最近のいずみ

Last Update:2026/1/31



パートタイムアスリートいずみ 27年目に突入 

■2025年1月31日(土曜日)
 木曜からバイクをこぎ始め、ジョグを再開した。木曜は10分ジョグ、金曜は30分ジョグをし、特に問題はなかったので、今日は、中距離パートの学生と1000m×3を行った。ペースは4分前後。女子の学生のペースメーカーとして走らせてもらった。結果は、4分01秒0、3分54秒5、4分05秒9。思ったよりも楽でジョグの感覚で走れた。
 1000mが思ったよりも負荷がなかったので、その後、ロングスプリントの学生たちの練習に参加。メニューは300m×3。こちらも女子の学生のペースに合わせ、こちらは引っ張るのではなく、後ろにつかせてもらった。設定タイムは45秒前後、休息は25分。十分な休息もあり、思ったよりも速度は速く感じたが、左ヒラメ筋肉離れの影響はなく、氣持ちよく走れた。結果は、45秒6、44秒8、45秒5だった。目標とする800m2分切り付近のペースで走れたことで、なんとか春先に間に合わせることができるかもしれないという希望が持てた。一緒に走ってくれた学生たちに感謝したい。
 夕方、右耳をたまたま触った時に、耳の中でカサカサと音がして驚いた。耳に水が入っているときに感じる音だが、水を入れた覚えもないし、水が入っている感覚もないのに、そんな音が出る。耳をいじると、その度に音がする。不安になって耳鼻科へ受診したところ、耳の中に毛髪が入っていると言われた。耳掃除では獲り切れていない耳垢が存在し、その耳垢に髪の毛が刺さっていた。それを取り去ったところで、カサカサ音はなくなった。単純なことで解決してホッとした。

■2025年1月30日(金曜日)
 2ヶ月ぶりに睡眠時無呼吸症候群の治療の関係で内科受診。今回も30分以上待って、診察は1〜2分。この2ヶ月間のCPAPのデータから、これまでと同じく、1時間あたりの無呼吸は1回未満ということで順調ですというコメントを頂いた。データからは空気圧がちょっと高いという数値が出ていたが、氣にならなければそのままでいいし、氣になるのであれば設定を変えるようアドバイスをいただいた。
 現在、睡眠時無呼吸症候群の治療として、薬で対処するという方法の治験が始まっているということを教えてもらった。実際に使えるようになるまでには10年くらいかかるだろうが、それに置き換わる可能性もあるとのこと。10年くらいは今のまま続け、価格の問題もあるので、薬の方が安くて効果があるのであれば、そちらへ移行していることになるのかもしれないとのことだった。今は機械的に空氣を送り込んでいるだけなので、からだへの負担は特にないが、薬となると、自分のからだに入れることとなるので、ワクチンの時と同じく、ちょっと二の足を踏んでしまいそうだ。

■2025年1月29日(木曜日)
 NHKのBSで放送していた「TIME はてしなき時間の旅」という番組を録画視聴。
 人類は、時間を計る能力を得て以来、その進化はとどまることはなく、タイムパフォーマンスを求めれば求めるほど、結果的に自分たちは時間に拘束され、どんどん追い込まれるという望んではいない状態に陥っている。
 時間は、状況によって、速くも遅くも感じるということで、人は時間感覚(体内時計)を持っている。子どもの頃は、時間経過が緩やかに感じ、年を取るにつれて、物理的時間は同じはずなのにそのスピードは速く感じるようになっている。
 また、時間は、体調によっても体感が変わってしまう。体調が悪く、ずっと寝ていなければならないときには、わずかな時間でもとても長く感じられる。厳しい寒さの中では、実際の時間よりも短く感じられたり、バンジージャンプなどの場面では逆に短い時間でも長く感じられたりする。交通事故の瞬間などもスローモーションに感じたりする。
 体内時計は、光によってリセットされると言われているが、現代は、人工的な光が常にあり、昼と夜の境が曖昧で、スマートフォンの光の刺激の影響は大きく、人々の体内時計が狂ってきているようだ。
 人々が、時間に拘束されるようになったきっかけは、産業革命。工場では、正確な時間が求められ、作業も休憩も時間によって決められるようになり、それに不満を抱いたイギリスの労働者は、打ち壊しをしたという記録が残っているそうだが、最初に壊しに行ったが時計だったという。そのくらい、時計は支配の象徴だった。
 時間に支配される人々の生活は、秒刻みであり、コロナ以後は、リモート会議が当たり前になり、どこにいても時間に左右されるのが当たり前になり、あわただしい時間から解放されるはずの休日であっても、時間に支配されることが多く、時間を氣にせず生活できることは、とても贅沢なこととなってしまった。
 人々は、自然の時間で生活していたことを忘れてしまい、長距離走的な人生だったはずが、短距離走的な人生を歩まざるを得なくなってしまった。加速させるテクノロジーはより良い生活を得られるはずが、全てを速く一度に手にすることができても、それは人生の方向性を見失わせる結果となった。
 どのようにすれば、時間の支配から逃れられるかということで、中国の道教が紹介されていた。道教では自然と調和するということを教えとしている。道教では、からだを小さな宇宙と見なし、自然と一体化することを目指している。己の中の空虚さを感じ、己の中の自然に従うのみ。精神はいかなる雑念にもさらされてはならず、あらゆる欲望から自由であるべきという考えであり、明日のことを思い悩むのではなく、ただ自然に従うのが道教の核心となっている。時間という概念に強い執着を持っているので、精神が平穏になることで、この執着を減らすことができ、時間と共に心の平穏の中で生きるのが理想となる。また、今に没頭することも、時間の支配から逃れる方法の一つだと紹介されていた。
 時間の有効な使い方は、年老いてようやくわかるという。もっと人に親切にできたかもという後悔だったり、他者との関係性でもっとこうしておけば良かったと思うとのこと。誰かと時間を共有して生きているので、他者との関係性というものは、時間とは切っても切れない関係ということなのだ。

