最近のいずみ

Last Update:2022/3/31



パートタイムアスリートいずみ 22年目に突入 

■2022年3月31日(木曜日)
 やっと下腿の違和感もなくなったので、今日からまたジョグを再開。せっかく桜が満開の時期なので、桜を観ながら走りたいということで、お昼はHOKAのシューズでロードを走った。シューズは、下りはクッションが効いていて衝撃が吸収され脚への負担は軽減されるように感じたが、上りは、あまりメリットがなさそうだった。今日は30分履いたが、後半は、クッションが感じられなくなり、足取りも重くつらかった。
 仕事が終わった後は、芝生で30分ジョグをした。こちらは、いつも履いているアシックスのソールの薄いシューズ。直に地面反力が體へ戻ってくるのだが、こちらの方が慣れているので、こちらの方が心地よかった。調子が出てきてある程度のスピードが出たのだが、残り5分を切る頃には、お腹が減ってきて、脚にも力が入らず、歩くようなペースになり、かなり辛かった。いまのところ一定ペースで30分のジョグをこなせない體なのだ。今度は肉離れを再発させることなく、競技復帰へ向け前進していきたい。

■2022年3月30日(水曜日)


東京の桜



久里浜の桜
 指1本で2分もあれば様々な體の問題が解決できるというキャッチフレーズの緩消法セミナーに参加した。指導をしてくれたのは創始者の坂戸孝志先生。最近はお弟子さんたちが講習をすることが多いようなので、貴重な機会だった。「9割の腰痛は自分で治せる」という本が有名で、自分も読んで実践したことがあり、ある程度の効果を體感したので、実際に指の感覚を指導してもらえると思うととても楽しみだった。
 セミナー参加者はたった5名だった。本来ももっと多くの参加が予定されていたが、様々な事情により少人数となった。坂戸先生の壮絶な過去の話から、緩消法の理論、将来の展望などの説明があり、その後は実技となった。先生は、この手技を医者の教科書に載せたいということで、国内で、学会発表と論文を出し、昨年はアメリカで特許を取得した。最終目標はノーベル賞を受賞することとのことで、日々研究を継続されているという。
 実技では、基本を教えられ、様々な部位にそれを応用するだけというとても単純なものだった。指先の感覚は人によって違うため、先生にやってもらったり、自分の指を先生に触ってもらいながら人にやってみるということをいくらか経験させてもらった。
 本で読んだだけでは感じることはできないものがリアルの講習会では感じることができる。あらためてリアルの講習会の重要性を感じる講習会だった。

■2022年3月29日(火曜日)


金さん、福士さんと
 ランニングアカデミー2日目。金哲彦さんと引退したばかりの長距離ランナー福士加代子さんが講師を務めた。
 午前は、武道場で効率よく走る方法について実技指導があった。印象に残ったのは、仙腸関節の調整方法。多くの人は仙腸関節が詰まっていて、股関節の動きに影響を及ぼしているので、足を股関節から引っこ抜くように引っ張ることをした。引っ張ることで、仙腸関節のズレが改善し、股関節の動きに改善が見られた。ちょっと強引な調整方法だとは思ったが、その場の変化は認められたので、一つの方法なのだろうと理解した。金さんは、長年指導されているため、質問に対して、持っている引き出しから適切な方法を提示して指導してくれた。福士さんは、立位のバランスや股関節の柔軟性はすばらしく、はとさすがトップアスリートという感じだった。
 今日は、昨日配られたHOKAのシューズを履いた。初めての厚底シューズなのだが、クッション性が高く、ずっとふわふわした感じで、トランポリンの上にいるようだった。走ってみるといつものような地面反力はなく、接地後に一瞬足を地面から離すのを我慢するとシューズのクッションによる反発が戻ってくるように感じた。慣れが必要なのかもしれないが、現状では、走りづらい靴だと思った。しかし、バウンディングやホッピングの動作をするときには、滞空時間が長くなり、動きが作りやすいのではないかと思った。
 午後は、最初に金さんと福士さんのトークショー。金さんが、次々と福士さんに質問をし、陸上を始めたきっかけから、マラソンに至るまでの詳細なドラマを引き出してくれた。金さんは、話を途切れさせることなく、なめらかに次から次へと話をつないでいくので、聴衆としては安心して話を聞くことができた。普段からこういったことをされているから慣れなのかもしれないが、会話に困ることがよくある自分としては、見習いたいところだと思った。
 トークショー後は、参加者からの質問に金さんが、用意したパワーポイントの資料も使いながら回答した。キプチョゲ選手の、東京マラソンでの横からのスローモーションの映像を見ることができたが、他の選手との大きな違いは、3分05秒で走ったマラソン中の1kmで算出したピッチは175歩/分で、ジョグとかわらないピッチだった。空中での移動距離が長く、1歩の移動距離は1.85mだった。ジョグのように走っているとしか見えないが、実際の数値ジョグと変わらないということで、彼はマラソンを走っている大半はジョグで、大事なところだけピッチを上げているだけということで、改めて別格なのだということがわかった。

