Last Update:2025/11/30
| パートタイムアスリートいずみ 27年目に突入 |
| ■2025年11月30日(日曜日) | |
![]() 寒川神社 |
1年に1度参拝している寒川神社へ。今日は、上着を着る必要もないくらい暖かく、太陽の光に包まれたような、氣持ちの良い季候の中、寒川駅から神社まで歩くことができた。神社は、七五三の家族連れが多く、今まで参拝した中では最も混み合っていた。参拝では、この1年無事に過ごせたことを感謝し、昨年白山中居神社で頂いたお札を返し、自宅に祀る八方除けのお札を頂いて帰ってきた。今年は、子どもたちがそれぞれ自分の進路について模索しており、それぞれが希望の道へ進んで行けるよう、あらゆる方位からやってくる災いを祓ってもらえればと思う。 |
| ■2025年11月29日(土曜日) | |
![]() お昼寝 |
練習は、一人で400m×10。休息は2分間ウォーク。2週間後に1500mのレースにエントリーしているので、1500mのレースペースを意識して68秒から70秒くらいで走れればと思いスタート。結果は、71秒0、71秒5、70秒1、69秒9、70秒6、71秒4、72秒0、71秒1、70秒9、70秒0だった。 1本目を走っているときに、感覚的に68秒台のペースではないということはわかった。しかし、全くペースアップができず、1本目からかなりきつく、設定以上のタイムとなり、ショックを受けるとともに、これが今の自分の状態であると認識できた。1本目の走りで、この走りを10本続けることは難しいかもしれないと思ったが、2本目以降は、1本目よりタイムを落とさず走るつもりで本数を重ねた。4本目くらいから、脚に力が入りづらくなり、足が地面に接地して前に進んでいるという感覚がなくなってきた。地面に圧を加えられず、空中で足を空回りさせているような感覚でもあった。6本目が終わったところで氣持ち悪くて吐きそうになり、その後も走り終わる度に同じような状態になった。結局ほぼ設定タイム通りにいかず、現状では、1km3分ペースで走るのは、かなり厳しいかもしれないということがわかった。残り2週間。何とか1km2分台ペースに持って行けるよう練習していきたい。 |
| ■2025年11月28日(金曜日) | |
![]() 本日の収穫 |
ここ何年か、11月になると「ブラックフライデー」という文字を目にする機会が多くなった。ハロウィンと同じく、アメリカから輸入された言葉なのだろうと思っていたが、「ブラックマンデー」という言葉があったように、「ブラック」という言葉が、あまりプラスのイメージが持てず、その言葉の由来が氣になって、調べてみた。 元々は11月の第4木曜日に祝うサンクスギビングデーの翌日の金曜日に、多くの人が街へ買い出しに出かけ、街に人ごみと大渋滞を引き起こすことから、警察が面倒な日という意味合いで、つけた言葉のようだ。さらにお店の方でもこの日のための商品発送が忙しすぎたり、当日のお客の接客も大変だったりで、あまり良い感情がない日だったという意味でも「ブラック」だったようだ。 このネガティブなイメージをポジティブに変えていく仕事をした人たちのお陰で、長い年月をかけポジティブなイメージに変えていった結果、お店が黒字になくらい売上の上がる日、消費者にとっては、セールとなる日という認識に変わっていったという。最終的に、これが日本に輸入されて今に至るということだ。 日本では、コロナ前には、プレミアムフライデーと称して、夕方は早く帰宅して家族と過ごすという月末の金曜日が推奨されていたが、コロナになって、何の跡形もなくなってしまった。あれは何だったのか?ウィキペディアには、「2017年2月24日から始まった日本政府と経済界が提唱した個人消費キャンペーンである」と書かれていた。しかし、2022年10月末を最後に、公式サイトの更新がなくなり、2023年6月1日には閉鎖とのこと。早く帰宅できるということは、仕事の量が減るわけではなく、別の日にしわ寄せが来るということにつながり、大企業にはできても中小企業にはなかなか難しいイベントだったのではないかと思う。この日記にはこの制度が始まってから1年が経った2018年2月にこのことに触れていたが、この制度を利用している人を「知らない」と書いてあり、こんな日を設けなくても、自分の心がけ次第でいつでもプレミアムな日と感じられると書いてあった。まったくその通りだと思った。 |
| ■2025年11月27日(木曜日) | |
![]() イチョウの絨毯 |
昨日から、香港の高層マンション火災についての報道が続いている。高層マンションの改修工事中に、下層階から火が出て、あっという間に上に燃え広がり、さらに、隣接するマンションにも火が移り、隣接する7棟が燃えてしまった。死者が100名近くに上り、行方不明者が200名以上とのこと。1日経っても消火しきれず、今も消火活動が続いている。改修工事で、マンションの周りに足場を組んでいるのだが、その足場がなんと竹でできている。30階以上もある高層マンションを、竹の足場で覆っているというのが、近代的なマンションとのギャップにより驚かされた。さらにその竹の足場を覆っているネットが、凄い勢いで燃えていたので、防火や延焼しづらい素材ではなく、火がついたら燃えてしまうようなネットだったということ。竹もよく燃え、ネットもよく燃え、さらに、マンションの形がなかなか凝っていて、普通のマンションだと窓の外が見えるのは1方向くらいなのだが、このマンションは2方向は見えるようになっていて、部屋と部屋の間に空間があるため、その空間が煙突のような空洞となり、結果的により火の手が回りやすい構造になっていたように見えた。すべてのマンションで、火災報知器が鳴らなかったという報道もあり、防災処置としてやれていなかったことがいくつもあったことが、大惨事につながる結果となったことが推察された。これ以上亡くなる人がでないことを祈るばかりだ。 |
| ■2025年11月26日(水曜日) | |
