あ、あれ。可愛いな…庵に似合いそう。
無理矢理に付いて来させてもらったライブハウスで、京は前の方にいる女の子が身につけているソレを見て、そんな感想を持った。
…手作りって感じはしないから、どっか売ってるのかな? よし!
庵に買ってこよう♪
庵が、嫌がるという可能性はまるっきり考慮にいれず、京は上機嫌で独り頷いた。
「俺、ちょっと買い物行ってくる」
変に浮かれて、京が出て行ったのは昼過ぎか。
一体何を買いに行ったのか。大体、京は服とかには無頓着だから滅多に出ないというのに。まあ、人の買い物には必ず付いて来るのだが。
少々嫌な予感がしないではないが…、今日に限っては都合が良かった。
居ればまた、色々と喧しいだけだからな。まったく。
庵が少しぬるくなったコーヒーを、スプーンでゆらゆら動かしていると、ほぼ時間どおりに予定通りの来客が二名。
勝手しったるなんとやら、で呼び鈴の音がしたかと思うとドアが軽く開けられ、軽い足音がやってくる。
「庵〜、持って来たけど?」
「ああ、すまない」
ひょこ、と従姉妹の朱実が顔を見せる。にっこりと他人には可愛らしく映る顔で。
持って来たと言いつつ、彼女が何か持っているようには見えない。
少し首を傾げていると後ろから、もう一人が顔を見せる。
「適当に置いていいのかな? 庵」
「あ。先輩? す、すみません、あのその辺で構いません」
その人の顔に、焦る。
高校からの先輩で、今のバンドのリーダーでもあるこの人のことを、庵は尊敬している。そんな人に、荷物を運んでもらうなんて!
庵の外面に変化はあんまりなかったが内心は軽いパニックだった。
「ははは、いいって、いいって。庵もなぁ、今は学校じゃないし、同じメンバーなんだから、気ぃ使うなって。解った?…ま、庵の性格じゃあ仕方ないかな?」
そこが、特徴なんだろうね〜。
軽く笑って流す彼は、今は緑の薄く入った長めの金髪をがしがしとかいた。
「大丈夫よ。庵、ついでだから、ケイとね今からデートなのv」
「そういうことなんで。またな?」
ひらひら、と。庵にとっては最強カップルが荷物を置いて帰る。
「あ、どうもありがとうございました。キョウ先輩」
思わず、昔の呼び方が口から出て、庵ははっと口に手を置いた。
「久しぶりだな。その呼び方も」
「仕方ないじゃない。そのままじゃ混乱するもの。じゃあ庵、草薙くんによろしくね」
二人で、明るく笑いながら颯爽と去る。
ちょっとの間。庵は見送っていたが、早く片付けなければと届け物のほうに意識を向けた。
呼び方か…。確かに、ややこしいのだ。あの人は。
京 圭一郎。ゆえに。高校のころの呼び名は『キョウ先輩』
……確実に。この呼び方をしてみろ…京の機嫌がどれほど悪化するか、想像に難くない。
しかし、そのうち一回はやらかすだろうな。と思って少し気が沈む…が。
「いかん。考え込んでる場合か。さっさと京の帰るまでにコレを仕舞わないと」
と、かなりの大きさの袋を引き寄せる。
コレとはつまり先日のライブ時のもらい物類のこと。京が来ていたために持ち帰れなかったので、朱実に頼んでおいたのだ。
あのまま持って帰っても良かったが、その際、これらが無事に済むかは、はっきり言って自信がなかった。簡単に言えば、京が燃やすという事だが。
「なんだって、あいつはこんなことで、怒るんだか……」
ぶつぶつと不満を吐きながら、未だその理由には気付いていない。ある意味、鈍い庵だった。
「たっだいま〜!…庵?」
目的の物が見付かって、機嫌よく帰宅の挨拶をした。が。
あれ? 庵…いるよな。靴あるし……寝てるのかなぁ?
