誰かの為に品物を選ぶ―――今までも度々してきたことだった。
それは、ちゃんとした感謝の気持ちを込めてのこともあったけれど、殆どは『義理』というやつで、苦痛な時間だった。でも『義理』なら贈る行為自体が大切なので、割とラクだ。盆暮れの挨拶と同じ基準で品物を選び、世間一般の常識からはみ出ない金額内に納めればいいんだし。
だが、プライヴェートで特定の誰かに贈るものとなると事情が変わってくる。
大体、男ってのは『買い物』自体が好きじゃない。いや、例外もいるだろうけど、少なくとも俺はそうだ。
そりゃあ、自分が必要としているもの―――例えば着る物とか食べ物とか―――だったら、あの肌触りが気に食わなくてこの味の方がイケる、というようなはっきりした好みが存在するので、そんなに悩まないですむ。
しかし、人のものとなるとお手上げだ。
それが贈る相手に似合うかどうかということだったら、割と正確にシミュレーション出来ると思う。
だけど、そこまで。
俺の選んだ品物を見て、あの人がそれを気に入ってくれるかどうか喜んでくれるかどうかという疑問が、一番大きな問題として残ってしまう。だってせっかくあげたものを使って貰えないんじゃ意味がないし。じゃあ、食料品や消耗品等のいずれ消えてなくなるものをあげればいいかというと、それも淋しい。結局、悶々とすることになる。
だから女性と付き合っていた頃は、誕生日やらクリスマスやらに彼女のお供をしてお店を回り、品物自体は本人に選ばせて、支払いの時に俺が財布を開くということをしてきた。しがない営業マンだったので、前もって予算を言っておけば、彼女の方もあまり無理な金額のものを要求しない。プレゼントにつきもののサプライズは失われていたが、ファッションの流行や服飾方面に於ける彼女の好みに疎い男としては、まあまあ合理的な方法だったと思う。
でも、今の恋人にそれを適用する訳にはいかないんだよなぁ―――
まず室井さんと過ごす時間が取れること自体がかなり稀である。だから、そういう時に彼を引っ張りまわすのは俺としても避けたい。つまりプレゼントは俺一人で買いに行かなきゃいけない。
だけど、やっぱり少し不安が残る。あの人の嗜好は、おおかた解っているつもりだけど―――
室井さん、何か欲しいものがあるようなこと言ってなかったっけか？ ないよなぁ、俺以上に物欲が無い人だもんな・・・「欲しいのは休みだけだ」ってのは聞いたことあるけど、それだって『愚痴』を零したような気がしてか、すぐにバツ悪そーな顔になってさ―――大体、それ、俺じゃ、プレゼントできないし。
そもそも男って、そんなに物持ってなくても生きていける種族なんだよね。でも、どうせだったらいつも使ってもらえるものがいいよな・・・
「先輩、何、ポケッとしてんですか！ 通報！！ 行きますよっ」
俺の思考は珍しく張り切ってる年下の上司に蹴破られた。そっか真下、クリスマスの日、雪乃さんがデートOKしてくれたってニヤけてたっけ。いいよなあ、室井さんも俺も仕事だってのにさ・・・
「せんぱ〜い！！！」
「はいはい、今、行くって」
身の回りのものを引っ掴むと、俺は事件へ向けて気持ちを切り替え、立ちあがった。
ああもう、参った・・・
クリスマスシーズンともなると、ここ、お台場近辺はアベックでかなり賑わう。それに国際展示場では毎年恒例のイベントがあるようで、とにかく人がごった返す。ということは、ちまちました犯罪発生率が高くなるということに他ならない。結局、俺達も残業させられるってワケ。
足を引き摺るように自宅へ帰り、まず郵便受けチェックする。教えたはずのないところから送り付けられてきているダイレクトメールの他に、今回はまた変わったものが入っていた。
カエルの顔が印刷されたお馴染みの袋。
宅急便扱いにもかかわらずこれがここにあるってことは、たまたまポストに入る大きさだったので、無理矢理突っ込んだのだろう。年末は忙しい。中身がナマ物や代金引換えの商品じゃない限り、配達員だって置いて行きたくなるに決まっている。