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伊勢のツアーで、ロードバイクの専門家の方が参加されていて、バイクのセッティングやトレーニングについてご教授いただいた。普段やっているタバタトレーニングは、20秒の全力こぎを10秒休息で6本としているのだが、バイクをやっている人たちは、8本を休息を挟んで3セットくらいはやるという話をされていた。ということで、まずは、6本を8本まで増やしてみることにした。普段6本でも、5,6本目は、頭がおかしくなりそうなくらい苦しくて、思うようにこぐことができていないのに、更に2本加わるということは、どれほどの苦しみになるのかとドキドキしながらのチャレンジとなった。 結果的には4本目以降は、少しずつ数値は落ちるが、大きな落ち込みはなく、苦しさも似たようなものだった。氣持ちさえ保てれば、なんとかやれるという感覚だった。しかし、これを3セットやるなんて、まともな人間のやることではないと思えるほど過酷なトレーニングだと思う。まずは1セットだけだが、習慣化していきたい。 |
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| ■2025年11月25日(火曜日) | |
| 朝、通勤時間に、時々鳩の群れを見る。まとまって同じ方向へ飛び、先頭が曲がれば、一斉に群れ全体が方向を変える。鳩が飛んでいる場所の近くに、鳩を飼っているところがあり、鳩が小屋から出てくるところを目撃したことがあるので、飼い主は毎朝、鳩を放っているのだと思う。昔は、鳩は、伝書鳩として通信に使われていた。伝書鳩は今でも存在するのだろうかと思い、調べてみると、血統やブリーダーにより5000円から数万円の価格で取引されているとのことだった。生後6週間くらいから訓練を始め、帰巣訓練は、少しずつ距離を伸ばしていき、さらに別の場所にも別荘を造り、それぞれの小屋に戻ってこられるような訓練をしていくのだという。想像できないほどの手間がかかりそうだが、鳩との信頼関係を築いていくことで、きちんと通信手段として働いてくれるようになるようだ。昔の人々は鳩を使いこなすために根氣強かったのだなぁと思った。 | |
| ■2025年11月24日(月曜日) | |
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午前は、ロングスプリントの学生たちと練習。練習開始時刻に競技場へ行ってみると、誰もいなかった。ウォーミングアップをし、メニュー開始10分前になっても誰も来なかったので、一人でやるしかないと思い、ハードルを出して、一旦トイレへ行って競技場へ帰ってきたら、学生が一人いて、開始時刻が45分遅くなったことを伝えられた。今朝はロングスプリントのメンバーで朝食を食べていて、その場で練習時間を遅らせることが決まったとのことだった。一人で練習するのはとても辛いので、みんなと一緒にできることがわかりホッとした。 メニューは、補強的な運動が1時間半。その後250m×3を2セット。補強的な運動は、一つ一つはそれほど強度が高いわけではないが、1時間半もやると、いろいろと筋肉には負荷がかかっていて、250mを走るときには、内転筋群や下腿が攣りそうな感覚があった。フォームを維持して全てを同じペースで走るということを着眼に走ったのだが、後半はフォームとペースを維持するのがかなり辛かった。1セット目は39秒6、38秒8、37秒9,2セット目は、38秒2、37秒3、38秒1だった。 午後からは、治療家向けのセミナー参加のため新宿へ。ある道具を使って、體の不具合を改善するという体験セミナーだった。この道具を使うことにより、問題のある部位を探すことができ、適度な圧でこすっていくと、その部位が軽く傷が付き、それにより繊維芽細胞が働き、結果的に細胞が生まれ変わり、痛みがなくなるというものだった。その場で即時的に関節可動域が改善するだけでなく、日を追うごとに細胞の状態がよくなることで、さらなる改善が見込めるとのこと。先生は、カイロプラクティック、鍼灸等の資格を持ち、道具を使わなくても結果を出せるということで、自分は、デモンストレーションとして首の骨格矯正をやってもらうことができた。第2頸椎と第7頸椎が後ろに押し出されていて、首の動きを制限していることがわかり、それを矯正してもらうと、格段に首の動きが良くなって驚いた。今回は、矯正の講習ではなく、道具を使って施術をする体験会ということだったが、期待していたほど道具を使った体験はできず、講習料の1万円は高すぎるのではないかと思ったが、首の矯正をしてもらうことができたので、妥当な値段だと思えた。今回の道具を使った手技で、半年の講習会に参加できれば、素人でも治療院を開くことができるとの説明があり、とても興味を持ったが、講習会は毎月1回木曜に行われるということで、そもそも平日では参加できず、参加費が132万円と言われ、今日決断できる人は99万円と割引が入ったが、そもそも用意できる金額ではなく、悩むことなく岐路につかせてもらった。しかし、膝の靱帯を損傷し全治6ヶ月と医師に言われたプロテニスプレイヤーが1ヶ月後に競技復帰していたり、変形性膝関節症で上手く歩けない参加者が、その場の1回の施術で、想像できないほど歩けるようになるのを目にして驚きの連続だった。こんなことが自分もできたらいいなぁと思うばかりだった。 |
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| ■2025年11月23日(日曜日) | |
![]() スタート直後 ![]() 後半のきついところ ![]() 川内選手と中学校の同級生と ![]() 表彰後 ![]() 賞状・記念品・川内選手グッズ |
