Last Update:2025/7/31
| パートタイムアスリートいずみ 25年目に突入 |
| ■2025年7月31日(木曜日) | |
![]() 朝練出発前(宿舎前) ![]() 野尻湖と妙高山 ![]() トラックへ積まれる車 ![]() 苗名の滝 |
校外合宿4日目。長距離が明日野尻湖で距離走をするということになり、朝練で試走をすることとなった。宿泊先を4時50分に出発し、車3台で2往復し、長距離の学生たちを運び、第1便の学生たちは先に朝練を開始し、走力の高い学生たちが第2便で移動して、到着後朝練をスタートさせた。野尻湖は15.3kmで給水ポイントは4か所設け、野尻湖を時計回りで走った。距離表示は、反時計回りで1kmずつ示されていたので、明日は、方向を変えた方が良いのではないかと思った。第1グループは走力の低い学生が中心だったので、後半は、集団がばらけてしまったが、第2グループは、全員まとまって完走してくれた。朝練を走ってみて、野尻湖2周は厳しいと感じた学生たちは、明日宿泊先周辺で距離走を行う中距離の練習に交じることとなり、野尻湖を2周走る自信のある学生のみが野尻湖を走ることとなった。 今日は、パーキングに残置した車を移動する日。ディーラーの営業開始時刻が10時で、早ければ11時にレッカーが来てしまうので、とりあえず3日前に連絡をしたディーラーの近くまでレンタカーを移動し待機。営業開始とともに、ディーラーへ行き、現状を説明し、対応していただけることとなり一安心。その後、レンタカーで上信越道に入り、千曲川さかきパーキングでレッカーを待った。11時15分くらいにはレッカーが来てくれ、そのまま更埴インターチェンジ経由で、ディーラーへ。ディーラーで、コンピューターをつないで検査をしてもらい、1時間以内に連絡が入り、再びディーラーへ。警告ランプは、エンジンの振動を検知するセンサーが反応したのが原因だった。検査によるとこのセンサーに問題があり、こちらを一旦リセットしたところ、警告ランプがつかなくなったとのことで、とりあえずは問題なく運転ができるとのことだった。この場でセンサーの交換も可能だが、しばらく運転し、また警告ランプがついた時には、地元のディーラーで交換してはどうかと助言を受け、助言に従うことにした。 そのまま車を乗って宿泊先へ行くことができたが、レンタカーに乗ってきているので、レンタカーで一旦宿泊先へ戻り、レンタカーに顧問の方に同乗してもらい、改めて営業時間内にディーラーへ戻り2台で宿泊先へ戻ることとなった。 15時頃には、一旦宿泊先に戻った。15時半からは、宿泊先近辺の観光地へ行き、合宿参加者全員で記念撮影。今回、合宿の助成金を申請していて、申請の条件として合宿の参加者全員の観光地での記念撮影の画像を送る必要があるのだという。これにより合宿費用が安くなるのであれば本当にありがたい。記念撮影後、ある学生から、祖母が危篤となり、すぐに実家へ帰りたいという話があり、すぐに出発準備をしてもらい、学生を駅へ送り、その後ディーラーへ。無事自分の車を受け取り、宿泊先へ戻ることができた。 |
| ■2025年7月30日(水曜日) | |
![]() 朝練 ![]() 朝食の風景 ![]() 長距離の12000mペース走 ![]() 横須賀でも10cmの津波 |
校外合宿3日目。朝練は、昨日と同様、中距離パートと一緒に行い、昨日とは違うコースを走り45分ジョグ。 朝食時、昨日発熱した学生は、37度台まで体温が下がってきたとの報告を受け、そのままお昼まで様子を見ることとなった。 午前は、ミニハードル練習をするグループと400mハードルの練習をするグループに分かれた。最初はミニハードルをするつもりだったが、せっかくならやったことのない練習をしてみようと思い直し、400mハードルのグループに入った。女子学生に1台目までの歩数を聞いたところ23歩との回答があったので、スパイクを履かず23歩を目指して走ってみたが、25歩かかってしまった。スパイクを履いて23歩を目指してみたが、疲労の影響もあるためか結局25歩でしか走れなかった。コーナーでハードルを通過する経験がなく、ハードルを通過した後の着地でバランスを崩してしまい、ハードル間は17歩を目安に走ろうとしたが、脚が合わず19歩で減速しながら走らざるを得なかった。練習としては200mでハードルを4台入れて5回走った。1台目まではどうしても25歩かかり、2台目以降は、1回目はすべて19歩。2回目は17歩か19歩。3回目は18歩で交互に跳べる可能性を探り、4回目は17歩と18歩で走り、5回目は2台目までが17歩で、その後は18歩で走った。4回目の時に1台目通過後、着地で大きくバランスを崩し、左のアキレス腱に強い痛みが走った。5回目は痛みを感じながらの走りとなった。最後の300mは当然まともに走ることができず、昨日同様女子学生のペースメーカーとして走った。アキレス腱の痛みもあり46秒0だった。 お昼ご飯の時点で、発熱した学生は36度台の平熱に戻った。捻挫をしているので、練習復帰は難しいが、病院へ行くことなく回復してくれて良かった。 午後は、ロングスプリントの責任者の希望で、ロングスプリントの学生と顧問1名を交えて骨ストレッチランニング講習。2年生以上は、陸上競技の授業を通して学んでいるので復習という感じだったが、1年生と顧問は初めての経験。とても簡単な動きで、テレビショッピングのように、體の動きが変わってしまうことを経験してもらった。最初は、信じられないというリアクションだったが、自分の體の変化を認めざるを得ず、骨ストレッチの有効性を実感してもらうことができた。 午前中に長距離で足の甲に痛みが出て走れない学生が発生した。他の学生たちも疲労と筋肉痛に耐えながら練習を継続している。合宿終了までもう少し耐えてほしい。 今日は、ロシアのカムチャツカ半島で大地震が発生し、自宅付近の海岸線は津波警報が発令された。自宅にいたのは三男のみで、三男は犬を連れ、エサや水を持って高台にある公園へ避難した。連れ出された犬も暑い中歩かざるを得ず大変だったと思う。妻は、仕事で鎌倉方面にいて、横須賀線は終日動かず、駅に2時間ほど足止めをくらい、東海道線の上りが動き出したところで、横浜経由で京急に乗り、堀之内駅までは戻れたが、その先へは行けず、妻も三男もお隣さんにお世話になり、お隣さんの車で自宅へ戻ることができたという。東日本大震災の時も、自分は沖縄で合宿をしていて、家族からは肝心な時にいないとまた言われる羽目になってしまった。 |
| ■2025年7月29日(火曜日) | |
![]() 朝日の当たる妙高山 ![]() 朝練 ![]() 妙高高原スポーツ公園 ![]() いもり池と妙高山 |
