juice―――――はがね様


「‥‥あちぃ」
 汗に濡れて肌の透けたタンクトップに膝丈のパンツという、人目を全く気にしていないだらけた格好で突然訪ねてきた京は、ドアを開けるなりそう呟いた。

「…暑いんだったら大人しく家に居ればいいだろう」
 舌打ちしながら渋面で返された言葉を当然のように無視し、京は庵の体を押し退けて部屋の中に入り込む。庵はその横柄な態度にも特に文句は言わず、ただドアをロックして後を追った。



 こんな突拍子もない京の行動にも、もう慣れた。日々の生活の中に組み込まれた、習慣のひとつになってしまっている。それでもせめて嫌味のひとつやふたつは言っておきたい。庵の精一杯のプライドだ。

 …随分とささやかな抵抗ではあるけれど。



 リビングに入った京は、その汗だくの体をお構いなしにソファに預ける。庵は思わず眉をひそめた。
「おい」
「何」
 うだるような暑さに勝手に不機嫌を募らせている京が、面倒臭そうに振り返る。

「…貴様、遠慮とか礼儀とかいう言葉を知らんのか」
 回りくどい言い方だったがその真意は掴めたようだ。表情が今まで以上に固くなった。しかし、京はそこで大人しくへらへらと謝ってくれるような扱いやすい男ではない。勿論庵も、初めからそんな反応を期待してはいないが。

 だが、次の瞬間返された言葉には流石にカチンときた。
「‥‥っるせーなぁ、暑い中わざわざ訪ねて来てやってんのにそれかよ。せっかくの客に冷たいモンくらい出してくれたってバチは当たんねーぜ? それも礼儀なんじゃねぇ?」

 傍若無人の見本のようなこの男に、まさか礼儀をレクチャーされてしまうとは。頭にきて何か言い返してやろうと思ったところを、京の言葉に遮られた。
「それにしてもここも暑いな。エアコンあるんだからつけりゃいいじゃねーか」


 京の自宅は昔ながらの旧家らしく、一般家庭に較べて冷房器具というものが極端に少ない。あっても実際に使用する事はあまりないようだ。
昔の人間は電気に頼った人工の冷気を好まない。庵の実家も同じなのでそれは容易に察しがつく。大方、暑さに嫌気がさし、涼を求めてうろついていたのだろう。


「あまり体に良いものではないからな。我慢できる程度の暑さなら、無理に使う必要もないだろう」
「うっそ、お前暑くねーの?! これで?」
「…暑いことは暑いが‥‥」

 言いかけた庵の腕を掴み、京はその体を引き寄せた。不意打ちを食らって、もろに京の胸の上に倒れ込んでしまう。慌てて離れようとしても、力強い腕はそれを許さない。

 楽しそうに微笑う京の顔を見て、油断した、とひどく後悔した。大体この男が訪ねてきて、よからぬ目的を抱いていなかった事などないのだ。

「ホントだ、全然汗かいてねぇじゃん」
 からかうように耳元で囁きながら、その手はシャツに忍び込む。熱い手のひらで背中を撫でられ思わず零れそうになった声を、庵は咄嗟に唇を噛み締めて押し殺した。

「どした? 庵」
「‥‥っ」
 声を殺しても、慣れ親しんだ指のクセに反応する体は抑えようがない。直接的な刺激を与えられているわけでもないのに、触れられただけで過敏になる自分の感覚器官が憎らしい。

「‥‥っは・あ‥‥ぅ」
 遠まわしな愛撫を続けていた京の熱が、前面に回ってきた。ボタンを外そうともせずにシャツをたくし上げる手が胸の上の飾りを押し潰すと同時に、耳の中に湿った舌を差し入れられた。

「や‥‥!」
 本格的になってきた京の行為に、逃げ出したいと思いながらもそれができない。首筋を伝って下に下りていく唇の行方を、何処かで期待している自分がいる。

 すっかり力の抜けてしまった体。自力で支えることを諦めた庵は、京の首に腕を回し、懇願するようにしがみついた。するともう一方の手が、庵の内腿を微かに撫でた。徐々に核心部に近づいてゆく動き。

「‥‥っあ‥‥ッ」
 もう抵抗する気も失せてしまった。今庵が望んでいるものは、次に訪れるであろう目も眩むような快感と、溶けた体内に打ち込まれる灼熱の楔。
 なのにそれは近づいては離れ、嫌味なくらいにじれったい動きを繰り返すだけだった。

 もどかしい。

 いつもの彼なら、有無を言わさず組み敷き、強引に快楽を引き出すような行為を好んでするのに。
 いつまで経っても進展しない愛撫に痺れを切らした庵は、京を睨みつけて無言の抗議をした。

