最近のいずみ

Last Update:2026/4/30



パートタイムアスリートいずみ 27年目に突入 

■2026年4月30日(木曜日)
 長男にゴールデンウィークの予定を聞いたところ、すべて仕事という回答が戻ってきた。彼の勤務は一般的な休日に当たる土日祝日は出勤で、水曜と木曜が休みなのだが、この連休は水曜の出勤で、朝9時から夜9時までの勤務。12時間の間に1時間の休憩が2回入るとのことだが、5日連続で12時間勤務というのは、ちょっと厳しすぎないかと思った。夜9時まで仕事をして帰宅をすると11時を過ぎている。その後夜ご飯を食べて寝るということで、あまり體も休まらず起床というサイクルになる。社員全員が同じ勤務形態らしいが、耐えられなくなる人が発生しないのだろうかと思ってしまった。長男には、自分の健康を損なわない程度で仕事をするんだよと伝えることくらいしかできなかった。がんばれ新入社員!!

■2026年4月29日(水曜日)


ツバメの巣完成
 練習は、1000m、600m、400mのレぺ。休息は20分。設定タイムは特に設けず、すべてその時の8割くらいの感覚で、イーブンペースで走ることとした。
 1000mは、久しぶりに走るので、距離への不安があり、実際に走ってみるととても長かった。タイムは、2分52秒3ということで、それくらいでは走れるんだと思い、同時に1500mであれば4分20秒前後では行けそうだと思った。
 600mは前半の300mが45秒7、後半が48秒0でトータル1分33秒7だった。8割くらいの感覚だったが、実際は、後半の體の固まり方はタイムトライアルのような感じで、全力で走っているのと変わらなかった。600mを走り終わった後は、何度もえづいた。
 400mは、61秒0。こちらも余裕を持って走るというよりも結果的にはほぼタイムトライアルというような感覚になり、走り終わった後はえづいた。
 その後、短距離のロングスプリントの1年生が300mをするというので、これにまぜてもらい、400mの悪い感覚を300mで取り戻すべく1年生に挑んだ。結果は43秒4。1年生には離されてしまったが、目指している800mのペースで走ることができ満足。今日は強度の高い練習ができたと思う。

■2026年4月28日(火曜日)
 約2週間ぶりにサーキットトレーニング。前回は、體のキレがあり、とてもいい感じだったのだが、今回は、體が重だるい感じの中動き続けるような感覚で、また3セットとも4分以上かかってしまう結果となった。4000mは2週間前とほぼ同じタイムで、1000mごとのラップは、3分42秒5、3分43秒2、3分47秒7、3分43秒4だった。最後に300mを走り、43秒台の感覚で走ったのだが、結果は44秒9。體の感覚と実際のタイムが大きくかけ離れており、自分の現状があまり良い状態ではないということが理解できた。

■2026年4月27日(月曜日)
 昨日開催されたロンドン・マラソンで人類初の公認での2時間切りの世界記録が誕生した。記録を出したのはケニアのセバスチャン・サウェ選手。タイムは1時間59分30秒。さらに2位のヨミフ・ケジェルチャ選手(エチオピア)は初マラソンで2時間を切る1時間59分41秒でフィニッシュ。さらに3位のジェイコブ・キプリモ選手(ウガンダ)も従来の世界記録を上回る2時間00分28秒を記録した。
 2019年に非公認ながらエリウド・キプチョゲ選手(ケニア)が、風よけのペースメーカーなどを用いて1時間59分40秒で走り、世界に衝撃を与えたが、今回は公認レース。ペースメーカーはいたが、ペースメーカーが離れた後にペースアップし、後半の方が速いネガティブラップで走り切った。シューズの機能が日々進化しているので、そのシューズの影響もあるとは思うが、サウェ選手は、マラソン4戦全勝で、過去3戦は、すべて2時間02分台というハイアベレージなので、いつ世界記録を更新してもおかしくない立場にいた。1マイルで4分を切ったり、100mで10秒を切ったときのような歴史的偉業の一つに数えられるレースになったのではないかと思う。1人だけではなく2人が一氣に2時間切りをしてしまい、今後のマラソンは、2時間を切るのが当たり前になっていくのだろう。日本人選手もこの流れについていってほしい。

■2026年4月26日(日曜日)
 次男が我が家を巣立ってからもうすぐ1か月になる。その間、次男の寝床となっていた部屋は、次男が出て行ったままの状態で、放置したままだった。服を置いてある棚も汚いままなので、長男と三男が使えるように次男の服を別のところへしまい、全く掃除をしていなかった床も久しぶりに掃除。棚の下からは、片足がなくなってしまったと思っていた自分の靴下が出てくるなど、ほこりを被ったものがいろいろと発見された。掃除をすると氣持ちがいい。
 その後、毎年恒例の五月人形を飾った。五月人形は、防カビ・除湿剤を入れてあるが、木でできたものはどうしてもかびてしまう。海が近いので湿氣が多いというのが大きな原因だとは思うが、毎年どうやったら防げるのだろうかと思いながらも、防カビ・除湿剤を入れるという何も解決しない状態を繰り返している。今年も時期が過ぎれば同じような対処で終わるのだと思う。
 午後は、庭の芝刈り。手動の芝刈り機で時間をかけながら作業をしたが、腰が痛くなり、その後、壁際は、ハサミで直接芝を切り、しゃがんだ状態が続いたのでさらに腰が痛くなった。競技にはあまり良い影響を与えないことをしてしまっているが、家事は家事で大事なこと。結局途中で夜になってしまい、一部を残して作業は終了。高さのそろった芝生を見ると、腰の痛さを忘れる感動がある。

