最近のいずみ

Last Update:2025/4/30



パートタイムアスリートいずみ 25年目に突入 

■2025年4月30日(水曜日)


家の前にいたツバメ
 昨日の練習の影響で、臀部とハムストリングスが何となく疲労感に包まれ下半身が重かった。右座骨結節付近は、痛みがあり、速度を上げた走りはできず、練習はお昼休みに、ワットバイクでタバタ(20秒の全力こぎと10秒休息を6セット)で負荷をかけ、その後はゆっくりなジョグを30分のみ。
 帰宅後は、昨日ケガをした三男を整形外科へ連れて行った。今日の三男は、寝起きが不機嫌で、起床できず、学校を休んで、家に閉じこもっていた。昨日は、左脚を引きずるように歩いていたのだが、夕方の時点では、ほぼ歩けるような状態になっていて、無理をすればジョグができるかもと話していた。医師の診察で、痛いはずの部位を押されても、あまり痛くないという回答をし、大丈夫だろうという感じで、病院へ行く必要があったのだろうかという結果となった。子どものすさまじい回復力を実感した日となった。

■2025年4月29日(火曜日)


近所の神社にて
 中長距離の学生たちが400mのインターバルをするというので、久しぶりに学生たちの練習に参加させてもらった。学生たちは、400m×15で、少なくとも10本は走ろうというものだった。自分の入ったグループは、走るタイムが74〜76秒ということでそれほど速くないが、つなぎのジョグが200mを60秒以内ということで、走っているときよりもジョグの方がきついメニューだった。現状では10本をこなすのは難しいので、5本目まで走りきることを目標にスタートした。1,2本目は、比較的余裕を持って走れたが、つなぎのジョグがきつく、3本目がおわったところでえづいた。木ひょとする5本目まではなんとか走りきり、2本分休憩して、あらためて2回目のチャレンジをし、4本目までは走り切ったところで、まだ何度もえづいて5本目には行けなかった。あと1本はこなして10本にしようと思い、また2本分休憩して、一番上のグループ(72秒)に入り、最後の1本を走り、71秒台で走り練習終了。久しぶりにインターバルだったが、脚への負荷はそれほど感じなかったが呼吸器系への負荷はかなり強かった。とにかく学生との練習を再開できたことをうれしく思った。
 昼食を食べて午後も練習しようと思っていたところ、三男から、競技場で200mを走っていたら左の大腿前面に激痛が走り、歩くのも大変だから迎えに来て欲しいという電話が突然かかってきたので、自分の計画は変更し、三男を迎えに行った。話の内容からすれば大腿直筋の肉離れなのだろうと思い、行きつけの治療院へ連れて行ったが、休憩中となっていたため、一旦帰宅し、患部に微弱電流をかけっぱなしにして夕方三男を治療院へ連れて行った。超音波診断装置で、筋肉の中を覗いてみると、大腿直筋の深いところで、出血があるとのことで、想像していたとおりの肉離れだった。2週間くらいでジョグはできるのではないかとのことで、明日は様子を見て明後日またケアしてもらうこととなった。

■2025年4月28日(月曜日)
 水俣病が公式確認されて、今年の5月1日で69年になる。環境省は、今年から被害地と周辺の「健康調査」をするとされている。被害者団体は、全容調査を求めているが、今回の調査も規模が限定され、水俣病が疑われても本人には伝えない方針なのだという。不知火海沿岸に居住歴がある人を調べていくとすると、途方もない時間がかかってしまうから全容調査は難しいのかもしれないが、基準に満たないということで水俣病と認定されないながらも、今も症状で苦しんでいる人たちがいるのだから、できる限りのことをするのが国の役割であるようにも思う。
 水俣病は、工場の排水が原因で発生したが、熊本では、台湾の半導体メーカーであるTSMCの工場が本格稼働を始めた。工場誘致により、水源が枯渇したという話があったり、工場からの排水に関して有害物の処理施設が整えられていないという話があったりする。水俣病のようなことにならないことを祈るばかりだ。

■2025年4月27日(日曜日)


実って欲しいブドウの房
 久々にサーキットトレーニングを実施。前回のサーキットトレーニングでは、台でジャンプした際に右ヒラメ筋外側を肉離れしてしまったので、最初は恐る恐るジャンプする感じだったが、最終的には、痛みはなく通常通りのトレーニングができた。前回と比べると、綱を上る速度が落ち、2セット、3セットとセットを重ねるごとに、全ての運動の速度が落ちていった結果、先月と比べると大幅にタイムが落ちた。
 その後は4000ペース走。1000mあたり3分50秒くらいでは走りたいと思っていたが、體は全く動かず、4分で回るのもきつく、振り出しに戻った感が強かった。しかし、肉離れの部位については、痛みはなく練習ができたというのは、前進の証。何とか来月の試合に間に合うよう練習を進めていきたい。
 お昼は、久しぶりに大学の同期夫妻と昼食。3月に自衛隊を退職し、新たな仕事を始めたと言うことで、その報告会を兼ねての食事となった。退職までの経緯や、今後の展望などの話を聞かせてもらい、いろいろと考えられていて、迷いが全くないように見え、素晴らしいと思うばかりだった。それに引き替え自分は何も考えていないのではないかと思ってしまった。自分は自分の道を進むしかない。

