それはまったくの偶然。
狭い十字路で、猛スピードで走ってきた黒い車に跳ね飛ばされた。
ただ、それだけのこと。
街はとても華やいでいた。
まるで自分が消えていくことなど、関係ないとでも言っているようで。
フン、とそっぽを向く。
くだらない。
こんなところで何をしているのだろう。そう思ってある場所へ向かった。
霊体の身には壁など関係なく。するり、と簡単に通りぬけることができた。
目的の場所はただ一つ。
ああ、あった。
白い部屋の、白いベッドの上で、白いシーツに包まれた自分。
真っ白な部屋の中で、たった一つの色が風に揺れている。
赤い髪。
外傷なし、脳波も異常なし、心音も正常。ただ、目を覚まさないだけ。
無理もなかった。
自分の体はオロチに蝕まれ、体力も著しく低下していた。
八神は短命だと言うが、自分の中のオロチはそれを許さない。
血を継承しない限り、死ねない。
だから、オロチは俺を生かし続ける。
だが、もう俺の体は生きることを拒絶し続ける。
体と血が対立し、俺はその生と死の境界線を漂っていた。
即ち眠り続けること。
いつもいつも俺の命を狙い続けていた男が姿を現さなくなった。
喜ぶべきことであるはずなのに、なんでかすっきりしない。
街に出ると、ついその男の気配を探してしまう。でも結局見つからなくて、さらに苛立ちが増す。
どうしてだろう。訳がわからない。
俺は奴にとって、それだけの存在だったのだろうか。
そう考えて、唖然とする。なんでそんなことを思うのか。
『八神は―――なの』
長い黒髪をなびかせた女の言葉が甦る。
突然沸き起こった感情、それは……『恐怖』
あれから二週間が過ぎた。自分をはねた犯人はとっくに見つかって、逮捕されていた。
今日の花は名前は知らないが、淡い黄色の花。
どこから聞きつけたのか、神楽が毎日様子を見に来る。毎日違う花を持って。
そして、眠り続ける自分に話し掛けていく。
今日はいい天気だとか、大学であったこととか、そんな他愛もないことを。
話し掛けて、返事を待って。
落胆して帰っていく。
何故こんなに俺に構うのだろう。
三種の神器に、俺は必要ないだろう?
体の弱い妹に任せるのは気が引けるが、あいつならきっと新しい関係を作っていけるはずだ。
八神と草薙が争う必要は、もうないのだから。
「八神、昨日草薙に連絡をとりました」
さぞかし喜んだろうな、あいつは。
草薙京は。
「今日の午後、見舞いにくるそうです」
そしてきっと、無様な俺を見て笑うのだろう。
あの傲慢な、覇者の笑顔で。
「……そろそろ、目を覚ましませんか…?」
無理だ。誰もそれを望まない。
父も母も、家全体が八神当主としての俺を求め、俺個人は完全に無視された。
お前も、三種の神器である俺の目覚めを望んでいるのだろう?