と奥の部屋の方を覗きに行こうとしたけど、なんだ。リビングにいるんじゃん。
「あ…お帰り。…京」
ささっと、なんかを後ろに隠して、庵が返事をした。なんだよ? 気になるな。
「ただいま。庵、何、隠したんだよ? 見せて」
「い、いや…大したものじゃない」
「ふ〜ん?」
明らかに、庵が焦ってる。物凄く、気になるけど…、ま、後でもいいか。今はコレを庵に着けてもらうほうが先だよな♪
「ま、それはいいとしてさ。庵、コレ被ってみて! 絶対似合うって!」
そう言って、ごそごそと手元のビニールの袋から何か、白いものを取り出すと、庵の目の前にうきうきと広げて見せる。
ソレを見て…庵は………。
「なっ……!」
「な?」
「なんで、お前らはこういうものを俺に着せようとするんだ!!」
ふるふる。と震えながら絶叫。何故なら。
京の広げたソレは、色は白、これは普通。どうやら布製? 毛糸に近い素材。それもまあいい。そしてどうやら被ると言う辺りから、帽子らしい。こうガボッとつけるタイプの。
それも、確かにおかしくはない、庵の趣味ではないが。問題は、その帽子の形で。
山が二つ、というのか? へろんと被れば後ろにたれるのだろう。
つまり、よく子供の描く『うさぎさんのみみ』状……だ。
コレが似合うと思って渡されれば…普通の成人男子は怒声も発しようというもの。
庵が、力一杯不機嫌を示すが、京の関心はそこには動かなかったらしい。
少しばかり、顔を引きつらせている。
「…なあ、庵? お前らってどういうこと? 他に誰か居んの?」
しまったと天井を仰いだが、後の祭りだ。仕方なく、庵はさっき隠したものを突き出した。
「バンドのファンから届いた……だけだ……」
「あ〜! これ色違いじゃん! 俺もさ、最後迷ったんだよな、ピンクと」
「随分長いこと、迷ってましたよね…草薙さん…」
京の後ろから、ちょっと鬱な声がして、ようやく庵は真吾が来ていたことに気付いた。
おそらくは連れ歩かれたのだろうと思うと、哀れに感じる。
「ま、今回のは許してやるか。じゃ、庵、被ってv」
弟子の声など、軽く無視……いや、気付いてない?のか京が庵に迫る。
「何だそれは! どうしてそんなもの被らなきゃならんのだ! 断る!」
「別にいいじゃん。たかが帽子だし? 今だけでもいいからさ〜」
「いやだと言っているんだ!」
俺…帰ってもいいのかな、ダメなのかな…と思いつつ眺める真吾の前で、言い合いは続く。
が、結局はいつも、京の行動でケリがつく。
「そんなに嫌がんなくても、いいだろ!」
「うわっ!」
強引に、庵に被らせるとまじまじと見る。その顔がだんだんと緩む。
へたんと後ろにたれる白くて長い耳。紅い髪が余計に目を引いてしまう。怒って睨んでいるんだけど、帽子のせいかどうにも「かわいく」見えて…。かなり、京の理性へ打撃。
「……本当に、似合うって思いませんでした……」
「あれ、真吾まだいたのかよ? さっさと帰れよ、見るな、減るだろ!」
弟子が思わずもらしてしまった感想で、ようやく存在を思い出したくせに、随分なことを言いながら京は、真吾を追い出そうとした。
その時。
「庵兄ィ? ごめん、ちょっと預かっといて…俺、真吾探さな……って真吾」
「あ、淳志…」
庵と同じ声が割り込んだと思うと、そこには庵の従弟で京にとっては後輩の彼が立っていた。真吾が焦って、事情を話すとやれやれという顔をした。
「大体、解った…? なんですか?草薙先輩?」
ちょんちょん、と京が疑問符つきの困った顔で、淳志の肩を叩いて振り向かせる。
視線は、彼の腕の辺りで止まる。
「なあ……それ……何!?」
「?? あ、これですか」
自分の腕に、正確には腕に抱えているものに視線を落として彼が答える。
京は、まさに凝視する。
…、どうみても庵のミニチュアサイズ…に、うさぎ?の白い耳がついてるみたいな…。
人形……!じゃあ、ない? 息してる…ってなんだよ、これ??!
すぴ〜と可愛らしい寝息をたてているミニ庵…というか「うさ庵」?は、そりゃあもう、犯罪的に可愛い。だめだろ、これは?
ふと京が横に目を逸らすと、庵も近寄って来てる。
そりゃあ気になるよな。どうみても自分が元だしなぁ…。
と庵の顔が真正面になったとき、ゆっくりとうさ庵の目が開いた。
庵と同じきれいな琥珀色。
しぱしぱと二、三回、瞬きをすると、庵をじっと見つめる。
次の瞬間。にぱあっと笑って。
「おか〜さん♪ だあ〜っ!」
と淳志の腕から庵の方に飛び移った。庵はとっさに受け止めるしかなく、抱きしめるような格好になる。
それが嬉しかったのか、うさ庵のほうはきゃあきゃあ笑って擦り寄る。
うあ。これ、この図…って、なんていうか、すっごく、イイ!
