いさごむし(2000.6.7)


 蜻蛉の幼虫はヤゴというのだそうだ。このヤゴは羽化するまで、水の中でほかの昆虫や、小さな魚などを食べて成長する。時期が来ると、水の中から植物の葉や枝にのぼって羽化するらしいのだが、どういう訳か私は、このヤゴのことをイサゴムシという名前で呼んでいた。それにはちゃんとした理由があって、小学校2年生か3年生の頃だったか、国語の教科書に「いさごむしのよっ子ちゃん」という題目の童話が掲載されていたのである。

 蜻蛉の幼虫であるところの いさごむしのよっ子ちゃん が羽化するまでを、水の中のお友達昆虫や怖い怖いザリガニなどとのエピソードを交えながら物語は展開するのであるが、その時の水の中の描写は淡く、そして透明感があった。詳細についてはほとんど記憶に残っていないが、「ビー玉色の泡」であるとか、そういう淡い淡い言葉遣いだけは、なんとなく記憶に残っている。その淡さをさらに印象づけたのが、これまた淡い淡い色使いの水彩で描かれた挿し絵であった。今思うに小学校2、3年生ぐらいの猿並な読解能力で「淡い淡い言葉遣い」などという抽象的な感覚を持っていたというのは甚だ疑わしく、私の記憶は、この挿し絵によってのみ形作られたのであるかも知れない。

 先日とある会話で蜻蛉の幼虫がヤゴという名であることを指摘された。いや、正確にはヤゴはヤゴで知っていたのではあるが、私の脳の中ではヤゴはヤゴ、いさごむしはいさごむしと、別物として記憶され、しかも両者は共に蜻蛉の幼虫であると認識されていたのである。いやはや人間の脳というのは頼りになりません。とはいうものの、昆虫の名前などは方言や俗称、あるいは幼児語などといったものが多数有る。カタツムリのマイマイなどがよい例である。そこで、いさごむしについて調べてみることにした。と言っても、そのためだけに図書館に赴くのもどうかと思い、取り敢えずはコンピュウターに付属の岩波国語辞典第五版を起動することにした。

「いさご:すな。まさご。▽雅語的。」

 どうやら「いさご」という名称は「砂」を意味するものらしいことは解ったが、「いさごむし」そのものは岩波国語辞典には掲載されていなかった。ここで広辞苑を引くことにすればよいのだが、それは無理な相談である。何しろ広辞苑は重い。大辞林もしかり。私は箸より重いものは持たない主義である。

 そこでネットスケープナビゲーターの登場となった。先ずはYahoo様におうかがいを立てる。

「いさごむし」リターンキー。

「いさごむしと一致するページはありませんでした。」

冷たい。Yahoo様は限りなく氷のように冷たい。キーワードを変える。

「いさごむしのよっ子ちゃん」リターン。

出た。1件。

「いさごむし」で出ないものが「よっ子ちゃん」で出るというのはどういう了見か。そこのところYahoo様、お聞かせ願えませんでしょうか?

「いさごむしのよっ子ちゃん」早船ちよ(作)市川禎男(絵) 1165円 新日本出版社

だそうだ。残念ながら書名だけで、内容までは判然としない。岩波風に言うならば「砂虫」というところであろう。逆三角マークの後ろに、「雅語的」とあるから、おそらく雅な砂虫なのだ。

「砂虫でおぢゃる」とか「麻呂は砂虫でありんす」とか言うのだ、きっと、白塗りとお歯黒で、杓子を持ちながら、しかも眉毛を剃り落として。

 どうにも納得がいかない。しかし、その代わりといってはなんだがいいものを見つけた。件のページには童話のタイトルがズラアっと並べてあるのだが、このタイトルがなかなか愉快である。

◆ノンタン いない いなーい キヨノサチコ(作) キヨノサチコ(絵) 600円 偕成社 
◆ノンタン おしっこ しーしー キヨノサチコ(作) キヨノサチコ(絵) 600円 偕成社 
◆ノンタン おはよう キヨノサチコ(作) キヨノサチコ(絵) 600円 偕成社 

この辺は某子供向け番組でアニメ化されたのでご存じの方も多いと思う。

◆これは あたま 五味太郎(作) 五味太郎(絵) 700円 岩崎書店 
◆これは て 五味太郎(作) 五味太郎(絵) 700円 岩崎書店 
◆これは はこ 五味太郎(作) 五味太郎(絵) 700円 岩崎書店 
◆これは ひも 五味太郎(作) 五味太郎(絵) 700円 岩崎書店 

ふむ、「あたま」「て」と人体の不思議、あるいはからだの各部分の特徴やら動きやらを、やや柔らかく教えようという童話だな。と思いきや「これは はこ」「これは ひも」。どういうことだ。「あたま」「て」と来て、「はこ」「ひも」はないだろう五味太郎よ。五味太郎といえばこれまた小学校の教科書にその名を輝かす童話作家である。私は彼の「クロスプレイ」が大好きだった。あの頃のおまえに戻ってくれよ、太郎。

◆のって のって くろいけん(作) くろいけん(絵) 980円 あかね書房 <げんちゃんとあそぼう>

◆まねっこ まねっこ くろいけん(作) くろいけん(絵) 980円 あかね書房 <げんちゃんとあそぼう>

◆でんぐり でんぐり くろいけん(作) くろいけん(絵) 980円 あかね書房 <げんちゃんとあそぼう>

くろいけん?クロイケン?はた。作者だ。黒井建。語呂がよいのでタイトルと間違えてしまったではないか。乗って乗って黒井建。真似っ子真似っ子黒井建。でんぐりでんぐり黒井建。いい歳をして「でんぐりでんぐり」はまずいだろう黒井建。幾つかは知らないが。

◆みこちゃんのおさら むらやまけいこ(作) やまぐちみねやす(絵) 660円 教育画劇 
◆みこちゃんのこんにちは むらやまけいこ(作) やまぐちみねやす(絵) 660円 教育画劇 
◆みこちゃんのだーいすき むらやまけいこ(作) やまぐちみねやす(絵) 660円 教育画劇 
◆みこちゃんのみんなおいで! むらやまけいこ(作) やまぐちみねやす(絵) 660円 教育画劇 
◆みこちゃんのポンポンドンドコプップップー むらやまけいこ(作) やまぐちみねやす(絵) 660円 教育画劇 4

なんだ、最後の「ポンポンドンドコプップップー」というのは。きっとあれである。

「むらやま先生、そろそろ みこちゃんシリーズ 終わりにしたいと思うんですが・・」

「キィっ全10巻シリーズにするって約束だったじゃない」

「いや、あの、売れ行きの方が・・」

「こうなったらヤケだわ、ポンポンドンドコプップップー」

「センセイ?先生?あ、・・・」

こういうことであろう。可哀想に、けいこ。

 結局、いさごむしが何であるかは解らずじまいであった。私の記憶の中では今もいさごむしは蜻蛉の幼虫のままである。まだ、在庫があるようなので誰か私にプレゼントしてはくれまいか?よっこちゃん。長くてすいません。


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