■2025年4月26日(土曜日)


イベントの様子



会場近くの神社
 江戸川区総合文化センターで開催された「BE INDEPENDENT 心もお金も自立して豊かになろう」というイベントに参加。国際情勢アナリストの及川幸久さん著「マネー・スイッチ」発刊記念実践ワークショップで、当日は、参加者限定の2025年版のダイアリーが配られ、「マネー・スイッチ」に書いててある内容や、実際にあった事例を説明しながら、ダイアリーに実際に書き込んで、自分が何を望んでいるかということを明らかにしていった。主に1.目標の明確化、2.具体的なイメージング、3.行動、4.チャンスへの準備という4つことを中心に話しが進められた。1と2は実際に文字として書き、できれば、具体的でリアルなイメージをして絵を描いてみることであり、頭の中でリアルなイメージができると、そのイメージの音や匂いまで感じられるようになり、底まで来ると実現までの時間が短くなるようだ。3の行動は、目標をすでに達成している人に会ったり、その場所へ行ってみたり、自分の目標が達成されている場合の行動に近づける行動をしてみることで、潜在意識のスイッチが入るとのことだった。4のチャンスへの準備は、毎朝、今日はチャンスの女神に出会う日だと期待すること。期待感に満ちている人には運がやってくるし、可能性がほぼないことであっても、毎日考えて期待している内に不思議な確信が出てきて、実現してしまったりするという。
 最後に、質疑応答があり、講師の夢を問われ、衰退方向に向かっている日本の書店の構造的な問題を変えていくことで、街の本屋が増えて読書人口が激増することが夢だと回答されていた。この質疑を聞き、本屋と同じように衰退しつつある稲作農家や商店街が復活することを自分の目標にしてみたいという思いが突然自分の脳裏に浮かんできた。何もかもが外資に乗っ取られつつある現状に抗いたいということなので、まさに可能性はほぼないようなことだが、日々汗顔が続けていこうと思う。

■2025年4月25日(金曜日)
 職場から派遣されて外の大学の大学院に通っている卒業生が、所属する大学の短距離選手2名を連れて練習に来てくれ、学生たちと一緒に練習をsた。
 自分も短距離の学生の練習に混じって、自分のできる練習をした。ハードルジャンプ、ハードルドリル、バウンディング、ホッピング、120mの流しが主な内容だった。バウンディングは、歩幅が以前よりも短くなっているのを実感し、ホッピングは、左脚でジャンプした瞬間に右外旋筋群に痛みが発生し、力が抜け、ジャンプできずに、膝から崩れ落ちるような状態となり、自分自身が驚いた。その後、痛みを感じながらも何とかホッピング動作をやったが、右脚では、自分の體を保持できる様態ではないことを実感し、流しをしても左右差を感じることとなった。
 卒業生がわざわざ学校まで来たのは、骨ストレッチの情報を得たいといところもあったため、練習後、2人の大学生を含め、短距離に必要な骨ストレッチを伝えた。クラウチングスタートは、骨ストレッチをする度に、対象としている部位が軽くなり、負担が減ることを実感してもらうことができた。最後に、勝手に重心が前に出るようにする骨ストレッチと、手脚と體幹をつなげる骨ストレッチにより、3人とも楽しそうに走る姿を見て、こちらもうれしくなった。こちらは話し出すと、いくらでも話し続けられそうなので、また、次に会ったときに、今日できなかったことを伝えるということで、今日の特別講義は終了となった。骨ストレッチが他大学でも広がり、陸上競技で当たり前のウォーミングアップとなることを夢見て、伝えられる人に伝えていきたいと思う。

■2025年4月24日(木曜日)
 練習は、一人で300m×7。休息は200mウォーク。設定は48〜50秒。一昨日の200mの速度を300mまで伸ばして走り切れれば、更に一歩前進となるのではと考えての練習。
 結果は、46秒9、48秒6、48秒1、48秒0、47秒7、50秒3、47秒9だった。3本目以降は呼吸が苦しくなり、5本目以降は、重心が下がり、自分の體を自分の脚で支えられず、地を這っているような感覚になった。6本目が終わったところでえづくなど、本数が増えるに連れて、疲労は蓄積し走りづらくなったが、ほぼ設定通りで走れ、一定のリズムで走り切れた感覚があり、予定通り一歩前進できたと思う。

