少年とねずみ花火―――――えま様


さて、どうすればいいんだ?

 庵は浴衣の襟を直しながら、そんなことを考える。

 神社に集まっている人の流れから、抜けて一息つけたのはいいとしてだ。ぼんやりと出店の並ぶ、きつい灯りの連なる方を見る。昼のような、ざわざわとさざめくような人の声と、甲高い笑い声とからからいう足音がいくつか、の混ざり合った空気が動いている。

 つまるところが、夏祭り。

 庵のマンションがあるのは、新興住宅地ではあったが、この地区には何故か古い神社があって、しかもそれなりに大きいので、色々と時期によりこんな風に夜店の屋台などが出ることがあった。

 それは、知っていたがな。まさか、来るとは思わなかった……。

 そう、こんなものは家族か子供がいなければ、無縁だと、庵はそう思っていたし、実際夏ということもあって、今まで来たことは無かったというのに。

 どうしても…、あのバカが行くといってきかないから、仕方なく。しかもわざわざ浴衣まで、望むとおりに着てやって……。

 だというのに!

「どうして、あの男は人を連れ出しておいて…はぐれるんだ?」

 辺りを見回しながら、見慣れてしまった相手の姿を探すが、一向に見付からない。

 まあ放っておけば、その内探して来るだろう……。

 元々、大勢の人の中にいるのは好きではなく、人の波に嫌気がさしていた庵は、そう理由をつけて、神社の裏手の方、つまりは人気のない方へと歩く。

 どこかに座れるようなところはないものか、と見渡し、結局神社の端に腰をかけた。

 裏手は、表と違ってしんと静まりかえっていて、どこか違う空間のようだった。

 庵はそれに心地よさを感じて、すうっと目を閉じる。

 しばらくは、こうしているか………。

 と、思ったが誰かの気配に、ゆっくりと目を開けた。

 かさかさと草の音がする。神社の裏手は山になっている、その向こうから音はした。

 なんだ?

 と、小学生くらいだろうか? 少年が一人あたりの様子を伺っている。

 庵には気付かず、手にもった何かをごそごそといじっている。

 祭りに来た…わけではなさそうだが…?

 庵が何気なく、見ていると少年は何かを括りつけた紐を片手に持つと、反対の手で自分のポケットを探ると、それを手に握った。

 庵が、それが何なのかを認識したのと、彼が行動を起こしたのは、ほぼ同時。

 手の中身はライター。

 紐の先のソレに火がついて…、ソレは勢いよくシュンシュンと暴れまわり始めて。

 少年は、びっくりしているのか、その手を離すこともせずに固まってしまったらしい。

 少年の顔の辺りに、飛び跳ねる…前に。

「なっ! バカ者、危ないだろうが!」

 駆け寄った庵がソレをとっさに掴むと、一瞬で灰にする。その瞬間にパンという軽い音を立てて、火薬が燃えた。

 ふう、と軽い安堵の息を漏らす。

 まったく、火事にでもなったらどうするんだ。と庵は思ったがそれよりこの少年は大丈夫なのか…と、彼に話し掛ける。

「おい、火傷はないのか?」

 その声に、はっとしたのか、少年は言いにくそうに、返事をする。

「あ…と、…うん……ごめんなさい……」

 流石に自分のしたことが危ないことだったと、知ったのか、とりあえず謝罪を口にする。

「…花火は、誰か大人とやれ。普通にな。子供が一人で火遊びをしてはいけないと、言われなかったのか?」

 庵は、軽く注意したつもりだが、彼にとっては怒られていると感じられたんだろう。

 しゅん、と小さくなってしまう。

 それを見て庵は、自分の口調は子供にはきついか…と思うが、どうしようもない。

 とりあえず、話を変える。

「まあ、これからはそうしろ…、しかし、全く何を考えてああいう事を思いついたんだ?」

 口をついてでたのは、さっきからの疑問。

 すでに灰となってしまい、跡形も無い残骸に目をやる。

 微かに紐がついていたことが解る…ような、ソレのもとの形状は。

 色付きの紙縒りを輪にした形のもの。小さな花火。

 その名は、ねずみ花火。

「え、だって…面白そうだったから」

「それだけ…か?」

「それだけって、他にあるの?」

「………」

 なんだろう、この既視感は。この、こういう、単純でありながら底の見えない反応。

 反省はしていそうだが、けろっとした少年に、何やら引っかかる庵。

「いや、…どちらにせよ。もう止めろ、それより誰かと来ているのか? もう遅い」

 早く帰ったほうが…と続ける庵の方に、少年が近づく。こころなしかその目が輝いているような?

「なあ、兄ちゃん…、さっきの見たい」

「は?」

「手から、火でた! ねえ、見たい、見たい、見たい〜!!」

 しまった! 咄嗟だったが、迂闊に炎を出してしまった。あんなものを好奇心の塊であるこの年頃の子供に見せれば、どうなるか。それは。

「なあ、なあ、見せてよ〜」

 このように、浴衣の袖を引っ張って、離れなくなるのだ。

 あまり子供を邪険にできない庵は、困る。

 …これが、京ならさっさと投げ飛ばせるものを……、そうか、京に似ているんじゃないか!

