行くよりも安く、時間もほとんど変わらず得した気分だった。
 披露宴では、新郎新婦の入場でアントニオ猪木のテーマ曲が流れ、参加者の中からは 猪木コールが起り、新郎がガッツポーズをし、プロレスの入場のようで圧倒された。
 その後もそののりで進み、参加者の半分以上が体育学校の陸上関係者だったため 結婚式というよりは、飲み会かOB会という感じだった。式の前から飲んでいて、 披露宴の時にはすでに出来上がり、わけがわからなくなっている後輩もいて、 大変だった。
 披露宴の最後に新郎の挨拶があったが、今後のテーマは「人生楽ありゃ苦もあるさ」 だという発表があり、新郎新婦退場では水戸黄門のテーマソングが流れた。結婚式には あまり縁のなさそうな選曲が、かなりうけていた。
 披露宴の流れ自体は、一般的だったが、選曲などは個性があり楽しい披露宴だった。

■2004年6月11日(金曜日)
 男子10000mで世界新記録が出た。タイムは26分20秒31。 これまでの世界記録は26分22秒75だったので、約2秒縮めたことになる。 この世界記録を出したのは、先月5000mでも世界記録を出しているエチオピアの ベケレ選手。5000mと10000mの世界記録は、これまで同じエチオピアの ゲブレセラシエ選手が持っていたが、ベケレ選手は2つとも更新し、完全に世代交代 してしまった。記録が出るときは、立て続けに出てしまう。
 この記録は5000mの平均が13分10秒。日本記録は13分13秒台なのだから、 日本人はこのレースでは5000mすらついてゆくことができないということになる。 世界の長距離は日本のレベルからすれば完全に中距離化している。こういった選手が きっと距離をのばし、マラソンに参戦してくる。今後はますます日本の長距離は 厳しい状況になってくるのかなぁと思った。

■2004年6月10日(木曜日)


文章とは関係ないけど
アテネオリンピックの聖火
 昨日の夕方から子供がずっと熱を出している。昨夜は夜中の1時半から3時過ぎ まで泣いたりしてなかなか眠らなかった。今朝になって病院へ入ったが、薬を 渡され様子を見てくれということだった。
 子供は体温が高くなっているの割には、機嫌が良く笑顔をふりまく。グッタリした 感じの笑顔なので、気の毒に思える。薬を飲んで寝るかと思えば、全く寝ることもなく、 いつも通りの生活。ずっと起きていて、結局妻は、心配で子供から離れられず、 いつも以上に疲れている様子だった。
 薬はイチゴ味のドリンクだが、子供にとってはおいしくないらしい。なかなか 飲まないので、水で薄めたが、それでも飲まず、かえって量が多くなってしまった。 結局、薄めた薬はミルクを入れて飲ませた。もらってきたままの量の少ない薬で そのまま飲ませるのがやっぱり正解だった。面倒くさいことやったなぁと妻と 2人で苦笑いだった。

■2004年6月9日(水曜日)
 アンビバレンス練習会に参加。天気は夕方から曇りだし、和光市を出たときには 降っていなかった雨が、原宿駅を出たときにはかなり降り出していた。駅を出たときに 帰ろうかと思ったが、競技場に顔だけ出して、それから考えることにした。
 織田フィールドは、雨の割には、いつも通り大勢の人が走っていた。アンビバレンスの メンバーも自分と同じような考えで、とりあえず集まってきていた。結局、人数は そろっているので、予定通りのメニューをこなした。
 メニューは8000mペース走と200m×5。先月末の捻挫で、ほとんど練習を していないので、初めはただ走るだけでいいかなぁっと思っていたが、走ってみると 意外と走れ、後半は自分が引っ張って走っていた。200mも5本とも30秒台。 走っていなかった割には上出来だった。

■2004年6月8日(火曜日)
 日本SAQ協会の平岩時雄さんによるSAQトレーニング講習に参加した。最初から 動きのある運動で、ウォーミングアップだけでかなり疲れた。
 今回の講習は、ラダーとミニハードルによるトレーニング。内容は以前にも やったことのあるものばかりだった。しかし、普段からやっている動きでは ないため、自分の身体を自分の思うように動かせず、もどかしかった。
 この講習を受けてみて、このトレーニングは最終的には全て自分の重心 という言葉に要約されるように思った。結局自分の重心が把握でき、思うように 動かせれば、スムーズにいろいろな動きができる。「運動神経がいい」と いう言葉が一般に使われているが、これは、自分の重心がわかっている人の ことを言っているのではないかと思った。

■2004年6月7日(月曜日)
 レスリングの選手に走法を指導した。レスリングの選手はマット運動をやって いるので、筋肉はムキムキだが、身体はかなり柔らかいというイメージを持っていた。 しかし、股関節のストレッチなどで、股関節を広げてみると、想像以上に硬い人が 多かった。静的なストレッチでの柔らかさと動きの中での柔らかさとは、違うものなので、 別に問題ないと思ったが、実際に走る動きをやってもらったときもやっぱり硬かった。
 今回参加した選手の半分くらいは走るのが嫌いだと言っていたが、指導中は、結構 楽しそうにやっていた。走りのイメージはつかめてもらえ、あとは、身体で実践してもらう だけ。
 普段やっていることとは、別のことをやってみるというのは、とても新鮮なのかもしれない。 新しい発見があるかもしれない。クロストレーニングという言葉があるが、自分も いろいろな競技をやってクロスさせ、新しい発見をし、競技に結びつけていきたいと思った。

