Last Update:2026/3/31
| パートタイムアスリートいずみ 27年目に突入 |
| ■2026年3月31日(火曜日) | |
![]() 次男を中心に家族写真 |
次男の引っ越し。昨日までに荷物を整え、今日は荷物を載せるだけにしてあればスムーズに出発ができたのだが、昨日まで、次男は遊びに出かけるのに忙しく、結局出発当日までバタバタと荷造りをすることになり、出発は12時になってしまった。 部屋の鍵を手にできるのが明日の10時ということで、今日は部屋に入ることができないため、現地へ行く途中にある実家に泊めてもらうこととなり、車で実家を目指した。天氣が悪く、すごい勢いで雨が降り、車のライトはつけっぱなし。前の車が見えなくなりそうなくらいで、高速道路を走るのはなかなか怖かった。平日ということもあり、物流のトラックが多く、トラックからの水しぶきは特に視界を悪くさせた。 途中で緊急工事渋滞というものがあり、時速5kmくらいでしか進めず、予定よりもかなり時間を要した。結局実家へ着いたのは18時半ごろ。長旅だった。 |
| ■2026年3月30日(月曜日) | |
![]() 職場のオオシマザクラ |
昨日の朝起床直後に胃がピリピリと痛みが出て、今までに経験したことない痛みだった。日中は痛みを感じることはなかったが、夕食時には胃に朝とは違った痛みが発生し長く続いた。とりあえず、早めに横になり、今朝を迎えたが、今朝も胃に違和感があり、朝食を回避した。午前中もずっと違和感はあったが、さすがにお昼にはお腹がすき、昼食は食べられた。 今日は、たまたま職場の売店に、健康グッズ販売が来ていて、販売をされている方が氣功のできる方なので、胃の状態を診てもらい、氣を入れてもらった。こちらの話を聞いた感じからすると、結構悪いのではと思われたそうだが、それほどでもないとのことで安心した。 胃は、ストレスなどを敏感に感じる部位なので、この痛みにより自分に何かを伝えようとしてくれているのだろう、自分自身は、何も感じていないが、わざとストレスを感じないようにしているということも考えられる。自分自身の内側を探求するタイミングなのかもしれない。 |
| ■2026年3月29日(日曜日) | |
![]() 朝日 |
1か月ぶりにサーキットトレーニングを実施。昨日、試合モードに切り替われたこともあり、久しぶりの実施にもかかわらず、1か月前とは大きく違い、キレのある動きができ、3セットともほぼ同じタイムで、後半ペースダウンすることがなかった。サーキットトレーニングの後は、4000mのペース走を予定していたが、ウォーミングアップの時点で、左下腿の肉離れの部位が、少々疼き、また肉離れになってしまっては困るので、ペース走を回避し、30分ゆっくりとジョグをして早朝練習を終えた。 午前は、妻と次男が妻の実家へ行くので、駅まで送っていき、その後、ホームセンターへ行き、ナスとトマトの苗を購入。そのまま帰宅し、自宅で庭仕事。 庭仕事は、芝生のサッチを集めることから始まり、畑で背丈の伸びた草を適度に刈り、伸びてきた長ネギに土寄せをし、垣根の空いているスペースにナスとトマトを植えた。さらに勝手に生えてきた小松菜を収穫し、大豆を植えるべく、まずは種を水に浸した。 庭仕事は、午後まで続き、3時ごろにやっと昼食。その後は、干しておいた洗濯や布団を取り込み、次の洗濯物を干し、氣が付けば夕方になっていた。1日犬にかまってあげられず、夕方になってやっとゲージから出し、いつもより長く散歩。今日は、ビーグルに対して吠えていた。人懐っこいのに犬に対しては吠えることが多い。もう7歳なので、そろそろ落ち着いてほしいところだ。 |
| ■2026年3月28日(土曜日) | |
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横須賀市春季記録会800mに出場。今日は、中学生と一緒に走ることとなり、同じ組には三男の友だちもエントリーされていて、直接対決という感じだった。レースのイメージはあまりせず、流れに身を任せ、とにかく前半は頑張らずに上位集団で行ければと思ってスタートした。 スタートして100mは、自分の外側の選手たちがあまり速くなく、自分が先頭に立ってしまうのかなぁと思いながら走っていたが、100mをす通過する手前で、内側から中学生が抜いて行ってくれたため、彼の後ろの2番手で走ることができた。 無理のない適度なペースで走れ、1周目は60秒。このままの感じで行けば2分に近づけると思ったが、先頭は、2周目に入ってすぐにペースダウンとなり、自分の後ろから先頭に出ていく子がいたため、すぐにその子をマークして走ることにした。500m通過は、1分16秒9。走っているときにはラップを見る余裕はなかったが、だいたい昨日のタイムに近いところで通過していた。 2周目のバックストレートは、無理なく先頭について行け、残り200mからは、少しずつ動きが鈍くなり、残り150くらいから、少しずつ先頭との差が開いてきてしまった。最後の100mは、自分の失速をいかに抑えて走り切るかというところだったが、先週の400mほどではなかったが、大腿部を前にスイングできず歩幅がせまくなり、転びそうになるのをこらえながら、後ろから迫ってくる選手から必死に逃げて2位でフィニッシュ。タイムは2分05秒91。昨年のシーズン記録を上回るタイムで走れた。後半の400mが66秒近く、2分を切るという状況ではないが、肉離れから3週間で、よくここまで戻すことができた。自分のからだに感謝したい。 |
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| ■2026年3月27日(金曜日) | |