■2026年4月25日(土曜日)


ホウレンソウ



イチゴ
 畑で今年最初のほうれん草の収穫。もうちょっと大きくなったら収穫しようと思っているうちに、とう立ちし始めて収穫したものの半分くらいにつぼみがついていた。とう立ちし始めると葉が固くなり、花に栄養が持っていかれ、味も落ちるとのこと。ちょっともったいないことをしたと思いながら大きく育ったものを収穫した。まだ大きく育っていないものは、そのままにしてあるが、氣温も上がってきて、油断をするとまたとう立ちしてしまうので、次は注意しておきたいと思う。
 そのほかにイチゴも今シーズン初収穫。ひとつしか収穫できず、三男に食べてもらったので、味はわからないが、先週食べた章姫が基準となってしまうと、おそらく全く甘味がなく野菜のような味だったのではないかと想像できる。しかし今年もきちんとイチゴとして大きくなってくれた。毎年ランナーを伸ばしたところから新たに苗を作り育て続けているが、10年以上命がつながっている。毎年実ってくれるイチゴに感謝の氣持ちでいっぱいだ。

■2026年4月24日(金曜日)
 練習は、300m×4。つなぎは100mジョグでトータル1500mのタイムを計測。
 この練習は、1本目がどうしても速く走り過ぎて、2本目以降がまともに走れないことが多いので、1本目を50〜52秒程度に抑えて、4本とも同じタイムで走れればと思ってスタートした。
 1本目は、当然余裕があり、ゆったりと走ったつもりだったが、タイムは48秒9。予定よりもかなり速かった。しかし、余裕はあり、2本目も同じリズムで走れそうだった。
 2本目は、1本目と同じリズムで走ったつもりだったが、歩幅は狭まってしまったためかタイムは53秒0。結局いつもと同じパターンにはまり始めてしまった。
3本目も、2本目と同じような感覚で走れたが、最後の直線は、かなりきつくなってきた。タイムは52秒7。なんとかタイムを落とさず走れた。
 4本目は、これで最後ということもあり、元氣が出てきて最後の直線は、若干ペースアップができた。タイムは50秒8。思ったよりも良いタイムで走り切れた。
 トータルタイムは4分51秒5。試合で1500mを走ったとしたら4分20秒前後では走れそうなタイムだった。今の時点で昨年よりは良いタイムが出そうだ。

■2026年4月23日(木曜日)
 昨日、三男は起床できず、学校へ行かなかった。またこのパターンに戻ってしまったのかと不安になった。三男は妻に、しばらくしたら、元に戻ってしまう可能性があると話していたということもあり、今週は山場だと思った。
 しかし昨夜は、修学旅行の宿泊班が決まったというような話をしていたので、登校へ向けたいい傾流れだと思った。そして今朝は、きちんと起床し、学校へ通ってくれた。友たちからの情報が学校とのつながりを作ってくれていることに感謝。

■2026年4月22日(水曜日)
 自宅駐車場にツバメがやってきた。昨年は、ツバメが卵が5つ産み落とし、それらを温め続けているときにカラスに襲われ、巣の一部が破壊され、巣の中の卵はなくなってしまった。その後、ツバメたちも戻ってこなかった。今朝は、その破壊されたままの巣にツバメがとまっていた。この感じだと、この破壊された巣を修復して、そのまま住まうことになるのだろう。昨年のことがあるので、少々不安なのだが、カラスが入ってこられないよう、段ボールなどでカラス除けを作ってあげようと思う。また、車のフロント部分にふんが落とされることになるため、子どもたちが巣立っていくまでは、車庫に車が置いてあるときには新聞紙を敷いて車を守らなければならない。少々面倒だが、ツバメたちの成長を見せてもらうために必要な措置でもある。

■2026年4月21日(火曜日)


本日の収穫
 練習は、(2分ダッシュ+2分ジョグ)×10。両股関節周辺に痛みがあり、あまり調子が良くなく、ダッシュというほどのダッシュにはならなかったが、呼吸循環系には負荷がかかり、そちらがメインの練習となった。最近は長い距離をあまり走っていないこともあり、持久力が低下していることを実感した。
 夜は職場の懇親会、今年度末で定年となる先生と話をした際、定年後の計画について聞いてみたのだが、何のプランもないとのことで、ちょっと驚いた。公務員ということで、就職活動ができないため、退職後のことを考えることが難しいとのことだった。また別の定年が近い先生に聞いてもやはり、プランがないとのことだった。定年後、仕事がなくても生活ができるのであれば問題はないのかもしれないが、急に生活が一変することになってしまうのだと思った。自分はまだ10年以上先のことだが、定年後のプランが立てられない環境というのは、なかなかきついなぁと思った。

■2026年4月20日(月曜日)
 出勤の際に、いつも職場の手前で富士山が見えるかどうかを確認している。この土日は、1日中はっきりと見えて、とても氣分良く過ごせたが、今朝は、曇っていて富士山は全く見えなかった。残念な氣分になるとともに普段から富士山を氣にして生活していることを再認識した。
 今日は、夕方に東北の太平洋沖を震源に青森で震度5強の地震があり、その直後から津波警報が発令された。いつ見ても津波の注意を促すテレビ画面は、恐怖をあおっているように見えてしまう。一昨日は、長野県北部で震度5強が記録された。各地でこうした地震が頻発すると、三浦半島もいつ地震が来ても良い状態なので、危険なのかなぁと思えてくる。
 昨日は、帰りの電車の中で、一緒に帰った方と富士山の噴火や地震の話をしていたのだが、いつ来てもおかしくないし、その際に対応できるよう準備が必要だと認識したばかりだった。しかし、日常生活で手一杯で、備蓄など準備をする予算がない。できることは、庭の畑を充実させること。肥料のいらない完全自然農を継続し、種取りもしっかりして種を買わなくてもいいようにすることか。今年は、庭の垣根が朽ちてしまったところに、野菜を植え始めた。とにかく食料を少しでも多く自給できるようにしたい。