■2025年4月23日(水曜日)
 次男の通う予備校の受験説明会というものに参加。この春の予備校の実績、この春合格した先輩によるアドバイス、通っている予備校の有利な点についての説明、共通テストの重要性、4月から6月にかけてやるべき事、夏休みにやるべき事について説明があった。
 予備校講師の話は、途切れることなくマシンガントークという感じで、切迫感を煽りまくり、聞き続けることが辛く、とても疲れた。この調子で授業が行われているとすれば、あまり通いたくないと思うトークだった。要は、予備校が提案するプランを購入してくださいという案内をするための説明会だった。
 6月までには一通りの勉強を終わらせ、夏休みには、共通テストと二次試験の過去問を解きまくることが推奨され、少なくとも過去10年分はやる必要があるとのことだった。自分が受験した時には、過去問はセンター試験が終わってからやり始めて1ヶ月後に二次試験という感じだったので、のんびりとした受験生活だった。
 当時と比べると子どもの数は激減してはいるが、大学への進学率は高くなっている。受験生の数というのは、どういう推移なのだろうか。共通テストは、センター試験の頃の1問1答のような問題はなく、図や文章など、様々な情報を取り入れなければ解くことのできない問題に変わっていて、暗記で勝負はできない。予備校のデータから、AIが個別に生徒の勉強すべき事をはじき出し、子どもたちは、それに沿って何かに急き立てられるように勉強をしているのではないかと思った。今の子どもたちの状況を知り、自分たちが受験生だった頃は、牧歌的だったなぁと思った。とにかく、目標に向かって子どもたちは進んでいくしかない。

■2025年4月22日(火曜日)
 少し速度を上げたトラック練習を始めた。メニューは200m×10。休息は200mウォーク。設定タイムは32秒〜33秒。だいたい1500mを走るくらいのペース。結果は、33秒0、32秒6、32秒6、31秒9、32秒5、32秒1、31秒8、31秒6、31秒9、32秒1。風が強く、追い風で走ると、自分が思っている以上に速度が上がり、脚への負担が大きくなると考え、向かい風の中で走ることにした。思うようには進まないが、無理はせずゆったりと走ることができた。7本目くらいからは、呼吸が激しくなってきたが、脚への負担はそれほど感じることなく走り切れた。しかし、クーリングダウンでジョグを始めたところ、すぐに右内側広筋が攣りそうになった。自分の感覚では、無理せず、上手く走れたつもりでいたが、體の反応は、大腿部を使って走っていたという反応で、自分が思っていたようには走れていなかったことがわかった。體の反応が一番正しい。體の声に耳を傾けながら無理せず、少しずつ速度を上げていきたい。

■2025年4月21日(月曜日)


港の夜景
 この1週間くらいの米の価格が5kgあたり4217円となり、15周連続で値上がりをしているという報道があった。前年同時期と比較すると103%の値上がりだという。備蓄米は1回目の入札が終わってから1ヶ月経ち、14.2万トンが放出されたがスーパーなどのお店へ届いているのは0.3%ということで、まったく店には並んでいないらしい。
 近所のスーパーの棚に並んでいるのは2kgの米袋ばかり。それが税抜きで2000円前後。5kgにすれば、5000円くらいになってしまい、報道されている価格よりもかなり高い。米を育てるのは、かなりの手間がかかり、高齢化と減反政策で、そもそも収穫できる米の量は激減してしまっている。お店を当てにしていては、食べていけないと思うと、自分の畑や田んぼが欲しいと思えてくる。

■2025年4月20日(日曜日)
 トラック練習を再開。メニューは4000mペース走。ペース感覚がなくなっているので、一定ペースで走れるかどうかもわからず、設定としては1km3分50秒くらいで走れればと思ってスタート。結果は3分53秒3、3分47秒7、3分49秒2、3分40秒9だった。いつペースが遅くなるか不安で、常にペースを上げるイメージで走った。昨日400mを想定外のペースで走ったためか、腹筋の奥(おそらく腹横筋)が全体的に筋肉痛で、少し走りづらい感じはあった。肉離れを起こしている右外側のヒラメ筋については、まったく氣にならず走れたので、一段階前進したように思えた。

■2025年4月19日(土曜日)


近所のスーパーの米の棚
 午前は、小中学生の陸上教室。800mを走る際のペースを把握するために400mのペース走を子どもたちと一緒に走り、その後800mのタイム計測でも子どもたちの伴走をした。子どもたちの人数が多く、5つのグループに別れて、ハードルや走り高跳びなどの他の種目をローテーションしながら順番に回ってくるため、何度も走り続けた。その間に中学生が400m+200mを5セットやっていたので、そちらの400mにも4本加わった。最初の2本は最も後方で走る子の伴走をしたので、タイムは76秒と80秒だったが、最後の2本は、先頭の子について走り、先頭の子がそれを意識してペースアップしていくので、62秒と64秒までタイムが上がってしまった。最近はジョグしかしていなかったので、少しずつペースアップできればと考えていたが、極端なペースアップとなった。肉離れの部位については何も氣にならず、レースペースに近い速度でも走れることがわかり、自信になった。
 午後は、犬を病院へ連れて行った。狂犬病予防の注射やフィラリアの薬をもらうための受診だったが、心音の確認のところで、少し雑音が聞こえることがわかり、犬種の傾向から判断すると、少しずつ弁膜症(僧帽弁閉鎖不全症)になりつつあるのではないかとの指摘を受けた。右心房と右心室をつないでいる弁がきちんと閉まらなくなり、逆流することで、全身への血流量が低下していくようになるという。その影響で、血管が収縮し、血圧が上がるなど、最終的には、心臓が肥大し、腎臓への負担が大きくなり多臓器不全となるのが一般的らしい。犬種としては、100%たどる道なのだという。我が家の犬は6歳。人間の年齢だと40歳くらいか。だんだん體の機能にも問題が発生する年なのかもしれない。いろいろと覚悟をしながら、できるだけストレスなく楽しく過ごせるような環境を提供していきたいと思った。
 話しは変わって、妻が近所のイオンで米を買おうとした際、変なルールがあって、2kgの袋を1つしか変えなかったという連絡があった。一家族2kgまでというルールなのだという。5kgの袋がないのだという。そんなことがあるのだろうかと思って、近所のヨークマートに行ったのだが、ヨークマートは購入制限のルールはなかったが、ブレンド米のパールライスは5kgの袋があったが、そのほかの米は全て2kgの袋でしか売っていなかった。それもすべて2000円以上の価格となっている。5kgがだいたい1500円くらいの感覚だったのに、異常に値上がってしまった。備蓄米が出るから米の価格は落ち着くと言っていたのだ誰だったか。ますます高くなっている。結局、大元をたどれば減反政策が原因なのではないかと思えて仕方ない。