 そう思った瞬間、力が抜けた。何だって、奴とはぐれてまで同じタイプに当たるんだ。

「今日、一人でヒマなんだもん、なあ、兄ちゃんって!」

「一人?」

「うん、仕事で遅いんだって言ってた」

 何となく、それを聞いたら…放っておくのも可哀想で。

「仕方ないな……」

 と少年の前で、手の内に蒼い炎を揺らめかせた。

 

 

 

「庵、どこにいんのかな…きっと人気の無いとこだよな」

 だああ、もう。気が付いたらいないんだもんな。

 と、はぐれたのは自分の方だというのに、ちっともそうは思っていない京は、うろうろと目立つはずの紅い髪を探しながら、神社の裏手にいけることを知って、多分そこらだろうとあたりをつける。

 ひょい、と覗き込んで、固まる。

 おい、おい、おい…、なんだよ、これは!?

 その先には、庵。…と見知らぬガキが一匹。ガキはあろうことか庵のひざにのっかって、抱きかかえられて、その前で、庵が炎を出したり揺らしたり。

 しかも、滅多に見せないような、優しげな微笑つきで。

 あんのクソガキ…、庵は俺のなんだよ! さっさとそっから退けってんだよ!

 いらだちを隠さずに、声をかけた。

「庵!!」

 その声に、二人がこちらを向く。

 少年は、その声にびっくりして。

 庵は、しまったというような、顔で。

「何してんだよ…、探したんだぜ?」

 顔だけ笑って、怒っているのは明らかな京に、庵は…まずいと思うが、とにかく何か言わないと…と口を開きかけた。

 すると、今まで庵のひざに座っていた少年は、とん、と立ち上がって庵の方を向く。

「ごめん、兄ちゃん。友達と来てたんだ…、おれもう帰るよ、そろそろ家にも誰か帰ってくるし!」

「そうか? 送っていくか?」

 随分と遅くなっているのを時計で確認した庵はそう訊ねる。

 流石に子供を一人で、というには不安な時間だ。

「だいじょぶ。おれんち、近いし」

 じゃあね、バイバイ。

 と笑って少年は帰りかけて、庵に聞く。

「あ、兄ちゃん、なんて名前? おれはね、コウスケ」

「…イオリだ」

「ふ〜ん。じゃあね、イオリ兄ちゃん!」

 手を振って走っていく、コウスケに庵も軽く手を振ったが、…それがまたいけなかったのか、横から低い声が響く。

「……人とはぐれてる間…随分、楽しそうだったみたいだよなあ? 庵…」

 忘れてた…。と庵はいきなりまずい状況を思い出した。

「いや、これは……、京? おい!」

 ずいと庵の腕の間に入り込んで、京はすねたように睨み付ける。

「このまま、抱きついてくんない?」

「はあ?」

 何なんだ、一体?

「あんなガキは抱きしめてたじゃん。俺もぎゅうってしてくれたっていいだろ?」

 む〜、と膨れっ面で…このバカは……。

 と内心、あきれ返った庵に気付いたのか、さらに京が不機嫌そうに言う。

「また、このバカとか思ってんだろうけどな! 俺にとっては重大なことなんだよ!」

 庵は俺の! 他の奴に触らせんのは、ヤなんだって、いつも言ってるだろ!

 ぎゃあ、ぎゃあといつものように、ガキっぽく喚くのを見て。

 こいつに似ていたというより、京がガキなだけか。

 となんだか妙におかしくなって、庵は京がいうように京に抱きついてやった。

「…庵?」

 そうそう素直に、庵が抱きついてくれると思ってなかった京は、拍子抜けしたのか驚いたのか、気の抜けたような声で庵を呼ぶ。

 それが、またなんだか可笑しくて、庵はくすくす笑いながら京の耳に言う。

「いいこと、教えてやろうか? 京」

「へ? 何?」

「お前のいうさっきのガキだが…、お前に似てるから構っていただけだ」

「! 庵、それって…!」

 一転して嬉しそうな京の声を最後まで聞かずに、庵は京から離れる。

 その時に、軽く京にキスを一つ。

 くるりとすぐに背中を向けて、歩き出す。

「あ、待てよ、庵!」

 呆気にとられていた京も、その庵の首筋と耳が赤くなりかけているのを見ると、にやりと笑ってあとについていく。

 こころなし早足の庵を小走りに追いかけて、その手を繋ぐ。

「! 離せ!」

 といつもどおりに庵が、人ごみに近づいたので小声で、言う。

 それを、いつもどおりに気にせずに、上機嫌に戻った京が繋いだまま。

「いいじゃん、今日はさ。このまま帰ろ?」

 そう笑うのが、本当に子供みたいに見えて、庵は。

 今日くらいは、いいか。

 と、そう考え直した。

 ちなみに、このコウスケ君が、学校帰りにたまたま庵に会い、仲良く喋っているのを目撃した京が小学生に本気で腹を立てるのは、この二週間ほど後のことであったりする。

END

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<えまさんのコメント>

ちょっと、庵さんが子供に懐かれているという話が書きたくなって。こんな風に(笑)

 このコウスケ君は私かもしれません。(爆) だって庵に抱っこですよ? 京に燃やされるとしても、やって貰いたい…。

 ちなみに、この紐付きねずみ花火は、マジヤバですので、やっちゃいけませんよ? 高校のとき部活の男がやりましたけどね(爆)

 何だか…京が、少ない。ラブラブ京庵同盟だというのに……(死)

 だめだったら…載せないでくださいね? ほんとに……。

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しらす:えまさん、ありがとうございます!!やっぱり好きです、えまさんの2人…v
かわええ〜〜vvvお時間とやる気があったら、またゼヒ送ってくださいませ〜〜vv