■2026年4月19日(日曜日)


朝日




KAORICOFFEE




船津胎内神社




北口本宮冨士浅間神社




河口浅間神社
 大人の修学旅行2日目。朝5時にアラームをセットしたら4時35分に鳴り、そこから身支度を整え、ウォーミングアップをし、5時過ぎにランニング開始。30分山の方へ上っていった。川沿いに道があるので、走っている間は、常にせせらぎの音が耳に入るともに、周辺は民家を除き新緑に覆われた山で時々そよ風も吹き、とても氣持ちの良い時間だった。行きは上りしかないので、すこし辛さもあったが、帰りは下るだけなので、氣持ち良く走り終えることができた。
 ランニング後は、温泉へ。ほとんどのメンバーがすでに温泉につかっていた。そして、朝食はなしで7時半には宿泊先を出発。まずは地元のコーヒー店へ。マイクロバスでお店の駐車場に乗り付け、ハンドドリップのコーヒーを12人分を注文するとともに、お店で販売していたシフォンケーキとフロランタンを全て買い占め。お店の人は、マイクロバスが店に来ることなんて初めてで、しかも商品の買い占めも初めてのようで、記念撮影を求められるほど、喜んでもらえた。このお店は、ロードバイクを乗る人たちが、休憩や修理を頼める場所にもなっていて、地元民だけでなく外から来る人たちにも貴重な場所ではないかと思った。
 コーヒー店を出た後は、朝食代わりの軽食を摂るべく、新東名下りの駿河湾沼津のサービスエリアへ。周りの仲間は、それほど食欲がないようだったが、自分は米が食べたくて、一人だけ油淋鶏定食を食べた。
 その後、新東名上りに入り直し、御殿場を経由し富士河口湖町の無戸室浅間神社(うつむろせんげんじんじゃ)へ。こちらも御祭神は、木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)であり、若干漢字に違いがあるが、浅間神社は、すべてこの神様が祭られているようだ。この神社は船津胎内神社と呼ばれ、富士山の噴火により流出した溶岩が作り出した洞穴をお母さんの胎内になぞらえられており、洞窟内は、人体に似た形状を眺めながらめぐることができ、生まれ変わりを体験するという場所になっている。洞窟巡りは服が汚れてしまうということで今回は入らなかったが、一昨年まで夏合宿で来ていた場所でありながら、全くその存在を知らなった。また来ることがあれば、今度はジャージで来て洞穴巡りをしたいと思った。
 胎内神社の後は、北口本宮冨士浅間神社へ。時刻は11時過ぎだったが、早めの昼食を摂った方が飲食店が混んでいなくていいのではということで、神社へ行く前に昼食となった。自分は、以前行ったことのあるうどん屋さんへ入り、うどん付きのアジフライ定食を食べた。支払いの際、バッグのの中に財布がなく、小銭入れがポケットに入っていたが、お賽銭用だったため支払額はなく困ってしまった。店は自分一人で入店し、仲間は別のお店に行ってしまっており、マイクロバスに戻っても鍵が開かなければ、財布は取り出せないという状態。とりあえず、お店に携帯電話を置いて、財布を取ってくると話し店を出た。食事を終えて、神社前に集合が12時だったので、誰かはいるだろうと思って神社前へ行ったが、誰もおらず・・・困ってしまった。多くの人たちが移動した方向へ行けば、誰かに会えると思って、またお店の方向へ戻り始めた時に、参加者の一人を発見。そこで事情を話し、お金を借りて支払いをしに行き、携帯電話を取り戻し、集合時刻にも何とか間に合った。集合場所には、参加者の半分くらいしか集まっておらず、結局30分近く待つこととなった。
 北口本宮冨士浅間神社は、入り口から巨大な杉が立ち並び、敷地の中に入れば、とても厳粛な氣分にさせられるとともに、すがすがしい氣分にもなる。本殿前にある、ご神木は他の杉よりも圧倒的に大きく、手をかざすと、手に圧を感じた。これも目に見えない世界だが、何かがあると思った。この神社は、本殿裏にも回ることができ、その場所も手に圧を感じる場所で、何かエネルギーを頂けているのではないかと感じた。
 次に訪れた神社は、河口浅間神社。ここの神社だけは、浅間を「せんげん」と読まず「あさま」と読む神社だった。御祭神は、浅間大神(あさまおおかみ)、別名木花開耶姫命。この神社も、鳥居を抜けると巨大な杉に囲まれ厳粛な雰囲気だった。特に7本の巨大な杉がご神木となっており、それらは天然記念物でもあった。北口本宮冨士浅間神社と河口浅間神社の鳥居の扁額には三国第一山と書かれてあった。三国とはインド、中国、日本のことらしい。イメージとしては世界一といったところだろうか。北口本宮冨士浅間神社に説明書きがあったが、この3国で最も高く麗しいという意味とのこと。参加者の一人が、高さはインドと中国の方が高いので、この説明は不適切ではないかと突っ込んでいるのが面白かった。
 この旅行は、ミステリーツアーと銘打っており、参加者には行き先が示されておらず、ドライバーと先生たちだけが時程を把握していた。最後に、甲府の武田神社へいくことになっていたのだが、出発の際に、時程に1時間以上間違いがあったことを発見し、甲府まで移動して最後に静岡まで帰るには時間が足りなくなったため、神社巡りはここで終了となった。少し時間に余裕ができたため、最終的に神社近くの旅の駅というところでショッピングとなった。自分は朝が早かったためか眠くて、あまりショッピングという感じではなく、早めにバスに戻り、寝かせてもらった。
 集合時刻より前に、静岡ではなく三島に下ろしてもらえないかとドライバーに相談したところ、多くの人が東日本に帰るのでそちらの方がいいということとなり、三島経由で静岡へ向かうこととなった。三島からは行きと同じく在来線で帰ることとなったが、静岡と比べると1000円近く金額が下がるのでとてもありがたかった。
 今回も様々な不思議体験ができ、参加者のメンバーとも親交を深めることができた。企画を担当してくれたドライバーや先生方には感謝しかない。