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明日は記録会で800mを走るというのに、この1週間は、バイクの全力こぎと30分のジョグを2回やっただけで、全くトラック練習をしていない。少し刺激を入れなければと思い、30分ジョグの後、500mを走った。 500mのイメージとしては、気持ちよく60秒で400mを通過し、そのままペースを落とすことなく500mを75秒で走るという感じだった。しかし、前半から思っていたような動きができず、400mは、あまり余裕のない感じで61秒0で通過。500mは77秒6。最後の100mは失速するところを必死にこらえながら走り、ほぼタイムトライアルという感じになってしまった。 今日は、スパイクを履いていないので、明日は、今日ほどきつい感覚は回避できるとは思うが、先週の動きと比べると、動きにキレがない。明日は、カーボン入りのスパイクを履くつもりなので、今日くらいのペースを目安に、前半は控えめに走っていこうと思う。 |
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| ■2026年3月26日(木曜日) | |
| 三男は、5月に修学旅行が控えているのだが、修学旅行に自分のカメラを持っていけなければ修学旅行にはいかないと言い出した。普通の感覚では、修学旅行に高額なカメラを持っていくことは学校側から許可されるはずはなく、担任の先生に確認すればいいが、修学旅行には目的があって、個人的に写真撮影に行くのではないので、普通に考えれば許可されることは考えられないが、修学旅行は、大事なイベントで参加してほしいと伝えてのだが、「カメラを持っていけないなら絶対行かないし、そのお金で自分で旅行する」と言って、怒り出してしまった。ここで怒っても仕方ないので、先生に聞いてみなということで、それ以上深入りしなかったが、あまりにも自己中心過ぎて驚くとともに、心身不安定な思春期だなぁと思った。先生たちはこういった生徒ばかりの中で指導していると思うと、本当に頭が下がる思いだ。 | |
| ■2026年3月25日(水曜日) | |
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妻は土曜から声が出なくなり、4日経ったが、かすかに声が出る程度で、改善しない状態で出勤。幼児に英語を教えるということをしているが、今日はなんとサイレント授業をおこなったという。それでも子どもたちには好評だったようで、新たな授業のやり方を身に着けたようだった。とにかく職場に迷惑をかけずに何とかなってよかった。 三男は、今の学年の最終日。冬休み明け後登校したのは、スポーツ大会の時1回のみ。今日も朝は起きてこないので、欠席するのかと思っていたのだが登校していた。次の学年は、登校すると宣言はしているが、この1年は、クラスの騒がしい生徒たちがどうしてもいやで登校しなかったと話していることから、次のクラスが納得のいくメンバーになるとは限らないため、少しでも学校へ行こうと思えるクラスメイトに恵まれることを願うばかりだ。 |
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| ■2026年3月24日(火曜日) | |
![]() 学位授与式会場 ![]() 担当教員から学位記授与 |
長男の大学の学位授与式に参加。東京の学校なのに、なぜか会場は横浜みなとみらい。入学式もみなとみらいだったが、東京で開催しようとすると会場代が高かったりするからなのだろうか。 学校は学部によって式の日程が違い、今日は学部生と大学院生、合わせて600名程度の学生が参加しての式となった。会場正面奥には、巨大なパイプオルガンがあり、最初は学校の教授によるパイプオルガン演奏から始まった。その後は、学位授与や優秀な成績を収めた学生の表彰、来賓や学長の祝辞、学生による送辞と答辞があった。最後に、校歌を歌うことになったのだが、歌を歌っているのは、壇上の学長をはじめとした職員のみで、学生たちは一度も歌ったことはない歌を強制的に歌わされている感じなので、誰も声を出していなかった。この場面を見て、学生たちの学校への愛着はあまりないのかなぁと思った。ちなみに、国旗が掲げられることも国歌斉唱もなかった。 式が終了した後、学生たちはそれぞれの研究室教官から、コメントを頂きながら学位記を頂いた。長男の研究室は卒業生が20名くらいいて、一人でそれだけの学生に1年間対応していたことを考えると、本当に頭の下がる思いだった。 片道2時間半もかけて学校へ4年間通い切り、それだけでもよく頑張ったなぁとあたらめて思った。卒業おめでとう。 |
| ■2026年3月23日(月曜日) | |
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AIについてオンラインセミナーを受講。AIをどう活用するかというテーマだが、自分のビジネスをどのように広げていくかという内容だったため、自分が期待していたものとは違っていた。 AIが進化するほど情報発信は自動化していくことになり、SNS、動画、広告はAIでの作成となる。これらの情報は増え続けるだけで、結果的には集客につながらないとのこと。それよりは、無料のコミュニティを作り、その少ないメンバーの中でお互いを紹介し合うという連鎖のほうが、確実に集客できるようだ。そして同じジャンルで戦っている競合相手を探し、その人と組むことができれば、それぞれの顧客を紹介し合うことができ一気に集客人数が広がっていく。これは以前学んだジョイントベンチャーの手法法の紹介だった。 興味を持ったのは、AIエージェント。自分の中にきちんとした設計図を描いた状態で的確に指示ができれば、自分の想像を超えたプレゼンテーション資料ができそうだ。 |
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| ■2026年3月22日(日曜日) | |
![]() 桜が満開の渋谷 |