■2025年1月28日(水曜日)
 八潮の道路陥没事故から1年が経ったという。原因は下水道の老朽化。周辺のお店はこの1年間ずっと休業を強いられ、下水道管から硫化水素の臭いが立ち込めていて、生活環境自体も苦痛な状態のようだ。下水道はバイパス工事を行っているそうだが、本格復旧するまでにあと5〜7年かかるという。
 これは、この現場だけの問題ではない。最近は、水道管破裂の事故が日本中で起こっていて、どこの自治体でも同じことが起こる可能性がある。横須賀では、12月1日に水道管の老朽化により、水道管が破裂して漏水し、道路が冠水。その付近が通行止めとなった。そして、影響を受けた地域では、濁り水が出たり、一部断水となった。
 昭和に築いたすべてのインフラが老朽化し、国も自治体も全てのインフラを整備するのは難しく、優先順位をつけて整備しているのだろうが、工事を請け負う業者さんたちの負担もかなり重くなってきているのだろうと思った。

■2025年1月27日(火曜日)
 昨年の医療費がいくらかかったかの集計をした。1年の間、肉離れ、肩を痛めたり、アキレス腱が痛かったりして、怪我の度に受診し、ほぼ毎週治療院へ通った。次男も、棒高跳びの練習中に様々な怪我をし、その度に受診し、受傷直後は、ほぼ毎日治療院へ通った。次男は整形外科の受診料については、市から出してもらえるので、医療費としては治療院の代金だけだが、交通費も含め2人で、20万円以上の医療費となった。さらに、お金は全くかかってはいないが、長男は、交通事故に遭い、最初の3ヶ月くらいは、ほぼ毎日治療院へ通っていて、病院や治療院のお世話になった1年間だったと改めて実感した。医療費が10万円以上になっているので、今年は医療費控除の申告ができる。納めた税金がちょっとだけ戻ってくるのでうれしいが、そもそも医療費を払うようなことがなければ、そのお金が節約できたのだから、そのうれしさも微妙な感じだ。

■2025年1月26日(月曜日)
 行きつけの接骨院へ行き、左のヒラメ筋肉離れの治療。受傷から1週間が経ち、日常生活では支障がなくなった。しかし、膝を完全に屈曲した時には、受傷部位に若干何か塊があるような感覚がある。接骨院の先生に触診してもらった際にも、やっぱり抑えれば若干の痛みを感じた。エコーで筋肉の状態を確認してもらったところ、先週と比べるとかなり回復傾向にあるとのことだった。今週前半は、ウォーキングやバイクこぎなどをリハビリとして行い、週の後半からはジョグを始めてもよいのではないかというコメントを頂いた。受傷直後は、早期回復は厳しいかもと思っていたので、早期回復の希望が持てるコメントだった。

■2025年1月25日(日曜日)
 インコが亡くなり1月22日で1年が経った。今日は妻と次男を連れて、インコの好物だった豆苗を携えてお墓参りに行った。あっという間の1年だったように思うが、1年とは思えない時が経ってしまったようにも感じる。肉体から解放され1年が経ち、行きたいところへ自由に飛び回ることができていればいいなぁと思う。
 お墓詣りの後は、三浦海岸沿いのカフェへ。駐車場で、車をバックしたときに、大きな植木鉢に車をぶつけ、車の一部がへこんでしまい、自分自身もへこんだ。カフェで昼食を食べるつもりだったが、商品の価格があまりにも高額でまともに食事ができず、空いている席がカウンターしかなかったこともありゆったりとは過ごせなかった。カフェを出た後は、ファミレスへ移動し、やっと落ち着いて昼食となった。妻と次男は、そこで、それぞれやるべきことをするとのことで、自分だけ帰宅。犬におやつを与え、2階の南側の窓のカーテンを入れ替えるため、3部屋分の窓の掃除をした。年末に大掃除をしなかったこともあり、掃除をしたことで、モヤモヤしていたものがスッキリしたように思えた。