よこすかシーサイドマラソン高校生以上3kmの部に出場。體が動くようウォーミングアップも含め準備万端で臨んだ。とにかく前半は無理をせず、上位の選手にどれだけ遅れをとっても3分20秒くらいのペースで走るということだけを考えてスタートした。 スタート直後は、中学生たちを中心に、自分の前に勢いよく走り出す選手がいたが、先頭集団は、思っていたほどペースは速くなく、すぐにペースが落ち着いて、先頭集団との距離が全く開くことなく、同じくらいのペースで走れていた。1kmの表示があるところではタイムは確認しなかったが、かなり余裕があり、予定通り走れていると思った。レース後に確認したタイムでは3分16秒5だった。 1kmを越えたあたりから、先頭との差がどんどん縮まってきて、折り返し地点で完全に先頭集団に入ってしまうような状態となった。今日は、勝負ができるかもと期待してしまったが、折り返し地点を過ぎたところで、上位の選手たちは一氣にペースアップし、差をつけられてしまった。 上位選手がペースアップをしても、自分は無理はしないと決めていたので、感覚としては同じペースで走り続け、前から落ちてくる選手を一人ずつ拾っていくという戦い方をした。残り1kmの表示は発見できず、その後のペースは全くわからなかったが、フィニッシュ地点が見えだしたところから、少しピッチを上げてペースアップし、前にいる選手を一人でも抜くというつもりで頑張った。背の高い選手を抜いたので、これで自分の順位が一つ上がったと思ったのだが、フィニッシュ手前で抜き返され、一つ順位が落ちてしまったと思いながらのフィニッシュとなった。タイムは9分58秒。後半の2kmは手元の時計で6分41秒2ということで、思った以上に走れていた。昨年は10分09秒もかかり、初めて10分台になり残念な氣分になったが、今年はまた9分台に戻ることができ、かなりの達成感があった。 自分より前にいた人たちを見るとある程度中学生がいたような感じだったので、高校生以上の部であれば、とりあえず8位以内には入賞しただろうと思って、上位入賞者の結果が表示されている掲示板を見てみると、なんと優勝していた。前にいた選手は、8名全員が中学生だった。9分58秒というタイム優勝するとは、あまりにも遅すぎて驚いた。知り合いからは「まさかの優勝」と言われた。自分自身も優勝するとは思っていなかったので、自分でも「まさかの優勝」だと思った。直近で優勝したのは11年前。その時は9分13秒。今回は3回目の優勝だが、最初に優勝したのは、大学4年生の時、29年前の3kmではない5kmの時代だった。続けているとうれしいことがやってくるんだなぁと思い、ペースダウンすることなく走り続けてくれた體に感謝の念が湧いてきた。 表彰式の前には、ゲストランナーの川内優輝選手によるトークショーとじゃんけん大会が行われた。じゃんけん大会では、川内選手の写真入り、座右の銘「現状打破」という文字入りパッケージのプロテインバーをゲットした。表彰式では、優勝者として川内選手から表彰を受けることができた。川内選手の高校時代の先生や彼の同級生は、一緒に韓国合宿へ行ったことがあったので、その話を川内選手にすることができた。 今日も、中学時代の友人がハーフマラソンを走っていて、レース中すれ違ったときに応援してくれた。まさかの優勝で、わざわざ表彰式まで残ってくれ写真を撮ってくれた。年に1度しか合うことはないが、地元とは離れた横須賀で会うことができるというのが、未だに不思議な感覚になる。彼はこの後、別大マラソンと東京マラソンに出場する予定だということで、それに影響を与えないよう年末に一杯やろうかという話になった。再会が楽しみだ。 |
| ■2025年11月22日(土曜日) | |
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練習は、明日のレースへ向けて調整走。とはいってもほとんど練習ができていないので、明日予定しているペース(1kmを3分20秒)で2000mをキープすることを目標にスタートした。最初の1000mは3分22秒0。若干予定より遅かったが、同じリズムで走れれば、ほぼ目標達成だと思いながら残りの1000mも走った。しかし、後半の1000mは3分28秒1。自分の感覚は、同じペースだったのだが、実際のペースは感覚とかなりずれていた。この感じで走ってしまうと、明日の3kmは10分15秒前後になってしまいそうだ。明日はシューズや靴下を変えたり、體の動きが良くなるマニキュアを塗ったり、タイムを上げられる方法を駆使することを考慮すると、昨年と同じく10分10秒を切るくらいになるのかなぁと思った。とにかく痛いところがなく、レースに臨めるというだけで有り難く、自分の體に感謝したいと思った。 練習後、次男から連絡があり、また棒高跳びで肉離れになったので迎えに来て欲しいと連絡があった。肉離れが回復して、最初の練習でまた同じ部位を肉離れというのは、まだ練習再開するには時期が早かったということなのだろう。前回のように歩けない状態まではいかなかったが、脚を引きずりながらでしか歩けない状態だった。今日は、治療院がやっておらず、治療は明日以降ということで、今日は、家にある微弱電流をかけっぱなしで寝ることくらいしかできないが、少しでも回復してくれればと思う。 次男を自宅へ送り返した後は、先週に引き続き、イエローハットで車検見積もり。前回の見積もりよりは若干価格は安かったが、前回見積もってもらったガソリンスタンドの方が、説明が丁寧で、整備もきちんとやってくれそうだと思った。たくさんの劣化部位があるので、価格は高く、あらためて買い換えの時期だと認識した。 見積もり後は、事前に知り合いから紹介を受けていた近所の中古車販売店へ。こちらの希望はある程度伝えてあったが、なかなか希望に沿った車はなかった。メンテナンスやガソリン代を考慮すると購入額はかなり高くなってしまうがハイブリットが良いのではという提案があり、それもありかもと思っていたところ、来月、車の買い換えをするお客さんが下取りに出している車が比較的条件に合うのではという話になり、その車がお店に来たときに、現物を見せてもらうということで、今日の話はまとまった。その車との対面が楽しみだ。 |
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| ■2025年11月21日(金曜日) | |
![]() 同期と |
職場に勤務している2人の大学同期と、近所に住む同期と、学校の麓にある立ち飲み居酒屋で3時間半にわたり飲み会。近所に住む同期は、この春退職し、新たな人生を歩んでいるので、民間の会社がどういったところかという話題が新鮮だった。人事採用について、履歴書に、採用は自分しかいないでしょ?と言わんばかりのたくさんの経歴がある方が応募してきたが、その人が採用されることで、職場のバランスが悪くなる可能性を考えると、採用を断らなければならないことがあったのだという。その断りをいれるメール作成がなかなか難しく、その際に頼ったのはAIで、ほぼ完璧な返信文章ができあがり、少し手を入れただけで上手く断ることができたという。AIが導入されるようになって、自分の読んでいる文章が、人が書いたものかAIが作成したものかは、区別がつかなくなってきている。AIが作成した文章を読んでいると、自分が書く文章であっても、それまでに目にしたAI作成の文章に引きずられるようになってきて、AIがなかった時代に書いていたような文章は、2度と書くことはできない宝物になると作家のさとうみつろうさんが話していたことを思い出した。なんでもAIに頼り、自分で何も考えなくても良い時代が近づいているのかもしれない。AIにはできない人としての強みとは何があるのだろうと考えてしまう時間となった。 |