校外合宿2日目。朝練は、中距離パートに交じって40分ジョグ。高原なので、山を下れば上らなければ宿へ戻ることができない。約40分で1周するコースだったので、長距離は2周したが、中距離は1周で終了。とにかく上りがきつかった。朝練中に、長距離の学生が1名捻挫してしまった。路面はそれほど整っていないことを考慮して、しっかりと注意して走らなければならない。けがをした学生には申し訳ないが、今後はサポートに回ってもらうしかない。 午前練は、短距離のロングスプリントと中距離の学生たちは、ジョグで競技場まで移動し、短距離のショートスプリントの学生たちは、3台の車を2往復させて競技場へ移動。 午前の練習メニューは、500m、300m、200m。休息は10分。学生たちの移動に時間がかかり、あまりウォーミングアップをする時間がなく練習が始まってしまったため、スパイクは履かず、女子学生のペースメーカーとして3本走った。500mは85秒を目安に走り、86秒2。ウォーミングアップ不足のためかかなりきつかった。300mは45秒を目標に44秒4。だいたい設定通りに走れ、200mは29秒目標で、28秒9だった。 午後は、短距離ショートスプリントの学生たちを競技場へ運んだ後、宿泊先付近の上り坂へ移動し、ロングスプリントの学生たちに合流。練習メニューは100mの上り坂×4と下り坂×4。道幅の関係で2人ずつのダッシュとなり、自分は女子学生とペアを組んでの練習となった。今回も女子学生にはスタートダッシュは1度も勝てなかった。後半の下り坂は、強度がかなり高く、全力で走るとハムストリングスが攣る寸前という感じだった。少し筋肉痛らしきものが発生し始めた。土曜の疲れが火曜に来るというのはあまりにも遅い。練習後、一人で30分ジョグをしたが、スプリントの疲労の影響は大きく、歩く用のペースでしかジョグができなかった。学生たちはずっと筋肉痛の中走っていて、まだ痛みは強くなっているという。自分はいつその状況になるのか?ドキドキが続く。 練習後は、ショートスプリントの学生たちを迎えに競技場へ。競技場では京セラの女子選手たちがトラックで練習をしていて、それをサポートするスタッフに見覚えのある人たちを発見した。同じ学年の高尾監督と、自衛隊つながりの小林ヘッドコーチだった。小林ヘッドコーチとは昨年大阪の学会で会ったばかりだが、高尾監督とは3〜4年ぶりの再会。2人とも今年度から京セラのスタッフとなっていた。学生を運ばなければならなかったので、短い時間だったが、会話ができて良かった。また合宿や試合で再会できればと思う。 妙高市内では隣の新赤倉公民館付近で熊の目撃情報があったとの放送が流れた。宿泊先付近でも鈴をつけてウォーキングやランニングをしている人々を見かけたが、そういった地域なのだということを改めて実感する放送だった。 夕食時に、1名が発熱したと学生責任者から話があった。それが朝練で捻挫をした学生で、39度台だという。とりあえず食事はできるというので、部屋を一人部屋にして、食事の時間をずらし、明日変化がなければ病院へ行くことになった。今回はいろいろとアクシデントが続く・・・ |
| ■2025年7月28日(月曜日) | |
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校内合宿3日目。午前中は、30mスタートダッシュ×3、60mスタートダッシュ×3、100mタイムトライアルを予定していたが、10時半には、校外合宿のための集合時刻となっていて、学生が寝坊した関係で時間が足りなくなり、60mの2本目までで終了。スタートダッシュは、女子学生にも勝てず、走力はこちらの方が上なので、なんとかフィニッシュまでには逆転するという感じだった。 11時には、妙高高原へ向け出発。学生たちは50名ほどが観光バスに乗って移動。自分と監督の指導教官は私有車で移動。自分の車には、もう一人の顧問と、学生2名が同乗して目的地へ向かった。 東名高速から、圏央道を経由し、関越道の高坂サービスエリアで昼食休憩。車の温度計がサービスエリア付近では40度となり、初めて車の温度計で40度を目にすることとなった。サービスエリアで屋外へ出た時に、40度の空氣を体感。蒸し暑さと太陽の直火の暑さと空氣の重さを一氣に感じ、これが40度の世界かと思うと同時に、横須賀はなんと涼しいのかと思ってしまった。 関越道の藤岡ジャンクションを経由し上信越道へ入ったころから、車の加速が悪くなり、追い越し車線に入る際に加速がうまくできず、後ろの車に迷惑をかけてしまい、ちょっと車の調子が良くないと思い始めたのだが、坂城(さかき)インターチェンジの手前で、急にエンジンのようなマークが点灯した。助手席に座っていた顧問の方にこの警告が何を表示しているのか、調べてもらったところ、エンジン制御システムの異常を示すサインだということが分かった。坂城インターチェンジはそのまま通過し、その直後にあった千曲川さかきパーキングへ車を停車させて車を休ませ、パーキング付近にあるメーカーのディーラーへ連絡することとした。一番近いディーラーは予約で埋まっていて対応できないとのことで、系列店へ連絡してほしいとの返答だったため、2番目に近い系列店へ連絡した。こちらの状況を話すと、できればこれ以上の運転は止めてほしいと言われ、今後どうするかは検討するので、折り返しの連絡を待つということになった。 折り返しの電話があると信じて待ったのだが、1時間経っても連絡がなく、このままでは日が暮れてしまうので、少なくとも学生だけは宿泊先へ移動させる必要があることから、もう1台の私有車を呼んで、宿泊先へ向かってもらうこととなった。もう1台の車は、宿泊先の近くまで移動していたが、我々のために戻る羽目となり、1時間ほどで我々のもとへ戻ってきてくれた。そのころには、ディーラーの営業時間は終了となり、電話をかけてもつながらず、結局、車に張り紙を張って車を残置することとなった。ディーラーは火曜と水曜が休みのため、2日間残置せざるを得なくなった。車に乗っていた荷物は、すべて迎えに来てくれた車に乗せきることができ、車は残置して、宿泊先へ移動した。 学生たちの乗ったバスは17時ごろには宿泊先へ着き、我々は夕食が終わる19時過ぎに到着できた。その後、自動車保険のロードサービスに連絡し、木曜11時から14時の間にパーキングへレッカー車をお願いすることとなり、それまでに対応してくれるディーラーを探すこととなった。 今回の合宿は、先週学生の射撃訓練において弾薬を紛失した事案があり、その訓練に参加していた学生たちと支援する顧問1名が合宿に参加できなくなり、その顧問の方にマイクロバスの運転をお願いしていたため、ドライバーがいなくなり、合宿先での移動をどうするか不透明なまま校外合宿へ突入することとなってしまった。そんな中で、さらに、自分の車も使えなくなり、想定外がさらに重なった形となってしまった。学生の責任者は、とりあえず宿泊先近くで5人乗りのレンタカーを1台確保してくれた。明日はOG1名が車で合宿支援に来てくれる予定で、監督の車とレンタカー1台で、競技場を往復し、なんとかマイクロバスの代わりをすることとなった。今までにない、ドキドキヒヤヒヤする合宿だ。 |
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| ■2025年7月27日(日曜日) | |
![]() マーク走 ![]() 米留する部員の見送り |
校内合宿2日目。午前は、マーク走と300mタイムトライアル。マーク走は、3足長で10個マークを置くところから始まり、3本走り、その後5足長、6足長、7足長、8足長と増やして3本ずつ走った。3足長から6足長くらいまでは、余裕があり、ピッチを上げる意識で走ることができたが、7足長で自分歩幅にフィットするくらいの歩幅となり、急激に強度が高まり、8足長はスパイクに履き替えて走ったが完全にオーバーストライドとなってしまった。学生たちはまだ余裕があると話していたので、歩幅の違いが速度の違いなのだということがはっきりと認識できた。 最後の300mは、昨日まともに走れなかったので今日は、少しでも学生に絡む強りでスタート。スタート直後は、遅れをとったものの、何とか集団の最後方にくっつき、最終コーナーで1人を抜きフィニッシュ。タイムは41秒2で、昨日よりはきちんと走り切ることができた。 午後は、450mタイムトライアルを2本。学生たちは、昨日のウエイトトレーニングの筋肉痛がかなり来ているらしく、動かないと話していたので、なんとか1人は勝ちたいと思ってスタートしたが、1本目は66秒1で最下位。2本目は、1人抜くことができ65秒1。65秒台を目安にしていたので、まずますの走りができた。自分は、ハムストリングスや臀部が少しだるいくらいで、今のところ筋肉痛が来ていない。いつ来るのだろうか・・・ |