■2022年3月28日(月曜日)
 「ランニングアカデミー指導者講習会 2020 in 神奈川」というイベントに参加。会場が、たまたま横須賀学院中学高等学校で、近所での開催だったため参加を決めたのだが、このイベントは全国規模で展開しているという、大がかりなイベントだった。今日はメンタルトレーニングセミナーと栄養学セミナーが行われた。
 メンタルトレーニングセミナーでは、目標設定実践とマンダラートがメインで、目標設定シートは10分間時間を与えられ実際に書く作業があった。夢のような目標から、50年後、10年後、5年後、4年後・・・1年後、今年、半年、今月、今週、今日、今の目標を記載するというないようだった。人生の目標は、家族、仕事、健康、趣味など多岐にわたるはずだが、今日は簡略化され一つに絞ったようなシートだったため、これでは物足りないと思ったが、一つに絞ったとしても10分間で書き上げるには時間が足らなさすぎた。この目標には、具体的な数字を入れることが重要とのことだった。また周りの人と共有することも重要とのことだった。マンダラートは、大谷昇平選手が高校1年生の時に書いたという有名な例が示された。こちらも定期的にアップデートしつつ、周りの人と共有することが重要だと説明があった。
 栄養学セミナーは、今までに見聞きしたことのある内容で、自分にとっては新しい情報はなかった。最後に、HOLA ONE ONEのシューズの紹介があり、メーカーの立ち上がりの経緯から、シューズの種類とコンセプトを詳しく教えてもらった。今回のセミナーではHOKAのシューズ、ウインドブレーカー、Tシャツが参加者に配られた。シューズは、かなりの厚底で、オレンジと緑の色合いがとても派手だなぁという印象を持った。帰宅後、家族に見せるとセンスがないと文句を言われた。自分で選んだ色ではないのに、非難された氣分で、なんだか悲しかった。

■2022年3月27日(日曜日)


お昼寝
 あるオンラインサロンに昨年から参加していたのだが、今月末で解散となる。オンラインサロンでは、月に2回ライブ配信があり、どの回も素晴らしい内容だった。毎回メモをとり、ある程度は見返すことができるのだが、文字で書いていても理解できないことがある場合には、その動画を見返さなければ内容が思い出せないことがある。オンラインサロンが閉鎖されると、その動画も見られなくなるため、何とか動画を保存できないものかと、ウェブ検索で方法を探した結果、なんとか保存できる方法が見つかった。動画の数は50以上。かなりの数があり、我が家のインターネット環境では、ダウンロードが途中でできなくなることもあり、そのたびに腹を立てながら、同じ操作を繰り返すということを1日やっていた。作業は約10時間。正座やあぐらをし続け、ぎっくり腰に近い痛みが発生するなど、精神的にも肉体的にも苦痛を伴う作業だった。しかし、その苦痛に耐え、自分のところに動画を保存ができ満足感もあった。

■2022年3月26日(土曜日)


2回目の跳躍
 怪我がなければ自分も出ていたであろう横須賀市春季記録会を見に行った。次男が走り幅跳びに出場するための応援だったが、選手でない者は競技場へ入ることができなかったため、競技場の柵の外から観戦。天気予報では、雨が降るのは午後からとなっていたが、午前中から散発的に雨が降り、フィールド競技は、雨が降っているかどうかの影響は大きかったが、次男が跳躍したときには、比較的小降りで、大雨が降ったタイミングでの跳躍をした選手よりはマシな条件だった。
 記録の掲示がなく、誰がどれだけ跳躍したのかは全くわからなかったが、帰宅した次男に結果を聞くと、全然ダメだったという言葉だけ。記録を聞くと5m30いかないくらいと、具体的な数字を話すこともなかった。ずっと追い風で、3本全てが参考記録。足が合わず、3本とも無理矢理足を合わせて跳んだとのことだった。市陸協のウェブサイトで結果を確認すると「5m26(+4.9)公認なし」となっていた。公認記録がないというのは、選手としては競技に出ていないのとかわらないことになるので、次男のふてくされた感じは仕方ないのかもしれない。

■2022年3月25日(金曜日)


 早朝鼻づまりにより目が覚め、それ以降鼻づまりは改善せず、寝ていることはできなくなり起床。いつもより1時間半も早く起きたので、少しランニングでもしてみようと思い、30分以上骨ストレッチでウォーミングアップをし、ランニングに出かけた。走り出して3分も経たないうちに、右ふくらはぎに痛みが走り、また肉離れということになると困るので、すぐにランニングを中止し帰宅することとなった。その後は、痛みはなかったが、ふくらはぎに違和感を感じるような状態で1日が過ぎた。
 夜は、接骨院へ行きエコーで筋肉の状態を診てもらった。状態としては、それほど悪くなく、この1週間、少し走ったことが影響して疲労もあるためだろうとのことで、いつも通りの治療を行ってもらい、最後はカーフレイズで筋肉に負荷をかけたが問題はなかった。深傷にならなくて良かった。