■2026年4月18日(土曜日)


石垣いちご



富士山本宮浅間大社



参加者みんなで



大瀬神社からの眺め



大瀬神社
 骨ストレッチ講習会に集まる仲間と大人の修学旅行。今回は富士山周辺の神社へ。静岡駅に10時集合ということで、それに間に合うよう、3時間半近く在来線に乗って移動。10時には、列車で到着したメンバーは全員そろっていたが、前日入りして下準備をし駅まで迎えに来てくれるマイクロバスが45分くらい遅れて到着ということで、最初から予定通りに進まない展開となった。
 最初は、久能山の麓にある、横山農園へ行きイチゴ狩り。この地域は独特の石垣にイチゴを生えさせる育て方をしていて、その方法を最初に考案してやり始めたのはこの横山農園とのこと。通常のいちご狩りは、同じ高さにイチゴがなっているが、石垣では、3段階でイチゴが植えられていて、食べるイチゴを探す楽しみは通常よりも増えるようにも思えたが、十分食べて満足が近くなってくると、逆に探すのが面倒になったりもした。いちごは、この地域で作られた章姫(あきひめ)という品種。水分があり、果肉も柔らかくて甘みあり、おいしくいただくことができた。
 その後は東名高速に乗り、富士宮市の富士山本宮浅間大社へ。鳥居前の入り口で、雲に隠れることなく巨大な富士山がそびえ立つのが見えただけで、来た甲斐があったと思った。御祭神は木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)。富士山から出ている水が湧いている池があり、その水を汲むことのできる場所もあった。汲む場所が複数あったのだが、同じ水のはずなのに、水に手をさらしながらオーリングテストをしてみると、力の入る水と入らない水があって驚いた。これが氣がある場所(氣場)だと教わった。目に見えない世界だが、力の差は明らかなので、信じるしかない。
 最初の45分遅れの影響もあり、浅間大社周辺でお昼を食べる余裕もなく、沼津市の大瀬崎(おせざき)へ。大瀬崎に行く途中で、道の駅伊豆ケートウェイ函南でトイレ休憩をし、食事はできなかったが、地元丹那牛乳のソフトクリームを食した。濃厚だがあまさは控えめで、後味がすっきりして食べやすかった。
 大瀬崎までは海岸線の道がくねくねと曲がっており、道幅が狭いところもあったため、対向車が来た際の速度変化や急ブレーキが多く、車酔いになってしまった。目的地到着後は大瀬神社へ参拝。引手力命(ひきてちからのみこと)神社が正式名称らしく、本殿麓の石柱にはそのように書いてあったが、第一鳥居には大瀬神社と記載されており、通称大瀬神社という感じのようだ。本殿横から見渡せる海の景色は、手前が海で背景が富士山という絶景だった。こちらでも、入りづらい力が入りやすくなる体験ができ、また不思議な世界に入り込んでしまった感ががあった。この付近にある木々は、信じられないほど、曲がりくねりながら超巨大に育っている。木々は進む方向が狂わされているとしか思えないくねり方だったのだが、他とは磁場が違うのではないかとのことだった。
 本日の終着点は伊豆市の源泉テルメいづみ園。その途中で修善寺駅から合流する仲間を迎えに行きつつ、注文してあった夜の食材を受け取りに行き、宿泊先の源泉テルメいづみ園へ。車酔いが、到着後も続いたため、みんなは温泉へ入りに行ったが、自分は部屋で少し休憩してから温泉へ行った。温泉は、露天風呂もあり、星を眺めながらゆっくりとつかることができた。
 夕食は、自炊だったのだが、朝から下準備をしていてくれた方たちによって、豪勢な地元料理を堪能できた。特にこの地域のものとして、イルカ、鹿、イノシシ、こごみ、この地域のビールや日本酒などが楽しめた。朝食を食べられす、昼食はイチゴということもあり、アルコールの周りが速く、かなり酔っぱらった。そんな中で、仙骨を動かすというようなかなりマニアックなプチ講習会が始まり、酔っぱらいながらも、必死に指示された動作を繰り返し、なんとなく動きに変化を感じられるようになった。これを日々継続して、なんとかものにしたいと思った。