| ■2025年7月26日(土曜日) | |
![]() ウエイトトレーニング ![]() 長男と三男はお祭のお囃子 |
夏合宿開始。最初の2日半は校内合宿。今回は、短距離のロングスプリントのパートに加わって練習をすることにした。 午前中のメニューは150m快調走×6と300mタイムトライアル。最初の3本は氣持ちの良い走りだった。10分休憩後残りの3本を走ったが、だんだんハムストリングスが重くなってきて、速度がキープできなくなってきた。今日は臀部の痛みはそれほどなく、この練習ができるだけでうれしく、とにかく最後までメニューをこなすことを目標に走った。6本のタイムは、21秒8、21秒4、21秒9、21秒5、22秒0、22秒1。後半は、脚の疲労が出てきて、感覚通りタイムは落ちていった。最後の300mタイムトライアルは、スパイクを履いて42秒切りを目指したが、スタートから全く動かず、学生たちには全くついて行けず、43秒4。150m×6だけで力尽きた感じだった。 午後は、ウエイトトレーニング。スクワットを60kgで10回、70kgで8回、80kgで6回・・・という感じだったが、80kgまではこなすことができたが、その後は、重さの上げ方を小さくし、85kgは4回目標で3回しかできなかったため、次はさらに重りを加えられず、もう1度85sに挑戦したが1回も挙がらず終了。久しぶりに筋肉に力が入らなくなるような強度の高いウエイトとなった。その後は、クリーンを20kgのシャフトで10回、40kgで10回行い、最後は、高さのある台にジャンプ。80cmを10回。85cmを10回やり、90cmは危険な感じだったので、ここで終了。普段やらないトレーニングで、明日以降とんでもない筋肉痛になるのではないかと心配になった。 |
| ■2025年7月25日(金曜日) | |
| アキレス腱と膝の不具合で予約していた接骨院へ。先週痛めて医務室ではそれ以上の治療は特に必要はないと言われたが、院長に右親指の話をしたところ、超音波診断装置で、MP関節付近を確認してもらった。画像の所見は、靭帯は痛めておらず、母指球筋を痛めているとのことだった。今日はアキレス腱の痛み緩和の施術を中心に行い、運動療法では、左足の指が攣ったり、右の大腿筋膜張筋が攣ったりして、脱水かもしれないし、かなりの疲労というようにも見えると言われた。問題の右手親指は、超音波をかけてもらった。最後に、疲労感を取れるように頚椎と仙骨付近に電極を当て、胸椎と腰椎にも電極を当て電気を流してもらった。明日から合宿が始まるが、合宿前から疲労状態とは、先が思いやられる・・・ | |
| ■2025年7月24日(木曜日) | |
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今月のNHKのEテレ「100分de名著」はエドムント・フッサールの「ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学」が放送されている。とても難解な内容なのだが、番組の解説を聞いていると、自分が現場で直面している問題と同じことを、フッサールはすでに指摘していることがわかり、とても興味深かった。 フッサールは、この著書の中で事実だけを語る学問は、我々が共有できる理念を一切語れないと述べ、科学による実証主義は正しいのかという疑問を呈した。物理学の成功により、物理学(客観的な真の世界)がもてはやされ、それを除いたものは間違っているということになってしまい、結果的に生産性が上がり、兵器が作られ、世界大戦でたくさんの命が失われた。物理学により意味や価値を全て削り落とされ、純粋な物体の世界という観念を作り出すことにより、意味や価値は、今や心の中に入れられてしまった。データを取れない感情や感覚にも意味や価値があるはずなのに、それは主観的なあいまいな世界として、客観的な真の世界ではないとして、物と心が分離されてしまった。本来は、物と心は解け合ったものだったはず。分離されてしまったことで、自分が価値のあるものだと思っていたものが、客観的には価値がないとなった瞬間、客観的な価値を上にして、自分にとって価値のあったものを捨てることになってしまった。 超越論的現象学とは、あえて主観側に立って考えてみることであり、なにより大事なのは、今自分が思っていることではないか?自分たちは主観的な体験の場を生きているのであり、主観と客観は一致不可能で、すべて心の中で起こっていることとして考えてみるという変な思考実験が超越論主義なのだという。主観から独立して客観的世界があると信じるのも主観ではないか?客観主義を否定せず、主観の側が客観を包んでいるのという考え方をする。エビデンス主義に一石を投じ、共感できる考え方だと思った。 以前、大リーグで活躍したイチローと松井秀喜が、最近の大リーグはつまらないという話をしているテレビ番組を見た。その際、すべてがデータで管理され、選手は最も確率の高い選択肢を選択することが強いられ、選手は何も考えなくなっているから面白くないのだと話していた。データに現れないことがたくさんあるはずなのに、そういったことを無視しているのが今の大リーグなのだという。自分で考えて動くことの重要性を語っていて、主観が客観を覆っているように感じ、フッサールと同じことを語っているように思えた。 これからの世は、AIの力が強くなり、これに頼り何も考えないで生きる人たちと、AIの存在は認めつつ、自分の感情、感覚を大事に生きる人たちに分かれていくのかもしれない。自分は後者の立場で人生を全うしていきたいと思った。 |
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| ■2025年7月23日(水曜日) | |
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土曜日に痛めた右親指付近を診てもらうために医務室へ受診。診察は、指をいろいろな方向へ曲げ、どの動きで痛みが出るかを確認した。側副靭帯の方向は問題なく、屈曲と伸展方向のみ痛みがあり、親指と人差し指でつまむ力を左右で測定し、右の方が入りづらいということで、一応関節に種子骨があり、その部分で痛みが発生している可能性もゼロではないためレントゲンを撮影した。
レントゲンからは親指付け根付近の種子骨には問題がないとのことで、MP関節(中手指節関節、親指の付け根の関節)の捻挫という診断が下った。親指の屈曲伸展方向は、突き指をした時のような痛みだったが、これは捻挫の痛みだった。処置としては、以前処方された消炎鎮痛の塗り薬を塗っておけば、回復していくだろうとのことで、特にこの後、治療院へ行く必要はないと言われた。 |
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| ■2025年7月22日(火曜日) | |