東大競技会400mに出場。肉離れをした左下腿部が氣になりながらウォーミングアップをしたが、動き自体はとても良く、再発しないでくれと思いながら、今日は20年以上前の旧式のスパイクを履いてスタートラインに立った。 スタート直後の2〜3歩は地面に力があまり伝わっていない感じはあったが、その後はきちんと力が伝わり加速している感覚があった。普段の練習よりもピッチが高く速度が出ているように感じ、100mで外のレーンを走っている選手にかなり近づいた。 200mを通過するときに、他の選手をサポートする人が通過タイムを流し読みしてくれていたが、聞こえてきた声が「24、25、26」ということで、26秒を切るハイペースで通過したことを把握した。このまま行ければ56秒を切ることもできるかもしれないと思ったが、250mを過ぎる頃から、脚が動かなくなり、外側のレーンを走る選手との距離がだんだん広がってきた。最後の直線は、脚がパンパンに張って全く前に出すことができなくなり、上半身が先に行ってしまって前のめりに転びそうになるのを必死に堪えながら動かなくなった脚を無理矢理動かし続けてフィニッシュとなった。残り100mの失速は、ジョギングより遅いのではないかと感じるほどで、今までに経験がないほどの急激なペースダウンだった。 結果としては57秒01。学生に撮影してもらった動画から何度かタイムを測ってみたが、前半200mは25秒台では入っていて、300mは40秒台。そして最後の100mは17秒近いタイムだった。 普段の練習では出せないタイムを200mで出すことができ、昨年よりはスピードを上げられるようになったのは大きな収穫だった。昔のことを思い出せば、今日のタイムは軽く流しても出るようなタイムだが、今はこれが自分の実力。300mくらいまでは54秒台で走った選手と肩を並べて走り、55秒台だった選手には、残り50mくらいまでは先行していたので、前半をもっと抑えた走りができれば、55秒台も見えてくるのではないかと思った。 来週は、市の春季記録会。800mで2分に近づける挑戦をしたい。 |
| ■2026年3月21日(ド曜日) | |
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年に1回の子どもたちの50m測定を実施。今年は長男が昨年の交通事故の影響で走ることができず不参加となり、10年続いた3兄弟の数値比較はここで途絶えることとなった。もし今年ができたとしても、来年は次男が自宅にいないので、この日が来るのは時間の問題だったとも言える。天候や子どもたちの都合や健康状態など、様々な不確定要素を乗り越えて、子どもたちが計測を楽しみにしてくれていたこともあり、10年間続けてこられた。協力してくれた子どもたちに感謝しかない。 この1年は、次男は11月以降は受験勉強で運動不足、三男は、学校には行かないが時々部活に参加する程度で、2人とも運動不足の状態での計測となった。今回は久しぶりに、肉離れの部位が氣になりながらも自分も計測に参加し、子どもたちに挑んだ。 結果は、次男が6秒54、三男が7秒03、自分は7秒05だった。次男は、ウォーミングアップの段階で肉離れしそうと言いながら、3本走り、昨年と0秒02しか変わらないタイムで走った。三男は、6秒台を狙っていたが、もう少しのところで達成できなかった。しかし、昨年よりも0秒34自己ベストを更新した。逆に自分は、全力で走って7秒を切れず、さらに三男にも負けてしまうという悲しい現実を突きつけられた。身長はほぼ並ばれ、垂直跳びでも2cm差をつけられた。 10代の子どもたちは運動不足でも、身長や筋力などが発達し、放っておいてもからだは変化していく。50代はそうはいかないということを改めて実感すると共に、子どもたちの成長を喜べる時間となった。 |
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| ■2026年3月20日(金曜日) | |
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昨日の疲労は特になく、今日の時点では筋肉痛のような症状もない。今日はジョグくらいはしようと思い、職場へ行ってみたが、明日、子どもたちの50m計測をする予定なので、機材のチェックをしているうちに、あっという間に時間が過ぎて、結局運動する氣分になれず帰宅となった。タイムを測る機材に設置されているストップウォッチ8個中7個が電池切れとなっていたが、かろうじて1個だけ使用できて、一安心。すぐに業者へ電光間の見積依頼のメールをした。 帰宅後は、撮り溜めていたテレビ番組の視聴。NHK大河ドラマは、以前「秀吉」で秀吉役だった竹中直人が松永久秀、秀長役だった高嶋政伸が武田信玄、「鎌倉殿の13人」で主役を演じた小栗旬が織田信長をするなど、以前の大河ドラマで主役や主役に近い役柄を演じていた俳優たちが脇役として出てきて、なんと豪華な配役なのだろうと思ってしまった。 フジテレビで放送された「3.11 東日本大震災15年 福島第一原発事故 命の戦い」も視聴。一部フィクションを入れながら、実際に自衛隊が撮影した映像を組み込みながら、当時原発対応がとのようになされていたがが描かれていた。目に見えない放射線を過剰に浴びているかどうかは線量計の警告音だけが頼りであり、自衛官たちが見えない恐怖と闘い、死を覚悟しながらミッションを遂行していて、あの瞬間に立ち会った人たちにとってはあの場は戦場だったということが理解できた。当時の関係者に対しては感謝しかない。いざという時のための自衛隊の存在が如何に大切かということが、被災していない方にも感じられるドラマだったのではないかと思った。 |
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| ■2026年3月19日(木曜日) | |
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関東学連春季オープン800mに出場。昨日の400mをイメージして走ることを念頭にスタート。今日は肉離れの下腿部が不安で、完走は目指さず、スパイクも履かず、600mまで昨日の400mのような走りをすることを目指した。 出場選手のエントリータイムは全員2分以上だで自分が一番エントリータイムが遅いため引っ張ってもらえることを期待していたが、スタート直後の加速がなかなか良かったことで、バックストレートに入ったところで、先頭に出てしまっていた。無理に減速をしてはマイナスなので、その感覚のまま先頭を走った。ホームストレートで横に並びかける選手がいたが、氣にせず並走した。1周目は59秒台で、だいだい昨日と同じ感じで走れた。その後は並走してきた選手に先頭を譲り、2番手で走った。しかし、先頭のペースは減速気味で、望ましくないなぁと思ったが、彼を抜くほどの余力はなく、ただ後ろについて走るしかなかった。バックストレートでは、先頭の選手に若干置いていかれたが、予定通り600mを走り切って途中棄権。タイムは1分31秒台。 前半と後半の300mを腕時計で計測しながら走ったのだが、前半は43秒台、後半は48秒台だった。トータルタイムは、だいたい想定内だったが、後半の300mは800mのレースとしては、あまりよろしくないラップだった。入りをもう少しゆったりと入りイーブンペースで走れれば、800mでも2分も近づいてくるのではないかと思う。 |