■2022年3月24日(木曜日)
 1ヶ月ぶりに整体へ。今回も右脚の不調を中心に全身を整えてもらった。立ち姿からみても右脚の向いている方向が関節ごとにバラバラで、踵側の外側荷重だと言われた。
 施術後は、距骨と腓骨の関節が擦れて音が出ることがなくなり、右足は重みが外側から内側へ入るようになりきちんと立てているという感覚になった。この状態がずっと続けばいいのだが、今までの筋肉の使い方がそれを崩すことで、結局元に戻るということを繰り返している。ここを改善しない限り、肉離れの再発の可能性がある。セルフで整える方法を模索する必要があると感じた。

■2022年3月23日(水曜日)
 結婚20周年となった。磁器婚式と言うのだそうだ。一昨日家族で御祝いはしたが、特に贈りものは用意していなかった。妻は、磁器婚式の磁器は、やっと焼き物になって丈夫な割れにくい物に例えられるようになる年月を意味しているようだと話していた。日常からは、どちらかと言えば、2人の関係は、随分距離が開いてきた感じがし、しっかりと固まる方向とは逆な状態の様な氣がするが、それは、子どもたちが成長し、親として協力することが以前よりは少なくなってきているからだろうと考えている。
 結婚記念日の意味合いは、年を経るごとにだんだん高価な物になっていくのだが、これは明らかに商売とくっついているのではないかと妻は冷めた目で見ている様だ。自分もそれには同意だ。世の中、何でも商売。「今だけ、金だけ、自分だけ」という考えが当たり前になりつつある。自分としては、そうではない価値観の方で家族と共に生きていきたい。

■2022年3月22日(火曜日)
 学生がシンスプリントでバイク練習をメインにしているというので、股関節周りのトレーニングをやってみないかと誘い、一緒にマット上でアウフバウトレーニングを実施。こちらは2月から不定期でこのトレーニングをやっているので、ある程度筋肉は対応できるようになっているが、始めた初日はやっている最中に腹直筋が切れそうな感覚で、翌日からは股関節周りがかなり筋肉痛になった。今日は同じことを学生が体感することとなった。最初の種目からきつそうで、途中からは、弱った昆虫のように動きが鈍くなり苦戦していた。走りでは勝てないが、このトレーニングから見れば、自分の股関節周りの力は捨てたものではないと勘違いしそうな弱り具合だった。これを継続して、自分を超える日は、あっという間に来てしまうのだろう。学生は継続したいと言っていたので、それを期待したい。

■2022年3月21日(月曜日)


観音崎京急ホテルにて





海岸でたたずむ三兄弟
 年に1回の子どもたちの50m、握力、垂直跳びの測定を実施。3人とも身長は伸び、体重は増えていたが、50m、握力、垂直跳びは全員が向上とはいかず、体調等に左右された感じとなった。
 部活を辞めて運動をしなくなった長男は、なぜか50mで自己ベストを更新。最近は引っ越しのアルバイトを熱心にやっているのだが、重い物を持って階段を上り下りしている効果だったのかもしれないと本人は分析していた。陸上部で常にトレーニングを継続していた次男は、今年は長男を超えるのではと思っていたのだが、今日は脚が動かないと言い、昨年よりのタイムを落としてしまった。三男もタイムは向上させたが、大幅に向上させたわけではなく0秒04だけで、昨年とほぼ変わらなかった。次男と三男が大きく記録を伸ばすことを予想していたので、完全に予想が外れた。
 昨年は、赤外線を使ったタイム計測ができなかったが、この1年の間に電池交換ができ、例年通りのタイム計測ができた。今年も、別の機器を使い、20〜40m区間で接地時間、ピッチ、ストライド等のリアルタイム計測を行った。しかし、今年も計測機器は20〜24mまでが作動せず、結果的には24〜40mでの計測となった。
 午後は、家族で京急観音崎ホテルへ。長男の高校卒業祝い、次男と三男の1年間の慰労、結婚20周年の御祝いを兼ねてランチビュッフェ。食後は、ホテル周辺にあるボードウォークを散策。初めて家族5人でボードウォークを歩くことができた。12年ほど前までは、生活をしていた地域で、ボードウォークは日々の散歩コースだった。その記憶が残っているのは長男までで、次男も歩けるようになってからはよく散歩をしたのだが、2歳ごろまでの記憶というものは何も残っていないようだった。子どもたちは、童心にかえったかのように海辺で遊び回り、自分たち夫婦はただそれを見守った。久しぶりにゆったりとした時間を過ごすことができた。

■2022年3月20日(日曜日)


海の向こうは房総半島
 今日もジョグをすべく職場の陸上競技場へ行った。本来であれば今日は卒業式なのだが、なぜか1週間延期となり、3年生以下は金曜の夕方から春休みに入り、4年生だけが学校に取り残される状態になっている。競技場では、学内に残留した3年生3人がそれぞれ自分の練習をしていた。そして陸上部ではない4年生も一人練習をしていた。自分のウォーミングアップをやりながらも、もうすぐ卒業してしまう4年生と話をしているうちに、體の動きを改善するいろいろな方法を伝えることになってしまい、個人授業のようになってしまった。こちらも話し出すと止まらないので、たくさんのことを伝えすぎたように思う。紙や動画で残したいというの、また明日時間を作ることになった。
 ジョグは、時間を20分に伸ばした。ジョグの途中に、ペットボトルを使った骨ストレッチをすることで、軸の意識が際立ち地面反力をしっかりと感じながら走ることができた。最後に50mを芝生で3本、トラック上で2本行った。患部の右脚の違和感はなかったが、左膝の動きが悪かった。

