絶対に消えないライター(2000.7.28) 蚊取り線香に火を付けようとしたら、実は最近降り続いた雨で少しだけ線香が湿っていて、なかなか火がつかなかったのだけども、こっそりライターを胸にしまっていた兵隊さんが、弾丸を胸に受けた時に命拾いした話なんかをZippoという会社は僕に満面の笑みを浮かべて誇らしげに語りかけてくるところを見ると、どうやらこのライターは魔法のライターであるらしくて、絶対に消えそうにないけれど、今回は30秒くらい着けっぱなしにしていただけで線香花火の最後の火玉みたいに弱々しく消えていったのは、実は単なるオイル切れだったらしい。
このライターは確か2年くらい前にもらったものなんだけど、僕の指輪でこすった傷や、過って落っことした時のへこみなんかで、もうもらった時のピカピカした黒いような鋼の輝きは、ほんの少しになってしまった。それでも僕はこのライターを使い続けているのだけれど、それははっきりした理由があるわけではなくって、なんとなく手の中にすっぽりおさまる大きさと、ぎゅっと握ったときにライターの表面にある大きな鷲の模様のでこぼこが中指に当たる感じが気持ちがいいからだ。
このライターはさっきも言ったけれどちょっとあちこちデコボコになっていてオイルを交換するときはちょっと苦労する。というのもジッポライターというのはオイルを交換するときに外側のケースから中に入っているオイル壺みたいなやつをエイッっと引っ張りださなくっちゃあいけなんだけど、このライターみたくデコボコだと引っ張り出す時にそれはもうエイッくらいでは足りなくて、交換した後、顔を真っ赤にしながら、2分くらい立ち直れないくらい力を入れなくっちゃあ駄目で、最近はもっぱらペンチを使ったり精密ドライバーの先っぽに引っかけてひきずり出すことにしているくらいだ。
そんなわけでこのライターのオイルが切れちゃったときなんかは、ちょっとばかり腕組みをしたりして、思案する振りをしてみたりするのだけれど、やっぱりこのライターが使いたくて、いそいそと雑貨物が入っている籐か何かで編まれた籠から精密ドライバーを探し出すのはよくあることだったりする。
そして昨日、例の湿った蚊取り線香に火を付けていたら、ほやほやと火が消えてしまったわけなんだけど、どうしてだかその時僕はそのライターを諦めて、定食屋さんか何かのマッチに手を伸ばしていた。そしてこれもまたさっぱり理解に苦しむのだけれども、蚊取り線香に火を付けた後、そのジッポライターを握りしめて、押し入れにある、普段は使わない小物入れの奥にしまい込んでみた。どうしてだろう。さっぱり僕にも分からないんだけど、とにかくその夜はどうしてだかそんな気分だったらしい。
でも次の日、僕は悪戯な宇宙人だか悪魔だか神様だか分からないものがこの世にはいるんだなあっと、寝ぼけ頭で思った。洗濯をしようと思って玄関のドアを開けると、あ、僕の部屋は玄関の外に洗濯機があるのだけど、ドアを開けるとそこには大きなデパートの、これまた大きな紙袋があって、その中にはもう忘れかけていたCDやら靴下やら未開封のタバコやら、以前着けていた指輪だったり、一昨年の夏の写真だったり、そんなものが山のように入っていて、最初はなんのことだかさっぱり分からなかった。
途方に暮れて考えていると、どうやらこの品々達は僕の忘れ物大集合だったらしく、ようやく事情が飲み込めてきたのだけれど、それを一個一個取り出して眺めているうちに、僕には全く見覚えのない小さな箱が紙袋の中から出てきた。白と緑の紙でくるまれた小さな箱を目の前に、僕はなんだかとっても急いで引きちぎるように包装紙を破って中の物を取り出した。その中には僕が一番お気に入りのマークが付いた銀色にピカピカ光った傷一つないライターが入っていた。それはもうピカピカで僕の泣き顔がそっくりそのまま写り込むくらい綺麗で、僕はずっとずっとそれを眺めていた。