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山にいる間に参議院議員選挙は終わり、与党は過半数を取れなかったが、石破総理は辞任することなく継続するとの宣言をし、これに関する報道や、議席を伸ばした政党に関する報道などが次々と出てきている。総務省によると、今回の投票率は58.51%。2022年の参議院議員選挙は52.05%だったとのことで、少し国民の関心が高まったことが分かった。神奈川県は与党の現職議員が当選できず、与党の新人1名、野党の現職議員1名と新人2名が当選した。横須賀市の投票率は、53,11%で、ちょっと低い値だったが、神奈川県全体では60.29%で、高い値だった。 与党が過半数を取れなかったことで、今後は、野党が掲げていた減税がどの程度公約通りにできるのか?与野党の駆け引きを注目したい。 |
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| ■2025年7月21日(月曜日) | |
![]() 和田浦海岸の朝 ![]() ホタルがザルに止まりました ![]() 弓矢作りと流しそうめん |
昨夜は部屋に網戸が入って、快適に寝られるかと思ったが、風が全く入らず暑くてほとんど寝られなかった。三男が海へ日の出の写真を撮影に行きたいというので、3時台には起床し、4時過ぎに山を出て4時半ごろに和田浦海岸へ着いた。海へ行くのにひたすら山を下って行ったのだが、思っていた以上に下り坂が長く、房総半島ではかなり高度の高い場所にいたことを実感した。 海岸にはすでに釣り人が釣りをしていた。日の出前に海岸へ着くことができたが、日の出前からかなり明るく、日が出てくると一氣に日差しが強くなり、太陽のエネルギーの強さを改めて実感した。三男は、太陽と海や波を氣が済むまで撮影し続けた。自分も適度に景色を撮影した。こんなにゆったりと日の出を眺めたのは初めてで、とても贅沢な時間だった。 7時半には山へ戻って朝食を食べ、午前中は、最後のプログラムに取り組んだ。最後のプログラムは弓矢作り。竹とトウモロコシの紐で弓矢を作った。のこぎりとなたを使い、弓と矢を加工し、的を置いて、実際に弓矢を飛ばしてみた。想像以上に威力があり驚いた。矢は加工次第でさらによく飛ぶ可能性があり、三男は、弓矢作りにはまり、かなり時間をかけて矢を加工していた。 弓矢づくりが終わったところで、昼食の流しそうめん。スタッフさんたちが竹を加工し、流しそうめんができるようにしてくれ、三男は初の流しそうめんを体験することができた。用意していただいたそうめんは食べきれず、あっという間にお腹がいっぱいになってしまったが、貴重な体験をさせていただいた。 昼食後は、フェリー乗り場の渋滞の可能性を考え、スタッフにお礼を言い、帰路へついた。山の神社へ行き、お礼をして下山し、道の駅「保田小学校」でソフトクリームを食べ一服した。道の駅から渋滞を予測していたが、まだお昼過ぎということもあり、全く渋滞はなくフェリー乗り場まで行くことができ、お土産を買う暇もなく、そのままフェリーに乗船となり、3時台には久里浜に到着。あっという間に現実に引き戻された感があった。 電化製品に触る機会が減り、少しはデジタルデトックスができたのではないかと思う。虫や鳥の声に囲まれ、満天の星空を眺めることができ、非日常を体験できた貴重な2日半だった。 |
| ■2025年7月20日(日曜日) | |
![]() ガンコ山の朝 ![]() 山の神社 ![]() 垂木の固定 ![]() ピザ釜 ![]() ツリーハウス完成 |
昨夜は途中まで暑くなかなか寝付けなかったが、朝に近づくにつれ涼しくなり、ある程度寝ることはできた。4時を過ぎると一斉に虫が鳴きだし、虫の音が目覚ましのようになったが、しばらくすると虫の音が止み、鳥の鳴き声の方が多く聞こえるようになり、また少し眠ることができた。三男は朝6時半には起きると言っていたので、起こそうとしたが全く起きる感じがなかったので、そのまま寝かせ、自分は山を散歩してみることにした。歩いていると、また獣が道を横切る姿を目にするなど、自然の中にいることを実感した。 山の頂上付近に、山の神社というものがあることを地図アプリで確認していたので、山の神社へ行ってみた。地図上の地点で止まったものの、それらしいものが見つからず困ったのだが、アプリの書き込みコメントを見てみると、とても分かりづらいが、石段のようなものがあるとのコメントから、なんとか入り口を発見することができた。入り口付近は、獣が地面を掘ったような跡があり、獣が去ってからそれほど時間が経っていないような感じだった。階段を上がり、さらに山を上っていくと、薄暗いなかに鳥居と祠が見えてきた。ここで滞在中の安全祈願をして山を下った。 ツリーハウスづくりは、屋根を作るために垂木(たるき)を固定した。柱に筋交いを入れ、建物を安定させ、垂木に垂直方向に屋根となる板を並べていき固定し、筋交いを取り去り、家としての形が出来上がった。最後は、壁と窓やドアなどの建具をくっつけて、午前中の作業が終了。 お昼は、各自でピザ作り。生地を自分で薄くのばし、具をのせ、ドラム缶の窯に入れ、ピザが完成した。自分が好みの厚さの生地を作って食べられるというのが手作りピザの良いところで、三男は、中心は薄く、外側は厚くするなど、自分好みのピザを作るのに熱中している姿が印象的だった。我が家は自分を含め熱中するとそれにはまる傾向があり、職人氣質の家柄だと改めて実感した。 昼食後は、日本酪農発祥の地と呼ばれる牧場へ行った。航空自衛隊峰岡山の麓にある急な坂に作られた牧場だった。ちょっと足を踏み外すと下へ転がっていきそうな場所なのだが、そんな場所で羊や牛が草をはんでいた。 午後は、ツリーハウス最後の仕上げ。残りの壁を空間に合わせた形に切って張り合わせ、夕方4時前に完成した。外から見れば一応ツリーハウスに見えるが、内装については何もしていないので、隙間だらけの小屋という感じで、虫が入ってくるので生活するにはなかなか厳しい建物だった。今回は体験ワークショップということで、使いまわしの材料で組み立てたが、実際に住むことのできるプロ仕様の建物は、もっと時間をかけてレクチャーしてくれるコースがあるのだっという。機会があれば、そのコースに入ってみたいと思った。 作業で汗をかいた後は風呂ということになるのだが、昨日は虫と共存しながらのシャワーで、あまりきれいになった感じがしなかったため、今日は、山から最も近い白壁の湯という温泉へ行った。温泉は、露天風呂となっていて、湯船の目の前は川を挟んで断崖絶壁の白い岩壁が目の間にそびえていて、名前の通り白壁の湯だった。自分たちを除きお客さんはいなかったので、貸し切り状態で、ゆっくりとくつろぐことができた。 夕食は、大きな鮭を焼き、それを崩し取りご飯に混ぜて、鮭混ぜご飯。さらに麻婆豆腐もスタッフの方が作ってくれ、麻婆丼。食事中に、ミヤマクワガタが飛んできたり、猫がやってきたり、自然と共生する場所はとても心地よかった。夕食後、用を足しに光のない場所へ行ったところ、小さな光が近づいてきたので、ひょっとしてイノシシではないかと思い、身構えつつ携帯の光で確認したところ、蛍だった。蛍を目にしたのは何年ぶりだろうか?蛍の淡い光に癒された。光のない場所で空を見上げると、満点の星を見ることができ、雲のように白くかすんだ天の川もしっかりと見ることができた。山は虫がたくさんいて面倒なところもあるが、普段目にすることができないものをたくさん見られる素晴らしい場所だった。 夜は、昨日三男がこちらのいびきで寝られなかったということで、三男は別のツリーハウスへ移送させてもらうことができ、別々に寝ることができた。自分は昨日と同じツリーハウスだったが、今日は、網戸をつけてもらい、虫の入りづらい部屋で寝ることができた。 |