| ■2025年11月20日(木曜日) | |
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11月1日以降、長距離的な練習はほとんどできておらず、日曜日の4000mペース走も1kmを4分切るくらいのペースでした走れなかった。この3日間も何も運動せず、3日後にはレースがあるという状況。練習をどうしようかと考えたのだが、とりあえずレースペースを意識した1000mのインターバルをやろうということで、3分20秒くらいを目指して練習開始。 スタートした時に、たまたま長距離パートの学生1名がペース走をしていて、ほとんど距離が離れていかず、1本目の最後の直線で、若干離れてしまったが、タイムが3分23秒7ということで、自分の希望していたペースだとわかった。 彼がトラックを1周半する間に、自分は200mのジョグでつなぎ、2本目から、彼の後ろについて走らせてもらった。2本目以降のタイムは、3分19秒4、3分19秒8、3分20秒3、3分20秒9だった。つなぎは、だいたい2分くらい。長距離選手の正確なペースに助けられた。3本目からは、フィニッシュ後にえづきまくったが、なんとか目標とするレースペースで走り切れた。この感覚で無理をせず走れれば、3kmのレースは10分くらいを目標にできるのではないかと思った。なんとかレースに参加できる目処ができて良かった。 |
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| ■2025年11月19日(水曜日) | |
![]() 夕方の富士山 |
先週抜歯した部位の歯茎の消毒ということで歯科受診。歯科衛生士さんがフロスで歯の間を掃除している際に、上の奥歯付近の金歯が取れてしまった。中が若干黒くなっているということで、その部分を除去して、もう一度その金歯が使えそうとのことだったため、あらためて金歯をつけてなんとかさらなる負担は避けられた。抜歯した部分の歯茎に関して問題なし。今後は、インプラントをするということを医師には伝えてあり、この医院ではインプラントの歯のメンテナンスには対応できないので、インプラントをする歯科医院での指示に従って通院してくださいと言われた。 この歯科医院は、新しく立ち上がった時からお世話になっていたが、今回の通院で卒業といういうことになった。通勤経路上にあり、駐車場もあり、通いやすい場所だったが、今後は、わざわざ時間をかけて通わなければならなくなる。これで卒業かと思うとなんだか寂しさを感じた。 |
| ■2025年11月18日(火曜日) | |
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筑波大学特任教授谷口智彦先生による講演を聴講。テーマは「日本とはどんな国か。その何を守るのか」。 このテーマについては、大東亜戦争の際、特攻隊員たちが、悩んだことではなかったかという語りかけから話が始まった。1853年のペリー来航後、15年で明治維新にたどり着いた日本。この短い期間で変貌するのに必要なことは何か?それが情報だとのことだった。何が起きているか日本中に伝わり、外国を打ち払うべきという勢力もあれば、開国して知見を広める必要があるという勢力もあったが、どちらにしても日本の繁栄と人々の幸せを守りたいという想いは同じではなかったか。 日本の国歌は、世界一短く、世界一古い歌であり、さらには読み人知らずという他国ではあり得ないような歌。古い歌を国歌にしている国は他にはないという。さらに万葉集など、様々な階層の人々の歌が集められ、7世紀の歌が今の若者にも理解できる状態の国は他にはないくらい貴重な国でもある。 伊勢の式年遷宮は20年に1度行われるが、世界を見渡してみると、こんな珍しいものはなく、「大勢の、名もない ひとびとの その愛し、慈しんだものが、とわに残る。それが日本」と先生は日本を定義されていた。 その後は天皇家と和歌の話、秀吉とスペインの関係、黒船来航でなぜすぐに日本人は覚醒できたかというような内容が続いた。 正倉院をはじめとする建物は簡単に燃えてしまうものだが、それを燃やさなかったのは、無数の名もない人の愛着と献身ゆえであり、今後もものとして残っているものだけではなく、目に見えない言葉や精神も守っていくべきものではないかということで、最終的には「日本人の心」というものが守られるべきものではないかと自分は解釈した。 |
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| ■2025年11月17日(月曜日) | |
| 最近、高橋巌著「神秘学入門」という本を図書館で借りて読んでいる。今読んでいるところは、ギリシャの哲学者たちの話で、何を神秘としているかということが書かれている。プラトンは、「自分がこれまでに真剣に取り組んできた事柄は、言葉だけで人に伝えることはどうしてもできない。」と表現し、ソクラテスは「『秘儀』とは、浄めの儀式のことである。魂を肉体から切り離して、できるだけ純粋に、魂だけで生きていけるようにする手続きのことである。」と述べている。また、「ところの古説によると、魂は、この世からあの世へ行き、そこで、神々と共にあの世のときをすごして、またふたたびこの世へ帰ってくる。つまり私たちは誰でも、死んだ人間の生まれ変わりなのである。もしそうだとすれば、生あるものが死んだものの生まれ変わりなのだとすれば、私たちの魂も、あの世へ行って存在し続けるのではないだろうか。」と述べており、、仏教の輪廻転生のような思想が当時のギリシャにはあったということが驚きだった。この考え方をベースにプラトンは「すでに前世において、あるいは死後の生活の中で経験してきたことだから、学ぶと言うことは、思い出すことに他ならない」という考えを示していた。そして、「ギリシャ人の文化の中には、すでに、この世を生きている間に、死後の世界へ赴き、神々と共に過ごすことのできる一定の手続きがある。」とのことで、この手続きこそが「秘儀」なのだが、「そのような方向で魂の認識を深める作業を「哲学」というのだと定義していた。昔の哲学者は、宗教学者のようでもあり、肉体に貼り付けられた魂の解放するにはどうしたらいいのかを考えていたということがわかり、ギリシャの哲学者たちに興味が出てきた。 | |