■2022年3月19日(土曜日)


朝の久里浜
 1ヶ月ぶりにランニングを再開。1ヶ月前に肉離れになったときには、歩くくらいのゆっくりしたペースで走り始めて5分で受傷した。あの日は、走る前から、なんとなく違和感があり、思った通りの結果となってしまった。今日も不安があったので、入念に足首回しや手首腰伸ばしなど骨ストレッチで関節可動域や出力を高め、足に重心がしっかりと移動できるように準備して、10分間だけジョグをした。走ることは氣持ちがいい。もっと走りたいとは思ったが、1月に肉離れをした際に中途半端な形で運動を始めてしまい再受傷したので、今日は10分だけのジョグで我慢した。最後に芝生で50mの流しを3本走り、違和感なく終えることができた。復帰への第1歩を踏み出したという実感が湧いてきた。

■2022年3月18日(金曜日)
 接骨院で、電氣治療とリハビリ。先週までは、ベッドの上やマット上などでできるオープンキネティックチェーン系の運動でリハビリをしてきたが、今週からは、地面に足を接地した状態で行うクローズドキネティックチェーン系のリハビリが始まった。火曜日にはカーフレイズを行い、今日はカーフレイズとスクワット。今のところは自重だが、特に違和感はなく行うことができた。接骨院の先生からは、ジョグや軽い流し程度であれば始めても問題ないというお墨付きをいただいた。やっと走り始めることができる。

■2022年3月17日(木曜日)
 橋田壽賀子著「夫婦」という小説を読み終えた。3人の子どもを育て終えた夫婦に巻き起こる様々な問題を通して夫婦について考えることのできるものだった。出版されたのが昭和53年ということもあり、主役の夫婦は50代で、夫は特攻隊の生き残りという設定だった。当時は、長男が両親の面倒を見るということが、まだ当たり前に近い感覚もありつつ、子どもたちの誰が両親の面倒を見るかということと、同居による嫁姑問題など、今よりも濃い人間関係で悩むことが多かったのだろうと思った。
 文章の中では何度も「三十年」という単語が出てきた。戦後30年ということだが、昭和50年は戦後30年なのだということにハッとした。自分は昭和49年生まれなので、自分が生まれた頃は、ちょうど戦後30年ごろ。まだ戦争を経験した人たちがたくさん生きていて、その人たちにとっては当時の氣持ちのわだかまりを残しつつ、高度成長期の中で目の前の仕事をがむしゃらにやり続けていたという時代なのだとわかった。30年前なんて、今の自分の感覚からは、それほど昔の話ではなく、ちょっと前くらいの感覚なので、自分の生まれた頃の大人たちにとっても戦争をしていたのはちょっと前くらいの感覚だったのだろうと想像した。
 小学生の時、祖父母と人が集まるお祭りのような市へ行ったときに、手や足がなく、いかにも傷痍軍人というような格好をした人々が、お金を入れるためのお茶碗を自分の前に置いて、寄付を求めるような雰囲氣で座っている姿を見たことがある。その時には、戦争が身近なものだと実感したことを思い出す。これが昭和50年代。
 人から戦争のことを聞かされることは全くなかったが、一度だけ、中学での講演会で船が撃沈されて海でさまよいながらも生き残った方の話を聞いた覚えがある。これが昭和60年代。
 平成以降は、大学に入れば、防衛学でそういった話題は当然出てくるが、歴史の1ページとしてしか捉えられず、身近なものではなくなっていた。その後もイラクやアフガニスタンで戦争はあったが、テレビの中の世界という感覚しかなかった。
 今も同様にテレビをつければ、ウクライナでやっている戦争の映像が次々と出てくる。どのくらい真実が映し出されているかはわからない。ある程度はプロパガンダだろうと差し引いて見る必要があるだろう。自国での戦争ではなくとも、最終的には自分の生活に影響を与える戦争だということが、だんだんわかってきた。今が人生で最も戦争を身近に感じていると言えそうだ。

■2022年3月16日(水曜日)


この春初収穫
 昨日よりも花粉症の症状がひどくなった。鼻水、鼻づまり、くしゃみ、目のかゆみ、目の痛み、頭痛など、症状と言われる症状が全てやってきた感じで、じっと何かに集中するということができなくなり、我慢できず受診。少し強めの薬を出しましょうと医師に言われ、錠剤、点鼻薬、目薬を処方された。目薬は苦手なのだが、我慢するしかない。妻や子どもは、目薬は氣持ちいいと言うのだが、自分にとっては目に入れるのが怖くて、目に入れると、目に染みてさらに痛みもちょっとあって、やっぱり好きではないと思った。錠剤は、朝食と夕食後ということで、今日は夕食後に飲んだのだが、しばらくすると鼻が通り、花粉症ではないときのいつも通りの鼻の状態に近づいた。
 これで今日はゆっくり眠れると安心し、さらに点鼻薬で完璧だと思って寝たのだが、その10分後に震度3の地震。宮城と福島では震度6強の地震だった。津波が氣になるのでリビングでテレビをつけることとなり、そこから1時間ほど起きていた。津波が注意報のみで、大丈夫そうだと確認し、また寝床に入ったのだが、そのころには、また鼻水と鼻づまりが始まってしまった。薬の効きは4時間程度ということなのかもしれない。