| ■2025年7月19日(土曜日) | |
![]() 大山千枚田 ![]() ドリルでネジを打ち込み中 ![]() 根太を載せる ![]() デッキ完成 ![]() 棟上げ中 ![]() 棟上げ完了 ![]() 日の入り |
房総半島の山で開催されているツリーハウスづくり2泊3日のワークショップに三男と参加。久里浜から車でフェリーに乗り、金谷から約40分。途中で大山千枚田に寄って景色を楽しんだ。 大山千枚田には、7年前に家族で鴨川シーワールドへ行った際に来て以来。当時は、稲刈りが終わった後の棚田で、ヒガンバナの赤色が目立っていたが、今回は、まだ稲が育っている時期なので、鮮やかな緑に囲まれた景色にとても癒された。 大山千枚田からさらに山道を登っていたのだが、途中で、キョンらしき動物が道を横切って、改めて房総半島がキョンの自然繁殖してしまっている場所だと再認識させられた。夜には、キョンの鳴き声が頻繁に聞こえ、犬が鳴いているようでもあり、人が叫んでいるような声にも聞こえた。 ワークショップ会場は、房総半島の中でもかなり標高の高い場所で、電気水道はない場所だった。電気は、太陽光パネルと蓄電池、さらに発電機で賄い、水道は、人が運べる給水タンクに水道水を入れたものが用意してあった。トイレは、もちろんためたものを自然に還すとのことで、男性であれば、どこで用を足してもよいということで、大自然を見ながら開放感ある場所で用を足すことができた。 ツリーハウスづくりは、参加者全員で1棟のツリーハウスを建てることになっていたのだが、参加者のキャンセルもあり、参加するのは、我が家の2名ともうひと家族のみで、もうひと家族は遅れてくるとの連絡があったとのことで、最初は、三男と2人だけの非常に贅沢なワークショップとなった。ツリーハウスは、1.8m間隔で植わっている杉を使い、3本の杉の木の真ん中の木がすでに切り株となっているので、3.6m四方の杉を柱に「受け」と呼ばれる杉の丸太2本を使って、柱となる杉を挟み込み、4つの受けの高さを水準器を使い水平を作った。 その後、大引(おおびき)と呼ばれる3寸角(約9p)の長い板を柱となる杉を挟むように受けの上に置いた。これを2か所置き終わった後は、根太(ねだ)と呼ばれる板を大引きの垂直方向に、30cm間隔で乗せていった。根太を載せる作業をしている時、片側の大引きに載った根太の端を右手のひらに載せて、もう一方の大引きへ載せようと根太を移動したところ、突然、大引きに載せてあったはずの根太が落ちて、右親指が激痛を伴い過伸展してしまった。根太の長さが短かかったことが原因だった。その後は、親指を動かすと捻挫をした時のような鈍い痛みが伴い、親指を曲げることと力を入れることが難しくなり、しばらく休憩して保冷材で冷やすしかなかった。 根太を並べ終わった後は、束石(つかいし)と束柱(つかばしら)の設置。1階の床下を支えるために、石(一応コンクリートで成形されたもの)を置き、その上に柱を入れ込んだ。束柱は適当な長さがなかったため、チェーンソーを使って切断し長さを調整した。三男も自分チェーンソーを使う初めての経験となった。このあたりで、遅れてきた家族が合流。赤ちゃんと小学校入学前の男の子とお父さんとお母さんの4人。お父さんと男の子が主に作業に参加したが、男の子は、昆虫採集の方が楽しいようで、カナブンとクワガタを捕まえては虫かごに入れていた。 束柱を含めて支える柱が安定したところで、根太の上にデッキと呼ばれる平ぺったい板を1cm間隔で並べて1階の床を作った。飛び出たデッキは、またチェーンソーで切り取り、ほぼ正方形の床が完成した。 最後に棟上げ。家の骨組みとなる板を組み合わせていった。すでに加工されている木材を使ったのだが、柱となる板を突き刺す穴にはそれぞれ「い一」「ろ一」「は一」と書いてあり、柱も同じように書いてあるので、その文字を合わせるように、柱を立てていった。文字は「い」と「ほ」が「一」「二」「三」の3か所、「ろ」は「一」と「三」ということで8本の柱が立った。梁は5本で、屋根が斜めになる設計となっていた。作業は13時から始まり18時近くまでかかったので、5時間近くの作業だった。山の中は、虫がたくさんいて、オオスズメバチも何度か近寄ってきた。そのため服装は長袖長ズボン。山の中なので氣温は海沿いよりは低いが、それでも大量の汗をかいた。 山から少し下ったところにシャワーを浴びることのできる場所があり、そこで1日の汗を洗い落としたのだがそのシャワーボックスはユニットバスのようになっていて、湯船の側にカーテンを持ってくれば、湯船の外にお湯がかかることなく着替えができるという感じ。しかし部屋の中は、虫の死骸だけでなく、生きている虫が結構入り込んでいた。カーテンをしめた瞬間に、2匹のタカアシグモが落ちてきて、すでに裸になっていたので、鳥肌が立った。彼らには申し訳ないが、そのままシャワーで排水溝へ行ってもらった。體を洗って湯船から出る際にもカーテンを開けたのだが、またあらたなタカアシグモが落ちてきて、また鳥肌が立った。山の中で生活するということは、虫と共存するということなのだと改めて実感させられた。もうひと家族もこのシャワーを利用したのだが、赤ちゃんを洗うのはなかなか過酷なのではないかと思った。 夜は、薪を使ってご飯を炊き、カレーライスを食べた。山に到着した直後に、山の中を案内してもらったのだが、その際に食べられる植物の紹介もしてもらった。その際にクロモチを枝ごと採取し、夜は、その葉をやかんに入れて煮立たせてお茶にした。ウコギ茶のような独特な味で、とても良い経験ができた。 夜は、三男と2人で、宿泊のできるツリーハウスに入って寝ることができた。ハウスに入ってみるとまたタカアシグモがいた。窓には網戸がなく、部屋なのかは暑いので、虫よけのスプレーをして、窓を開けたまま寝るしかなかった。 |
| ■2025年7月18日(金曜日) | |
![]() 夕日 |
火曜日から、右手の尺骨のあたりから前腕にかけてできものができている。日常生活でどうしてもこすれる部位のようで、?きむしったわけではないのに体液がにじみ出てきてしまったりする。日が経つにつれ、別も部位だったり、左手は親指と薬指にもできものができはじめかゆくなってきてしまった。しばらく様子を見ていれば治まるだろうとおもっていたのだが、そういうわけにもいかず、皮膚科へ受診。診察時間は2分くらい。何らかの植物に触れたのかもしれないとのこと。畑はやっているが、そんなかぶれるような植物はないのだが、それを言ってもしかたがないので、そうですかということで、薬を処方してもらって診察は終了。薬は改善しても1週間くらいは塗り続けた方がいいとのこと。指には塗っても、べとべとしたままでは何もできない。石鹸で洗えば取れてしまうし、なかなか難しい。 |
| ■2025年7月17日(木曜日) | |
![]() 横須賀中央駅前の土地 |
年に1度の生活習慣病検診に参加した。今年は、タニタの 自動身長計付き体組成計ではなく、A&Dという会社の計測器に変わっていて、毎年楽しみにしていた体内年齢の表示がなくなっていた。身長は177.0cmということで、3年ぶりに177p台に戻った。昨日新たに学んだ、仙骨を使った骨ストレッチで背骨が伸びているような感覚がるメソッドを直前にやった効果かもしれない。体脂肪率は9.6%ということでちょっと高い感じがするが、最近の運動の状況からは仕方のないことと思った。 夜は、長男の携帯電話の契約で横須賀中央へ。駅前の大きなビルは更地となり、とても見晴らしがよくなっていた。お店で、現状を話し、どうするのがもっとも安くできるか相談したところ、2軒隣の携帯電話会社で別のキャリアで安く手に入れて、さらに別の会社をつかって電話番号の引継ぎをするのが最も良いということになり、2軒隣のお店へ案内されて、無事手続きを終え、長男は電話を取り戻した。いろいろなキャンペーンがあり、当初希望していた機種よりも1つランクが上の機種を手にすることができた。手続きが煩雑で、何がどうなっているかわからないが、お店の人は、様々なプランの中から、もっとも安くなるプランを選定し、次々とタブレットのボタンを押して手続きをしていく。見事な手さばきだった。 |