| ■2025年11月16日(日曜日) | |
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朝は久しぶりに自重サーキットをやった。右肩の痛みのため、腕立て伏せの姿勢だったり、倒立の際には痛みが発生し、通常3セットやるところ1セットで終了。肩の動きが入る運動は、痛みのない範囲でやろうとすると、かなりの制限を受けることを改めて実感した。
午前中は葉山のガソリンスタンドへ行き、車検見積もりをしてもらった。担当の整備士がとても丁寧に説明してくれて、ゴムが使われている部品は、軒並みひび割れていて、交換時期に来ており、そのひび割れの影響でオイルがにじみ漏れている部分も確認できた。乗り始めて11年、前のオーナーさんが乗っていた時期を加えると18年目の車。走行距離も17万6000kmを越え、車検を通すには、かなりの額がかかるので、乗り換えの時期ではないかとのコメントも頂いた。さらに、このまま乗り続けると、コンピューターも古くなっているので、突然止まるという可能性もゼロではないというおコメントも頂いた。来週はイエローハットで見積もりを予定しているが、似たような金額が提示され、似たようなコメントを頂くことになるだろう。乗り換えを真剣に考える時期が来たことを実感した。 見積もり後、自宅へ戻る際、ちょっとした上り坂でアクセルを踏むと、大きな低い音が車から発せられていることに氣がついた。しばらく氣にせず走っていたが、上り坂の度に音が出るので怖くなって、また葉山のガソリンスタンドへ戻り、車の状態を見てもらった。整備士が実際に車を運転し、エンジンルームを確認してもらったところ、エンジンオイルがほとんどないことが原因の可能性があるとのことで、1リットルだけオイルを購入し、オイルを入れてもらった。その後は、異音は聞こえなくなり解決。車のメンテナンスに無頓着なことが露呈した。改めて乗り換えについて考えようと思った。 |
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| ■2025年11月15日(土曜日) | |
![]() 房総半島(鋸山) ![]() 本日の収穫 (サツマイモ,落花生) |
今日も昨日に続き、ロングスプリントの学生たちと練習。昨日やったことを更に広げて、2時間半ほど、全身を動かすような練習が続いた。昨日同様、最後に120mほどの流しをしたのだが、膝の不安は全くなく、きちんと走ることができた。8日後には、3kmのロードレースにエントリーしているが、参加だけはできそうだ。しかし呼吸循環系には、1週間以上負荷を与えていないので、3km耐えることができるかどうか・・・本番までに何とかするしかない。 午後は、2年間使用してきた携帯電話を手放し、新たな携帯電話を手にする手続きを妻と一緒にした。一昨日見積もってもらったプランで、1年間は、今までよりは若干金額は上がるが、ほぼ同じくらいの金額となり、1年後に急に価格が上がるとのことで、また1年後、支払いを安くするには、どうするかという相談が必要になる。面倒だが、また1年後、電話会社のプランも変更となっている可能性もあるが、忘れないように手続きをしようと思う。 |
| ■2025年11月14日(金曜日) | |
| ロングスプリントの学生たちと練習。来週から本格的に冬季練習に入ることになっているが、冬季練習で行う様々な運動を事前に理解しておく必要があるということで、冬季練習の長期計画を立ててきたパート長の指導による様々な動きのレクチャーと実技が行われた。参考にしているのは、星陵高校の短距離選手たちの練習、日本代表の鵜澤選手の練習、世界チャンピオンのライルズ選手の練習だという。半年間時間をかけて、自分のチームに合う練習を考え、事前に自分で実践してきたということもあり、熱のある指導だった。基本は筋肉に頼らずに走ること。そのための動き作りが中心のメニューだった。ゴムバンドを使ったり、體を真っ直ぐに保つために、視覚としてわかるように棒を使ったり、いろいろと工夫があって面白かった。一緒にやってみて、最後に実際に走るというところで、膝の状態が氣になったのだが、なんと問題なく走れてしまった。骨組みを上手く使って動くということをやっている内に膝の状態が改善してしまったようだ。一緒に練習に参加して良かった。 | |
| ■2025年11月13日(木曜日) | |
![]() お昼寝中 |
相変わらず、膝の違和感がなくならず。接地の瞬間、大腿骨の脛骨の間に何かが挟まった感覚と鈍い痛みが発生する。 今日も昨日と同じく右側の顎から耳にかけて、そして抜いた部分の歯茎がなんとなく痛い。寒気もあり、頭痛もあり、さらに眠気もあり。風邪ひいた?と思うほど。いつまで続くのだろうか? 夕方、携帯電話の支払いが今月から大幅に値上がりとなるため、今使っているスマートフォンを返却して、あらたに契約しなければならないので、どうしたらいいか近所のヤマダ電機へ。今の電話を手放して、今の会社の親会社で契約すると、加入している自宅のインターネット回線や子どもの契約している会社とも一致するためかなりの割引が効くとのことだった。近いうちに妻と共に契約し直しに行こうと思う。 |
| ■2025年11月12日(水曜日) | |
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口の中は、歯を抜いた右側の顎から耳にかけてなんとなく痛みがあり、歯茎についてもなんとなく痛みがあるような感じが続いた。1日続くと、頭痛が続いているような感覚で、体調としてはあまり良くないなぁと思った。しばらくは耐えるのしかないのだろう。 授業で、走り幅跳びの踏切をする足を決めるのに、縦巻き横巻き理論を使ってみてはどうかという話をした。縦側が軸足となり、こちらの方が縦に力を出しやすいので、踏切脚になるというものだが、自分は、走り幅跳びの踏切脚と、ハードルの踏切脚が逆になるという話を学生にしたところ、ハードルの踏切脚は、最終的には、ハードルを横から抜く抜き足になるので、横の性質のある横側の脚で問題ないのではないかと話しかけてくれ、今まで自分が疑問に思っていたことがスッキリと解消された。歯に詰まっていた物がスッと取れた感覚で、とにかく氣持ちが良かった。その場で学生に感謝してしまった。あらためて教えることは学ぶことだと実感させられた。 |