■2022年3月15日(火曜日)
 昨日は、季節が二月ほど進んでしまったのではないかというくらいの暖かさだったが、今朝は、天気は曇り。雨が降りそうで降らない感じだったが、たまにポツッと降って顔に当たる時もあった。息を吐けば白くなるなど、昨日の感覚で外に出て犬の散歩をしたところ、かなり寒かった。日中は晴れ、気温も上がり、室内よりも屋外の方が暖かかった。氣温が高くなると、花粉がよく飛散するようになるためか、1日中、鼻水とくしゃみが止まらず、目もかゆみと痛みが続いた。
 この2〜3日は、寝るときにも、鼻呼吸が苦しいときがある。睡眠時間は十分に確保しているはずだが、朝起きてみるとしっかりと寝た感じがしない。そして日中に眠くなってくる。昼休みに15分ほど昼寝をしたのだが、昼寝の方が眠れた感があったりする。できれば薬は使いたくないと考えているのだが、夜眠るのが困難になった場合には薬の世話になるしかない。

■2022年3月14日(月曜日)
 ウクライナでは、民間人がロシア兵を殺害しても罪に問われないという法案が可決されたという。これは、ウクライナ国民だけでなく滞在中の外国人であっても戒厳令が出されている間は、銃器の使用が許可され、刑事責任が問われない法案なのだという。ロシアからすれば誰が民間人かは区別できず、全員が銃器を持っていると判断せざるを得なくなり、戦渦を拡大させる結果になりはしないかと心配になる。しかし、自国を守るためには、抵抗するしかない。戦争自体は間違っていると言うことはできるが、それを除けば、それぞれの正義がかみ合わない状態が続くばかりで、何が正しくて何が間違っているかという判断は誰もできない。

■2022年3月13日(日曜日)


菜の花





つくし発見
 保育園児を1日我が家で預かることとなり、三男を連れてソレイユの丘へ行った。
 ソレイユの丘は、入ってすぐに遊具や遊園地のような施設が目に入り、子どもはそれに夢中になる。最初は遊具を使って鬼ごっこがしたいと言って鬼ごっこが始まったが、すぐに遊園地の方が氣になり、様々な種類の二輪車や三輪車に乗りたいということになり、そちらへ移動した。15分乗り放題で1人320円。比較的安い価格だが、こういうアトラクションすべてに付き合っていると、塵も積もれば山となるという感じで、氣がつけばかなりの支払いという感じになりそうで怖かった。保育園児は、器用に乗りこなしていたが、三男は、意外と不器用で、どうやったら乗りこなせるかという工夫をすることなく、「無理」と言ってすぐに諦めるという場面が何度もあり、長男や次男とは違う性質を目撃することとなった。
 プラスチックのそりで下り坂を下るアトラクションでは、三男に保育園児の面倒をしっかり見ながら滑るように伝えたのだが、三男は彼をサポートすることなく、一人でさっさとそりに乗って下っていってしまった。下で保育園児を待っているかと思いきや、さっさと走って坂の上まで上がり、すぐにそりで下るという完全に一人の世界に入ってしまった。
 三男自身は、家族の中では、みんなから世話をされる側で、人の世話をするということを経験していない。末っ子は、人の世話をするということが理解できていないのかもしれない。思い返せば、日常生活でも同じで、自分が世話をするから犬を飼いたいと言っておいて、飼い始めると、散歩を頼めば、イヤな顔をしたり、そのまま無視したりで、頑なに行動をしなかったりする。兄たちの方も腰は重いが、三男と比べれば行動をするということもあり、こういったことも末っ子の特徴だったのだと納得した。末っ子には、具体的に何をすべきかしっかりと伝え、いちいち行動をするまで確認する必要があると感じた。

■2022年3月12日(土曜日)


東電方面
 一昨日くらいまでは真冬の寒さだったはずだが、今日は、急激に気温が上がり、屋外は半袖で過ごしても違和感のないくらいの温かさとなった。花粉が飛ぶようになったためか、鼻水とくしゃみが止まらない。目のかゆみも止まらない。
 庭のウコギは新芽を出し始め、先週までにエアレーションをして砂をまいた芝生は大きく変化していた。それは、大量のアリの巣ができつつあったこと。気温が変化することで、生き物たちの行動も急激に変化するのだ。毎年、平らで隙間のない芝生を目指して芝生を整備しようとするのだが、アリの巣によって芝生が盛り上がり、目指している芝生からは遠ざかることとなる。アリはせっせと巣を作り、砂を巣の入り口に積み上げていく。今年もそれを水で崩しては、アリが作り直すということが繰り返されるのだろう。不毛な戦いだ。