| ■2025年7月16日(水曜日) | |
![]() トラックが凸凹過ぎる |
週末に長男がディズニーシーで船に乗っていて、その船べりでスマートフォンを水の中に落としてしまい紛失してしまった。電話が引き上げられる場合があれば連絡があるとのことだが、戻ってくる可能性はほぼなさそうなので、新たに機種変更という形で電話を手に入れに携帯電話のお店へ行ったそうだが、購入するのに、持っているカードの利用限度額を超えてしまうということで契約ができなかったという。それ以前に、身分を証明するものがないので、親のカードで契約せざるを得ないとも言われた。以前であれば、保険証を見せればそれが身分証明となったのだが、今では、運転免許証、マイナンバーカード、日本国パスポート、住民基本台帳カードが身分を証明するものなのだという。長男は、保険証と住民票と学生証でなんとか身分を証明しようとしたが保険証が認められるのは18歳未満とのことだった。長男は、パスポートを持っているが期限切れ、運転免許証は持っていない、マイナンバーカードも作っていない。身分を証明するといわれるものは、すべて任意で作るものばかり。これらを持っていない人は自分の身分を証明できず、なにもできないということなのか。どう考えてもおかしなルールだ。 |
| ■2025年7月15日(火曜日) | |
![]() 本日の収穫 |
職場の体育学校OBで暑気払い。5名しか集まれなかったのだが、今日定年退官を迎えたという先輩も来られて驚いた。そんな大事な日にこの集まりを開催するのもタイミングが悪かったのではないかと思うが、ご本人が了承されているので問題はないと言えば問題はない。定年後は、田舎の実家に戻り、ご両親のやっている畑や田んぼを守り、生活を支えるとのこと。家族は横須賀に残し、単身赴任のような状態になるというのが、大変そうだ。田舎では、50代中盤は若手として扱われ、80代の方に草刈りのやり方から学んでいるのだそうだが、80代の草刈りは、無駄な力が抜けよどみなく、効率的。職人であり、武道の達人のようだったという。経験の年数というものは、追いつくことはできないので、実家に帰ってしばらくは、年配の人がやりづらい力仕事が中心になるのかもしれない。 毎回昔話に花が咲くのだが、全員が同じ時期に体育学校にいたわけではないので、それぞれの時代の昔話があり、楽しい時間が過ごせる。また忘年会を楽しみにしている。 |
| ■2025年7月14日(月曜日) | |
| CPAP装着3日目。寝ている部屋にはエアコンがなく、隣の隣のへやのエアコンによる冷氣をサーキュレーターで飛ばしてもらって、なんとか部屋を冷やしているのだが、長男が寝るときにタイマーをセットしているのか、寝るときに止めてしまうのか、こちらが寝ている間にエアコンもサーキュレーターは止まってしまっているため、部屋が暑くなってくる。鼻を覆っているマスクはシリコンでおおわれていて、暑くて汗をかくようになってくると耐えられなくなり、今回も起床までつけ続けることはできなかった。1週間くらいは違和感と闘いだと言われていたが、その通りの状況になっている。 | |
| ■2025年7月13日(日曜日) | |
![]() 車の外は暑いです |
昨夜も就寝中にCPAPを装着して寝たものの、朝4時台に一瞬目が覚めたときには、マスクを外していて、機器はオペレーションのままで停止されていなかった。そこであわててマスクを着けて、また寝た。5時に目覚ましをかけていて、その後トレーニングをするつもりだったが、全く寝られていない感覚だったため、目覚ましを止めて、そのままもう一度寝ることにした。起きたのは、7時台。オペレーション時間としては6時間台の表示が出ていた。しかし、実際にマスクを着けていたのは、3時間くらいのものだろう。無意識との戦いが続きそうだ。 |
| ■2025年7月12日(土曜日) | |
| 昨夜CPAPを着けて寝る際には、マスクの装着感にそれほど違和感はなく、鼻から空気を取り込むときに、若干空気圧が強くなるくらいで、これならいびきをかくことなく快適に寝られるのではないかと思って床に就いた。基本的には仰向けで寝る感じになるのだが、横に向きたい時もある。横向きになった際には、パイプの位置によっては、マスクとの接続部分の動きに制限が出てきてしまって、スムーズに寝返りをうつことは難しかった。どういった経緯でマスクを取ったかはわからないが、ある時点でマスクを取り、機器のオペレーションもボタンを押して停止していた。朝起きて、器材の液晶画面で確認したところに寄ると、オペレーション時間は約3時間だった。マスクを取って寝ている時間の方が長く、結局いつも通り熟睡できた感はなかった。マスクを取ったのが無意識だったのに、停止ボタンはしっかり押している。しばらくは説明してくれ方の言う通り、少しずつでも時間を伸ばして慣れていくしかない。 | |
| ■2025年7月11日(金曜日) | |
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今日は、昨日までとは違い、朝から寒いくらいの氣候だった。氣温は25℃に到達したかどうかだろう。お昼にサーキットトレーニングを行い、その後、4000mペース走を始めたのだが、1スタート直後から、右膝が過伸展しているような感覚があり、地面に接地するたびに痛みが出るため、1周目が終わったところで、やめざるを得なかった。なかなかまともに走ることができず、もどかしさが続いている。 先日病院で睡眠時無呼吸症候群の患者に対して使用するCPAPの適用の診断を受けた関係で、帰宅後は、業者の方がCPAPの説明に来られた。想像していたよりも大きな器材だったが、その大半が加湿のための水をため込むスペースだった。サブスクリプションのような形で、器材を毎月4000円ちょっとの支払いになるのだという。命をつなぐには、支払い続けるしかない。病院では3000円台と医師から説明を受けていたが、ちょっと値段が上がっていたのが氣になる。使い方としては、電源をつなぎ、器材からフレキシブルなパイプを鼻用のマスクにつなぎ、マスクを装着したらスタートボタンを押すだけ。鼻呼吸で、吸う際に、機会がその時の状況に合わせて自動で、ある程度の空気を送り込むことで、氣道を確保するというもの。説明してくれた方も着けて寝ているそうだが、最初の1ヶ月くらいは、違和感があり、マスクをすぐにとってしまったとのことで、徐々に慣れていってくださいと言われた。どうなることやら。とにかく今夜から試してみるしかない。 |
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| ■2025年7月10日(木曜日) | |
![]() 海と空 |