■2026年4月17日(金曜日)
 練習は500m、400m、300m。休息は10分。タイム設定はせず、中距離走の中間疾走のイメージで8割くらいの感覚で走れればと思い、スタート。  500mは、スタート直後から、あまりスピードがでず、1000mを走っているような感覚だった。しかし、スピードは上げられず、そのままのリズムで走るしかなかった。そのくらいゆっくりなリズムで走っていたにも関わず、300mを過ぎるころには、手脚が固まってきて、全力で走っているのと変わらないよう状態になった。タイムは1分20秒2。1000mで言えば2分40秒のペースで、結果的に感覚通りのタイムだった。
 400mは、500mよりは速いリズムで走ろうと思いスタート。残り100mでまた體が固まり、最後はもがきながらフィニッシュ。結局全力と変わらない感じの走りだった。タイムは62秒2。500mよりは速いペースで走れてよかった。
 300mは45秒くらいで氣持ちよく走れればと思って走ったが、やっぱり最後の100mは體が固まった。タイムは44秒0。自分の感覚よりは速く走れたが、氣持ちよくは走れなかった。
 週に1回のトラック練習しかできていないが、少しずつ練習回数を増やしていきたい。

■2026年4月16日(木曜日)
 京都府南丹市の山林で見つかった小学生の遺体を遺棄した容疑で父親が逮捕された。いろいろな不自然な事柄があったことから想像して、親が犯人ではないかということは多くの人がなんとなく思っていたことなのではないか。しかし口に出して言えるものではないので、今までコメントされることはなかったが、やっぱりそうだったかという感じだ。こうなると、3月23日学校へ車で送っていき、学校で子どもを下したという供述から問わなければならなくなってきた。

■2026年4月15日(水曜日)
 大学の同期が仕事で職場へ来ていて、仕事が終わった後、会いに来てくれた。再会は5,6年ぶりか。仕事のことやお互いの家族のことなど近況を話すことができた。
 2人で話していて特に印象に残っているのは、コロナをきっかけに、生活が変わり、コロナの時期に入社した新入社員は、最初から在宅勤務ということで、それが当たり前になり、今でも、なんで出勤しなければならないのかという疑問をぶつけてくる若手が多く、会社は、彼らを出勤させるのに苦労しているという。タイパやコスパ重視の世の中になり、出勤は無駄という感覚があるようだが、無駄と認識していることは本当に無駄なのだろうかと、彼は疑問を呈していた。今日のようにわざわざ人に会いに行き、何気ない会話をするということの中に、何か感じるものがあるし、何か新しい発見があるかもしれない。無駄を省いて、無駄を楽しめなければそういった可能性を全て排除することになってしまう。偶然が何か大きな出来事につながる可能性があるが、若い子たちは、そういったことを面倒がり、このままのスタイルを貫いていると、年をとっても深みのない人間になってしまうのではないか。本当にその通りだと思った。子どもとのやり取りでも、子どもから「無駄」という言葉を聞くことは多い。無駄ではなよという話をしても結局口論になってしまう。年を取ったからわかることなのだろうなぁとも思ってしまった。

■2026年4月14日(火曜日)
 京都府南丹市の山林で昨日見つかった遺体が、3月23日から行方不明になっていた小学生であることが確認されたという報道があった。これまでの捜索で、通学用カバンと靴がそれぞれ全く違った山で発見され、遺体もまた別の山で見つかることとなった。遺体には目立った損傷はなく死因は不明、亡くなってから3週間近くは経っているとのこと。遺体を隠すための穴が掘られていたり、落ち葉がかけられていたりということもなく、遺体の発見された地域の人たちも全く氣が付かなかったとのこと。遺留品の見つかった場所と遺体の場所が違う時点であまりにも不自然すぎて、事件に巻き込まれたのだろうと想像してしまうのだが、遺体に目立った損傷がないというのがまた不自然。事件の解決がないと、学校に通う子どもちやその保護者は不安でたまらないだろう。解決への糸口が少しでも見つかることを願う。 

■2026年4月13日(月曜日)
 この2日間の練習の影響で、下腿の疲労感が強い。練習は強度の高いメニューにはせず40分のジョグにしたのだが、そのジョグを継続するのが辛かった。接地の度に、下腿が微妙に痛む、ちょっとした筋肉痛のような状態なので、一歩一歩前に進むのが辛く、途中で歩きそうになった。
 今日は、ロングスプリントの学生が、大腿と下腿をつなぐ付近に痛みがあり、マッサージをしてほしいとの依頼があったため、背骨ゆらしなど、全身を緩めることをしたのだが、その際、軽く下腿を押さえたところ、彼は叫ぶような感じだった。下腿の疲労がかなり溜まっていることが分かったのだが、この状態は、全く自分の状態と同じなのだろうと思った。背骨をゆらすことで、痛みはかなり軽減できたが、同じ手技を自分自身にやることができないのがもどかしい。彼を見ていて、自分自身の少し練習量を落とした方が良いと思った。

■2026年4月12日(日曜日)


燈明堂
 練習はサーキットトレーニング、4000mペース走、300m。
 サーキットトレーニングは、長らく1セット当たり4分を切ることができていなかったのだが、今日は、同じような感覚で動いていたにもかかわらず、1セット目から4分を切ることができ、2セット目以降も少しタイムは落としながらも4分を切って3セットをこなせた。3セットとも4分を切ったのは、昨年の7月以来。早めのシーズンインにより、からだにキレが戻ってきているように感じた。
 4000mは、1000mを3分50秒くらいでキープできればと思ってスタート。最初の1000mは3分47秒4で、こんなもんだなぁと思いながら走っていたのだが、少しずつリズムが良くなってきて、その後は、3分43秒7、3分44秒7、3分40秒6とタイムが上がっていく結果となり、後半は、リズム良く氣持ち良く走り切れた。
 最後の300mは、前半は波に乗れず、後半は全力に近い感じだったが、43秒5ということで、だいだい想定したタイムで走れた。
 昨日の練習で久しぶりにスパイクを履き、下腿の疲労はあるもものの、意外とからだは動いてくれた。この調子で練習を継続できればと思う。