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| ■2026年3月18日(水曜日) | |
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練習は30分ジョグと300m。ジョグは、おととい実技講習で学んだ胸骨を意識して走った。腕を振る度に胸骨が上に上がる感じが出せると、重心は前に行きやすく、走りやすかった。また、骨ストレッチで学んだ、蝶形骨と仙骨をつなぐきっかけを作るようにてのポジションを変えて走ると、自然と重心が前に行き、ピッチも上がり、氣持ちよく走れた。この方法は特に上り坂では有効で、走りやすかった。 400mも、長脛骨と仙骨をつなぐ動作をしながらスタートすると、加速がスムーズで、ピッチが上がり速度も上がり、400mで終わってしまうほどの疲労感はなく、もう200mくらいは継続できそうな感じで走り終えることができた。タイムは59秒1。明日は記録会。この感じで走ることができればと思う。 |
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| ■2026年3月17日(火曜日) | |
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トランプ大統領が日本を名指しでホルムズ海峡に艦船を出すよう要求しだした。「日本はホルムズ海峡経由の石油輸入が95%」であり、「米軍が45000人駐留し、危険から保護している」から「喜んで協力すべき」と述べている。最初のSNS投稿では「願わくば」という表現だったが1日たって「血の代償を払うよう強く促す」と表現が変わった。 ヨーロッパは、「これはヨーロッパの戦争ではない」というコメントを出し、協力的な雰囲気はない、ウクライナの時と立場が逆になっている。アメリカとイスラエルが攻撃しなければ、こういうややこしいことにならなかったという思いがあるのだろう。勝手に火をつけておいて、消火に協力しろといわれ、何で?という感じか。イランは、「不正な侵略を行う我々の敵や同盟国のみホルムズ海峡を封鎖している」とのことで、うちは関わりがないという立場をとる方が、自分の首を絞めなくて済む。そうするとさらにアメリカからの圧力が高まるという面倒くさい循環に入っている。 日本は、法的に可能な範囲で検討中とのことだが、法的に自衛隊を出すことはなかなか厳しく、このタイミングで大統領と会談しなければならない総理大臣は、大変な仕事だと思う。関税の時も、圧力で簡単に「はい」という日本を最初のターゲットとしていたが、今回も同じパターンになりそうで心配だ。大統領との会談までほとんど時間がないが、国民が支持できるディールをしてきてほしい。 |
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| ■2026年3月16日(月曜日) | |
![]() 満開の桜 |
練習は、30分ジョグ。今日はアスファルトに出て起伏のある観音崎も走った。左右とも座骨結節付近から大転子にかけて痛みのような違和感があり、さらに、この2週間運動をしていなかったのに、両ハムストリングスが張っていて走りはぎこちなかった。大阪で2日間座り続けた影響があるのかもしれない。肉離れの患部周辺については、全く影響はなかったが、やっぱりその少し上の膝裏近くはしこりがあるような痛みが継続していた。 ジョグの後に、芝生で速度を上げて50mを走ってみた。股関節回りとハムストリングスは違和感がありながらも患部は痛むことなく走れた。その後、50mのバウンディングを2本。2回とも21歩。22歩かかってしまうのではと予想していたので、意外とからだは動いていくれた。バウンディングも患部に痛みはなかったので、最後にトラックで50mのダッシュを2本。こちらも患部には痛みはなく、なんとか速度を上げて走れることが確認できた。だいたい治療院の先生が予想した通りの経過をたどれている。 |
| ■2026年3月15日(日曜日) | |
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ランニング学会2日目。2日目は昼食の休憩がほとんどなく、実技、特別講演、前年度優秀発表者の講演、プロジェクト研究報告が2題、特別講演が2題あった。 最初の実技は、実業団のコーチをしている体育学校の後輩が講師で、パワーポジションの作り方と、走りへのつなげ方について学ぶことができた。単純に自分の重みを使って走るのではなく、胸骨の位置をちょっとずらすだけで力の発揮が変化し、楽に前に出られる。ゴムチューブなどの道具も使い、様々な方法で、體感できるよう工夫されていて、面白かった。 最初の特別講演は「ランニングとレジスタンストレーニング」。中・長距離ランニングパフォーマンスに対する筋力トレーニング効果についてのシステマティック・レビューやメタアナリシスの紹介があり、高強度レジスタンストレーニングとプライオメトリクスの複合的なトレーニングの効果について言及されていた。体重が増えると酸素消費量が上がり、体重が減ると酸素消費量は下がることから、特に女性の長距離選手は食事を制限するなどして体重を減らそうとするが、全ての質量が悪であるという罠に陥らないように注意が必要だと述べられてた。筋力を高めれば、当然ある程度体重の増加がある。