 それに京は無邪気な微笑みを返す。
『そんな顔で怒ったって、全然説得力ねーって』
 ほとんど口癖になってしまっている京の言葉を思い出し、庵は悔しくて唇を噛むが、ふと、その笑みに何か違うものを感じた。

「なあ、俺だけ汗だくになってんのって不公平だと思わねぇ?」
 緊張感も色気もない声音でそう尋ねる。
「な‥‥にが・言いたい‥‥ッ」
 京は場違いな質問を投げかけながらも、ちゃっかりと手の動きは止めていない。熱の引かないままの体を持て余し、庵は息を切らして答えた。

 違う。そんな言葉が欲しいんじゃじゃない。
 もったいぶらないで。早く。はやく。
 ‥‥欲しい、んだ。

 言葉ではなく目線で訴える。必死に懇願する。京も、それを解っているはずだ。
 解っているはずなのに。

「‥‥シャワー借りるぜ」
 驚くほどあっさりとそう言ってのけ、京は力の入らない庵の体をソファに凭れさせた。
 立ち上がってバスルームに向かう京の背中を見つめ、頭が回らず放心している庵に、京は皮肉った一瞥をくれた。

「なんだよ、汗だくで家具に触られんのイヤなんだろ?」


◆ ◆ ◆


 ‥‥なんて嫌な男なんだろう。

 あんな傲慢で身勝手で唯我独尊な人格破綻者が、どうしてこの現代社会でのうのうと生きていられるのか。日本は民主主義じゃなかったのか。あんな危険人物の存在を
認している奴等は馬鹿だ。

 そしてそんな悪魔の為に、しっかりバスタオルと着替えを持ってきてやっている自分は、もっと馬鹿だ。

 なかなか冷め切らない体を引きずって脱衣所に入ってきた庵は、しみじみとそう思った。
 ガラス戸一枚隔てた向こうに、鍛えぬかれたしなやかな浅黒い肌がぼんやりと浮かんでいる。庵がそれを見ないようにして、バスルームを出ようとした時だった。


「‥‥ベッドで、待ってろよ」
 

その言葉の意味を頭で認識する前に、受け止めた背中が反応した。
 振り返ったそこには、庵が来たのを気配で気付いたのであろう、扉から顔を出した京が笑っていた。

 再び喚び起こされる、甘い疼き。
 高なる鼓動を抑える術など、庵はとうの昔に失くしていた。


◆ ◆ ◆


 滴り落ちる雫。
 もう、その正体が何なのか解らない。解りたくもない。

「あっ‥‥ふぅッ・や、きょ‥‥お‥‥っ!」
 ようやく手に入れた、自分の体内にある確かな存在感。ギリギリまで焦らされてとろとろに溶けた蕾は、笑ってしまうくらい簡単に京自身を飲み込む。
 待ち望んでいたそれは、息つく暇も与えぬほど乱暴に、庵の中を掻き回した。

 シーツに顔を埋め、自らの秘めた部分を余すところ無く晒しているというのに、羞恥心など微塵も感じない。京との行為はいつもそうだ。理性なんて、奪われる為にあるようなものだった。

「すっげ‥‥グチャグチャじゃん‥‥」
 卑猥な言葉も快感を高めるための道具にしかならない。知っているから、京もあえてそれを口にする。
「そんなにキモチイイ?」
「…あう‥‥っ、んッ、そ‥‥んな…の」
「答えろよ」

 うつぶせの体を無理に反転させられ、体内でねじれた熱いカタマリが内壁を擦る。
「ひぁ‥‥ッ!」
 たまらず声をあげた庵の泣き顔を見て、京はぺろりと舌を出し、唇を舐める。
「なぁ、ヨクねぇの?」

 解放と更なる刺激を求めて先端から白い液体を滴らせ、物欲しげに震える庵自身を見ているのに、それでも京は訊き続ける。わざと律動を緩めて入り口の辺りを刺激し、ゆっくりと追い詰めながら。

「んなワケねぇよなぁ? こんなにドロドロになって、嬉しそうに咥え込んでんのにさ」
「ん…きょう‥‥ッ、も‥‥と…」
「もっと、なんだよ?」

 解っているくせに。そう思っても、黙秘権を行使する余裕などもう庵にはない。意識を手放すくらい激しい快楽が欲しい。本能の求めるままに、貪りたい。
「っあ、もっと‥‥おくまで‥‥き・てぇ‥‥!」
 堪えきれず、叫ぶようにそう言った。

「…んとにやらしいよな、おマエ」
 喉を鳴らして京が笑う。
 庵の言葉に満足したのか、彼は再び舌なめずりして、御褒美とばかりに庵の片足を担ぎ上げた。期待に潤む薄茶色の瞳が京の情欲を突き動かす。余裕のあるフリをしても、京ももう臨界点に近かった。