■2026年4月11日(土曜日)


花の国
 練習はスパイクを履いてトラック練習。2月末以来のスパイクを履いての練習だった。メニューは(400m+300m+200m)×2。休息は次の距離をジョグ。設定タイムは予測ができず、8割から9割くらいのイメージでフォームを崩さず走り切るという感じ。
 結果は、1セット目は65秒2、48秒6、31秒3、2セット目は65秒7、47秒4、30秒5だった。1セット目が終わったところでえづき、2セット目は呼吸が苦しく走る度にえづいたが、なんとか目標としたフォームとリズムを崩さないことは達成でき、少しタイムも上げることができ満足。
 最後にロングジョグをしようと思ったが、走り始めてすぐに、両大腿の前側が攣りそうになり、その後、左の前脛骨筋もつりそうになり、ジョグが継続できず終了となった。大腿の前側が攣りそうになるということは、動きとしては脚だけで走っていたということになる。東日本実業団まであと1か月で改善できればと思う。

■2026年4月10日(金曜日)
 トランプ大統領は、相変わらず朝令暮改を貫き、4月6日にイラン攻撃期限を延長し、日本時間では8日夜までにホルムズ海峡解放を要求した。4月7日には、「今夜、一つの文明が丸ごと滅び、二度と決して回復しない」とSNSに投稿。こんな発言をすれば当然「ジェノサイド」に当たるという指摘をされても仕方がない。ということで直前までやる氣満々という感じだったのだが、なぜか4月8日に2週間の停戦合意となった。すでに戦闘は6週間続いており、お互いの主張があまりにもかけ離れていて、どう考えても戦闘終結のための合意にたどり着くようには見えない。とりあえず、停戦となったことは喜ばしいのだが、一方で、イスラエルがレバノンに対して過去最大規模の攻撃をし、これにイランが激怒しているという報道がある。イランの国営メディアは、イスラエルがレバノンに攻撃を続ければ、今回の停戦協定からの離脱を検討すると報じている。なんでこんなに複雑な状態になるのだろうか。炎上するようにわざとやっているようにしか見えなくなってきた。
 3月後半から攻撃命令を受けながら、少しずつ攻撃日が延期され、氣がつけば3週間経ってしまい、軍人たちはその間ずっと張り詰めた空氣で待機ということになると、彼らの集中力も続かないのではないか。ここまで引き延ばされると、もうやめてくれという感じになりそうな氣がするが、現場はどういう雰囲氣なのだろう。日々振り回される軍人たちも大変だ。

■2026年4月9日(木曜日)


当選しました
 練習は、200mの上り坂ダッシュ×10。スタートして2分後に次のスタートをする2分サークルで実施。
 理想は33〜35秒くらいで走れればと思ってスタートしたが、1本目は36秒8。このタイムでも結構きつかったので、35秒台は厳しいと思い、少なくとも1本目のタイムをキープしようとも億票を変更。しかし2セット目は38秒6。1セット目と同じ感覚で走ったのに大きくタイムを落とした。今日はこのレベルで戦うしかないのかと半分あきらめ状態で、なんとかこれ以上はタイムを落とさないように頑張った。その後は、38秒5、37秒8、38秒2、38秒7、37秒9、36秒2、36秒3、35秒4。後半は、残りの本数が減ってきて、やる氣や元氣がでてきたのだろう。すこしピッチとストライドが改善した結果タイムが上がった。4本目が終わったところでえづき、その後は何度も吐きそうになりながらなんとか10本こなすことができた。脚のトレーニングというよりも呼吸循環器系のトレーニングだった。

■2026年4月8日(水曜日)


夕日と富士山
 昨日から三男は学校が始まった。新学期からは学校へ行くと宣言し、いつもよりは早め就寝し、きちんと学校へ行ける時間に起床し、学校へ通うようになった。
 先月、学年主任と直接面接し、クラスのことなど、本人が問題に思っていることを全て話し、こうした方がいいという改善点まで提案したようで、新しいクラスは、本人の希望からすれば7割くらいは希望が通ったと話していた。さらに、同じ部活の仲良し2人が同じクラスになったこともあり、学校へ行こうという氣分にさせているようだ。
 先日、自分のカメラを持っていけなければ修学旅行には行かないと三男は宣言していたが、仲のいい2人がいるなら、カメラ禁止でも行ってもいいかなぁと言うようになった。友だちの力は素晴らしい。この調子で、三男を学校の活動に引っ張っていってもらいたいと友だちに期待してしまう。