■2004年6月6日(日曜日)


聖火ランナー
 アテネオリンピックの聖火が東京へ来て、聖火リレーがあった。 職場の上司、阿部さんが聖火ランナーに選ばれていたので、走る姿を見に行った。
 阿部さんの走ったところは、後楽園の近く。大江戸線の春日駅と本郷三丁目の 間くらい。家族で新宿へ来ていて、見に行こうと思った時間が遅かったため、 間に合わないかもしれなかったが、雨の影響で遅れることを期待し、春日まで行った。
 午前中から天気は雨で、聖火ランナーには気の毒な天気だったが、春日駅に 着いて外に出るとなぜかやんでいた。しかも聖火を見に来ているお客さんが大勢いて、 まだ聖火が通過していない雰囲気だった。
 いつ聖火が来るかわからず、予定時刻よりも遅れているので、本郷三丁目の方まで 歩いていく時間はないと思い、春日通りの交差点て聖火を見ることにした。
 聖火が来るまでには、関係車両がたくさん通り、それが近づいてくるたびに、 聖火が来たのかと思って、みんなが沸き立った。そういう感じでみんなが期待はずれを 何度かしているうちに、本物の聖火が来た。当然阿部さんが走っているだろうと思って、 「阿部さ〜ん!!」と声をかけようと思ったら見知らぬ女性が走っていて、声がかけられ なかった。聖火はあっという間に通り過ぎ、そのあとから聖火ランナーたちを乗せた マイクロバスも通過していった、よく見ると阿部さんも乗っていた。
 どうやら、阿部さんがリレーをした人が自分の前を通過したようだった。せっかく来たのに、 声もかけられず、期待はずれの聖火ランナーという感じで、がっかりしながら帰宅した。

■2004年6月5日(土曜日)


2人で
 大学の同期が4月から約3ヶ月間東京勤務になり沖縄からやってきた。 3月に沖縄へ行ったときには、こちらが家族連れだったため、飲みに行くことも なく、喫茶店で話をするだけだったので、今回は、家に招き、飲みながら 話した。
 自分は航空自衛隊から離れて生活しているので、航空自衛隊の同期にも あまり会うことがなく、こうやって話をするだけで同期についての情報を たくさん知ることができる。こちらからは彼に話をするネタはほとんどなく、 スポーツの話くらい。家にいた約4時間くらいの間ほとんどは彼が話をしていた。 自分がほとんど聞く側だったので、妻から見れば、この同期はよく話す人 というように見えたらしい。本当はそういうわけでもないんだけど・・・

■2004年6月4日(金曜日)
 道路交通法が改正され、運転中に携帯電話を使っているだけで、罰金になるらしい。 今までは、携帯電話を使っていて、事故が起きたときにだけ、罰せられるという ことになっていた。禁止になっているのに、なんで事故が起きたときしか罰せられないのか? と思っていたので、やっと納得できる法律になった。罰金は5万円以下。値段の 善し悪しはわからない。
 他にも自動二輪車の高速道路での2人乗りが解禁され、バイクに乗る人たちには 大歓迎の内容になったみたい。2人乗りで後ろに乗る人は恐くないのかなぁ?と思う。 できれば自分はバイクの後ろには乗りたくない。普通の道を車で運転していても、 バイクが来ると緊張する。この法律改正で、携帯電話やバイクの件で事故が増えない ことを願う。

■2004年6月3日(木曜日)
 オリエンテーリングの地図読み会に参加した。今回は、秩父にある武甲山の地図を 使った。前回はルートを考えるのに1分間与えられていたが、今回は20秒。より 実践に近づいた。周りの人たちは20秒でもしっかりと目的地までの特徴物を 把握し、ルートを決めることができていたが、自分は、尾根と沢を逆に見てしまったり して、まったく特徴を把握できなかった。普段から地図を見て練習をしておかなければ いけないと思った。

■2004年6月2日(水曜日)
 オランダで行われた国際陸連のグランプリで男子5000mの世界記録が誕生した。 記録を作ったのは、昨年の世界選手権1000mチャンピオンのベケレ選手(エチオピア)。 タイムは12分37秒35。前の世界記録は12分37秒36なので、2秒も 上回ったことになる。前回の世界記録保持者もエチオピアの選手。ベケレ選手は、 全世界記録保持者の後継者だと自ら宣言していたが、その通りになった。
 このタイムは100mを約15秒2で走っている。自分の1500mのベストより 少し速いくらいのペース。そのまま5000mを走ってしまうという感覚はよくわからない。 とにかくすごい。5000mは長距離種目として位置づけられているが、長距離ではなく、 もう中距離といってもいいのではないかと思った。

■2004年6月1日(火曜日)


腕立て中
 いよいよ子供がハイハイをする寸前になってきた。最近の流行は、腕立て。 寝返りをうって、うつぶせの姿勢になると、腕立て伏せの最初の姿勢になって、 一生懸命両足で床を押そうとする。両足で床を押しても腕が前に出ないので、 前には進まず、力尽きてうつ伏せに戻る。夜寝る時間になって、寝かせても すぐに寝返りをうち、この姿勢になる。寝かせるのが大変。子供を寝かせ るつもりで寝床へ行ったのに、自分の方が眠くなり、寝てしまった。 結局妻が寝かせつけていた。ますます子供の怪獣ぶりが激しくなってきた。 一日中一緒にいる妻は本当に大変だと思う。



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