三男の学校の3者面談で三男と学校へ。普段登校していないので、あまり話すことはなさそうで、持って帰らなければならない書類などを受け取り、こちらとしては、欠席により、学校卒業ができるのかどうかや受験について質問し、ある程度回答をしてもらうことができた。教科書も全て持って帰ることとなり、帰りはかなりの荷物になった。 その後は、三男と金沢区の古民家カフェへ行くつもりだったが、面談が終わった時点で店が閉店時刻になっていたため、急遽、家から比較的近くの海辺のカフェへ行ってみた。そのカフェでは、たまたま写真展が開かれていた。三男が写真が好きなので、撮影した方に会えればと思ったのだが、写真を撮影した方は、昨年亡くなられたとのことで、彼に関係する方々が、彼の業績を称えるべく、彼が頻繁にこのお店で写真展を開催することになったとのことだった。海を見ながらボーッとできる良いお店だった。 |
| ■2025年7月9日(水曜日) | |
![]() 久里浜港 |
お昼休みに観音崎で2分ダッシュ+2分ジョグを10セット。昨日は、岐阜県多治見市で38.8℃を記録するなど、全国各地で35℃以上となったという報道があったが、今日も同じように暑さは続いていて、お昼に屋外を走るのはなかなか厳しいコンディションだと言えるが、観音崎は、木陰が多く、直に太陽の光を浴びる頻度は比較的低いため、有り難い場所だ。しかし、自分の體は痛いところだらけ。特に両脚の股関節とアキレス腱の痛みが強く、ダッシュをするつもりで走り始めたが、ダッシュというところには至らず、ちょっと速いペースのジョグ程度にしかペースアップできなかった。今練習は、どこかに痛みがあるとなかなかできず、直近でやったのが5月1日なので、2ヶ月ぶりの練習メニューだった。いつもであれば、やっている内にだんだん痛みが緩和してきて、良いペースで走れるようになってくるのだが、今日は最後まで変化なく、意図していた練習とはならなかった。 |
| ■2025年7月8日(火曜日) | |
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安部元総理が暗殺されて3年が経った。いまだに山上容疑者の初公判は行われていないが、今日のニュースでは10月28日やっと初公判が行われるとのこと。3年も経つと当時のことなんて忘れてしまい、この3年の間に記憶は書き換わってしまっていてもおかしくない。なぜ、これほど時間がかかっているのかの説明が欲しいところだ。 安倍総理暗殺の日は、自分を支えてくれたスポーツ店の店長から突然電話がかかってきた日。その電話を切った直後に、暗殺の報道だったため、よく覚えている。「元氣か? がんばれよ」というあいさつ程度の会話だったが、これが店長と話した最後の会話となってしまった。翌年7月21日に心筋梗塞のため自宅で亡くなられてしまい、8月にお店へ行った時に、店長が亡くなったことを知った。30年以上の付き合いがあったが、自分から近況を知らせるために電話をしたり、お店を訪れることはあったが、わざわざ自分に電話をかけてきてくれたのは、この1回だけ。なぜ、あのタイミングで電話をくれたのだろう?と今でも考えてしまうが、理由はわからない。あの会話が、最後の会話になってしまうなんて全く想像できず、その年の夏は帰省できず、冬は帰省したもののお店は正月休みということで、店長に会うことができなかった。誰でも明日のことはわからない。この日が来る度に、大事な人とは、きちんと会って話す時間を作ろうと思いになる。 |
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| ■2025年7月7日(月曜日) | |
![]() 本日の収穫 |
都心では、最高気温が35.6℃となり、今年初の猛暑日との報道があったが、氣温が高いのは都心だけではなく、北海道の帯広でも36.8℃、岐阜の多治見では38.8℃、京都でも37.9℃など、全国的に高温で、全国210地点で35℃以上が観測され、各地で熱中症警戒アラートが発表されたという。報道では危険な暑さと表現されていたが、来週以降の2週間ほどの予報でも、例年と比較し2℃以上高くなる可能性があるとの早期天候情報(高温)というものが発表されていた。 東海地方より西の地域は、例年と比べ2〜3週間早い梅雨明けとなったが、関東甲信越は今のところ梅雨明けしていない。しかし雨は全く降らず、真夏の日差しとなっている。今日は、やっとセミの声が聞こえだした。梅雨が明ければセミの声が聞こえてくる季節になるのだと思うが、セミたちは全く雨が降らず高温が続くので、梅雨の時期は終わったと判断したのかもしれない。 海外でも異常気象が続いている。先月末には、スペインとポルトガルで最高氣温が45℃を上回っていた。逆にアルゼンチンでは、この時期の平均気温が10℃前後らしいが、−1℃になったという。 鹿児島のトカラ列島では地震が続き、宮崎でも火山が噴火しているが、今日はインドネシアでも大噴火があったとの報道があった。人間では制御ができないことが次々と発生していることから、発生しても対応できるよう、備えをしっかりする重要性を日々実感している。 |
| ■2025年7月6日(日曜日) | |
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3か月ぶりに骨ストレッチの講習会に参加。事前に示されたテーマは「脱力」と言うことであったが、結果的には全く別の内容となった。 最初に2人組で背中をほぐした。菱形筋あたり、下腿の腓骨付近が硬く、ほぐしはとても痛かった。その後は、午前中に発見したという新たな足首回し。この方法でやってみると、足首を直接回している腕、特に前腕の力がぬけ、上半身全体を動員して足首を回すことができるようになり、結果的には、足首だけではなく、使っている腕の半身までゆるんで動きやすくなってしまった。さらに回している足のポジションをずらしていくと、さらにハムストリングスや臀部にまで良い刺激が入り、全身運動になってしまった。普段體を動かさない人には、とても良い運動に思えた。 後半は、なぜか、先月の講習会でやった内容が中心となり、蝶形骨、臍下、丹田というキーワードが出てきたのだが、それがすべてつながり、ちょっとした意識の違いで、體の動きが簡単に変化してしてしまうことを実感できた。自分の體のことなのに、知らないことがありすぎる。冒険家白石康次郎さんが、目は外に向かってついていて、一番見えていないのは自分。ヨットに乗っているときには、一番見えていない本当の自分と向き合っているという話しをしていたが、一人になって自分と向き合う時間が必要なのかもしれない。 |
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| ■2025年7月5日(土曜日) | |
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午前中は、不入斗で横須賀リトルの練習会に参加。練習開始時刻に競技場へ行ったものの、すでに練習は始まっていて、今月から、暑さのことも考慮し開始時刻が20分早まったことを知り、結果的には遅刻となってしまった。 今日は、主力の小学生たちが、大会で練習会には参加していないため、生徒の数は少なめで、先生の数も少なく、グループ別の編成も大きく2つに分けるだけとなり、先生の数も足りている感じだったため、中長距離の中学生の練習に加わった。1年生と2年生のレベル差が大きく、中心となる先生が2年生のペースメーカーをしていたので、自分は1年生のペースメーカーを担当した。メニューは400m×3、1000m、200m×5だった。2年生はこの練習の前に1600mのペース走をしていた。1週間、生徒それぞれが別々の学校に通っているため、それぞれの状態がわからないまま練習せざるを得ないというのがもどかしく、先頭を走る子の目標タイムに合わせて引っ張るしかなかった。しかし、設定タイムのペースでは、生徒はついてこられず、生徒に合わせてペースを調整するしかなかった。暑さもあり、メニューをすべてこなせる子の方が少なかった。成長期も重なり、膝が痛い子もいて、この時期は継続した練習をこなすのはそもそも難しいのかもしれない。部活ではなく、子どもたちが自主的に練習をしにきているので、こちらは無理をさせないよう配慮するしかない。 |