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| ■2025年11月11日(火曜日) | |
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昨日の抜歯の影響で、今日も口の中は血だらけだった。しかし抜いた部位に痛みを感じることはなく、痛み止めを使用することはなかった。とにかく、落ち着くまでは、食事もほどほどにして、抜歯した歯茎の穴に食事が入り込まないよう注意しなければならない。 今日は朝起きた時から右膝に違和感があり、歩いていても大腿骨と脛骨の間に何かが挟まっているようなイヤな感覚が続いた。ジョギングをしようとすれば、接地の度に鈍い痛みが発生し、ジョグはできなかった。走ることはできなかったが、久しぶりに学生と一緒に練習をした。ロングスプリントの学生たちが補強のような練習をやっていたので、その練習に便乗させてもらった。内容は、ハードルドリル、メディシンボール投げ、スキップ。メディシンボールをスクワット姿勢からジャンプして投げ上げる動作で、内転筋が何度も攣りそうになった。右膝の違和感はあったが、なぜかスキップには影響がなく、スキップをしながらメディシンボールをキャッチする練習はきちんとできた。こちらも内転筋が何度も攣りそうになった。練習量としてはそれほど多くないはずなのに、想像以上にダメージが大きかった。冬季練習はきちんとこなして来年につなげたいと思った。 |
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| ■2025年11月10日(月曜日) | |
![]() 龍のような雲 ![]() 同じチームの猿樂さんがデフリンピックへ ![]() インプラントのシミュレーション |
今日は歯科医院2軒、内科1軒、治療院1軒を回るという、病院の日だった。 午前は、近所の火力発電所の公園で走ろうと思い、発電所の敷地へ入っていったのだが、入り口の受付のようなところで、月曜は休みだから入れないと言われ、公園では走れず。結局いつもの港の周回コースで2分ジョグ+2分ダッシュを10セット。久しぶりにこのメニューをやったが、脚への負荷はかなりのものだった。 昼からは、まずは1軒目の歯科医院へ。ここでは、インプラントを前提に、インプラントができるかどうか、できるとしたらどのような方法で手術をするか、いくらかかるかということを、無料診断してもらった。自分は骨がしっかりしている方だが、噛む力が強すぎて、骨が内側に盛り上がっており、インプラントは太めの方が良いとのことだった。インプラントは術後、2ヶ月くらいで骨とくっつき、その後歯を乗せていくことになる。1本37万円で、2本で74万円。高いが、なんとかローンを組むなどして、資金を調達しなければならない。医院の院長は、今まで通ってきた歯科医院の中では、最も感じが良かった。サポートをしている方々の感じもとても良い。院長の話によると、年間400本ほどインプラント手術をし、そのうち2,3本はやり直しをしているという。やり直しをする人は、歯を磨かない、タバコを吸う、骨が薄などの理由が多い走で、自分は、やり直しの可能性は低いと言われた。手術は、予約で埋まっており、自分が手術を受けようとすると8ヶ月待ちとのこと。その場では決心はしなかったが、近いうちには決心をすることになると思う。 最初の歯科医院の次は、毎週通っている行きつけの治療院で、右肩と左手の親指の治療。突き指から1ヶ月以上経っているが、親指は、なかなか良くなってくれない。施術を受けた後は楽になるが、また日が経つと元に戻るということが続いている。 治療院の後は、CPAPの関係で内科へ。直近の受診から2ヶ月が経ち、またこの2ヶ月のCPAPの状況を確認してもらった。まったく問題なく、このままの使用で良いとのこと。次は3ヶ月後に来るように言われた。今回も診察は3分もかからなかったが、診察台は7000円を超える額だった。高いけど、CPAPのレンタル代だと思えば、月3000円台なので、仕方がない。 内科の後は、いつも通っている歯科医医院へ。とうとう歯を抜くこととなった。麻酔をして歯を抜いてもらったが、想像していたよりも穏やかな手術だった。口の中は、常に血にまみれ、食事をするのはなかなか厳しい。今夜は食事はせずに寝ることにした。 |
| ■2025年11月9日(日曜日) | |
![]() 畑 |
今朝は5時過ぎに、家族の誰かが洗面所で音を立てていたことで目を覚まし、一旦トイレへ行き、また寝床に入った。次に目が覚めたのは6時50分。ここでもトイレへ行き、また寝床へ入って目が覚めたのは9時20分だった。そこから犬の散歩をして朝食を摂ったのは10時。ブランチに近い朝食だった。 今日は久しぶりに庭いじり。里芋を植えていた場所に、たまねぎとカブの苗を植えた。スーパーで買ってきたおろ抜きダイコンを改めて植えなおしたのだが、葉っぱはかなり立派に育ってきた。しかし、畑の栄養が足りないためか、肝心のダイコンの根の部分があまり大きく育っていない。葉っぱの状況からすると、そろそろ収穫時期なのだろう。ダイコンにスが入ってしまう前には収穫しようと思う。 |
| ■2025年11月8日(土曜日) | |
![]() ふれあいの丘展望デッキ ![]() 海沿いの景色 ![]() 歩行・ラン・自転車周回コース |