■2025年1月24日(土曜日)
 秋にサツマイモを収穫し、残ったツルを捨てるにも、あまりにもかさがありしばらく完走させて小さくなったら捨てようと思っていたのだが、なかなか枯れないで残っていた。枯れていない部分を来年の苗にしようと思い、ツルを切り取り、コップに水を入れ、その中に入れておいたところ、すごい勢いでツルから根が出始めた。根がコップからはみ出そうになってきたため、急遽、鉢に土を入れ、その中にツルを差し込んだ。ツルを植えるには5ヶ月ほど早いのだが、置き場がないので、とりあえず鉢植えにしたという感じだが、今後どうなるのか観察していこうと思う。
 畑では、取り損ねたジャガイモが芽を出し、茎が枯れ始めたので、新たにジャガイモが育ったのではないかと思い、掘り起こしてみた。種芋が収穫しそびれたような小さいものだったので、育ったものも小さかったが、十分食べることはできる大きさにはなってくれた。こちらもこのまま春まで保存しておけば、種芋になり、命が循環することになる。植物の生命力って凄いなぁと思う1日だった。

■2025年1月23日(金曜日)
 ジョイントベンチャーという考え方に基づいたビジネスのやり方を教えてくれるオンライン講習会に参加。ジョイントベンチャーとは、簡単に言うと他力戦略というらしい。お互いがもつ価値や資産を掛け合わせて効率的に成果の最大化を狙う戦略であり、商品を売るときに、自分でリストを作るのに時間をかけるのではなく、相手のリストを借りるとか、自分の商品がないときには、相手の商品を売ってあげるなど、お互いに足りない部分を補い合って、お互いがWin-Winの関係になるようなイメージらしい。例えば、ユニバーサルスタジオジャパンやマクドナルド、自社とは関係のないアニメを使わせてもらったり、ジャパネットたかたは、他社家電を使わせてもらい、自社独自の機能を追加して販売していたりするが、こういったものがジョイントベンチャー的な手法なのだという。実績も影響力もリストもノウハウもその資産を持っている相手に借り、こちらは、相手の持っていないものを何か差し出す。そのためには、自分の強みが何かということがわかっていないと話が始められない。自分の分野であれば、誰かと共同で研究をする場合には、この考え方が必要だと思った。

■2025年1月22日(木曜日)
 インコの命日。亡くなって1年が経った。リビングには、写真が飾られているが、インコがいたという形跡はそのくらい。インコのいない生活が当たり前になってしまった。家族の中ではインコの命日について特に話題にはならなかったが、お墓詣りにいつ行くかという話題を出した際、インコの飼い主で、最もかわいがっていた次男は、受験生ということもあり、なかなか余裕はないだろうが、週末にはお墓詣りにいくと言ってくれているので、家族でお詣りに行こうと思う。
 この1年の我が家をインコはどのように見ていただろうか。子どもたちは、それぞれの進路の方向性を決め、そちらの方向へ進みつつある。温かい目で見守ってくれればと思う。

■2025年1月21日(水曜日)


天使のはしご



市立総合医療センター
 昨夜は、かなり氣温が下がり、暖房のない寝室は寒く、足が冷たくてなかなか寝付けなかった。足を冷やすと肉離れをしている左ヒラメ筋にも良くないなぁと思いながら眠りについた。今朝の左ヒラメ筋は、昨日と比較すると痛みはかなり引いてきている。違和感なく歩ける感じだったので、2日ぶりに犬の散歩を再開。階段を下りるときの感覚も、昨日よりは違和感が小さくなってきていた。
 屋外は、この冬一番寒いのではないかというくらいの寒さで、妻を駅まで送っていった際には、雪らしき小さな物体もパラパラと落ちてきていた。散歩に出た犬は、足が直にアスファルトを触っていて冷たいためか、家を出て一旦小便をした後、そのまま家に戻ろうとしていた。うんちもしていないので、無理矢理引っ張って散歩をしたが、調子が出てくると走り出し、こちらは肉離れが完全回復したわけではないので何とか引き留めながら散歩を続けた。
 今朝は、どんよりと曇った天氣だったが、雲の切れ間から日光が差し込む薄明光線(通称天使のはしご)を見ることができた。この光は、幻想的な雰囲氣があり、いつ見ても得した氣分になれる。

■2025年1月20日(火曜日)
 「ねこ物件」という猫のいるシェアハウスを舞台にしたドラマを目にした。その中で、猫は心地良いところに落ち着くということが言われていて、猫は心地よさを心得ているが、人間は心地よさに鈍感で、心地悪さを受け入れながら生きているというようなことを物件のオーナーがコメントしていた。確かにその通りだと思った。人はイヤなことも我慢して生活している。猫は、イヤだったらその場から立ち去ってしまうだろう。人を除く動物は自分の感覚に素直なのだろう。群れを成している動物たちは、集団生活をしていれば、イヤなこともあるだろうが、どういう感覚をもって生きているのだろうかと思った。
 イヤなことをイヤと言えず、我慢して生きるのは、やっぱり無理がある。見方によっては、ただのわがままと言われかねないが、自分の感覚を裏切らない生き方をしたいなぁと思った。