■2025年4月18日(金曜日)
 2日前から、肉離れの違和感がなくロングジョグができるようになり、連続ではないが、細切れ時間を使って一昨日は合計90分、昨日は合計100分走った。リズムが良くなってくれば、ペースが上がったりもし、久しぶりに走れていることがうれしくて、走っている間は自分の體への感謝の氣持ちが募ってきた。ずっと走っていなかったのに急に長い時間を走ったためか、今日は、臀部が若干筋肉痛、特に小殿筋と中殿筋に張りがあり、歩いていても氣になる感じがあった。筋肉痛も久しぶりで、どれだけ動いていなかったかということを実感した。
 今日は、筋肉痛にもめげず、また細切れ時間を使って走りまくり、合計120分。ゆっくりなペースだが、これだけの時間をに走ったのは、昨年の夏合宿以来。東日本実業団まであと1ヶ月。今後は速度を上げて、競技復帰できる状態へ戻していきたい。

■2025年4月17日(木曜日)


新入生が見学に来てます
 三男が、夜寝る前に、「話しがある」と言って自分の所へ来た。部活に再入部したいとことだった。学校へ行ってもクラスでは話す友だちがおらず、休み時間は、別のクラスの友だちと話したりするという。その友だちも元々部活の友だちだったが、部活へ行かないと、その友だちとも話しをする時間がなかなかなく、部活を辞めて運動をしなくなって、体力が低下している実感もあり、それを改善したいということもあったようだ。部活復帰に反対する理由はなく、大いにやって欲しいと思う。親としては、部活へ行けるだけの登校をしてくれればと願うばかりだ。

■2025年4月16日(水曜日)
 朝、車を運転中、信号待ちをしているときに、小さな男の子とお母さんが横断歩道を歩いているのが見えた。男の子はうれしそうにスキップしていた。スキップは、ウキウキした自分の氣持ちを體で表現する際に自然と現れる動作だったのだと氣がついた。スキップは、授業のウォーミングアップでやってもらったりするのだが、わざわざ意識してやる動作になってしまっている。中には、スキップができない学生も時々いる。そういう子は、やったことがないのだろう。つまり、ウキウキしてそれを體で表現した経験がなかったのかもしれない。感情と體が一致した状態を子どもの時に経験してこなかったとも言えそうだ。感情と體がかい離した状態では、相手のことを感じる能力も低下してしまう。授業を通して、自分の體の反応に敏感になってもらうべく、いろいろとやるのだが、全くの無反応という学生もいる。これは、感情と體の状態が一致していないということが原因の一つとしてあるのではないかと思った。

■2025年4月15日(火曜日)
 三男が登校の意志はあるが、体調が悪いので、病院へ行く可能性もあり、学校へ送っていく可能性も考慮し、今日は休暇を取らせてもらった。三男の状況を見守りながらの在宅だったので、長男から授業があるから、駅へ送って欲しいと言われ駅へ送っていた。送った時刻は、なぜか授業の開始直前くらいの時刻。今日は最初の授業はさぼり、その後の授業へ参加するようだった。学校へお金を払う価値のある生活をしてほしいのだが、どうやらこちらの希望通りには、事は動いていないようだ。
 駅で長男を下ろした後、信号待ちをしていたときに、パチンコ屋へ、列を成して入っていく人たちが目に入った。その後も、老夫婦に見える男女が、急ぐようにまたパチンコ屋へ入っていった。今日は、年金支給日。僕らの支払っている年金は、こういう形でパチンコ屋に入っていくのだと思うと、若い世代がお年寄りを支えているという今のシステムは、何か違うのではないかと思えてきた。どうしたらいいか、何が問題なのか、なかなか適切な答えは出てこないが、何かおかしい。モヤモヤ感が残る光景だった。

■2025年4月14日(月曜日)