しかし、筋力を高めることで、腱の弾性エネルギーをためる能力があがり、パフォーマンスにはプラスに働く。すべてはバランスなのだと思った。 2つ目の講演は、今年の1月3日の箱根駅伝で給水おじさんとしてバズった八田先生の講演。テーマは、「乳酸から考えるランニング」。世の中では相変わらず乳酸が疲労の原因だという間違った知識が広められている。乳酸は糖の分解量が多いときに発生し、糖の量は少ないため、400mや800mの後半は、糖の分解量が低下するため乳酸の量も低下するという。疲労の原因の一つとしてリン酸が考えられ、リン酸が多くなると、筋肉内の筋小包体で出入りしているカルシウムイオンの動きが制限され、結果的に筋肉が動かしづらくなるようだ。耐乳酸トレーニングとして300m+100mという練習をすることがあり、300mの直後は乳酸の値は高いかもしれないが、少し休むだけで、増加していたリン酸が、クレアチンリン酸に再合成され、ATPが作られる状態になってしまうため、残りの100mはダッシュができてしまうので、あまり意味がないということを強調されていた。中・長距離では、最後まで糖を残しておき、大事なところで使うのが理想であり、ペース変化があると糖を使ってしまうことから、スパート手前まで一定ペースで走ることが重要だとも述べられていた。トレーニングでミトコンドリアを増やすには、LTを上げることが重要で、高強度のインターバルトレーニングは、糖利用も脂質利用の能力も高まるという研究結果もあると紹介されていた。糖利用の能力を高めるのに、何も食べていない状態で走るのも一つの方策とのことで、朝練や、前日に糖を消費するような練習をして、翌日も糖を消費するような練習をするということも考えられるとのことだった。 様々な人と出会い、話すことができ、とても刺激のある2日間だった。 |
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| ■2026年3月14日(土曜日) | |
![]() いつ見ても氣持ちのいい山 |
ランニング学会で大阪へ。朝4時半前には自宅を出て、何とか9時前には開催地の大阪学院大学へたどり着いた。初日のプログラムは、2つのシンポジウムと研究発表があった。 最初のシンポジウムは、「女子長距離競技の未来」がテーマ。女性特有の問題についての言及が沢山あったが、印象に残ったのは、東京マラソンは世界のメジャーマラソンのなかでも参加者の男女比率が他の大会とは全く違い、男女比が8対2くらいだが、アメリカでは5対5くらい、ヨーロッパでも5.5対4.5くらいなのだということだった。また、コロナ以降、大阪の高校では長距離に取り組む女子が激減しているという。さらに部活の地域移行により活動する人が減る可能性があり、部活をベースとした日本の文化や秩序が崩れてしまうのではと高校で指導されている先生は警鐘を鳴らしていた。さらに、中学高校の先生は、試合での審判をしているが、その人材の確保も難しくなり、試合が成立しなくなる可能性も出てきているそうで、中学高校の現場では、問題だらけだということを知った。海外のマラソンでは、年齢によって制限時間に変化があり、それぞれの年齢でモチベーションを持てるよう大会が設計されているが、日本では、メジャーな大会では、そういった配慮がないということも分かった。今後は、年齢別の制限時間を設けるなど、あらゆる世代に配慮した大会運営が求められるようになりそうだ。 二つ目のシンポジウムは「学校体育から見るランニングの未来―現場教員との対話から生まれる新たな可能性―」。学校体育における持久走・長距離走は「つらい」「苦しい」という否定的な経験と結び付けられていることが多いが、現場では、そういった思いをしないよう様々な取り組みが行われていることが紹介され、会場で、さらにアイデアを募り、議論が行われ、会場の一体感を感じるような面白いシンポジウムとなった。 夜は、大学時代の同期と再会し食事をした。彼は医師をしているが、看護師さんの話や、コロナの時期のワクチン注射の話など、現場でしかわかない裏話を聞くことができた。今では笑い話のようになってしまうかもしれないが、当時の緊迫した状況など、医療現場の大変さが理解できた。 |
| ■2026年3月13日(金曜日) | |
![]() 卒業直前の4年生来室 |
8日ぶりにジョグ。左下腿の痛みは、患部は痛みがないが、膝裏の少ししたの部分は、相変わらずちょっと固まりがあるような感覚と痛みがあるが、歩いているときには氣にならなくなった。リハビリとしてつま先立ちになってカーフレイズをしているが、その際には、少し氣になったりする。ジョグでも、走り始めは、少し氣にはなったが、足関節の最大可動域を使うわけではないので、すぐに氣にならなくなり、久しぶりのジョグができた。来週から記録会が始まるが、やっとジョグができた状態で敷かなく、現状ではレースというのは、なかなか想像しにくい。 |
| ■2026年3月12日(木曜日) | |
![]() つくし発見 |
大学のOB教官の集う会に出席。本来は、定年退官される教官を送る会になるのだが、今回は、定年退官される教官の出席がなく、新たに入ってきた教官を歓迎する会になった。話題は、人事だったり、制度だったり、最近の学生の話だったりするのだが、どの教官も、問題に思っていながらも、結論が出せない問題に直面していた。それはAI。職場がAIを制限している環境なのだが、今後はさらにAIを活用できる人が有利になることから、活用の方法まで教育した方がいいのではとはなす方がいたり、すでに学生たちはAIを使っていて、論文をいくつか読んでまとめてくるという課題を出しても、本人が取り組まずAIで答えを出してきてしまい、課題として成り立たないということで、そういう課題を出さなくなったと話す方もいた。それぞれの教官が試行錯誤している状況がよくわかった。AIに依存すればするほど、依存する人の能力は育たない。しかし、活用できる人材にもなってほしい。この矛盾を矛盾なく良い方向に向かわせられる方策はあるのかどうか。今後も議論が続きそうだ。 |
| ■2026年3月11日(水曜日) | |