■2022年3月11日(金曜日)
 テレビ朝日のお昼のワイドショーで、脳科学者の中野信子さんが、ロシアの行為については反対だと表明しながら、申し訳なさそうに「ウクライナから発信される情報はどの程度信用できるのか」というような質問をした。それに対して元駐ウクライナ大使の角茂樹さんが、ウクライナは表現の自由が保障されているので100%信用できると明言した。中野さんは微妙な顔をしたがそれ以上は語らず、一応納得した感じでその話は終わってしまった。
 100%信用できるなんて、国際関係においてあり得るのだろうか?特に戦時であれば、相手を欺く必要もあり、意図的に間違った情報を流すこともあると考える方が現実的ではないか。専門家と呼ばれる方の意見は100%正しいとは言えず、最後は情報を得た自分で判断するしかないのだということを突きつけられた。
 その後、中野さんは、「性善説は、ルールを守る人が損をするシステムであり、国連は性善説で成り立っていることになっているが、現実は成り立っていない」というような発言をされた。100%信用できると述べた角さんに対して、その考え方は性善説に寄りすぎではないかと言っているようで、非専門家からのささやかな反抗に見えた。
 日本国憲法の前文に「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われわれの安全と生存を保持しようと決意した」という記述があるが、日本は、性善説に基づいて、自国の安全を他国にゆだねているという現実を改めて実感した。平和を愛する諸国とはどこにあるのか?考えれば考えるほど、国連と同じく、憲法の考え方自体が現実には成り立たないのではないかと思えてきた。

■2022年3月10日(木曜日)


久里浜港
 一昨日の夜、夕食を作っているときに、誤って右の親指と人差し指を火傷した。その場で直ちに水で冷やしたが、激痛が続き、その後は、バンドエイドに薬を塗って指に巻き、その上から保冷剤で冷やし続けた。保冷剤を触っていないと、言葉で表すのは難しい激痛があり、たいした面積ではない火傷で、これだけの激痛を感じるのであれば、全身火傷など、死んだ方がましだと思えることが想像できた。今日は、東京大空襲が行われた日。空襲により全身に火傷を追った人がたくさんいたことだろう。ちょっとした火傷なのだが、空襲に遭われた方たちのことを考えてしまった。
 昨日は、火傷の後は白くなり、ちょっとした水ぶくれのようだったが、今日はその水分がかなり抜けてきて、皮膚が固まった。指先の感覚が常に手袋をしたような感じで、自分の手で触れていないようなもどかしさがある。新しい細胞に置き換わるまでは、しばらくこの状態が続くのだろう。

■2022年3月9日(水曜日)
 三浦朱門先生が文化庁長官だった頃に調査のため防大に1ヶ月滞在し、その後「光はるかに」という小説を書かれたということを知った。当時学生だった方からは短い期間の滞在で何がわかるのかと憮然としたが、小説を読んでみると、学生たちの生活の本質を見抜いておられたと驚かれていたので、図書館で借りて読んでみた。
 主人公は防大出の若手陸上自衛官。自身の兄嫁への想いと自衛隊の置かれた立場が似通っていて、縦糸と横糸のように上手く絡まりながら物語が展開されていた。防大の生活についても、学生たちが直面する理想と現実などが詳細に描かれていた。先生は4年間ここで生活したのではないかと思えるほどで、自分が4年間生活してもここまでのことは考えられなかったという事実に直面し、4年間何をしていたのかという氣分になってしまった。

■2022年3月8日(火曜日)


陸上競技部4年生と
 作家の三浦朱門先生が、平成14年11月に学校で50周年記念講演をしたときの講演録を読んだ。
 先生はキリスト教徒とのことで、聖書の中の話が出てきた。モーゼがエジプトを出てカナンの地へ行くのに、カナンへは直行せず40年もかけて移動したのだが、その理由は、40年経てば奴隷だった人々がほぼ亡くなってしまい、その子孫たちは奴隷根性がなくなると考えたからではないかとのことだった。この40年というのがとても意味のあることではないかという考察が興味深かった。
 日本にこれを当てはめると、明治維新から40年ほど(日露戦争の終わり頃まで)は、当時の人たちのエネルギーによりなんとか上手くいっていたが、40年経ってその世代がいなくなるころから憲法の矛盾が明らかになり、その後は、戦争など泥沼となった。先生は大正15年(1926年)生まれなのだが、銃の改良一つとっても、大正以降の人たちは本質的な改良をせず堕落したのではないかと子どもながら考察していたという。戦後は、また日本人が奮起し40年ほど頑張れ経済成長と技術の進歩が進んだが、その世代がこの世を去る40年を過ぎるころが平成以降であり、日本は衰退しているという事実がある。今は、まさに新たな退廃の時期または混迷の時期なのではないかと考察されていた。講演が行われてからもうすぐ20年が経とうとしている。今のところ、日本は混迷のままに見え、世界も混迷の時代に入ったように見える。
 教養についても語られていたが、教養とは、「お前は何なのだ?」ということを認識することだという。自分を知るためには、隣にいる人を理解する必要があり、他を知ることにつながってくる。今は、他人との距離をとり、大学生はオンライン授業という形で他人と関われなくなっているが、こういう環境であってもできるだけ人との関わりを持つことが、巡りめぐって自分を知ることとなり、教養を高める一助となるということなのだろう。こういう時だからこそ、できるだけ人と関われるように努めようと思った。