参加者みんなで
 市内で勤務している大学陸上部のコーチ、先輩、同期と飲んだ。コーチは60歳、当時学生だった自分たちは50代。学生時代から30年くらい経っているのだが、コーチ全く年を取ったように見えず、見た目がとても若い。今もロードレースに出続けている先輩は、昨日、福島県伊達市に日帰りでレースに出てきたという。朝9時出走の5kmのロードレースに出場するため、朝3時台に横須賀を出発し車で移動していた。来週は、青森まで車で移動しレースに出るとも話していて、そのエネルギーの高さに圧倒された。同期も、先週はハーフマラソンで76分台。うちの学生と走っても遜色ないタイムで走っていた。そして来週はフルマラソンに出場するという。ハーフマラソンはフルマラソンの調整だったとのことで、フルマラソンでは、2時間40分切りを目指すという。そういった話しを聞いていると、ずっとケガ続きで練習が継続できていない自分も、モチベーションが上がってくる。

■2025年4月13日(日曜日)
 妻の実家へ行く機会があり、人それぞれが自分を主人公として、自分のドラマの中を生きているんだなぁと思える日だった。人生には、何事もなく、平穏無事に終わる可能性はそれほどなく、それぞれにどん底があり、ずっとそのどん底のままというわけではなく、そこから浮上する日は訪れる。そもそも善悪というものはないのだが、それを決めてしまっているのは自分自身で他人ではない。自分自身が、その評価をしなければ、どこまで行ったもニュートラルなはず。しかし、人はそれができず、善悪を勝手に決めてしまうから、どん底を味わうことになってしまう。悪いことがなければ、良いことを感じることもできないという相対的な世界なので、どん底も人生にとって大事な要素だとも言える。そういったことを全て味わい尽くすというのが、贅沢な人生なのかもしれない。

■2025年4月12日(土曜日)


太陽と相模湾



撮影中の三男
 三男から、明日か明後日に秋谷の立石海岸で、富士山の山頂付近に太陽が沈んでいくダイヤモンド富士が見られるので、立石海岸へ行きたいとの要望があった。明日は雨の予報で、明後日は平日のため、晴れている今日しか行けるタイミングはないということで、三男の友だちも伴い立石海岸へ連れて行った。海岸の駐車場は満車でかなり待たされるのではないかと心配したが、意外と短い時間で駐車でき、ホッとした。
 14時台に現地へ着いたが、ダイヤモンド富士が見られる自国は18時11分。子どもたちは太陽や景色をひたすら撮影しながらその時を待った。しかし、空は霞んでいて、時々晴れ間が見えるくらいで、そもそも富士山を眺めることができなかった。
 一瞬のタイミングを撮影するために氣長に待つカメラマンというのは、魚がエサに食いつく前待ち続ける釣り人と似ているように思った。
 結局、天候は曇ったままで、富士山も夕日も拝むことができず、三男はいつ来ても曇っていて思うようにいかないと嘆いていた。富士山の撮影は空が澄んでいる冬に限る。昨年末たまたま立石海岸を通りかかったときにきれいに撮影できた富士山の写真があったことを思い出し、子どもたちに見せたのだが、ちょっと自慢ぽくなってしまった。

■2025年4月11日(金曜日)
 トランプ大統領が中国への関税を頻繁に追加し、とうとう145%となった。対抗措置を取らなかった国は90日間猶予で10%に据え置きとなり、アメリカはこの90日間の間に各国と交渉することで、各国との落としどころが見つかるという予定なのだろう。日本との交渉では、日本がアメリカの自動車を買わないという不満があるようだが、日本人が買いたいと思うような品揃えであれば買うのだろうが、現実は買いたい車がないのだから、日本に責任をなすりつけるような言い方は納得ができない。日本車は、海外の人たちにも買いたいと思うような商品だから売れるのだと思う。日本に文句を言うよりも自国の自動車会社に努力するよう促すほうが先ではないだろうか。
 日本では、国民1人に現金5万円案が検討されているという報道があった。お金を捻出するのに、いつも財源をどうするのかという話がでてきて、後から税金で回収するのであれば、最初から消費税を廃止すれば配ったり回収したりする手間も省けるのに、と思う。
 昨日、整形外科へ長男が受診した際、救命救急センターで撮影したCT画像などがあれば、細かい診断や対処について話しができると言われたため、センターへ問い合わせ、退院証明書の訂正と画像データをもらいに行き、あらためて長男は整形外科へ受診。
 画像データは、膝から上はCT、膝から下はMRIとレントゲンのデータだったため、今日はレントゲン撮影をする必要はなかった。長男は左足首が痛いと話していたが、骨には異常がないことをあらためて確認できた。距踵関節辺りに痛みがあることから、距踵関節捻挫と診断された。脛骨のMRI画像には、骨端線の跡のような線があり、まだ成長の可能性があるのか医師に聞いてみたが、骨端線はすでに閉じていてこれ以上の成長はないとのことだった。
 長男の感覚では、全体的に痛みは回復傾向だが、右頸椎付近の筋肉と、腰から上の背中側の筋肉には痛みや張りが強くなっているそうだ。交感神経が高まっているときには痛みを感じなくても、交感神経の興奮がおさまってくると、氣がつかなかったところに痛みが発生してくる場合もあるので、様子を見るしかないようだ。
 先のことははっきりとは示せないが、とりあえずは全治2週間と診断され、1週間経ったら、再受診を促されて診察が終了となった。

