Intermezzo Op1−1



ゆうこ  様



夜明け前、室井さんが水を飲ませてくれた。
渇いたのどに冷たい水が気持ちいい。
そこに、ふとした違和感・・・

久しぶりの逢瀬にそれは、すぐに消えた。





今日の湾岸署は、朝から平和だった。
住民からの通報も、午前中に夫婦喧嘩の仲裁1件と、TV局前での喧嘩が1件。
夫婦喧嘩は犬も喰わないと例えどおり、行ってみたら、仲直りをしていて、何しに来たんだ?って、顔をされるし、TV局前の喧嘩は警備員が取り押さえていて、まあ、喧嘩両成敗ということで、説教をして返したし、なんか、俺たちがいなくても世の中平和でOKって感じかな?

おかげで、昼からたまりにたまった報告書&始末書と格闘している。

今晩は、久々に室井さんと過すことができるから、苦手なデスクワークも少しははかどるはずなのに、左下のあごに、かすかな痛み・・・

それでも、たいしたことがないだろうという希望的観測の元に仕事を続けていた。





「イッター!!!」
「どうしたの、青島君」
「先輩どうしたんですかっ」
「青島さん、大丈夫ですか」

みんな、デスクワークに、いいかげん飽きてきてるから、わらわらと駆け寄ってくる。
あーあ、俺ってば暇つぶしの格好のネタになってしまったかも。
なるべく、痛みに響かないように、これ以上ネタにならないように軽く笑みを浮かべて

「ありがとうみんな。ちょっと歯が痛いだけなんだよ。」

「なーんだ、虫歯か、ビックリさせないでよ、青島君。」
そう言って課長は接待計画に再び没頭した。
「先輩、父のかかりつけのいい歯医者を知っています。予約を入れましょうか?」
「ちょっと、ちょっと真下君、そんな高級なとこでなくていいんだよ、ただでさえ青島君は問題児なんだから、そんなキャリア御用達の病院に出入りでもして、方面本部長に何かあったら、僕の立場がないんだから。」
どこからか署長が現れて、一言。
それを聞いた課長が、うんうんとうなずき、
「そうだよ、課長のおっしゃるとおり、我慢しなさい。君は、もっと痛い目にあってるんだから我慢できるでしょう。ところで署長、今度の復活ゴルフコンペの接待計画について私に良い案が・・・」
と、擦り寄っていき、そのまま署長室のほうに消えていった。

「課長、そりゃないよ・・・ああ、真下、さんきゅ。でも俺も前の会社の時から世話になってるとこがあるからそこにいくわ、悪いね。」
「あら、青島君、あなたのかかりつけは外科じゃないの?」
すみれさんのきつい一言。
でも、眼は笑っていて、どうやって俺をからかおうかと炎が燃えている。
「やあ、営業は歯が命でしょう?だから1年に1回はきちんと通って歯石をとってもらって、検診を受けてたんだよ。転職してからは忙しくてご無沙汰だったけど。」

そこに魚住係長代理が、一言。
「青島君、風邪や怪我は不可抗力というものだけど、虫歯だけは、努力でかからないことが出来るんだよ。
現にうちの子供はアンジェラの指導のもと1本も虫歯がないんだ。」
そりゃそうでしょう、キシリトールの国フィンランド出身の奥様なんだから・・・


「青島さん、いったい何時から痛かったんですか?虫歯は、急に痛くならないですよね。」
やさしい言葉をかけてくれるのは雪乃さんだけか。
「んー、2、3日前から怪しいかなーと思ってたんだけど、ちゃんと歯磨きしたら大丈夫だと思って・・・歯磨きは、俺熱心にしてたよ、昼飯の後も磨いてたよ。」

痛みは、ズキズキと続いている。
あそこの歯医者は、6時までに入ればどうにかなるんだよな。
今日は室井さんのとこに行く予定だから、定時に出れれば、何とか間に合うかな?
室井さんには、歯医者を出てから連絡すればいっか・・・
俺が予定の算段をしていると突然肩を掴まれた。

「ぐっへっ、痛いですよー」
「青島君、どんな歯の磨き方をしているんだい?アンジェラ直伝の歯磨き法を教えてあげるよ。さあこっち向いて、口あけて」
そういうと、魚住さんは、どこからか歯ブラシを取り出して口の中に突っ込んだ。
「ぐぐ、ほれ、たれのですか〜」
「ああ、安心して、青島君のよ。机から出したのは私。」
すみれさんが、にっこり笑う。
「ああ、ほらここ、親知らずの内側が、虫食ってるよ。ほら黒く変色してるだろ?」
「そうですね、でもこれくらいなら抜かなくても削って詰め物をすれば大丈夫じゃないですか?」
「いやいや、親知らずは歯医者でも虫歯にしてしまう歯だから、抜いたほうが良いんじゃないか」
「そうですね、僕も学生時代に2本抜きましたよ、先輩、その年でまだ親知らず持ってるんですか。珍しいですよ。」