■2025年1月19日(月曜日)
 昨夜は、一晩中、患部に微弱電流を流し続け、今朝起きた時には、ある程度痛みは緩和し、日常生活での歩きであれば、昨日ほど脚を引きずらなくても歩けるようになった。しかし、まだ正常な歩きには至っていないので、職場では、アスレティックトレーナーの先生から、「脚、どうかしたんですか?」と聞かれてしまった。さすがトレーナーはよく見ていると思った。
 微弱電流は、ずっと流しっぱなしにして1日を過ごし、1日の中でも、時間が経つに連れて痛みは緩和してきているように感じた。しかし階段の上り下りには痛みが伴う。
 夜は、行きつけの接骨院の超音波診断装置で、皮膚内部の状態を診てもらい腓腹筋の奥にあるヒラメ筋が傷ついていることがわかった。先生は医師ではないので診断はできないが、こちらの解釈としてはヒラメ筋の肉離れということになるだろう。今日は、最近治療院が手に入れたというアキュースコープという治療器で、電氣を流してもらった。この治療器は、患部に電流を流し、その反応をセンサーが捉え、患者に合わせたパルスを設定して送り返してくれるというオーダーメイドに近い機能を備えているという。受傷直後ということもあり、1回の治療で大きな変化というものは感じられないが、頼もしいサポート機器だと思った。

■2025年1月18日(日曜日)


表彰後




打ち上げ
 市民駅伝出場のためソレイユノ丘へ。昨年は、監督が息子さんの結婚式と重なり、チームとしては出場できず、急遽学生たちのチームで走ったが、今年は、2年ぶりにチームを組み、30歳以上の部での優勝を目指した。昨日の200mの疲れで股関節周りの動きが悪く、走りづらいと思ったが、いつも通りウォーミングアップをして3区2.7kmの走りに備えた。
 1区は4位で、1位とは27秒差というとても良い位置でたすきを2区につないでくれ、2区は区間賞の走りで1位と16秒差の2位に上がった。最後の刺激をすべくダッシュをしていたところ、急に左下腿にピリッとした痛みが走った。その後は、歩くだけでも痛みがあり、おそらく肉離れだろうと思った。個人の試合であれば直ちに棄権するところだが、もうたすきが来てしまうという状況で、棄権することはできず、2位でたすきをもらった。当然左足が接地する度に痛みがあり、どうやったら痛みを小さくしながら走ることができるだろうか、ということを探りながら控えめに走った。あまり速度は上がらなかったが、1位を走るチームには、前半に追いつき引き離すことができた。前に走っている中学生との距離もかなり詰めていったのだが、後半は追いつくことができず、逆に距離を離されてしまい、あまり走れていないなぁという感覚のまま、最後だけは無理して速度を上げ4区へたすきリレー。その後の4区、5区も先頭を守り、13年ぶり10大会ぶりの優勝となった。<自分の区間順位は、8分55秒で区間2位。区間1位とは4秒差だった。br>  走り終わった後の左下腿の痛みは、じっとしていれば痛みを感じることはないが、歩くとピリピリした強い痛みが走る。完全に肉離れだとあらためて思った。肉離れの状態で最後はダッシュしたのだから当然の結果ではある。しばらく練習ができなくなる。速度を上げる練習を継続してきたのに、それが中断となってしまうのがとても悲しい。どこか自分の體の使い方がまずかったのだと思う。復帰する際には、それが改善できるよう取り組んでいきたい。

■2025年1月17日(土曜日)


200m





発電所の公園
 練習は、最初に明日の駅伝のための調整走で1000mを1本。3分くらいで氣持ち良く走れればと思って走り始め、最初の400mは體は快調に動いてくれ、ちょっと速いかなぁと思いながらの走りだった。その後、體が急激に重くなり、残り1周は呼吸も苦しく、リズムも悪くなり、やっとのことでなんとかフィニッシュ。タイムは2分56秒4。明日はこんなに速く走らなくてもいいのだが、自分のペースで飛び出してしまうと最後に大失速してしまうと思った。そういった意味では、自分の力をよく認識して、適切なペースで走らなければならないということを身を以て実感でき、明日につながる走りとなった。
 その後は、ロングスプリントの学生たちと200m×4。休息は約20分。3本目から4本目は40分。3本目までは、各自の腕時計で記録計測をしていたが、4本目はスターティングブロックを使い、iPhoneアプリのSprintTimerを使い電氣計時。できるだけフォームが乱れずに全力に近い走りをするということで、ほぼタイムトライアル。強度の高いレペティショントレーニングになった。
 先週同様、1本ごとにスパイクを変えて走った。1本目は短中距離用スパイク。2本目は20年近く前の板にピンが付いているだけの昔のスパイク、3本目は長距離用スパイク、4本目は短中距離用スパイクを履いた。結果は25秒8、25秒9、25秒9、26秒12だった。自分の腕時計のタイムと、電動のタイムが比較的近く、腕時計での計測もきちんとできていることが確認できた。
 学生たちと比べると圧倒的にピッチが遅く、あっという間において行かれて何の抵抗もできないのがもどかしい。最も走れていた頃であれば、800mの入りの200mよりも遅いタイムで、軽く流して走れる感じだったはず。そんなことを嘆くのではなく、今の自分のベストを尽くす、現状はそれしかない。26秒台に入れれば良いなぁと思いながら練習を始めたが、その想定よりは1秒速く走れていて、300mであれば40秒を切れる速度は持っているということを確認でき、収穫はあった。来週は250mで走ることとなっているが、来週の練習も楽しみだ。