■2025年4月10日(木曜日)
 長男を整形外科へ連れて行ったのだが、交通事故での診察は自由診療となっていて、請求金額が、250%となることを知った。事前に保険会社から診察する整形外科に電話を入れてもらわないと、支払いは、立替になってしまうという。今日は、保険会社に連絡をしていなかったため、診察を受けるには自費となるため、お金のかかるレントゲン撮影は回避し、先生の視診と触診での診察となり、警察署から求められている診断書を書いてもらった。支払いは、カード払いができず、現金のみという条件があり、手持ちがなく、あわててコンビニへ駆け込むこととなってしまった。交通事故を起こしたの時の金銭的な負担は想像以上で、任意保険できちんと無制限保障を確保しておかないと、借金をしなければならなくなる。保険のありがたさというものを改めて実感した。

■2025年4月9日(水曜日)
 今朝は、三男が起床するよりも早く妻が出勤。三男は、学校に間に合うのだろうかという時刻に起きて、身支度をしていた。犬の散歩から帰ってきたら、すでに朝食を終え、学校へ行く状態になっていて、歩いて登校しても間に合う時間。どうするのだろうと様子を見ていたのだが、三男は玄関へ向かったので、今日は歩いて登校するということがわかった。久しぶりに自宅で三男に「行ってらっしゃい」と声をかけることができた。「行ってきます」との声も聞こえた。歩いて登校するのは、昨年6月以来のこと。昨日は欠席し、まずいなぁ思っていたが、三男はやっと前を向いて歩み始めたと思った。
 今日は給食が出ず、弁当を持っていかなければならなかったが、妻が作った弁当を持っていくのを忘れ、担任の先生からおにぎりをもらったのだという。遅刻寸前で登校したようで、後から先生に呼び出されたという話も聞いた。しかし、先生が三男の昨年の状況も知っているので、心配して声をかけてくれたとのことだった。
 夕方、紹介状を書いてもらった整形外科へ長男を連れて行った。しかし、今日は午後が休診だった。その後、警察にも、話をしに行かなければならないというので警察署へ行ったが、こちらも営業時間外だった。受付のようなところで事情を話すと話を聞いてくれる方がいて、長男の事情聴取をしてくれた。昨日病院でもらった退院証明書を見せたところ、証明書には、本人が認識している全身打撲や擦り傷の他に、右橈骨尺骨骨折という診断名が記載されていることがわかった。骨には異常がなかったはずで、本人も右前腕が折れている自覚症状はないということで、証明書の記載が間違っていることが判明した。沢山の患者さんを診なければいけないので、ミスはたまにはあるのだろう。
 今日は、担当者がいなかったので簡単なやり取りになってしまったが、明日以降長男に電話が来て、担当者とのやり取りをするとのこと。電話番号は、末尾が「0110」だと説明され、それは今はやりの警察と称する人物からの詐欺電話の番号ではないかと思い、質問してみると、警察からの電話は末尾が「0110」となっていて、それが詐欺にも使用されてしまっているとのことだった。電話に出てみて判断するしかないらしい。それでは手の込んだ詐欺には対応できないかもしれないと思った。

■2025年4月8日(火曜日)


猿島と桜



オオシマザクラ



退院祝い
 今朝は、自分の出勤時刻が早く、三男を車で送っていくことができないため、自力で行くよう昨日から話をしていて、本人もそのつもりだったようだが、結果は、学校を欠席。遅刻の時刻になりながらも制服に着替え、登校するつもりだったと本人は言っていたが、その後の話は何もしてくれず。その後何があったのかはわからない。2年生からは高校入試にかかわってくることは本人も承知しているとは思うが、2日目から登校できなくなると、大丈夫か?と思ってしまう。
   長男は、検査の結果、特に異常は認められないため、午後には退院となった。左足首辺りが痛いようで、病院から松葉づえを借用しての帰宅となった。
 あらためて事故の話を聞いたが、軽トラックは、業者さんのトラックで、業者の関係者が一緒に移動中だったようで、2次災害とならないよう、手分けして他の車の誘導などをするとともに、直ちに救急や警察に連絡するなど迅速に対応していただいたようだった。迅速な対応にも感謝したいと思った。吹っ飛ばされた直後は、自分の體を動かそうにも動かず、脚は痙攣していたという。しかし、自分の細かい持ち物が散乱しているのを見て、今集めておかないと、どうなるかわからないと思ったら、立ち上がることができてしまったという。人の體は意識次第ということなのかもしれない。
 夜は、ドライバーの方が自宅までお見舞いに来られた。ぶつかった後は、長男に動きがなかったので、最悪の事態を想像してしまったとのことだった。今のところは擦り傷と打撲ということを聞きホッとされているようだった。今後は、治療のサポートを受けられるよう保険会社と連携する話などができた。
 犬は、夜、散歩に連れ出した。階段は抱っこして移動したが、昨日の状態は何だったのか?と思えるほどの回復で、何事もなく歩いているように見えた。長男のことも犬のことも当たり前は当たり前じゃないということを実感した。日々健康で生きているということがいかに幸せなことなのかということを学ぶ機会となった。

