夕刻、本庁を出る。
今日はこのまま2人で夜を過す。
青島に事件の話を聞きにいこうと決めた時点で部下に直帰を告げていた。
久方ぶりの逢瀬は、なるべく長く一緒にいたい。
湾岸署に着くと、青島は、真下警部に腰を捕まれ、魚住係長代理にキスされようとしていた。
一瞬頭に血が昇り、前後の見境もなく青島の元に駆け寄ろうとしたが、ここは冷静であらねばと自重し、声をかけた。
「何をしている。」
今日一日平和だった事を確認すると。定時きっかりに2人で署を出た。
青島は、かかりつけの歯医者に寄ってから家に来るという。
場所を訊くとそう遠い場所ではないので一緒に行くというと、青島は私がついてくる事を嫌がった。
逢うことがなかなか叶わない2人が、一緒に一緒な場所に帰るのに、何故離れなければならないのかと問うと、青島は顔を赤らめてこう言った。
「室井さんに呆れられたくないんです。」
ブルーの制服を来た職員が笑みを浮かべて声をかける。
「あら、青島さんお久しぶりです。今日はどうなさいました?」
…ちょっと歯が痛くて…
「それじゃ、この問診表に書き込んでくださいね。…前回はいつ頃こられましたか?」
…3年程前かな…
「今日は、保険証お持ちですか?」
3年前に来たきりの患者の事を彼女は、何故、覚えているのだろう?
口調も何か親しげだ。
バレンタインに署外からもカエル便でチョコが届いたと、真下君が言っていた。
もしや、虫歯にして、彼を落とそうという魂胆か…
知らず知らずのうちに眉間に皺がよる。
必要事項を書き終えた青島が私の横に座り声をかける。
「室井さんが治療を受けるわけじゃないですよ?」
青島がかわいい顔で私を見つめる。
「歯医者は好きな所ではないが、青島が側にいればそこが私の天国だ。」
他に患者がいない事をいいことに耳元でささやく。
青島は、首まで赤くなってうつむいた。
その表情、しぐさが、かわいらしくて、思わず抱きしめたくなったが、手を握ることで我慢しようとしたとき。
さっきの職員が声をかける。
「青島さん、今日はもう一人の助手が早退してしまったんで、手を握っててあげられないんですけど…どうします?」
私は、あっけにとられ、握ろうとしていた青島の手をソファに落とした。
「君は、いつも彼女に手を握ってもらっていたのか?」
男は女より痛みに弱いという。
しかし青島は例外だと思っていた。
理由もなく、ただ2度刺された男は痛みに強いと勝手に思い込んでいた。
青島の言い分はこうだ。
刺されたのは不可抗力、刺されるとわかってたわけじゃない。
でも、痛いとわかってるものに対しては、痛さは倍に感じる。
特に口の中は、骨から直接耳に通じて、音が痛くていやなんです。
で、初めてここに来た時半分冗談で、手を握っててくれたら怖くないなんて言っちゃたものだから…
そのときは、女の子好きだったし、ここはレベルが高いから…
「室井さん、呆れないでね?」
呆れるも何も、青島のすることは何もかもが許せるから…なんてことは本人の前では口に出さないけれど、老若男女を問わず、青島に微笑みかける人間が許せない。青島に触れる奴は許せない。
そして、そう考える自分の器量の狭さが許せない。
黙ってしまった私を見上げるようにして青島が言う。
「ねえ、手を握っててもらえる?」
私に異存があるはずがない。
私は青島の手をぎゅっと握る。
♪作者様からのコメント♪
歯の浮くような台詞を口にする室井さん・・・
どうも私の書く室井さんは自覚してないロマンチストで、
青島君のことが好きで好きでたまらないようです。
ゆうこ 様へのご感想はこちらまで