■2025年1月16日(金曜日)
 JR山手線、京浜東北線、東海道線が一部区間の停電の影響により朝から最長8時間運転見合わせとなり、約67万3000人に影響があったとのこと。明日から2日間大学共通テストが行われる。この運転見合わせが、明日や明後日であった場合、開催場所の大学や受験生たちは、必要のないところで、大変なエネルギーを使わなければならなくなり、受験生にはメンタル面に影響しそうだ。こういった事態になった場合、大学側からは、受験生にメールで試験時間変更の連絡は送られるのだろうが、受験票には、大学の連絡先の電話番号が記載されていて、その電話番号に一斉に受験生が電話をした場合、電話はつながることはないのではないかと思った。とにかく明日と明後日が何事もなく無事にテストが開催されることを願う。

■2025年1月15日(木曜日)
 あるメールマガジンで、自動車会社のマツダの社名のアルファベット表記がなぜMAZUDAなのかということを知った。このメールでは、ゾロアスター教がどのように始まったかというような内容を伝えていたのだが、ゾロアスター教といえば、大学時代に履修したアジア史で出てきたキーワードだった。当時は、よくわからない話を先生が延々と続けているという印象しか残っていないのだが、ゾロアスター教は、一神教の元になるような宗教だったようだ。マツダのアルファベット表記は、このゾロアスター教の神アフラ・マズダー(Ahura Mazda)の名前に由来するとのことだった。昔からなんでZの文字なのだろうと思っていたのだが、もやもやの一つが解決した。

■2025年1月14日(水曜日)
 昨夜からテレビの報道は、久米宏さんが亡くなった話題が続いている。18年以上続いたニュースステーションで、比較的自由に発言する姿が印象に残っている。この2日間のテレビ報道では、過去のニュースステーションの映像がいくつも流され、特に面白いなぁと思ったのは、当時自由民主党幹事長だった梶山静六さんとの対談。自民党は報道に圧力をかけているのかというような主旨の質問をし、梶山さんは、ちょっと固まりながら、否定するという場面があった。テレビの前で、なかなかこの質問はできない。改めて久米宏さんは凄い方だったのだなぁと思った。

■2025年1月13日(火曜日)
 昨日は成人の日ということで、市では成人式が開催されたと思っていたのだが、今は、成人式とは呼ばなくなっているということに氣がついた。横須賀市では、「二十歳(はたち)のつどい」と呼ぶらしい。成人と行ってしまうと18歳からが成人となり、受験まっただ中の高校生を中心とする18歳を集めることになってしまうからなのだろう。成人の年齢が18歳に引き下げられたとき、成人式はどうなるのか?という議論があった。長男が成人式を迎えた時がちょうどそのような時期だったことを思い出す。当時は、派手な車と派手な衣装で迷惑行為を行った参加者がテレビの報道やネットの動画を賑わしたが、そういったこともあったためか、車や自転車での来場を禁止という呼びかけがなされていた。
 自分が参加したときの成人式は、少なくとも来賓の挨拶や新成人の誓いなどで1時間くらいは時間を要していた記憶があるが、今年のタイムテーブルを見ると、中学校の学区で3グループに分け、それぞれのグループで20分ずつの式となっていて、集まってすぐに終了という感じだった。同級生と会うのが目的という人が多いので、それでいいのかもしれないが、市はできるだけ式に参加してもらうべく、参加者には市にゆかりのある品を抽選でプレゼントするということをしていた。
 成人とは何か、成人式(二十歳のつどい)の意義とは何か、いろいろと考えさせられるイベントだ。

■2025年1月12日(月曜日)


本日の収穫(カブ)
 昨日学んだ手の形を使い、1週間ぶりのサーキットトレーニング。最近の中でも最もからだの動きにキレがあり、動くことが氣持ちよかった。昨日は、あまりにからだが動き過ぎて、痛みを抱えている右肩も過剰に動くこととなり、逆に痛めてしまった感じがあったが、今日は、いつもよりは痛みが少ない状態で運動ができた。結果的には、いつもよりも1セット当たり10秒くらいはタイムが速く、セットごとにタイムが上がっていき、3セット目は、日差しぶりに4分を切るタイムでやり切った。からだが思うように動くというのは楽しい。
 その後は、トラックで4000mのペース走。こちらは1000mあたり3分40秒くらいの設定でスタートしたが、結果は3分42秒2、3分52秒1、3分52秒6、3分52秒6だった。ずっと同じ感覚で走っていたはずなのに、大きく設定ペースからは外れていた。当然サーキットトレーニングの時のようなキレのある動きができていなかった。久しぶりにサーキットトレーニングで速い動きができた反動で、ペース走の時には疲労の影響があったということか。とにかく、新たな意識やイメージでの動きを味わう1か月を味わっていこうと思う。

■2025年1月11日(日曜日)