■2025年4月7日(月曜日)


頭のたんこぶ





意外と元氣





犬の右前足
 子どもたちの新学期が始まった。昨年は年平均で1週間に1回登校するかどうかだった三男の動向に注目していたが、自力で登校できる時間的余裕がなく、車で送っていくことでとりあえず初日は遅刻なく登校でき、一安心。しかし、帰宅後、今まで経験してきたクラスでは最悪なクラスだったと話し泣き出すほどだったと妻から聞いた。明日以降が心配だ。
 18時半ごろ、そろそろ帰宅しようと準備しているときに妻から電話があった。長男が交通事故にあって、救急搬送されており、病院に呼び出されているとのことだった。救急車に乗っている長男の電話で救急隊員が電話してくれ、本人とは少し話はできたようだった。自転車で移動中に40〜50km/hの軽トラックが右から突っ込んできて、10mほど飛ばされたとのこと。本人とは話はできているので、命に別状はないのだろうと想像はできたが、死んでもおかしくない状況なのではないかとも思った。
 いったん帰宅し妻と総合病院の救急救命センターへ行った。救急救命センターというだけあって、命にかかわる状態の患者が担ぎ込まれる場所なので、センター内で入院している人たちの状態は、いろいろなチューブにつながれ、自由がきかない状態の患者さんが多く、長男の状態についてちょっと不安になった。担当医から説明を受けることになっていたが、かなり待たされ、妻は不安そうだった。しかし、緊急を要するのであれば、直ちに説明となるところ、待たされているということは、そんなに緊急性はないのではないかとも思えた。
 担当医からは全身をCTスキャンで撮影し、血管の不具合を調べるために造影剤を投与したことを説明され、今のところは骨や内臓に異常はなく、擦り傷と打撲だけとのことで、ホッとした。頭のたんこぶは、CT画像からもはっきりと確認でき、かなりの腫れ具合だった。その後は、入院や検査についての様々な承諾書のサインを行い、病室へ案内され対面となった。
 長男は、いつも通りで、特に具合が悪いようには見えなかった。衝突した際に、車のフロントガラスに頭の右側が当たり、車のボディーに右腰が当たっていた。車のフロントガラスはひび割れ、ボディーも凹んだとのことなので、相当な衝撃だったはず。救急車に乗っているときに救急隊員からもよく生きていたねというような声をかけられたという。命が助かったのは奇跡としか言いようがない。興味本位で、衝突の瞬間はスローモーションだったか聞いてみたところ、スローモーションだったと話していた。時間の感覚が明らかに違っていたという。その人の状態で時間の感覚は変わるというのは間違いないと思った。
 全身打撲ということもあり、急に異常が発生する場合もあるため、明日までは検査をするとのことで、検査入院となった。自転車は前輪が吹っ飛んだらしいが、着ていたものは、ジャケットのボタンが破損したくらいで、それほど大きな損害はなかったようだ。
 こちらが病院へ行っている間、予備校で勉強中だった次男は、事故のことは連絡されていて、歩いて帰宅する途中に事故現場で長男の自転車を見つけ、長男の遭遇した事故の処理をしていることがわかり、警察や車に乗っていた人とも話をし、連絡先の交換をしてくれていた。次男も大人になり、頼りになるようになったなぁとその成長をうれしく思った。
 今日は、長男の事故だけではなかった。妻が夕方犬を散歩に連れて行った際に、犬がなかなか歩かず、ちょっと引っ張るようにして歩いていたところ、犬が右の前足を接地するのをためらい、右前足をかばって歩けなくなってしまった。リードが絡まって引っ張ったことで、脱臼か骨折をしてしまったのかもしれないと妻は言うので、病院から帰ってきた後は、24時間の動物表院へ。レントゲンを撮影し、骨には異常がなく、脱臼している感じでもないということで、今日は痛みどめを打ち、明日以降も様子がおかしければ、かかりつけの病院へ行くということで診察は終了した。このまま歩けなくなってしまうのではないかという不安が付きまとい、長男よりも犬の状況の方が心配の度合いが高くなってしまった。
 いろいろ盛り沢山な1日だった。

■2025年4月6日(日曜日)