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ベン・ゼインという方の「AIが”動物の言葉”を理解し始めました..これはヤバい」というタイトルの動画を見た。世界の様々な研究機関が様々な動物と会話をしようと試みており、どんな研究がなされているか紹介されていた。 日本の企業ではカラスの会話について研究し、カラスの言葉で「鷹が来たよ」という音声を流すことでカラスがその場から飛び去りゴミが荒らされなくなるという機器をすでに販売している。 クジラとの会話についての研究では、8719パターンの複雑な会話をしていることが判明し、方言もあるということがわかった。 コウモリの研究では、1万5000件の会話をAIで解析したところ、コウモリたちは常に喧嘩をしていることが分かったという。また、会話は全体に対してするのではなく特定のコウモリに対して話していて、お母さんは赤ちゃんに対して赤ちゃん言葉を使っていることも分かった。 グーグルは、イルカを研究し。イルカが会話をしている時、次にどの音が来るかをAIで解析し、人間とイルカの間に共通言語を作ろうとしている。 ゾウの研究では、会話を録音してAIで解析した結果、お互いを名前で呼び合っていることが分かった。 様々な分野で動物と会話をできることを目指しているが、それが進むと、動物の言葉が理解できるようになるため、動物の権利など、倫理の問題が発生してくる。牛、豚、鳥とも話せるようになると、動物の肉を食べるのも考えざるを得なくなるかもしれない。 今、我が家では犬をかっているので、犬と会話できたらと思うことはよくあるし、以前はインコを飼っていて、インコが家から逃げ出した時には、インコと会話ができたらと思ったことがあった。AIにより、会話のできる可能性が高まってきた半面、動物を食べている人にとっては都合の悪いことにも目を向けなければならなくなり、メリットとデメリットがせめぎ合い、単純に会話ができるようになることを喜べないなぁと思った。 |
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| ■2026年3月10日(火曜日) | |
![]() こんなの頂きました |
アメリカ、イスラエルとイランの戦いは続いている。この影響で、ロンドンのロイズ保険などの海運保険会社が保険に応じなくなってしまった。これらの保険がないまま、ホルムズ海峡を渡ろうとするタンカーはないため、事実上の海上封鎖の状態となってしまった。これにより原油価格は高騰し、世界経済へ大きな影響が及ぶことは間違いない。いざという時のための保険なのに、保険会社がそのリスクから逃げることができるというのに驚いた。何もないときには、しっかり儲けて、リスクのある時には逃げるというのであれば、詐欺ではないかと思えてくる。結局、ホルムズ海峡の通行を妨げているのは、間接的には戦闘かもしれないが、直接的に妨げたのは、保険会社なのではないかと思ってしまった。 |
| ■2026年3月9日(月曜日) | |
| 左下腿の痛みは、昨日からほとんど変わらず、膝裏に近い部分は歩行での離地の瞬間から痛みが出る。受傷部位は、膝裏よりはいくらか下なのだが、強く痛みが出るのが膝裏に近い部分になっている。夜は行きつけの治療院行き、微弱電流と超音波で治療した後、先生の徒手での施術を受けた。膝裏の痛みは、腱が硬縮しているためとのこと。受傷して4日目で、この状態はかなり順調なので、明日以降はSLR(仰向けで膝を伸ばした状態で脚を上げる動作)とカーフレイズを始めて、3,4日後には、ゆっくりとしたジョグをしてもいいとのアドバイスをいただいた。今の自分の感覚では、3、4日後にジョグができるとは想像ができないのだが、先生の指示通りリハビリをやって様子を見たい。 | |
| ■2026年3月8日(日曜日) | |
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骨ストレッチ講習会に参加。今日も2時間で全く想像できないほど體が動くようになった。仙骨を意識させ、蝶形骨とイメージを連動させることを最終目標として講習会が始まった。 最初は、頭頂部分を押し込んでの骨ストレッチ。頭頂部分を触れる指にもこだわって、ある指を使うか使わないかでやった後の感覚が違い、微差が大差になってしまうことを実感した。後半は、蝶形骨を意識しながら仙骨を動かすイメージの練習。なんとなくイメージができるようになると、背骨の動きもイメージしやすくなり、イルカやチーターの背骨の動きを意識した動きもできそうな氣がしてきた。この場では、この場にいる人たちの意識の相乗効果で、すごい動きができるようになったのだが、明日以降一人でそれが再現できなければ講習会に参加した意味がない。なんとか再現を継続して自分の動きに取り入れていきたい。 |
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| ■2026年3月7日(土曜日) | |
![]() 通路での写真展示 ![]() 家族で食事 |
三男が先日横須賀中央のイルミネーションをテーマにした写真コンテストで受賞した。今日は、その写真が展示されている横須賀中央へ三男と見に行った。 展示スペースは、高層ビルの店舗が並ぶ1階の通路だった。どこかの部屋に展示スペースがあると思って訪れたので、ただの通路で、多くの人が写真に見向きもせず通り過ぎてしまうような場所だったためがっかりした。インスタグラムに投稿した写真を印刷して、張り出してあったので、写真というには、ちょっと雑な印刷となっていて、さらにがっかりさせられた。 三男は、ロマンティック部門でトップの優秀賞だったのだが、名前は氏名ではなく、インスタグラムの投稿名ということで、投稿名を見ても誰だかわからないというものだった。氏名が公表されないのは、残念だったが、そういうことになっていたのだから仕方がない。三男と賞を取った作品を一枚ずつ鑑賞し、写真について語り合う時間を持てた。今まで写真について語り合うことはなかったので、三男について理解を深めるとても良い時間を過ごすことができた。きっかけを作ってくれた主催者にも感謝。 |
| ■2026年3月6日(金曜日) | |