どんど焼き
 午前は町内会のどんど焼。新年の飾り物などを焼きにいき、お汁粉をいただいた。飾り物を紙袋に入れて持っていったのだが、財布もその紙袋へ入れて持ち歩いていた。財布を入れていることを忘れ、燃やす際に係の人へ紙袋ごと渡してしまい、係の人が火に配る前に中身を確認して財布を発見。慌てて呼び戻され、財布が燃えることがなく手元へ戻ってきたのは幸運だった。
 午後は新年最初の骨ストレッチ講習会。新たな手の形を伝授された。先月習ったものとほんの少しの差でしかないのだが、その微差が大差になることを體感。この手の形でからだを動かすと、関節の滞っていたところに油が入り、いきなりスムースに動く感じがある。それだけでなく、からだの中心が定まり、先生曰く「三丹田が自動的に全て揃う」とのこと。実際にこの手の形を作ってからだを動かすと体のまとまりが良く力感なく素早い動きができてしまう。先月学んだことが最高だと思っていたのにたった1ヶ月でそれが覆され、どこまで進化していくのだろうかと戸惑いと驚きと期待など様々な思いが複雑に絡み合った。これからの1ヶ月間はこれを最高だと感じながら、日常生活を始め走りにも活かして楽にパフォーマンスを高めていければと思う。
 講習会後は、スイスと日本を行き来するピアニストと途中まで一緒に帰った。新年早々スイスでは爆発事故があり、多くの人がその被害にあって、現地では大ニュースになっているとのこと。まったくその話題については知らず、海外の情報って意識的に収拾しないと、なかなか入ってこないのだろうと思った。日本では、いくつかの身体技法やメンタルの講習に参加されているようで、昨日、一昨日と別の講習にも参加され、今日は3日連続の講習会だったという。スイスには、あまり身体技法を究めているような人はいないようで、日本で入手した動きや情報を、スイスで伝えるとあちらの方に驚かれるようだ。その活動を通して海外にも広がっていくといいなぁと思う。

■2025年1月10日(土曜日)


150m走
 午前はロングスプリントの学生たちと練習。学生は4連休とのことで、練習に来る学生が少なかったが、ロングスプリントの学生たちだけはしっかりと練習に参加し、モチベーションの高いパートでこちらもやる氣が出てくる。
 練習は、十分すぎる動き作りを駆使したウォーミングアップと150mの全力走×4。ウォーミングアップに2時間近くかかり、1年生はそれだけで疲れているように見えた。9時の段階では、風もなく雲も少なく日が照って、春のような暖かさで、全力走日和だと思った。しかし、2時間のウォーミングアップの間に、急激に南風が強くなり、若干寒さを感じるようになった。
 150mは、目標を20秒として走ったのだが、追い風で走れたおかげで、1本目から目標を上回る19秒4で走れた。最初は短距離や中距離で使っているカーボン入りスパイクを履いた。
 2本目は20年近く前のスパイク。薄っぺらい板にピンが付いているだけのスパイクなのだから、自分の加えた力が反発として直に戻ってきて、カーポン入りスパイクにはない心地よさがあった。これが自分の走りだと実感できるところが良い。2本目はさらにタイム上げ19秒2。
 3本目は、カーポン入りの長距離用スパイク。短中距離用のスパイクよりは、薄底のため1、2本まで履いたスパイクの中間のような履き心地だった。1、2本目より強い追い風が吹いてくれたため、さらにタイムが伸ばせ18秒8。ここまでタイムを上げることができるとは想像しておらず、自分の速度を超える良い練習ができていると思った。
 ここまで来ると4本目もタイムを上げたいという氣持ちになる。4本目は最もタイムを上げたい3本目と同じスパイを履いて走った。しかし風が弱まり、結果は19秒1。1、2本目よりは速かったので悪くはないが、最も速いタイムを出せず残念な氣分で終了となった。
 4本とも追い風のおかげではあったが、300mで40秒を切れる速度で走れた。この3年近く40秒を切っていないが、今年は切れるかもしれないという希望が出てきた。

■2025年1月9日(金曜日)
 練習は、ロングスプリントの学生たちと、200mの鵜澤選手のトレーニングを参考にしたトレーニング。バランスディスクの上に片足立ちになって、ボールをキャッチしたり、脚を動かしたり、不安定な中でバランスを取りながら動くという感じのトレーニングが多かった。四肢と體幹をできるだけ脱力させ、でんでん太鼓のような動きをするトレーニングもあったが、多くの学生が脱力ができず、どこか力だやっている感じが強かった。この部分の改善は、骨ストレッチが有効なのではないかと思った。機会があれば、学生たちに紹介したいと思う。
 後半に100mのスキップがあったが、これがかなりきつかった。どこか脱力できていない部分もあり、それが、少しずつ積み重なって體を動かしにくくしているように感じた。トレーニング全体を通して、いろいろと改善していきたいことが出てきた。

■2025年1月8日(木曜日)
 アメリカのトランプ大統領は、66の国際組織・協定から離脱したという報道があった。アメリカの国益にそわない、敵対的な議題を推進している組織や協定から離脱したとのことで、その半数が国連の機関というのがすごい。アメリカは、こういった組織への拠出金も巨額なので、これを拠出せず、国民のために使うのであれば、理にかなっていると思うが、逆に、これによりアメリカの影響力が低下することはないのだろうかと思った。日本は歴代総理が、次々と海外へ資金提供していながら、日本の影響力は全くと言っていいほど高まらない。そして、国内は増税により、国民の収入の内使える金額はどんどん減らされている。影響力の高まらない支出はトランプ大統領のように必要のない支出として減らす努力をして欲しいと思った。