■2026年4月7日(火曜日)
 職場の売店に合宿免許のブースがあり、合宿免許が行われている県と自動車学校の名前、日程と金額、その他サービスについての一覧が張り出されていた。
 長男は先月自動車学校に入校したが、社会人になってしまい、なかなか通えない状態になっている。次男は、高校卒業までに自動車免許を取得したいと話していたが、国立大学受験者は、その希望を叶えることは難しく、結局自動車学校へ行けなかった。今後は、住まいの周辺の自動車学校に通うか、合宿免許ということになるのだろう。
 合宿免許は、地方の自動車学校で行われていて宿泊費込で30万円前後。自動車学校に通いでいくよりも格安だった。しかも自動車学校によっては、交通費を支給という施設もあり、夜行バスで行けば交通費もかからないことになる。さらには、ジムやプール無料という施設もあった。そして複数人のグループでの参加となるとさらに値段が安くなるという施設もあった。
 ブースを担当されていた方と話をしたのだが、関東から離れた場所の方が、本免試験の回数が多く短期間で免許取得ができるので、おすすめとのことだった。大学生は1,2年生のうちに取得をした方がいいが、4年生の秋に取得する人も多く、その時期が最も価格が下がるのだという。
 最近の若い子たちは車への関心は低く、特に都市部では車に乗らなくても生活できるため、車を運転している場面を見ないで生活している人たちは、運転のイメージがなく、自動車学校へ入ってから、苦戦するようだ。言い方は悪いが、最近の若い子は運転が下手な子が多いとも話していた。そのうちAIにより自動運転になっていく可能性もあり、運転が下手なのもそれほど問題ではなくなっていくのかもしれないと思った。

■2026年4月6日(月曜日)


桜と青空
 社会人となった長男は、学生時代の通学時間と比べると通勤時間が1時間短くなり、それだけでも負担が軽くなって、氣持ちよく仕事に臨めているのだろうと思っていたのだが、平日は13時から21時の勤務で、土日は、新入社員の研修ということもあり、9時から21時までというかなりタイトな勤務となっている。その大半が座位ということで、長時間座っているために一氣に腰痛になってしまったという。
 夜、こちらが寝ようと寝室で横になっているころに、長男は帰宅し、直ちに腰痛を緩和できる施術をしてほしいとわざわざ寝室にお願いに来たので、背中側の筋肉の張りを緩めるべく、背骨ゆらしをした。実施前は、下腿が激痛、肩回りもかなり痛がっていたが、施術後は、緩和したようだった。その後、効き目がありそうな骨ストレッチなど日常的にセルフケアとしてできることを伝えた。一通りやってみて、長男からは、だいぶ楽になったとのコメントを頂いた。
 同期の人たちは、まだ住まいも決まらず友だちの家に居候している人もいるという。なぜ決まらないかと言えば、審査中だからとのこと。社会人1年目だと、信用を示すものがないので、審査も厳しいということもあるのだろう。大学生が何事もなく部屋が決まるのは、親の信用があるからなのだと改めて知ることとなった。

■2026年4月5日(日曜日)


桜と夕焼け
 トランプ大統領の発言が、朝令暮改を地で行くようで、笑うしかないという状態だ。相手方のイランの側からすれば、発言に何の一貫性もなく、氣分次第で、信用できる部分が何もないないように見えているのではないか。
 トランプ大統領は、3月21日に「ホルムズ海峡を48時間以内に解放せねば発電所を攻撃する」と発言したが、2日後には5日間延期を指示し、さらに3月26日には、「4月6日午後8時まで延期する」と発言した。そして4月1日のアメリカ国民向けの演説では、「今後2、3週間できわめて強力な打撃を加え、イランを石器時代に逆戻りさせる」と発言し、昨日は、「地獄まであと48時間」と言い放った。結局交渉して多大な犠牲を払わないようにすることを目指すのではなく、徹底的に攻めたいということなのか?いじめっ子がやりたい放題やっているようにしか見えず、この状況に、他の国が何も言えないというところが、まさにドラえもんのジャイアン状態で、結局軍事力のある国が世の中を支配するというのが現実なのだと思えてくる。しかし、イランは、あまり無駄口をたたくことなく、じっと相手が攻めてくるのを待っているようにも見え、守る側は、自分のテリトリーでの戦いであり、アメリカがこれだけ吠えないといけないくらい手ごわい国という感じにも見える。期限が直前まで迫っているが、全く犠牲のない結果になることを願っている。

■2026年4月4日(土曜日)
 練習は、サーキットトレーニング、4000mペース走、300m。
 サーキットトレーニング3セットは、久しぶりにセットごとにタイムが短縮していくネガティブラップ。特に3セット目は4分を切ることができ、少しずつキレが戻ってきているということが実感できた。
 サーキットトレーニングの氣持ちのいい流れのまま4000mに突入し、1000mを3分40秒くらいで行きたいと思ったのだが、1000mは3分42秒3、その後は、3分51秒0、3分54秒0、3分51秒3ということで、失速。2000m以降は、とにかくペースをキープしようと必死で、全く氣持ちよく走れず。2月にペース走を2回やって以来のペース走だったが、その時には4分以上かかっていたりしたので、その時よりは、走れるようにはなっている。継続してやっていけばタイムは戻ってくるだろう。
 最後の300mは43秒6。ほぼ全力に近かったが、思っていたよりも良いタイムだった。レースではこのくらいで走れれば十分なので、今後もこのくらいはキープしていきたい。

■2026年4月3日(金曜日)


伊勢町海岸と富士山
 昨夜から次男からは電話の嵐が続いている。妻はその度に家事が止まってしまうが、次男は、今まで、家事に全くかかわってきていなかったので、何もわからないため、丁寧に対応するしかない。大学入試後1か月の時間があり、家事をするよう促したが、全く無視だったので、結局、そのつけは、本人だけでなく親に回ってくる結果となった。
 洗濯機を使うのも初めてで、どのくらいの洗剤を入れればいいか妻に相談するなど、すべてが手探りという感じだが、やらざるを得ないことは、一つずつ学んでいくしかない。学校の履修届も大変だろうし、生活にに関してまだ手続きが残っていたりもする。しばらくは、目の前のことを必死にやってもらうしかない。