みんなが好きな事を言ってるあいだ中、俺は、口を大きく開けさせられて、ぎゅっと顎をつかまれ、歯は痛いし、唾はたまるし、だんだん苦しくなってきた。
魚住さんの手からいったん逃げ出し、体制を整える。
「ちょっと、人の歯だと思って、勝手なこと言わないで下さいっすよ」
「ああ.歯磨きのやり方だったよね、まず、歯ブラシはこうやって鉛筆を持つように軽く握る、強く握ると歯茎をいためるからね・・・・」
そう言って魚住さんはまた俺の顎をぐっと掴んで、口を開けさせた。
真下は、俺の腰に手をかけて支えている。
口の中を歯ブラシが動き回り、こそばゆい、自分でするのと違ってなんだか変な感じだ。

「ちょっとちょっと雪乃さん、青島君なんだか色っぽいよね、口をポッカリ開けて、眼は半眼だし、」
「すみれさんも、そう思いました?こんなとこ、あの人に見せたら大変ですよ。」
「そうだよね、黙ってないよね〜」
魚住さんのブラシが、のどの奥にあたって、眼が涙目になる。
「ああごめんごめん、子供の口と勝手が違うから、悪気はないよ。」
そういいながら、顔を近づけて、ここはブラシを縦にして・・・なんて解説しながら磨いていく。


「何をしている。」
刑事課の前に黒い影。
「室井さん、お久しぶりです、資料探しですか?」
真下が俺の腰に手をかけたまま声を掛ける
トレードマークの眉間の皺は、五割増になっている。
あっちゃー、あの人、意外と嫉妬深いんだよね。
「うおうみはん・・・」
「ハイハイ、後もう少しだからねー我慢してねー」
まるで子供に話し掛けるように返事をして、離してくれない。
「あ〜ら、室井さん、今日は何の資料を探しにいらしたの?参事官自ら探しに来る事件て、どんな事件かしら?」
「湾岸署管内で起きた、社内連続暴行事件だ。」
「ああ、それってば、青島君が内偵に行ってたとこのよね。わざわざここにこなくたって本人に直接聞けば良いのに」
「青島の部屋に事件の資料は置いてない」
「ふーん、何でそんなこと知っているの?室井さん」
これ以上墓穴を掘らせないように、魚住さんの手から脱出して、室井さんに声を掛ける。
「口をゆすいだら、すぐ行きますから先に資料室に行っててください。」
そういうとダッシュで、洗面所に駆けていく。
「で、何をしていたんだ?」
「歯が痛いんだって。青島君、」
「親知らずに虫歯があったんですよ」
「それで歯磨き講習会を」

「歯が痛くなってから歯を磨いたって遅いだろう、歯医者に行くのが先じゃないか?」


「まだこんなとこにいるんすか、忙しいんでしょ、早く探しましょう。」
俺は、鍵を左手に持つと、右手で室井さんの手を掴んで。刑事課から引っ張り出した。
「自分の職場をこんなところってなによー」
「すみれさん、どさくさにまぎれて手をつないでいきましたね。あの2人」
「ふふっ、これをネタにおいしいものおごってもらお〜」

湾岸署の影の実力者(表は、一応署長だけど、実力ってあるの?)すみれさんのつぶやきを知らず、2人仲良く資料室に向った

資料室に入ると同時に室井さんが俺をやさしく抱きしめる。
「歯、痛いんだろ?大丈夫なのか?」
眉間の皺はそのままに耳元に囁きかける。
それに応えて、俺も負けじと耳元で囁き返す。
「へへ、室井さんの顔を見たら治っちゃいました。でも、今日は定時であがって、歯医者に行きます。夜になって痛くなるなんてしゃれになんないですからね。」
「じゃ、それまでこれが痛み止めだ。」

そう言って、室井さんは俺にキスをした。




♪作者様からのコメント♪
青島君と室井さんだったら、歯が痛くなったらどういう反応を示すかな?とふと思い立ち、書き上げました。仲がよい湾岸署の面々もいつのまにか参加して楽しい話になったと思ってます。
感想をお聞かせ願えば幸いです。


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やったぁー!!! またも、ありがたく、お話をいただきましたっ♪
歯痛の青島くんには申し訳ないけれど、のっけから刑事課面々のやり取りが楽しいですね。真下くんの殊勝な気遣いも、暇人署長(ナニしに来たんだ・笑)の一言であっという間に葬り去られてますし、青島くんの「歯が命」発言も笑えます。昔、「ゲーノージンは歯がイノチ」って
CMやってましたよね。今は織田裕二さんが『プラスミン』を宣伝してますが(笑)
それから、魚住さんの愛妻家ちっくな発言もオカシイ。た、確かに、アンジェラさんはフィンランド人でした…青島くんの心の声がツボだった私(笑) 尤も、虫歯はなってから磨いても治らないというのは、室井さんの言う通り。それでも歯磨き講座を敢行した魚住係長代理、青島巡査部長に相当ウラミがあると見ました(大爆笑)
普段は忙しくてそれどころじゃない警官の皆様でしょうが、湾岸署でなら、こういうことが起こりそうですね。署内(っていうか、刑事課内)の様子が、とても良く描けていると思います。
ゆうこ様、本当に本当に、どうもありがとうございました〜