■2025年1月7日(水曜日)
 練習は長距離パートの学生と400mのインターバル。学生たちは60秒休息で15本。自分は、設定が74〜78秒の設定のグループで走り、最初の5本が78秒、次の5本が76秒ということで、10本完走を目標にした。学生にとっては、つなぎのジョグのタイムをきっちり守りながら、緩めのインターバルをするという感覚だった。自分は逆に、つなぎを頑張るインターバルという感じだった。
 今日は、昨日や一昨日と違い氣温が低く、ウォーミングアップをしてもあまりからだが温まらず動きづらかった。結果は、最初の5本は、77秒4、80秒2、80秒1、79秒9、79秒2で、次の5本が、76秒6、76秒9、76秒2、77秒5、77秒1だった。1本目は、余裕を持って走れたが、つなぎのジョグが速く、ジョグで力を奪われる感じがあり、2本目が終わって3本目に入るときには呼吸も荒くなり10本完走ができるのだろうかと不安になった。その後も走っているときにはある程度我慢して走れ、つなぎのジョグの方がきついというあべこべな状態が続いた。後半は、寒さのため足の指がかじかんで感覚がなくなってきた。昨日のマーカー走の疲労も感じるようになりつつ、いろいろと意識を変えながら、ある程度楽に走ることができたが、最後までジョグはきついままだった。一人でやったら間違いなく途中で失速していたと思うが、集団で走るとさぼることができず何とかやれてしまうというのが、人と一緒に練習をするメリットだとあらためて実感した。学生たちに感謝。

■2025年1月6日(火曜日)
 ロングスプリントの学生たちと練習。メニューは、マーカードリル、ハードルドリル、20mの助走をし、6足長のマーカーを10個越え、30mそのままのリズムではしるマーカー走を3本3セット。最初は、速度も遅く、マーカーに足が合わず、上手く走れていなかったが、走るたびに江撮影した動画を見て、動きを修正し、本数を重ねるに従い速度が上がり、後半は動きが良くなり、全力に近い状態で走れた。昨日よりは氣温が低かったが風が全くなく、走りやすかった。練習後は、内転筋群やハムストリングスに疲労が来ていて、久しぶりに走ったぁという達成感があった。

■2025年1月5日(月曜日)
 連日、アメリカがベネズエラ大統領を拘束した件に関する報道が続いている。アメリカで麻薬がはびこり、多くの死者もでているということで、麻薬は大量破壊兵器であり、その原因となっているのがベネズエラだと名指し、大統領を麻薬テロリストにしていた。あとはアメリカ軍がいつ攻撃するのかという状況だったので、攻撃にはまったく驚かなかったが、大統領を捕まえてしまうというのが驚きだった。ベネズエラ軍は何をしていたのだろうか。あまり抵抗がなく、あっさりと大統領は捕まってしまい、裏では事がスムーズに進むよう、ベネズエラ国内でも事前準備がなされていたとしか思えないような感じだった。拘束されたマドゥロ大統領は、映像で見る限り、意外と普通にしていて、テレビカメラの前で、「こんばんは、新年おめでとう」と話す余裕もあって驚いた。事前に拘束するからそのつもりでいてくれというような打ち合わせでも合ったのではないかと思えるほどの穏やかさだった。
 アメリカのヘグゼス戦争長官は「力による平和」と話していたが、他国の元首をテロリストにして捕まえて裁くことができてしまうとなると、何でもありだなと思えてくる。どこの国でも力のある国が氣にくわなければ政権を転覆させられてしまうということになる。ロシアのウクライナ侵攻で、散々非難してきた国々は、今こそアメリカを非難しなければならないはずだが、これができないというのであれば、力による現状変更を認めるということになり、結局、力のある国が世界を支配し、全ての国が対等であるということは幻想であり、国連の存在価値はなしということになるのだと思う。

■2025年1月4日(日曜日)


お昼寝




久里浜港とJERA
 年賀状は、昨年で終わりにすべく、昨年の年賀状には、次年度以降は年賀状を出さない旨を記載したのだが、それでも今年は20通くらいの年賀状が届いた。年賀状が届いたという認識だけで、意外と文面についてはきちんと読んでいなかったり、それを記憶に留めるべくその旨を控えておくということをしていない人が一定数はいるのだなぁと思った。
 届いたからには、返信をしなければと思い、1日年賀状作成となった。住所録に住所変更がないかどうかなど記録し、宛名はプリンターで印刷できると思ったので、年賀状をコンビニに買いに行った。裏面に何か印刷がなされていてひとこと添えるスペースのある年賀状を買おうと思ったが、5枚で1000円を越えるという値段。あまりの高さに、こんなの買えるかと思い、結局1枚85円のインクジェット用の年賀はがきを購入し、裏面は自分で作ることにした。
 新年になってから、年賀状作成をするとは思っておらず、この時点で1日かけた戦いとなることが確定した。裏面作成は比較的スムーズにでき、住所も問題なく印刷できたが、裏面印刷は、プリンターがこちらの意図するものとは違った形で印刷をするので、年賀状が足りなくなり、またコンビニへ行ったりもした。結局こちらが納得できる形で印刷はできず、こちらは妥協せざるを得ない形での印刷となった。
 これで、今年の年賀状は、一段落ついたが、まだしばらくは年賀状が届くはずなので、届くたびに返信という形になるのだろう。年賀状は少ないが、お年玉くじが当たってくれればと思う。