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次男の卒業式と国立大学前期試験の結果発表の日。卒業式開始の午前10時に結果発表が行われるということで、次男は、卒業式の会場で、合否を確認することとなった。卒業式が始まり、しばらく経つと、次男が首を動かすようなしぐさがあり、ちょっとふてくされているようにも見えた。これは、不合格だったのかと思えるしぐさだった。卒業式は、終わりに近づき、卒業生が参列する父兄の方に向いて合唱をする段階になり、次男もこちらを向き、目が合った際に首を横に振り、不合格だったことが確認できた。 卒業式が終わり、生徒は教室に戻り、先生から卒業証書を受け取るということになっていたのだが、次男だけが教室に戻らず、こちらは探し回ったが見つけることができなかった。教室で最後に全員でクラス写真を撮るというところまでいったが、結局最後まで次男は姿を見せなかった。教室でのイベントがお開きとなり、次男の友だちに次男がいないことを伝え、心当たりのある場所を友だちに探してもらった。次男は自習室にいたようで、みんなが教室からいなくなるようなタイミングで教室へ戻ってきた。次男は再会したところで、泣き崩れてしまい、なんと声をかけてあげればいいのかわからなかった。次男がうずくまっているところで、先生も駆けつけてくれ、次男は泣き止み、先生から卒業証書をいただいた。 午後は、卒業に関連したイベントがあるようだが、次男は、それには参加せず帰ると言い出し、仕方ないかと思っていたのだが、その前に、部活での見送りがあるということで、部活の集まりに参加した。3年間所属した部活は、彼のよりどころで最も思い入れのある場だった。部員は少なく、在校生一人一人から言葉をもらい、卒業生3人もそれぞれの思いを語った。涙あり笑いありで、次男が子の部活で濃密な時間を送ってきたことがわかり、うれしくなった。最後に2人の顧問の先生からも言葉をいただき、記念撮影となった。その頃には、次男の顔に笑顔が戻り、参加しないと言っていたその後のイベントにも参加となった。良い仲間に巡り合えた3年間で、この学校へ進学して良かったと思えた。 次男は、国立大学への進学がかなわなかったので、すでに合格し、入学金を入れている私学への進学が決まった。捨てるはずの入学金が無駄にならず、設備の充実した学校で4年間を過ごすことができる。結果的には、学費を払う側は大変だが、私学で良かったのではないかと思った。 |
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| ■2026年3月5日(木曜日) | |
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ロングスプリントの学生たちと練習。メニューは、チューブトレーニング、各種ドリル、60m×2,300mタイムトライアル、その後さらにチューブトレーニング。 2月は体調不良が続いて、思うように練習ができなかったが、2月下旬から少しずつ中距離パートの学生の練習に交じって、刺激を入れてきて、やっと1本だけに集中するようなタイムトライアルにこぎつけた。目標は40秒台。学生たちは35〜38秒台で走るので、離されながらもあきらめず、どれだけこらえて走るか、自分を試す場だった。 スタート直後は、思っていたよりも学生に離されずに走ることができた。100m過ぎのコーナーからは、一氣に差が開いてきてしまったが、リズムは崩さずに走れていて、最終コーナーを抜けてもなんとかそれが保てていた。最後の直線は、からだが固まり、必死に手脚を動かすのみ。大きく失速したが、タイムは、40秒9。なんとか目標を達成できた。 氣分を良くして、最後のチューブトレーニングに入り、数種目を行ったのだが、最後にやったチューブで負荷をかけ腿上げをしながら進む動作の最後の5歩で左下腿に激痛が走り、そのまま倒れこんでしまった。その後は、普通に歩けず、膝裏に近い下腿部に塊がある感覚で、膝を曲げると激痛が走った。 夜は、行きつけの接骨院へ行き、エコーで下腿部の状態を診てもらった。その結果、腓腹筋が少し切れているようだった。自分が痛みを感じる部位と、実際にキレている部位い若干開きがあったが、痛みの出ている部位は、拘縮しているようだ。先生からは2週間後に試合を予定しているが、なんとかそれに間に合うように治療をしましょうと言ってもらえた。今の状況では、歩くのもままならないので、2週間後に試合に出られるとは想像ができない。しかし、治療院の先生の見立てを信じて今やれることをやろうと思う。 |
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| ■2026年3月4日(水曜日) | |
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練習は中距離パートの学生と400m×6。休息は3分。設定タイムは66秒。 1本目は、先頭の学生がすごい勢いでスタートしていき、間違いなく60秒を切るペースだったため、ついていくことができなかった。しかし、先頭の学生は後半ペースを落とし、最終的には彼に追いつく形で1本目のフィニッシュとなった。タイムは64秒0。設定よりは速く、1本目から呼吸は激しく追い込まれた。 2本目は、1本目の反省をしたのか、ペースはゆったりとして最後まで無理をすることなく走り切れた。タイムは、65秒2。ほぼ設定ペースで走れたが、走り終わった後は、呼吸が苦しすぎ、呼吸が整わないまま3本目のスタートとなった。 3本目は、先頭を走っていた学生がやめてしまい、自分が先頭を引っ張ったが、ペースが遅かったためか、100mを過ぎたところで後ろを走っていた学生が先頭に出てくれた。その後は離されることなくなんとかついていくことができ66秒5。ハムストリングスが張ってきて、同じペースを維持できるかどうかわからなくなってきた。 4本目は、3本目で先頭を走った学生に引っ張ってもらいながら、離されることなくフィニッシュ。呼吸は乱れまくりながらの走りだったが、なんとか走りきった。タイムは66秒8。 5本目は、最初から学生にはついていくことができず、ハムストリングスだけでなく、上半身も固まり、腕が触れなくなった。タイムは77秒1。練習にはなっていないようなタイムだが、走り終わった後は呼吸が苦しく、呼吸循環系へは負荷がかかっていた。 6本目も一人旅だったが、5本目よりは速度を上げて一定ペースで走りきった。タイムは、73秒2。なんとかメニューはこなしたが、ペース感覚が全くなく、呼吸循環系へ刺激を与える練習だった。 試合まであと2週間。この状態では800mで2分10秒を切るのは、なかなか厳しそうだ。 |