職場の開校記念祭が開催され、イベントの一つとしてこの1年で殉職された卒業生の献花式が開催され、期別の代表として参加させて頂いた。殉職された卒業生は、名古屋空港に隣接する小牧基地からT4練習機で飛び立ち、犬山市の明治村に隣接する入鹿池に墜落した事故で殉職された方だった。予期しない事故で家族が突然い亡くなるという事態は、家族としてはなかなか受け入れ難かっただろうと思う。悲しみもなかなか癒えることはないと想像する。ご家族が参列されていて、献花の際に一礼しかできなかったが、哀悼の意を表すように一礼させて頂いた。 開校以来、卒業生の殉職は、118名にのぼるとのアナウンスがあった。その中には、自分の同期も含まれている。彼もパイロットで、練習機で単独飛行訓練の帰りに山中に激突し殉職した。自分は、日本陸連の延岡合宿の帰りで、飛行機が羽田空港に到着し、飛行機から降りるために機内で待機していた際、機内のスクリーンでNHKニュースがたまたま放送されていてで、彼の事故のことを知った。献花式に参加することで、また彼のことを思い出すことができた。 夕方は、近所の火力発電所の敷地内に大きな公園ができ、今週一般開放されたので、三男と見学に行った。公園は大きな丘になっていて、丘の周りは道路として舗装され、ウォーキングコース、ランニングコース、自転車コースが整備され、1.2kmと1.5kmの周回コースとなっていた。100mごとに表示があり、トレーニングしやすい環境だと思った。花壇もあり、かなりの種類の花が植えられており、素晴らしかった。これを整備した人たちの苦労を労いたいと思った。 |
| ■2025年11月7日(金曜日) | |
![]() 久々に家族集合 |
51歳の誕生日の誕生日。この1年は、肉体的な問題を少しでも解消し、運動できる體に戻していきたい。 昨日から、愛知県と岐阜県を舞台に世界ラリー選手権ラリージャパンが開幕した。毎晩その日行われたレースの模様がテレビで放送されている。岡崎市や豊田市など、馴染みのある地域の一般道でレースが行われている。一般道で行われるので、レース中は、一般車両は通行禁止なのだろうが、田舎の狭い一本道を走り、カーブではドリフトさせながら車の方向変換をしている。神社の前にある橋を越えた直後にドリフトして90度右に進んだり、横幅の狭い伊勢神トンネルを爆走している映像が流れていた。伊勢神トンネルといえば、小学生の頃は心霊スポットとして有名だったような記憶があるのだが、現場を見たことがなかったが、今回映像で見ることができ、見るからに心霊スポットという感じがし、地元を再発見したような氣分にしてもらった。 ドライバーたちは、ちょっとしてたハンドル操作ミスで、クラッシュしてしまうようなギリギリのとことで闘っている。普通の人では立ち入れない領域だが、実際の車内での運転中の映像が流れることで、疑似体験をさせてもらうことができる。とにかく凄いとしかいいようがない景色だ。ドライバー全員が事故なく、競技を終えることができるよう願うばかりだ。 |
| ■2025年11月6日(水曜日) | |
| 50歳最後の日となった。この1年は、始まりが半月板損傷から。手術を勧められたが、手術はせず、この痛みは、1ヶ月くらいで解消され、元のように走ることができるようになった。しかし、原因となった棒高跳びの練習は、1年間何もできなかった。棒高跳びがきっかけで痛み始めた右肩が、この2か月くらいで、急激に痛み出し、日常生活にも支障が出始めている。そのほか、アキレス腱痛が長く続いたり、肉離れも何度かあった。毎週治療院へ通い続け、いわゆる満身創痍状態の1年だったとも言える。その影響で、トレーニング自体も少なくなり、競技力はかなり低下してしまったかもしれない。昨年は、800mを1度も走ることができなかったが、今年はなんとか1本だけは走ることができ、人生で最も遅いタイムよりは速く走ることができ、まだなんとかやっていけるという感覚は得ることができた。痛みを通して自分の體と対話する、向き合うことのできた1年だったとも言える大事な1年だった。 | |
| ■2025年11月5日(水曜日) | |
![]() 里芋としょうがの収穫 |
自宅周辺には、ホームレスのおじいさんが一人、使われなくなった廃墟のようなパチンコ屋さんの軒下で生活している。年々、パチンコ屋の周辺にゴミの山が溜まっていっているのだが、このおじいさんが収拾したものだと思われる。夏は、とてもくさい臭いがただよって、その付近には近づきたくないなぁと思ったこともあった。だんだん氣温が下がってきて、どうやって生活しているのだろうと思ったりもするのだが、おじいさんはダウンのコートを着ているし、スマートフォンも持ち歩いていたりするし、パチンコ屋の軒下で寝ころびながらスマートフォンを見ている姿も見かけたりする。先日は、図書館で本を積み上げながら、机で向かい合った男性と話をしていた。どうやらひとりぼっちということはないようだ。 氣になり始めると日々の食事をしているのだろうかとか、どういう生い立ちで今に至っているのだろうかなど、いろいろと聞いてみたいことが頭に浮かんでくるが、子どもたちが何を下というわけでもないのにいきなり怒鳴られたということもあり、声をかけようという氣にはなれない。彼には彼の作り上げた生活スタイルがあり、こちらがそこに入り込むようなことはこの先もないと思う。 |
| ■2025年11月4日(火曜日) | |
![]() 両親と ![]() 新幹線からの眺め |
朝は実家周辺を散歩。長期の休暇でもない平日の朝に実家周辺を歩くことなんて、何年ぶりなのだろうか。平日らしい生活感のある音が、いろいろなところから聞こえてきて、自宅周辺の平日の朝とは違った音のような氣がし、とても新鮮な氣分になった。小学生は、相変わらず登校班ごとに登校しているようで、横須賀では登校班というものは存在しないので懐かしさを感じた。小学生は比較的早く登校しているが、中学生になると、遅刻ギリギリを攻める生徒も多く、みな走って登校していて、小学生との違いがあって面白かった。自分が中学生だった頃のこの時期は、駅伝部の朝練があり、8時台に登校することはなく、遅刻ギリギリという経験はしたことがない。当時も、遅刻ギリギリで闘っていた友人は沢山いたのかもしれない。 帰りは、昼前に電車に乗り、豊橋から新幹線こだまに乗り、浜松でひかりに乗り換えて新横浜まで返ってきた。新横浜まで来ると、人が多くて関東に戻ってきたなぁと思えてくる。関東の人たちは、とても忙しそうだ。久しぶりに実家周辺の朝の空気が吸え、リフレッシュできた。 |
| ■2025年11月3日(月曜日) | |
![]() 日の出 ![]() 月読宮 ![]() 伊雜宮 |