■2025年1月3日(土曜日)


富士山



次男と犬
 箱根駅伝往路は、青山学院大学は、6区の山下りから後続を引き離し、完全な横綱相撲のレースとなり、復路でも復路新記録。テレビを見ている誰もが、山下りを終わったところで青山学院大学が優勝だろうと思ったことだろう。
 復路で最も氣になったのは、10区で区間新記録を出した駒澤大学の佐藤圭汰選手。高校記録保持者として大学陸上デビューし、室内5000mの日本記録を更新するなど、ケガで練習が継続が難しかった中でも結果を残した。特に驚いたのは、この2年間で3回の恥骨骨折。一度起こしてしまったケガは、二度と起こさないよう何らかの対処をするのが基本だと思うが、同じ骨折を3回繰り返している。厚底シューズは股関節に負担が来るような感覚があるのだが、単純に恥骨を3回骨折という言葉を聞いて、シューズの影響ではないかと思ってしまった。さらに1ヶ月間には大腿骨の疲労骨折。これだけの怪我をするとモチベーションも下がってしまう。本人も自暴自棄になり陸上をやめたいと思う時期があったとのコメントを残している。そういった時期を乗り越え、よく戻ってきてくれたなぁと労いたくなった。 

■2026年1月2日(金曜日)


懐かしの神社



富士川SAと富士山



富士川SAでの富士山写真展
 お昼前に実家を出て横須賀へ向かった。地元の道の駅へ寄ってお土産を見ていたのだが、実家から忘れ物を父が届けに来てくれ、さらに母も別の忘れ物を発見し道の駅へ届けてくれた。こちらがいろいろとやってあげなければいけない年頃となったのに、相変わらず世話になりっぱなしというのが何とも言えないところ。両親にとってはいつまで経っても子どもということにはかわりない。
 道の駅を出た後は、国道1号線から新東名高速へ入るつもりだったが、最近できたアウトレットモールの影響か、1号線は渋滞で、グーグルのナビを見ても新東名ではなく東名高速の方が選択され、昼の時点で御殿場付近は渋滞になっていて、時間が読めないので、思い切って行きたいところへ寄ってから高速道路に入ることにした。
 行った先は、自分が小さい頃住んでいたところ。自分の住んでいたアパートはなくなり駐車場となっていた。最寄りの神社は顕在で、子どもたちと初詣。お賽銭を入れるところのない珍しい神社だったが、久しぶりに小さい頃の思い出がよみがえってくると共に、子どもたちに自分の育った環境を紹介することができた。
 その後は、東名高速道路に入り、富士川サービスエリアで休憩。御殿場の手前から大渋滞。時間が全く読めなくなり、渋滞回避のため、大井松田で一般道へ。一般道は渋滞はなかったが、時間がかかった。江ノ島付近で長男お薦めのラーメンを夕食にし、自宅へ着いたのは夜10時半ごろ。12時間近い移動時間だった。
 箱根駅伝は青山学院大学が1区で16位と出遅れたが、その後少しずつ巻き返し、5区の黒田選手が、従来の区間記録を2分近く縮める快走で、先頭に立ち往路新記録でフィニッシュ。昨日同様、1区、2区、5区は区間新記録が出て、学生たちのスピードが向上していることが示された。明日も同じように区間新記録が出るのだと思う。

■2026年1月1日(木曜日)


初日の出



初詣



子どもたち
 朝は、ランニングで猿田彦三河神社へ。思った以上にからだが重く、往復110分もかかってしまった。久しぶりに田んぼばかりの風景を長時間眺めることができてよかった。
 ニューイヤー駅伝は1区から有力選手が多く名を連ね、面白いレースだった。2区は、GMOの今江選手とサンベルクスの吉田選手が際立っていた。両者とも区間新記録だったが、吉田選手は、いつものハイピッチで、端から見ているとずっと全力で走っているかのような走りで、よくこのリズムで長距離を走り切れるなぁと思うばかりだった。今江選手は、吉田選手に追いつかれながらも最後は振り切り先頭を守り区間2位。千葉大学工学部出身で、大学院の時に記録を伸ばし実業団入りというのが、有力校出身ではない者にとっては興味をそそる。
 その後は、初詣に行くなど家を留守にしたため放送は見られなかったが、GMOは5区と6区で区間新での区間賞。最終7区は独走状態で、大会新記録での初優勝。青山学院大学の卒業生が主力ということで、また来年度も青山学院大学の有力選手が加入することが予想される。そういった意味では、しばらくは、GMOが連覇をするのではないかと思った。
 今大会は、2区以降の区間は、全て区間新記録となった。しかも、2区は3人、5区は7人、7区は4人も区間記録を更新。選手のスピードが急激に上がってきている。厚底シューズは常に開発競争は続いているだろうが、だいぶん落ち着いてきて、選手たちは、シューズの機能を最大限活かせるようなシューズに合わせた走りが定着してきたということなのだろうか。この感じからすると明日以降の箱根駅伝についても同じように好記録が出るのではないかと思った。



[昔のいずみ]