隣で規則正しい寝息が聞こえる。
室井慎次が鼾をかかない事を今日初めて知った。
酒が過ぎてそのままベッドへ二人してダイブした時、青島俊作は何故室井のベッドがダブルなのだろうと酔った頭の中をちらりと掠めたが、それを冗談で包めて問いただすほど二人の仲は親密なものでは、なかった。
シャワーを浴びて素に戻った髪は、整髪料で固めた時より数倍彼を若く見せる事も今日知った。数えるときりがない程何も知らなかった自分に、青島は小さく笑う。
夜はまだ深い。
喉の渇きを覚えて目覚めてみれば、薄闇の中でしんしんと時間だけが降っていた。
プライベートで酒を飲んだのも初めてなら、彼の寝顔を見るのも初めて。出逢ってから二年――そう言えばお互い何も知らない事に、ようやく青島はいま思いつく事が出来た。
「なんなんだろうね、これって」
理想を求め互いを必要としながらも、青島は上司、室井は部下と一線を引きながら過ごした日々が蘇る。
それほどまでに忙しい二人なのか?
「違うね」
もうひとつの感情に行き着きたくないだけだ。
気が付いてしまってから――いや、気付いてしまったからこそ微妙な距離を保つ、互いの理性。
言葉はいとも簡単に嘘を吐ける。
それを空しいと思う程、互いは初心ではなく。
恋はとうの昔に憧れを追い越してしまった。
なら――この想いはどこから忍び込んで、いつ心の片隅にほの暗い焔のように存在し続けたのだろう。
「……」
そっと室井の筋張った手を取る。
何度も挫折しかけただろう掌。壁を叩き書類を握りつぶし、そして血まみれになった自分を力の限り支えた、この指。
だから気配を殺して額に当てた。
愛と呼ぶには膨大すぎる記憶が邪魔をする。愛しいなんて言葉も似合わない。そんな曖昧な感情に隠された執着。少年ならこれを憧れや尊敬で済ましただろうか。済まされないのは自覚している
『大人』の部分だけなのか。裏切り続ける涙だけは互いに相応しくないのなら、全てを隠して笑う自分は擦り切れてしまった想いをいつか失ってしまう。
けれど、どんなに足掻こうが結局いつも理性が感情に勝つのだ。
「大人だもん」
言い過ぎて伸びきった言葉。それは、そのうち酒でも飲もう――と言う、いとも簡単に忘れ去られる挨拶と同じ程度の効力しかない。
せめて触れ合えば何かが変わるのだろうか。
この波間に漂う木切れのような感情が、浄化されるとでも?
――そんな筈がなかった。
「俺はね」
唇が動く。
「本当は」
ふっと溜息が漏れた。
穏やかな眠りにつく室井の眉間にまた皺を作る訳にはいかないだろう。それくらいの思いやりは常備している。同性に惹かれるなんて、馬鹿げた話じゃないの。
そりゃ、エグイだろう。苦笑する唇から微かに本音が零れる。
「――してる」
この感情は罪だ。
互いに隠し持っている熱は、曝け出す訳にはいかない。理想を求めるのなら、こんな感情は足かせになるだけだろう。
「室井さん」
黙っていようよ。
もう互いが気付いているけど。
なくしたら息が出来ないほど。
身も心も。
「俺にだけは気付かせないでくださいね」
−2000/3/26 UP−
♪作者様からのコメント♪
これ、ダウンタウンブギウギバンドの「身も心も」聞いて、思わず作っちゃいました。
お目汚し……!(脱兎のように消える夜船)
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