京がノックアウトされ掛けていると、流石に庵が口を開く。
「お母さん、て。淳志、こいつは、一体?」
「ん〜。あながち間違いじゃないな、お母さんは…。今さ、生物が遺伝子のところなんだよ、だから」
「「だから?!」」
吐き出された、答えになってない答えに思わず二人で突っ込む。
「あの…クラブで、淳志が実験してて、その〜…」
困ったように真吾が、もごもごと言いにくそうに口にした。
「…実…験?」
「ああ。生物部から兎貰ったから。ちょっと遺伝子操作実験とか他と組み合わせてたら。出来た」
さらっと。紅茶に砂糖を入れたとでも言うように軽い、返事。
…できたって…それは、高校の同好会レベルなのか? と薄ら寒い感想を京が抱くと、おそらく同様のことを考えたはずの庵が、青くなって続けて聞くところだった。
「組み合わせたって、誰のと」
「庵兄ィの血」
きっぱり即答。この辺りこの従弟同志は物凄く、似ていない。
「なんで自分のを使わん!」
「だって、嫌だろ自分なんて。ま、懐いてるみたいだし、ちょうどいいか。それじゃあ、庵兄ィ、よろしく。よかったな。お母さんと一緒だって」
ぽんぽんとうさ庵の頭を叩きながら、彼がそう声を掛けると、うさ庵が振り向いて手を振る。
「うん。ばいばい、あっちゃん、しんちゃん!」
ぴくぴくと耳が元気に揺れる。
「バイバイ。また、遊びに来るからね」
真吾があわせて手を振りながら、笑いかけるその横で。庵が眉を顰めながら口を開こうとする。
「待たんか、お前ら…」
それを、そのまた横から京が口を挟む。
「まあまあ、庵。いいじゃねえか? そいつほっとく訳には行かねーんだし。真吾達は高校生なんだから、ずっと面倒みれねえってことでさ?」
いや、お前も高校生だろうが。というのは飲み込んで、庵は締まり無く緩んだ顔の京を、軽く睨みつける。
「お前…、妙に物分りがいいな…?」
低く、押し殺したように話す、庵には何事もなかったように、くるんと向きを変えると、うさ庵を指差し、さっきから疑問だったことを口にする、京。
「ところで、こいつ、なんて名前?」
「本人は『イオリ』って言ってるけど、ややこしいんで、仮に『うさ』にした」
「ふ〜ん……、よ〜し、初めましてイオリちゃん♪ 俺は京。おとうさんだよ〜♪」
それに、うさ庵のほうは不思議そうな、庵は頭の痛そうな顔をした。
「きょうちゃん?」
小首を傾げて確認する姿は、壮絶に愛らしい。
「そう。これから一緒だよ」
イオリに右手を差し出して、にかっと笑うとイオリは安心したのか、にぱと笑う。
「おかーさんと、きょうちゃんと、イオリでいっしょ?」
「そ、三人で一緒だ!」
「わ〜い!」
幸せいっぱいのイオリの満面の笑顔に、京はもちろん、庵も言葉を呑んで、結局イオリは庵の家に置くことになったのだった。
ちなみに。うさ庵のことはあっという間に広がってしまい(京が誰彼構わずに自慢しまくったからだが)
こっそりと、しかし大量に、某高校科学同好会・会長のもとへ注文書が届いたとかなんとか……。
END
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<えま様のコメント>
しらすさんへ。1500のキリリクです。あらら?…最初考えた話を捨て、うさぎ庵で!と思ったんですけどね…。外した?(汗)
前半、何故にかオリジナルキャラ目白押しで…(死)すいません。
うさぎ庵の可愛らしさ、愛らしさってものがこう、難しい!! だめです。表現できませんでした(爆)
やはり、同盟の御大のような「うさぎ庵」は難しいですねぇ(笑)
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しらす:ありがとうございましたぁぁーーーーーーーーーー!!かわいいっ!かわいいですっ!!
表現、できてるじゃないですかっ!!めっちゃ可愛いです!はうーー!!\(≧▽≦)/
しかもイラストとセットでしたし!!あああ、幸せー!
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