■2022年3月7日(月曜日)
 学生が、「和泉さんのこれまでの陸上競技に関する練習や経歴について知らずに卒業するのはもったいない」ということで、話を聞きに来た。物好きな学生もいるものだと思いながら、インタビューを受けた。学生は、なぜ長期にわたり高いレベルで競技を続けてこられたかを知りたいとのことで、小学生時代から今までの運動歴や練習メニュー、その時々の心境などを聞いて、私という人間を理解しようとしてくれていた。小さい頃から今までの運動との関わり合いについて思い返てみると、自分がどのようにできあがってきたかを改めて確認することができた。
 実業団選手から社会人選手となった時には、悔しさがモチベーションとなっていたが、だんだんそういった氣持ちが薄れていき、試合で知り合いと話ができることがモチベーションとなっていったことを思い出した。今では、教え子たちも仲間となり、試合に行けば話をすることができたりする。長く続けてこられたのは、仲間のお陰なのだということを実感し、自分に関わってくれた全ての人に対して感謝の氣持ちがわき上がってきた。

■2022年3月6日(日曜日)
 午前中は、学生たちの練習を見ていた。先週土曜から部活が再開され、1日おきに練習をしている。短距離は、走るだけではなく、この冬にできなかった補強もしっかりやっていた。投擲は投擲練習、長距離はフリー、中距離は、次の練習からまとまった練習をするとのことで、ジョグをする学生も入れば、一人でトラック練習をする学生もいた。最も走れていた時と比べると、今の状態は、違和感だらけのように見えた。今できることを黙々とやり、これからの練習で改善させていくしかない。
 午前中は、東京マラソンが行われいたが、残念ながら映像を見ることができなかった。男子では、世界記録ペースという状況の中、10キロ過ぎでコースを間違えそうになり、タイムロスがあったという。それでも、世界記録保持者のキプチョゲ選手は、ペースメーカーを振り切るというハイペースでレースを引っ張り、2時間2分40秒という好記録で優勝した。女子も世界記録保持者のコスゲイ選手が2時間16分02秒という好記録で優勝した。日本人トップの選手は、男子が鈴木健吾選手で女子が一山麻緒選手という夫婦だった。この夫婦の合計タイムが、夫婦での同一大会ギネス新記録だったという。ニュース映像で、彼らがハグする場面があったが、とても心温まる映像だった。
 1月に広島で開催予定だった男子の都道府県対抗駅伝は、まん延防止重点措置の適用を受けている県ということで中止となったのだが、なぜ、東京は開催できたのだろうか。しかも今回はエリートランナーだけではなく、一般の市民ランナーも参加できた。相当な人数が参加し、いわゆる密になる状態なはず。東京マラソンが開催できるのであれば、すべてのイベントは開催可能ではないかと思った。

■2022年3月5日(土曜日)


風でフェリーも欠航
 先週は、芝焼きをして、昨日は、エアレーションのために芝に穴を開けると同時に根切りを行った。今日は、肥料を蒔き、目土を入れ、芝の凸凹を是正しようと思っていたのだが、肥料を撒いたところで、目土入れは明日に延期することにした。あまりにも風が強く、目土が風で飛んでしまう可能性が高かった。天気予報では春一番が吹き荒れたと言っていた。
 昨日は、九条ネギをプランターに植えたが、今日は、長ネギを畑のうねに植えた。インターネットで長ネギの栽培法を検索したところ、長ネギは、土に植えることなく、うねに立てかけて根の部分にわらを敷き詰めるとのことだったので、その通りにやってみた。苗はすでに乾燥していて枯れそうなくらいなのだが、それにもかかわらず、根が張るまでは水をかける必要はないとのことだったが、このままでは枯れてしまいそうに見えたので、少しだけわらの上に水を撒いた。根付いてくれることを願うばかりだ。

■2022年3月4日(金曜日)
 ウクライナの報道が続いている。ウクライナの人々は、2014年以降ロシアからの脅威を意識して、民間人であってもいざというときのために戦えるよう男女の区別なく武器を使う訓練をしていたようだ。愛国心のある人たちは、進んでそういった訓練を受け、今回の侵攻に対応したとのこと。国外脱出をする人もいれば、戦うためにとどまった人もいるということで、ウクライナには義勇兵がたくさんいるということになるのか。しかし徴兵ということであれば、正規軍に加わったことになるだろうが、義勇兵もたくさんいる可能性もある。ロシアから見れば、もし一般人の格好をした義勇兵もいたとしたら正規軍と見ることは難しい。間違って一般人を攻撃する事にもなってしまう。ジュネーブ条約を守るのは大変なことだ。
 日本もアメリカから無差別爆撃を受けた。アメリカは、日本は全人口が武装予備群で民間人はいないと見なしていた。ソ連も終戦直後に武装解除した日本に攻め込んで、軍民関係ないジェノサイドを行った。一部ではそれに抵抗した日本軍がいてくれたお陰で北海道は日本にとどまった。アメリカやソ連の蛮行については、その後議論されることなく、お咎めなしだった。アメリカはその後も、勝手にいくつもの戦争を起こして、その後お咎めはない。軍事力のある国は何をやってもお咎めはない。結局そいうことだと考えると、世界平和は絵に描いた餅ということになってしまう。