だが俺はもう、八神の者ではない。
だから目覚めた時の俺は、八神当主でも三神器でもない、ただの八神庵。
誰も俺の覚醒を望まない。
八神が事故ったって聞いて、最初は笑った。
「ざまあみろ」って。
神楽は何も言わなかった。ただ、「どうしますか」と聞いてきた。
俺は「学校が終わってから見舞いに行く」それだけ言って電話を切った。
ダセェ奴。車にはねられて意識不明だなんてさ。今まで俺を狙い続けていた罰が当たったんだ。
でもそう思うなら、これはなんだろう。
落ちていく雫。
座り込んでいる俺の足に当たって、弾けるもの。
そうか、生きてるんだ。
良かった………。
久々に見る京は相変わらずだった。
病室に入るなり、大きな声で俺を笑った。
予想通りの行動に、自分はそれだけこの男のことを知っているのだと思い知らされた。
今まで京が全てで、京しかなかった。
俺の存在意義、存在価値、存在理由を握っていた男。
不遜な態度で、神楽が持ってきていた見舞い品の果物を、断りもいれずに齧る。
神楽はそんな京を眺め、「相変わらず元気そうですね」と言った。
「なあ、こいつ殴ってもいい?」
京が神楽に訊ねる。当然神楽はそれを受理しなかった。
きっと、殴るだけじゃ足りない。きっと、もっと酷いことをされる。
けれど、それもいい。自分で死ねないなら、殺して欲しい。
お前になら、殺されてやる。
殴ったら、目覚めるかな。大声出したら、起きるかな。
横たわるあいつを見て、そんなことを思った。
大声で笑ったことには、何も言われなかった。
でも神楽は、殴ることを許さなかった。
……そうだよな。綺麗な顔に傷がつくもんな。
少し伸びた赤い髪が、風になびく。
触ってみると、意外と柔らかかった。
猫みてぇ。
こんなにキモチいいなら、もっと前に触っとけば良かった。
京が俺の髪を撫でている。まるで猫を撫でるみたいに。
何を考えているのだろう。
ただ、京の表情が心底楽しそうで。
きっと最期の別れのつもりなのだろう。
そう結論付けて、俺はただその様子をじっと見ていた。
神楽が「用があるから帰ります」と言って病室を出ていった。
あの女、毎日ここに来てたんだな。だったらもっと早く教えてくれたら良かったのに。
俺だってこいつのこと心配なのに。
それよりも、目、覚まさないかな。
起きたら、今までのこと全部許してやる。
俺の命を狙ったことも、俺を付けまわしたことも全部。
許してやるから、だから………。
「なあ、目ェ覚ませよ」
「なあ、目ェ覚ませよ」
京がそう言った。
その言葉は、悲痛な声で紡がれた。
どうして。
何故俺の覚醒を望む。
俺はもういらないんだ。
お前だって、喜んだだろう。
「やっと解放された」と。
そう言って笑ったじゃないか。
俺はこいつが好き。
そう気付いたのは、家で教師の言葉を思い出したとき。
「別れを想像したときに、泣きたくなったり悲しくなる相手は、自分の大切な人なのよ」
その教師は、ちょっと前に友達が重い病気になったらしい。そのときに気付いたのが、その言葉だという。
面白そうだから、見舞いに出かける準備をしながら俺も想像してみた。
オヤジ…いなくなったら寂しいかな、やっぱ。
オフクロ…やっぱり、辛いよなぁ。
紅丸…あ、ちょっと悲しくなった。こいつもやっぱ、大事な友達なんだよな。
真吾…うーん、少し寂しい…かな。
ユキ…そりゃ悲しいに決まってんだろ。彼女なんだから。
じゃあ、アイツ。
アイツが俺を、もういらないって言ったら。
アイツが死んでしまったら。
他の誰かとの別れより、八神との別れの可能性が一番高いと考えた瞬間。
息ができなくなった。
一気に汗が噴き出して、訳のわからない不安と恐怖と苦痛が俺を支配した。
あとはもう、よく覚えていない。
気付いたら、病室の前まで来ていた。
バイクのキーを握っていたから、きっとそれを足に使ったんだろう。
ドアノブに手をかけて、その時手が震えていることに気がついた。
俺は京が好きだった。
憎くて、殺してやりたくて、でもできなくて。
憎しみが変化したのはいつだった?
気付けばこんなにも京のことを愛している自分がいる。
自分に対する感情が欲しくて、命を狙っていることに気がついた。
でも、この想いが叶うはずはないから。
いつしか、殺してやるという言葉は、別の意味を持って相手にぶつけられるようになっていた。
『殺して欲しい』
お前が、好きだから。死んでしまいたい。
だから、なあ。最期のワガママを聞いてくれ。
俺を…殺して。
なんで?
なんで起きねーの?
俺が許してやるって言ってんのに。俺が目ェ覚ませって言ってんのに。
俺はお前が好きなのに。
「置いて…いかないで……」
死なないで死なないで死なないで死なないで。
「頼む………からっ……」
目を開けて。
もう一度、俺を見て。
もう一度、名前を呼んで。
そうしたら、答えるから。
やっと解放されたんだ、全てのしがらみから。
もう、何も障害はないだろう?