玄関の鍵を開け部屋へ上がると、俺は差出人を確認してカエル急便の袋を丁寧に破った。中からクリスマスっぽい包装紙でくるまれたあまり厚みの無い箱が出てきた。無駄のないシンプルさを伴ったその包装は、俺に送り主本人を思い起こさせた。
室井さん―――あんたって人は・・・
配達用ラベルには、俺の大好きなあの人自身の筆跡がきっちりと記されている。その文字さえも愛おしくてそっと指を這わせた。
忙しいのに、俺のこと、考えてくれてたんだね・・・さっきまでの疲れが一挙に吹き飛んでいくような気がした。
包装紙に手をかけようとして、俺はちょっと思いとどまった。室井さんの部屋の番号をダイヤルすると、案の定、留守電になっている。普段ならIC特有の機械的な音声にガックリくるんだけど、今はそれほどでもない。手短に名乗り、お礼とある用件を吹き込んで、俺はゆっくり受話器を戻した。
クリスマスイブもクリスマスも俺達二人は仕事だった。
やっぱり無理かな・・・と思いはしたけれど、25日の夜遅く、俺のポケベルが鳴った。慌ててディスプレイの文字を見遣る。そこに『0103』の表示を確認した俺は、カバンの中に入れっぱなしにしている二つの包装紙の柄を頭の中で思い浮かべながら、自宅の留守電メッセージを聞くために携帯の番号を押していた。
それでも室井さんの住む官舎へ俺が辿りついた時には、日付が変わっていた。
「遅くなりました・・・」
ぜえぜえと息を切らして駆け込んだ俺を室井さんの大きな瞳が心配そうに見つめる。
「シャワー、浴びてきたらどうだ？」
促されるまま浴室に連れて行かれた。着替えを見繕って持ってくるから、と言ってドアの向こうに消えた真っ直ぐな背中が、俺の瞼に強く焼きつく。早くその背に手を回したくて、勢い、カラスの行水となった。
ものの10分足らずでリビングに戻ってきた俺を室井さんが呆れた様に見返す。
「なんだ、もう出てきたのか？」
そう言いながらもキッチンへ向かい、冷蔵庫からよく冷えた缶ビールを出してくれる。買い置きがこれしかなくてすまん、と詫びた室井さんに、俺は首を横に振りながら笑いかけた。
「室井さんと飲む酒なら、何だって美味いですから」
冷たい気泡が湯気と暖気で火照った体を一瞬だけ冷してくれた。
「あ、そうだ」
自分のカバンを引き寄せ、中から二つの包みを取り出す。カエル急便で運ばれてきた方を室井さんに持たせた。
「やっぱ、直接手渡してもらいたくて」
室井さんの顔が照れくさそうに赤味を帯びる。何か言いたげな表情をそっと制した。
メリークリスマスと口にするのも憚られるような気がして、無言でプレゼント交換する。ほぼ同時に包装紙を剥がし、互いを想って選んだ品物を中から取り出した。
共に視線が上向き、目を合わせた途端、
「っ・・・！」
「ぷ・・・！！」
どちらからともなく吹き出してしまった。
男の想像力なんてこんなもん―――色こそ違ったけど、出てきたのは同じ品物。マフラーだったんだから。
俺達は火がついたように笑い出し、暫く息を切らした。
「―――ったく・・・よりによって、同じよーなモン選んで・・・」
「・・・お前こそ―――」
それでも室井さんが選んでくれたその色は俺のコートに馴染みそうだったし、俺が見つけた生地は彼の黒い外套に映えそうなものだった。愛しい人へ贈る品物を選ぶその瞬間が俺を幸せな気持ちで満たしてくれていたように、室井さんも俺を想ってそうしてくれたのだろう。その結末を今こうして分かち合えたことが嬉しかった。
室井さんの手から俺がプレゼントしたマフラーを取り、そっと細い首筋に回した。すると、今度は室井さんが俺のマフラーを掴み、ふわりと掛けてくれた。
まだ手にしたままの布地が指の中で滑りそうになる。そのまま少し力を込めて引き寄せると、室井さんの身体がすっぽりと俺の腕の中に落ち込んできた。
今だピンと伸ばされた背中を柔かく掻き抱き、確かめるように唇をなぞると室井さんの睫が揺れた。うっとりとするような口付けを交わす。厳かな聖夜の如き闇が、あたりをしんと震わせたような気がした。
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