■2022年3月3日(木曜日)
 まん延防止等重点措置の期限が3月6日となっていたが、3月21日まで延長されることとなった。効果があるのであれば、延長も仕方がないということになるが、政府は、この1年間、緊急事態やまん延防止の効果について何も伝えてくれなかった。ただ要請するだけ。それに従ってきた国民もそろそろ我慢の限界ではないか。子どもたちのこの2年は、経験できるはずの経験ができず、何の思い出もない。氣の毒でならない。
 ワクチンについてもその効果がきちんと示されることなく、政府は打つことをただ要請するばかり。約8割の国民がそれに従って2回打っているにも関わらず、第5波よりも第6波で陽性者は増えてしまっている。ワクチンのお陰で、この程度でとどまっているという人もいるが、それを証明してくれる人はいない。ワクチンを打っていないアフリカ諸国は陽性者が少なく、ワクチンを打っている国の方が陽性者が多いということからすれば、効果はあったとは考えられない。なぜそこで3回目の接種という話になるのか。3回目の接種をやって、4回目をやろうとしているイギリスでは陽性者が減っているわけではないのになぜか制限を解除することとなった。制限を解除しつつもなぜ4回目ということになるのだろう。4回目が終われば5回目ということが予想ができる。国のお金が製薬会社に吸い上げられるシステムとなっていて、国は断ることができないという契約なのだろうか。

■2022年3月2日(水曜日)
 ウクライナでは、国民の国外脱出が加速しているという。そんな中で大統領は徴兵年齢となる18歳から60歳の男性の国外脱出を禁止している。2013年に徴兵制は廃止されていたが、翌年にはロシアのクリミア侵攻の影響で徴兵制は復活したという。今、軍に在籍していない徴兵年齢の対象者は、いきなり軍に入れられ戦力となるのだろうか。このこと以上に外国人にまで志願兵を募っていることが氣になる。日本人も70名ほどが志願しているという。日本人の志願者は元自衛官が50名ほどとの報道もあったが、世界中から志願してきた人たちにいきなり武器を与えて戦うことができるとは思えない。志願兵を募るという形を取りながら、実は、民間軍事会社が参入できるようにするための口実なのではないか。アメリカでは国として軍を派遣できない場合に、民間軍事会社にお金を出して軍に替わって戦闘をさせたりしている。ウクライナが民間軍事会社を雇って戦争を継続していけば、この戦争は泥沼となることが予想される。楽天の三木谷氏がウクライナ政府に10億円を寄付するとの報道があった。集められた寄付がそのまま民間軍事会社への支払いとなれば、寄付は戦争を長引かせるためのものとなってしまう。一般的には寄付は良いことだという認識だが、今回はそうとは限らない。
 国連人権理事会では、ロシアのラブロフ外相によるビデオ演説の映像が流されると、各国の大使は議場から次々と退席したという報道があった。常任理事国からの解任も選択肢とするというような話がイギリスから出されているという。ロシアの言い分を聞くことなくロシアを閉め出せば、戦争の終結は遠のくように思えるのだが、各国の代表者たちは、そうは思わないということなのだろう。田母神元空幕長がTwitterで「国際関係において100対0で一方が正しいということはあり得ない」とツイートしていたが、その通りだと思う。ロシアの言い分は検証せず、その多くがフェイクとして扱われ、そもそも報道すらされていないかったりする。「プーチン大統領の精神状態がおかしい」という報道は、子どものケンカのようだ。スポンサーに言いなりの報道機関には、そもそも公平公正な報道は無理なのだろう。戦争を終結させるために、何とかプーチン大統領と各国の首脳がきちんと話し合って欲しい。

■2022年3月1日(火曜日)
 ロシアとウクライナの問題により、国際オリンピック委員会はロシアとベラルーシに国際大会への参加を認めないとの指針を出した。国際スケート連盟はフィギュアスケートの世界選手権でのロシア選手の参加を認めないとの方針を示した。それに対して、男女のプロテニス協会は、ロシアやベラルーシの名前や国旗の使用はできないが、選手はツアーなどの国際テニス大会には出場できるとした。スポーツは政治と切り離すべきと考える人、今回は事情が違うと考える人など、賛否両論。何が正しいのかは全くわからない。というよりも正しいとか間違っているとか決めつけることができないような状態になっている。アスリートは、政治に足を引っ張られているとこは間違いない。



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