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| ■2025年7月4日(金曜日) | |
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先月末に睡眠時の脳波や酸素飽和度などを測定した結果を、病院へ確認しに行った。結果は、中等度の睡眠時無呼吸症候群との診断だった。浅い睡眠や深い睡眠など、睡眠の状態としては健常者の割合とほぼ変わりはなかった。1時間当たり平均23.5回無呼吸や低呼吸があったという。最も長い無呼吸は111秒で、最も長い低呼吸は113秒だった。いびきの割合として、40デシベルよりも大きな音を発生したのは寝ている間の28.9%。睡眠中1時間当たり、血中酸素が低下した回数は13.4回。最も低い値は89.0%だった。しかしこの低い値が発生した合計時間としては0.1分ということで大したことはなかった。 今後の処置としては、中等度の診断だったためCPAP適用となった。今後は、CPAPは根本治療ということにはならないので、ずっと機械を使い続けることになるとのこと。費用としては月に3000円台。月に3000円台で、しっかり眠れるようになるのであれば、とてもありがたい。毎日、眠氣と戦っているので、眠氣のない日々が戻ってくると思うと、CPAPが待ち遠しい。 |
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| ■2025年7月3日(木曜日) | |
| 参議院選挙が公示された。石破総理は、減税はするが、それよりも先に現金給付をすることで本当に困っている方々に再分配をし、何よりも物価高を上回る賃金上昇を目指しスピードをもってやるとのこと。減税とは、何の減税なのか? 昨年10月に新内閣が発足して半年以上経過しているが、スピードをもって成し遂げたことは思い当たらず、裏金問題がうやむやになっただけのような印象しか残っていない。自民党の公約を元にして話をされているのだとは思うが、以前「当選したからと言って公約をその通りに実行するとは限らない」「これまでも自民党は公約を守ったことはない」という発言をされていたことがどうしても氣になってしまう。各党がそれぞれの公約を掲げて街頭演説をし、野党はどの党も減税を掲げているが、参議院選挙が政権選択選挙ではないので、結局政権を取れなければその公約は実現できない可能性が高い。どこの党も争点を物価対策としているが、そもそも参議院選挙というのは、そういったことを議論する場ではないと竹田恒泰さんがYouTubeで話していた。衆議院選挙であれば、政権選択の選挙であり、物価対策が争点になるし、政府がどうするかという議論になるが、参議院というのは、6年間という任期が保証されていて、直ちに成し遂げなければならないことよりも、憲法、安全保障など、時間がかかってもより良い日本にするためにどうするかということが争点にならなければ、選挙の意味がないという。確かに中学校の公民の授業を通して、そういったことを学んだ記憶はある。各政党とも参議院選挙がどういう意味合いがあるのかを理解していないのか、意味を理解しながらも、票を集めたいがために国民の喜ぶ給付や減税を掲げているのか、現実は教科書通りではないということは間違いない。 | |
| ■2025年7月2日(水曜日) | |
![]() 本日の収穫 ![]() 夕日 |
日本記者クラブの与野党党首討論会の映像を一部見た。それぞれの党首が、質問する相手を指定し質問、指定された人がその質問に対して回答をするという場面だった。自民党を除くすべての党首は、当然、石破総理に質問をするのだが、石破総理の話し方が、あまりにもゆっくりすぎて、逆に聞きづらく、投げかけられた質問に的確に答えているのかよくわからず、話の内容も頭に残らなかった。逆にすごい勢いでハキハキと話していたのはれいわ新選組の山本代表。短い時間に的確に自分の聞きたいこと、回答へのコメントをしていて対照的だった。 石破総理の質問は、当然野党第一党の野田代表に向かい、立憲民主党の公約に安保法制の違憲部分を廃止すると明記されていることに言及していた。具体的にどこが違憲か示してほしいとのことだったが、野田代表は、政権を預かったときに検証するというようなコメントで、具体的には何も述べることができなかった。これに対し、石破総理は、この部分が違憲だと示せなければ公約にならないというようなコメントをされていて、違憲部分がはっきりしていないのに違憲という言葉を使うのは間違っているように感じた。 党によって考え方が違うということがある程度わかる討論会だったが、無所属や、党としては存在しているものの現職議員数の少ない党は参加できず、有力な党だけが討論ができるというのが、不公平な感じがしてしまった。 |
| ■2025年7月1日(火曜日) | |
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練習は、一人でペース走。先週10000mを走るつもりでペース走をしたが、最初から呼吸が辛く、5000mで終了したので、今日こそは完走をしようと思って、先週と同じく3分50秒のペース設定でスタートした。今日は、午前は晴れて暑かったが、午後から曇ってきて一時雨が降ったお陰で夕方以降は涼しく、お陰で走りやすいコンディションだった。 ペース走は、結果的には6000mで終了。5000mまでは、ある程度余裕を持って走れていたのだが、4000m過ぎからは、右アキレス腱と右臀部の痛みも出てきて、5000mを過ぎた直後にえづき、その後は、呼吸が苦しくなり、フォームが崩れ、ホンダの二足型歩行ロボットアシモのような腰の位置が低く這っているような感覚で、走り続けるのは厳しく終了した。1000mごとのラップは、3分48秒4、3分52秒1、3分49秒0、3分47秒4、3分52秒7、3分52秒8。最後の1000mは、4分30秒近いペースになったのだが、6000mでやめると決めたので、最後はペースアップをしたため、結果的にはペースを維持したような感じとなった。 その後は、300mを2本。走る前に前屈系の骨ストレッチと、肘の位置を整える骨ストレッチをしたところ、楽に速度が出せた。後半は、急激に脚が動かなくなり、失速しながらのフィニッシュとなったが、久しぶりに43秒台となる43秒0で走れた。2本目はスパイクに履き替えて、さらに速度を上げるつもりで走ったのだが、期待したほどペースは上がらず、後半は、またもや失速し、42秒8。ランニングシューズとほとんど変わらず、残念な結果となった。右臀部とアキレス腱の痛みは全く氣にならずに走れたのは良かったが、走り終わった後に臀部の痛みは再発し、その後はジョグができなかった。 |
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