男同士だとか、そんなこと関係ない。
『好きだから』、それでいいじゃん。
嬉しかったんだ。だから笑った。
やっと、確執から解放されたって。
「俺…お前が好きなんだよ。だから……庵っ」
もう一度。
嘘だ。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!!
お前が俺を好きだなんて。
お前が俺の覚醒を望むなんて。
お前が俺のために涙を流すなんて。
全部嘘だ!
でも、そう思いながらも、喜んでいる自分がいて。
嘘に騙されたい自分がいて。
目覚めることを望む自分がいて。
京が泣いている。隠すことも声を押さえることもせずに。
嗚咽が洩れる。
ああ、やめろ。お前を泣かせたいわけじゃないんだ。
ただ俺はお前が。
好きなだけなんだ。
「き…ょ……」
掠れた声に顔を上げると、一対の琥珀色の瞳がこっちを見ていた。
一瞬、夢かと思って伸ばしかけた手を引っ込めた。
触れたら覚めてしまうんじゃないかって思って。
でも、いつまでたっても覚めなくて。現実だと気付いた。
俺は庵の手を握って名前を呼んでやる。
庵はぼんやりとした様子で俺を見ていたけど、暫くしてぽつりと呟いた。
「死んでしまいたかった。その方が、お前のためにもなると思った」
その言葉に絶句していると。
「でも、お前が望んだから、もう一度会ってもいいと思ったんだ」
そう言って、静かに笑った。
「京、使った物はきちんと片付けろ!」
「いいじゃん、後でまた使うんだから」
「だったら邪魔にならないところにおいておけ」
まったく。部屋のど真ん中にゲーム機など散らかしおって。
もちろんこれは俺の持ち物ではない。京が勝手に持ち込んだ物だ。
あれから京は毎日俺の家に遊びに来ては、何かを置いていく。
今や俺の部屋は京の持ち込んだ物で溢れかえっていた。
まさかとは思うが、こいつここに居座るつもりではないだろうな。
だがしかし……。
「なあ、京。最近家に帰っていないようだが…」
「何言ってんの? 俺の家ってここじゃん」
「は?」
「何のためにこんなにたくさん運んできたと思ってんの? 同棲同棲vv」
「ふ…、ふざけるなーっ」
何考えてやがる、この野郎!
「ふざけてねーよ。だって俺、お前のこと好きだしぃv お前だってそうだろ?」
「なっ………あっ…くっ………、〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
返答に詰まってしまい、言い返さずにいると京が嬉しそうに顔を覗きこんできた。
だらしない顔しやがって。何を考えているか分かるぞ。
少しずつ少しずつ俺の部屋に置いてあったものを持ちこんだ。
庵が俺のことを好きだって言ってくれたことはないけど、態度を見てれば分かる。
だってワガママ聞いてくれるし、今だってこんなふうに真っ赤になって黙るし。
何で俺、今までこいつの魅力に気づかなかったんかな〜。
もうめちゃくちゃカワイイぃぃぃ。
でもやっぱり、好きって言って欲しいよなぁ。
チクショウ、いつか見てろよ。好きって言わせてやるからな。
だから、ずっと傍にいろよ。
END
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<めそさんのコメント>
何考えてるんだろう。
二人してラブラブ合戦してるよ。ぬぅ。
って言うか、何でこんな話ができあがったのかが謎。(自分で描いといて何を言うか)
げふり(吐血)。
タイトル勝手につけてください。私じゃやっぱり……。
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しらす:こーゆーはなし、すんごい好きなんですが!??
やばいです!!ツボつきすぎです!!!
あのね!!庵の方が京のこと好きになるの、早かったと思うのね!!!
でも、そんな思いを持っていても、どうすることもできない。
男同士、宿敵、ましてや京にはユキがいるし、
自分の気持ちを押さえてきたと思うのね!!!
私じゃあ、良いタイトルつけらんねえっての!!!(泣)
ああ、ほら、話の雰囲気ぶちこわしじゃあ!!!
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