伊勢ツアー2日目。5時過ぎに起き、5時半には宿の前に集合して、早朝から外宮参拝へ。日の出前の外宮は、森に覆われており、真っ暗だった。日が出てくると、日のありがたさを実感し、思わず拝みたくなった。参拝後は、朝食の食べられるお店を探し、とある喫茶店へ。大人数で押しかけて、マスターは若干パニックという感じだったが、なんとか朝食を出してもらうことができた。そのお店には、なんとうちの職場のカレンダーが貼ってあって驚いた。マスターの後輩が卒業生で毎年送ってくれるとのこと。職場とは全くかけ離れた場所で、棒倒しの写真を見かけるとは思ってもおらず、うれしくなってしまった。 午前の最初は、内宮に近い月読宮へ。この神社は、御神木がかなりのエネルギーを発しているように感じ、手をかざすとかなりの圧があった。昨日の月夜見宮は陰という感じだったのだが、月読宮は明るい感じがした。 次に行ったのは内宮の別宮伊雜宮(いざわのみや)。巨木が沢山あり、それぞれ強い氣を感じることができた。神社の横には、神社の田んぼがあり、田植えや稲刈りが神事として行われているとのこと。田んぼの前にきちんと鳥居が立てられているのが印象的だった。 最後に行った神社は、神明神社。この神社のうちの一つのお社は地元では石神さんと言われ、女性の願いを叶えてくれると言われているとのことだった。こちらも巨木があり、強い氣を感じることができた。 参拝後は、昼食を食べるため鳥羽のおみやげ屋さんに併設された食堂へ行ったが、列ができるほどお客さんが並んでいたため、入るのを断念。外宮まで移動し、外宮の周辺で昼食タイムとなった。今日は仲間たちとお店へ入り、会話を楽しみながらおいしい昼食を頂くことができた。 昼食後は、解散となり、伊勢市駅から実家へ。あっという間の1日半。普通に生活していたら、絶対に知り合いになることのない方と知り合いになり話ができ、楽しい時間だった。 |
| ■2025年11月2日(日曜日) | |
![]() 伊勢神宮外宮 ![]() 駅伝出場校ペットボトル ![]() 伊勢神宮内宮宇治橋鳥居 ![]() ふぐや |
骨ストレッチの仲間と8年ぶりに伊勢旅行。午前中に松阪駅へ集合し、マイクロバスで伊勢周辺の神社参拝へ。最初に行ったのは、伊勢神宮外宮。8年前外宮参拝の際に桐生選手が日本人初の100m9秒台を出したニュースを耳にしたことを思い出す。外宮の参拝者の数が8年前と比べると格段に増えて、参拝するにも順番待ちで列を作らなければならず、人が多すぎるためか、8年前に強い氣を感じられた場所も、何もなくちょっと残念な氣持ちになった。 外宮参拝後は、外宮周辺で昼食タイム。この時間は、外宮の前の道を全日本大学駅伝の選手たちが走り抜けるというタイミングと重なり、横断歩道を横断するのも一苦労だった。選手の走る姿を見たくて、自分は、お店へ入らず露天の弁当を買い、ベンチに座りながら駅伝観戦をした。この場所は最終区間で、先頭は駒澤大学の山川選手。野尻湖でたまたますれ違っただけでも「おはようございます」と挨拶をしてくれ、とても好感の持てる選手だった。駒澤大学は独走だった。その後の上位チームは関東の学校ばかりで、後ろの方には、地方国立大学も走っていた。 昼食を終えた後は、一人で、別宮となっている月夜見宮へ。人がほとんどおらず、静まりかえった神聖な雰囲氣のある神社で、手をかざすと圧を感じる場所がいくつかあった。 次にマイクロバスで伊勢神宮内宮へ行く予定だったが、全日本大学駅伝の影響で、道は大渋滞。結局内宮へ行くのは後回しにして、別宮の瀧原宮へ。この神社はきれいな水の流れる川があり、そこで手を洗い、事前に用意していた白い石も洗ってお清めをした。この神社もほとんど人はおらず、とても神聖な雰囲氣に浸ることができた。 その後は、内宮へ戻り、内宮が閉まるまで残り30分というタイミングで、なんとか内宮へ入ることができた。車いすで移動される方もいたので、時間の関係で、その車いすを走りながら押してなんとかみんなで内宮参拝をすることができた。 夜は、「ふぐや」というお店へ。お店の名前の通りふぐ料理が出される店だった。ふぐを食べるのは初めてではないかと思うが、ふぐのフワフワした食感は美味だった。 |
| ■2025年11月1日(土曜日) | |
![]() 卒業生と ![]() 雪がほぼない富士山 |
モンゴル人の卒業生が練習に来てくれた。いつもお土産を持ってきてくれるのだが、先生が健康な毎日を送れるようにとのことで、リカバリーウェアをいただいた。いつも相手のことを考えて何かをしてくれる彼には、毎回学ばせてもらっている。彼は、毎回ロードバイクで1時間半ほどかけて会いに来てくれる。そして、トラックで走って、またロードバイクで帰っていき、その後は仕事という場合が多い。今回もこのパターンなのだが、股関節の動きが良くなる方法で、最近授業でやっているものはないかとのことで、こちらは、少しでも彼が楽に體を動かせるよう、ソリトンウェーブで股関節周りをほぐし、DRTで背中側をほぐし、最新の骨ストレッチを伝えることで、ちょっと意識を変えただけで動きが変わることを体験してもらい、喜んでもらえた。もっと内観力があれば、どの部位に問題がありどうすれば良いという方法が出てくるのだとは思うが、内観力が足りないことも実感することとなった。 練習は、彼が1000m×4のインターバルをするということで、自分は病み上がりなので、800mまでついて行くことを目標に一緒に走らせてもらった。設定は3分30秒だったが、1本目から思っていたよりも速く、800mが限界だった。1本目は3分14秒台とのことで、感覚通り速かった。1本目がオーバーペースだったためか、2本目は2周目からペースが落ちてきたので、自分が先頭に出てペースを維持した。2本目は3分20秒ということで、それでもペースは速かった。3本目は自分が引っ張り、600m以降彼は離れてしまい、自分は800mで終了したが、彼はきちんと1000mを走り切った。3分27秒台だったとのことで、自分のペースが速かったという結果だった。4本目を走る前に、4本だと中途半端で氣持ち悪いので、5本に変更となり、4本目も5本目も自分が引っ張り1000mまで走った。結果は3分28秒5、3分30秒9ということで、ほぼ設定通りに走れたが、彼は、5本目で左大腿部をつってしまい、最後は3分47秒台だった。 久しぶりに人と走り、意外と楽に走ることができ、3kmであれば、3分30秒のペースではキープできそうな感覚だった。レースまであと3週間。なんとか3分20秒のペースで走れるとことまで戻したい。 |