「‥‥行くぜ」
「くぅ…んッ、ふぁっ、あ・きょ‥‥う…!」
 一点から全身へと広がってゆく、眩暈がするほどの快感に、庵は歓喜の声をあげる。

 焦点の定まっていない瞳、だらしなく開いて唾液を零す口元、大きく広げられた内股、深紅に色づいた胸の突起、触れられてもいないのに悦びにひくつく自身。
その全てに京の体液がぽたぽたと落ち、庵の体は京の匂いに染まってゆく。普通なら不快なだけの汗にまみれた肌が、今はこんなにも心地好い。

 結合部が、外に届いてもおかしくないくらいに湿った音をたてる。
溢れすぎた愛液は、打ち付けられる度にふたりの体に弾け飛んだ。そのまま同化するように、ぬめった体が絡まり合う。

「うあ‥、‥‥気持ち、い‥‥」
 出し入れが激しくなればなるほど、内壁の収縮もきつくなる。小刻みに締め付けてくる庵に、京はうっとりとした表情で呟いた。
「んぁっ、あ・あぁッ‥‥ん、れも‥‥ッ、イイ‥‥!」

 何もかもをかなぐり捨て、庵は目の前の悦楽だけにのめり込んだ。今は、京から休みなく与えられるこの感覚だけが全てだった。
「‥‥も、ヘンになりそ‥‥っ」
「あぁっ、あっ、きょ‥‥ッ、きょう‥‥んっ、ア・も‥‥ダメぇ‥‥ッ!」

 もう限界だと、庵は訴える。屹立したそれは、今にも弾けそうなほど張り詰めていた。
 全身に汗の玉を浮かべている京が、それを見て不敵に笑った。
「…全部、くれてやるよ」
 瞬間、京は、庵の弱い部分を狙いすましたように抉り、自身を一層強く打ち付けた。

「やっ、ひあぁッ、あぁああぁっっ!!」
「──────ッッ!」

 庵が欲望を吐き出すのと、彼の中に熱い濁流が流れ込むのとは、ほぼ同時だった。


◆ ◆ ◆


 暗闇の中で初めに目に入ったのは、微かな明かりで浮かび上がった京の背中。
 しばらくして、彼が煙草に火を点けたのだと理解できた。
 ベッドの端に腰掛けて紫煙を燻らすその姿は、こちらに背を向けている為、表情までは窺い知れない。

 なんだか無性に淋しくなって、庵はゆっくりと起き上がり、ベッドから降りた。
 気付いた京が振り返る。

「…起きたのか」
「‥‥‥‥」
 無言で部屋を出ようとする庵を、京は静かに呼び止めた。
「何処行くんだよ」
「‥‥シャワー‥‥」

 無愛想な呟きに、吸いかけの煙草を燃やして歩み寄る。
「怒ってんのか?」
 庵に愛想がないのはいつものことだ。しかし、今の彼の微妙な感情の動きに京は気付いたようだった。

「…怒ってなどいない」
「嘘つけ」
「違うと言っている」


 怒ってはいない。
 ただ、時々ひどく不安になる。

 体を重ねることが、愛情の確認の意味を持つことは解っている。
でも、行為を繰り返しているからといって、それだけで自分の気持ちが伝わっていると楽観するのは違う気がしていた。
そんな都合の良い考えを抱くには、互いに素直になれなかった時間が長すぎたのだ。

 愛の言葉を囁かれたこともなければ、何も言わずともそれを確信できるほど、優しい扱いを受けた覚えもない。自分自身、行為にのめり込むとそんなことを考える余裕もなくなり、ただ互いを貪ることだけに没頭してしまう。かといって一度冷静になってしまえば、つまらないプライドと羞恥心が邪魔をする。

 京の真意を確かめる術を、自分は持っていないのだ。
 何も解らぬまま体の関係だけを続けているのが、無性に怖い。

「わかんねぇよ‥‥何考えてんだ?」
 吐き捨てられた言葉に、庵は弾かれたように顔を上げる。「それはこっちの台詞だ」そう言おうとしたのに、声が出てこなかった。

 京の顔が、あまりにも痛々しくて。
 大きな手が、震えながら胸を掻きむしる。爪痕が残るほどに。

「‥‥京」
「…俺だってなぁ、わかんねえんだよ! どうすりゃいいのかなんて!!」
 行き場を失くした感情を、堪えきれずに京は吐き出す。その気迫に押され、いつのまにか壁際に追い詰められていた。