泉岳寺の桜



高輪ゲートウェイシティ
 3か月ぶりに骨ストレッチ講習会に参加。事前のテーマはあったが、内容は変更となり、「小転子」が中心テーマとなった。小転子が上手に意識できるようになると、運動の質が格段に変化することを體感した。野球の大谷選手やイチロー選手は、小転子の使い方がうまく、きちんと力の伝わる動きとなっていることがイメージできた。股関節を動かすときに、股関節を絞るようなイメージ。股関節が絞れず開いている感じだと、力が伝わらず、體の一部分だけを使った力づくの動きとなり、結果的に動作も鈍くなり疲れることになる。小転子を意識させる方法として、ペットボトルを使った簡単な運動が示された。しかし、小転子を使うのに自分の想像していたものと左右が真逆で、左右の意識を間違うと、體が全く動かなくなってしまった。今まで何も考えず常識だと思っていたことが、実は自分の動きを悪くしていたということに氣づかされ、ショックでもあったが、講習会で指導されたとおりにやると動きが良くなってしまうので、自分の體の出した答えに従うしかない。
 小転子とは別に、さらに體の外に意識を持っていくだけで、力の発揮が格段に上がってしまう方法も教えてもらい、日常動作から見直す必要が出てきて、それを意識する日々の生活が楽しみになってきた。

■2025年4月5日(土曜日)
 早朝フジテレビで放送されていた「テレビ寺子屋」を視聴。講師は、明治大学の齋藤孝教授。テーマは『「実語教」に学ぶ大切な知恵』。
 日本の中で、長い年月をかけて作られた実語教という文章が江戸時代の寺子屋で子どもたちに教えられていて、子どもたちは、まずは意味を考えることなくひたすら音読をし暗唱をするような教育を受けていたようだ。しかし読み込んでいくうちに、知らず知らずのうちにその文章が自分の中に浸透し、自分のものになっていった。その学びにより、日本人は、明治維新のような大きな変革にも対応できたようだ。実語教には、学ぶことは楽しく、自分が死ぬその日まで学び続けなさいといような文章もあり、学び続けることの大切さを説いていた。毎日新しいことを知るというのは、確かに刺激的で楽しいことだ。現代は、情報が溢れまくっているので、誰でも刺激的な毎日を送ることができる。学びを大切にしたいと思える講演だった。

■2025年4月4日(金曜日)
 仕事後、30分だけジョグをした。最初は芝生の上を走っていて、肉離れをしていた右下腿外側の状態は特に違和感もなかったので、走り始めて5分後には走る場所をロードに変更した。患部の状態を探りながらの走りなので、速度も遅かったのだが、走り始めて25分くらいしたところで、急に違和感が出始めた。残り5分というところなので、少し無理して残り5分を走り切ったのだが、その後は、患部は筋肉の塊があるような感覚で、歩いていても1歩を踏み出す度に痛みが出るようになってしまった。
 夜は行きつけの治療院のエコーで筋肉の状態を確認してもらったが、若干筋線維がつながっていない黒いところがあり、少しだけ損傷しているようだった。先生からは、2,3日すれば痛みはなくなるだろうとのコメントを頂いた。また振り出しに戻ってしまった。強度管理が甘かった。

■2025年4月3日(木曜日)
 陸上自衛隊レンジャー教育が年度内中止との報道があった。報道によると、レンジャー隊員の教育中に死亡事故が相次いでいて、安全管理体制が適切ではなかったとのこと。さらに「レンジャー隊員が持つべき能力の見直しが必要」という理由もあるのだとか。
 全員でまとまってひとつの任務を行おうとすると、どうしても能力差やその時々の個人のコンディションの差で、その状況についていけない人は出てきてしまう。管理する側は、それを把握しなければならないが、実際の訓練は山の中に潜伏して行う関係で、体調不良者が発生した場合でも直ちに救急搬送ということが難しい環境だとは思う。それをどう改善するか悩ましい問題だと思う。
 情勢の変化から能力の見直しというのは、山での活動だけでなく、市街地での活動が考慮されたりするのだろうか。
 とにかくずっと続けられてきた訓練が1年間中止となるということは、かなり大事な事態だということだけは理解できた。

■2025年4月2日(水曜日)
 昨日から新入生が入ってきて、研究科学生(大学院生)となる学生たちも着校している。彼らは、一度現場で仕事を経験し、その後希望して試験に合格し大学院生となっている。その多くが卒業生なのだが、今日は、その研究科の学生2人から声をかけられた。
 1人は5年前の卒業生。授業でも一生懸命やってくれた印象が残っており、最後の1年は陸上競技部に転部してきて、熱心に長距離を走っていた。もう一人はモンゴルの留学生。彼は12年前の卒業生。久しぶりに日本へ戻ってきたのだろうが、しっかりとした日本語で、「先生!」と声をかけてくれた。自分は同じところに20年近く生活していて、何の進歩もないような感覚だが、卒業生たちはみんな立派になって戻ってきてくれる。そういう姿を見ることができる先生という仕事は、いい仕事だなぁと思ってしまった。

■2025年4月1日(火曜日)
 職場と市内に勤務している同期で同期会。自分を除けば全員自衛官なので、次から次へと、同期の情報で話が盛り上がる。全く面識のない同期もいたが、同期というだけで急に距離が縮まってしまうところがとても良い。参加者が7人だったので、人数も適度で、個別に話をするのではなく、同じ話題について全員で話ができたことがとてもよかった。それぞれの立場で、それぞれの喜びや悩みがあり、一人ひとり違った人生で面白いなぁと思った。



[昔のいずみ]