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| ■2026年3月3日(火曜日) | |
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2月28日にアメリカとイスラエルがイランを爆撃し、イランは国家元首を失った。それに対してイランは中東各地に報復攻撃をしている。ホルムズ海峡は事実上の封鎖となり、原油を輸送するタンカーは足止めを食らい、後々この影響が自分たちの生活にもやってきそうだ。 ウクライナへ攻め込んだロシアに対し、日本政府は、力による現状変更は許されないとロシアを非難していた。今回のイランへの攻撃は力による現状変更に見えてしまうが、日本政府はアメリカとイスラエルに対して非難する様子はない。高市総理は、「イランによる核兵器開発は決して許されないというのが、我が国の一貫した立場。事態の早期沈静化に向けて、国際社会とも連携しながら、引き続き、必要なあらゆる外交努力を行う。」「自衛のための措置なのかどうかも含め、詳細な情報を持ち合わせているわけではない。我が国として法的評価をすることは差し控えさせて頂く。」とのこと。 先に核兵器を持っている側が、これから核兵器を作ろうとする側に対して、自分たちの脅威になるから作るなと言う。これがそもそも変だ。作るなという言う側が、自衛のために保持しているのであるから、これから作る側も自衛のためという理由で作る権利を主張するのも理解できる。もともと持っている側が全て放棄し、これから作ろうとする側に作るなと言うのであれば、これも理解できるが、そうではない。そういった意味では、日本は持っていないので、作るなと言う立場は理解できる。結局、国際的なルールなんて、あるようでないというのが現状で、武力のある国が、世の中を支配できるという植民地政策をやっていた頃と何ら変わっていないということを改めて実感させられた。人権とか平和という人ほど、真逆なことをやっているのではないかとも思えてきた。 |
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| ■2026年3月2日(月曜日) | |
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土曜から左目の外側の白目部分が真っ赤に染まってしまって、明らかに出血している状態になっている。花粉の影響で、目がかゆくて目を掻いてしまった可能性が高いが、あまりにも血に染まっているので、不安になり、午前は眼科に受診。 この眼科は、40歳以上の人に対して失明の原因となる疾患を見逃さないため、いくつかの検査をするとのことで、受診前にいろいろと検査があった。結果は、異常なしで、白目が赤く染まっているのは、結膜下出血という診断を受けた。結膜という白目の表面から出血しており、白目がアザのようになっていると考えればよいとのこと。すでに出血した状態なので、これが引いてくるまでそのまま待つという処置となった。しかし、體の別の部分にもアザなどが発生するのであれば、別の問題を疑う必要が出てくるとのこと。今のところ、そういった症状はないので、とにかく様子見するしかない。きちんと受診して安心した。 |
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| ■2026年3月1日(日曜日) | |
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東京マラソンの中継をテレビで視聴。前半は、日本人ペースメーカーがきちんと設定通りに走っているにもかかわらず、海外から来たペースメーカーはそれが守れず、メインの集団は、設定ペースよりも遅いペースでの展開となった。しかし、30kmでペースメーカーがいなくなり、フィニッシュが近づくに連れてペースが上がり、最後は3人で直線ダッシュ。結果的には優勝タイムが2時間3分37秒で、2位も同じタイム、3位は1秒差ということで、世界トップクラスの選手たちの走りはさすがとしか言いようのない素晴らしい結果だった。 日本人選手は、プレス工業の橋本龍一選手だけが、先頭を走るペースメーカーについていき、10kmでペースメーカーがいなくなった後は、27kmまで単独走となった。途中のラップが2分36秒という1kmもあるなど、かなりのハイペースで、自身のハーフマラソンの自己記録を大きく上回るタイムで中間点を通過した。先日の大阪マラソンの吉田響選手同様、最後までなんとかペースをキープして欲しいと願いたくなるような走りだった。解説の高橋尚子さんは、自身の経験から27kmくらいから脚が重たくなってくるという話をしていたが、まさに27km付近で、後続の選手たちに追いつかれ、その後は、我慢のレースとなり、2時間11分21秒でフィニッシュとなった。最近のマラソンは、ペースメーカーがいるために、選手が冒険をしないレースになりがちだったが、一昔前のダイエー中山選手のようにハイペースで単独走をする選手が次々と現れてマラソンがとても面白くなってきた。 初マラソンとなった早稲田大学の工藤慎作選手も素晴らしかった。前半は集団の後ろで離れそうな感じだったが、30kmを過ぎる頃には、きちんと集団の中に入り、前半よりも動きが良くなっているように見えた。最後は、大迫選手や鈴木選手に力の差を見せつけられたが、初マラソンで2時間7分台のタイムなので、今後がとても楽しみだ。 |
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