■2026年4月2日(木曜日)
 昨夜は12時過ぎにホテルに入り、1時半ごろに就寝。たばこの臭いがひどくて、部屋に入ったときには、厳しい環境だと思ったが、朝には、その臭いに慣れてしまっていて、自分の體と手荷物はすべてたばこの臭いがついてしまった。
 今日は、次男からもらった委任状をもって市役所へ行き転入手続き。妻は、その間百貨店へ行き、お土産を物色。次男は、きちんと起床し、入学式の会場へ県またいで移動したようだ。
 市役所の手続きに1時間半ほどかかり、その間に関西電力へ電話し、電気の契約をした。妻と合流できたのは昼前。そこからは、横須賀へ移動。
 道中は、当然眠くもなり、何度か休憩をしながら7時間ほどで帰宅となった。帰宅後、次男から電話があり、自分で机を組み立て、自分好みの部屋に作り替えている様子が分かった。最初は大変だろうが、自分の生活を充実したものにしていってほしい。

■2026年4月1日(水曜日)
 実家から次男の引っ越し先へ移動。実家での朝食時に、次男が明日の入学式の情報が何もないと言い出し、スマートフォンで入学式の情報を確認していたところ、入学式の前の日の今日、朝9時からオリエンテーションがあることがわかった。時刻はすでに7時を過ぎ、車で高速道路を走って2時間 はかかるが、頑張れば遅刻で済むということで、慌てて実家を出た。  天候は昨日とは全く違い晴れていてとても氣持ちがよかったが、次男の大学初日がかかっていることもあり、緊張したドライブとなった。道中、次男は、今日のオリエンテーションについて確認をし、オリエンテーションまでにウェブ上で登録すべきことを慌てて登録していた。紙に印刷されたものが届いていれば、親も確認ができるが、スマートフォンでのやり取りとなると確認のしようがない。便利になったのか不便になったのかわからないというのが電子化だと改めて感じた。
 結局予定通りほぼ2時間の時間を要し、大学の門の前に9時に到着。次男は15分遅れで会場に到着。遅刻した最後の学生として会場へ入ったという。オリエンテーションは、夕方4時半ごろまで続くとのことで、転入届や引っ越しはこちらでやらなければならなくなった。
 最初に役所へ行き、転入届を出そうとしたが、次男の委任状が必要とのことで、出直さざるを得なかった。次に次男が生活する部屋の鍵を不動産屋へ。不動産屋は長蛇の列ができていた。列は店の前から、マンションの駐車場まで延び、40組くらいは並んでいるように見えた。列に並んだとしても何時間待ちで順番が回ってくるのかわからないという感じだった。しかし、並ぶしかないので、雨に降られながら列に並んだ。結局1時間ちょっとで順番が回ってきて、鍵を受け取ることができた。鍵を受け取る際に、電気の契約をしていなければ関西電力へ連絡するように言われ、電氣の契約を完全に忘れていたことに氣が付いた。注意書きには使用する3日前までに連絡するようにと書いてあったので、今日申し込んでも3日間くらいは電氣が使えないことを覚悟しなければならないと思った。その直後に朝横須賀を出発した妻が最寄り駅に到着して合流となった。
 妻と合流したのは昼過ぎだったが、とりあえず下宿先へ行き、部屋へ荷物を運んだ。部屋に入って、ダメもとで電氣のブレーカーを下したところ、電氣が通っていた。電氣の契約はしていないはずなのになぜか使えている。誰がこの電氣代を払うのかわからないが、とりあえず使える状態でホッとした。駐車場から部屋までが結構距離があり、相当な回数往復することとなった。部屋は意外と広かったが、キッチンはIHのコンロの隣に流しがあり、まな板を置くような作業スペースがなく、あまりにも狭かった。
 荷物を運び終えた後は、近所の飲食店へ入り遅めのお昼となり、ホッと落ち着くことがやっとできた。昼食後は、ニトリへ行き、次男の生活に必要な物品を見に行った。次男の入る不動産は、学生専用で、ICコンロ、洗濯機、エアコンは完備されていたのだが、最も必要な机と椅子がなかった。妻と二人で、あれでもないこれでもないと言いながら商品を物色していたが、結局使う本人が納得しないといけないので、結局選ぶことができなかった。
 5時前に次男を学校へ向かいに行き、直ちに飲食店へ入り夕食。次男は、さっそく友だちが7人できたと話していた。小さいころから友だちを作るのが上手だったが、相変わらずだなぁと思った。その友だちは、実家から電車で通う子ばかりだったようだ。
 その後、改めてニトリへ行き、次男に机と椅子を選んでもらい、その他にも必要な物品を購入。明日の朝からは、今までやってこなかった自炊をしなければならないめ、その後はスーパーへ。こちらがあれこれと必要なものを確認しながら、商品をかごへ入れようとしたが、次男は、すでにお疲れで、買い物がどうでもよくなっていて、何にもいらないという回答になってきて、結局それほど多くのものを買うことができずにスーパーを後にした。
 部屋へ戻ったのは、10時を過ぎていた。そこから、荷物の整理となり、ベッドメイキングから始まり、その後は、妻がキッチン周り、こちらは次男と洗濯機回りの棚を作ったりした。氣が付けば11時半。明日は入学式ということもあり、次男はすぐにでも休みたいようで、もう帰ってほしいという感じになり、撤収となった。結局たくさんの段ボールを開けられず、残りは自分でやってもらうしかなくなった。がんばれとしか言いようがない。



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