「なぁ、教えてくれよ、どうすりゃいいんだ? どうしたら解ってくれんだよ?!」
 叫びにも似た京の告白を、庵は信じられない思いで聞いていた。


 まさかそんな。

 同じだったというのか。京も、自分と同じ想いに捕われて、何処にも行けずに迷いけていたのか。この男が。いつでも自分の思うまま、自由奔放に生きていたこの男が。

「なんでわかんねぇんだよ‥‥」
 頭を垂れた京の言葉は最早独り言めいてきており、誰に対して言っているものなの
か判別がつかなくなっていた。ただ、ひどく苦しんでいるということだけは解る。

 京が苦しんでいるのだ。それも、自分のことで。

 全ての行動の基準は自分であり、他人のことにはほとんど興味を示さないこの男が。


(…そう…か)
 もう、終わりにしなければならないのだ。
 幼すぎた自分達が、お互いの気持ちも自分の想いさえも理解することができなかった、わからないままだらだらと続けていた、そんな不毛な関係は。

 ここで、終わらせなければならない。全てをリセットして。
 そうじゃなきゃ、いつまで経っても抜け出せない。何も始まらない。

 今だから、なおさら。


「──────京」
 穏やかな庵の声で、京は顔を上げた。そして、

 くちびるが───────触れた。

 羽根のようにかすめただけの、まるで子供みたいな、キス。
 驚きのあまり、口が開いたままになっている京は、何も言えずに立ちつくしていた。

「本当に馬鹿だな、貴様は」
 そう皮肉った庵の表情は、涼やかな笑顔。

「まあ、貴様の頭が悪いのは、今に始まったことではないが、な」
「‥‥ってめ‥‥!」

「俺が、オロチを封印するのに自分の体を贄にしたのは、何の為だ?」
「─────!!」
 返す言葉を失って、言いかけた文句を飲み込んだ。
「俺が、ネスツに連れ攫われて行方をくらました貴様を、追いかけていたのは何の為だ?」
「‥‥い・おり‥‥」


 解っているんだろう?
 本当は、何も迷う必要なんてなかったんだ。最初から。
 それでも、自分達は気が遠くなるほどの遠回りをしてしまったから。


「…ここまで言っても解らんようなら、貴様は救いようのない大馬鹿だということだ」
 壁に押しつけられた手を剥がし、庵は踵を返した。そのまま部屋を出ようとした
が、京に腕を捕まれ、引き止められる。

「‥‥それって」
「‥‥‥‥」
 庵は顔を逸らしたまま、黙っている。紅色に染まった顔に、気付かれたくなくて。
 沈黙を肯定と受け取った京が、花が咲くように微笑んだ。

「自惚れて、いいんだ」
「‥‥自惚れは貴様の得意分野だろうが」


 精一杯の憎まれ口も、今は何の効果もない。

 むしろそんな強がりがたまらなく愛しく思えて。京は静かに庵の頬に触れた。行為の後の肌はまだ汗が引いていなくて、じっとりと湿り気を帯びていたけれど、不思議なくらい気にはならなかった。触れ合った部分から流れ込む熱が、蝕むものではなく包み込むものだということを、今初めて知った気がする。

 ゆっくりと近づいてきた顔に気付き、それに応えるように庵は目を閉じた。


 やっとここから、全てを始められる。

END

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<はがねさんのコメント>

‥‥以上!(笑)  うっわ! 長っ!!(笑)  クドいよ俺の文章! しつこいよ! 
しつこいといったら、京サマのセックスもしつこいよ!(笑) 「気持ちイイ?」とか
聞くな! ハタチにして既にオヤジじゃん! 俺より年下のクセに!(笑)
少しでもエロ度を上げようと思い立ちまして、せめて台詞だけでも…と庵に精一杯喘
がせてみたんですが(アレで精一杯です。男があんまりあんあん言うの苦手。読む分
には好きだけど。)、地の文に色気が皆無なタメあえなく玉砕。ヘンなエロシーン。
その反動でラストがあんなティーンズハート文庫に‥‥!(喀血。)
タイトルはB'zのハードエロソング、「juice」から。出来上がってみたら全然juice
じゃないけど。ごめんB'z。ラスト部分は「juice」のカップリング曲「UBU」な感じ
です。
聴きながら読むのもまた一興かと‥‥。いや、やっぱやめて(笑)。

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しらす:…かっこいい…。(゜。゜) 私のとことはかけ離れた京庵…。同じ京庵でもこんだけ違うんだから面白い。あ〜〜〜、京様ーーーvvvv\(>▽<)/
念願かなってはがね様の小説です!!みんな待ってました!(笑)
あーもー、カッコイイったらありゃしねえ!!これぞ京庵の真髄!??
ありがとうございました!
ウチのHPはみなさんの作品で成り立っています!!(切実過ぎて笑えません)