霧 雨(2000.5.16) 締め切りの過ぎた原稿を抱えているときなどは、決まって寝付きが悪い。何をやっていても左肩の辺りに、緑がかった紫色の霧がかかる。それが眼鏡の縁のあたりに反射して、視線を変えるたびに人影のように見えたりする。
眠る頃になると、この霧が少しだけ胸の上へと這い上がり、付けっぱなしのTVの音とともに、身体にまとわりつく。眠っているときの霧は熱く、そして重い。ベットから這い出し、冷蔵庫のミネラルウォーターをコップに注ぐと幾分かは熱がおさまるが、飲み干しても飲み干してものどが渇く。こちらの乾きに呼応するかのように霧は色を変え、色相はどんどんと原色に近くなっていく。
熱い。シーツのわずかな冷たさを探し、寝返りを打つ。眠れない。wineをグラスに注ぐ。少しだけ気が楽になる。相変わらずTVは通信販売だ。何故かじっと見入る。眼鏡にTVの光が反射し、それに混じって霧がかかる。
くたびれた、もう眠ろうとする頃、木造モルタル2階建ての天井にパラパラと音がこだまする。驚くほど鮮明なその音に、天井を見上げる。雨だ。雨はいろいろなことを洗い流してくれる。今日、起こった、色々なことを。考えすぎた、そして気を使いすぎたあげく訪れる焦燥感や苛立ち、そして憤りを。
ベッドの横の窓を開ける。涼しく、湿った風が足元を冷やす。先ほどの霧が嘘のように引いていく。あらゆる嫌なことが全部、霧雨によって洗い流されていく。窓の外には夕方、干したばかりの洗濯物。けどいい。物干し竿にぶら下がった靴下から滴り落ちる雨滴が何故か綺麗に見える。からだの熱が綺麗に引いていく。wine、あと1本くらい、いけそうだ。明日も寝坊である。