夜桜幻想―――――ジューリュバール様


生暖かい夜風が吹き抜けるのに顔を顰め、京はあたりを見回した。

 そこは草薙家が所有する山の中。
 麓付近には桜がたくさん植えられているせいで、
春の恒例行事になってしまっているKOF常連達による花見が、今年も催されていた。
 今は騒ぎが一段落して、夜更けになりかかる時間。
未成年達がぶつぶつ文句を言いつつも家路についていた。

 二十歳以上の面々で気兼ねの要らない二次会に雪崩れ込もうとした時、
その中に京は赤毛の男を見なかった。

 何も言わずに姿を消すくらいは日常茶飯事の男ゆえに、気がついても誰も口にしないし、
常々草薙の土地に足を踏み入れたくないとか、
和解してからも長くは居辛いとか言っていたし、
回りもそれを解っていたので
それについて誰かが何か言い出すわけでもない。

 確か、最後に見たのは……?

 京は、用心で用意してあった懐中電灯を片手に山の静かな気配を探りながら歩く。
 一緒に行こうかという紅丸を断ったのは、昼でさえ鬱蒼とした森の中で
<彼>の発した気で森の気配が乱れているのを探りながら進むためだ。
 森の気配を乱すような気は極力避けないと、微かな乱れを感じることは出来ない。
 月明かりも遮られてしまう森の中だ、目など、端から当てにしていない。

 犬が匂いを辿るようなものだな、そう思って、京は苦笑する。
 それに京にとって、ここは何と言っても幼い時分に駆け巡り、
庭のように知り尽くしているのだ。

「ああ、やっぱ、ここか。」

 京は、森で一番歳を経た桜の木の下に目的の人物を見つけた。
 微かに差し込む月明かりの中に真紅に染められた髪が映える。

「……。」

 ざ……っと、再び生暖かい風が吹き抜ける。
 赤い髪が揺れ、老桜の花弁も舞う。
 老いた枝は撓み、幻想的で重さなどありはしないように見える花を支えかねている
ようだった。

「枝が折れそうだな。今度、山管理してる奴につっかえ棒でもして支えるように
言っておこう。」
「無駄だ。」
ここでやっと、相手が口を開いた。

「何でだよ?」
「この桜は死にかかってる。」
 振り向きもしない。

「え?」
「来年、また花を咲かせることはあるまい。」
 その低い声で断言されてしまうと、
それがあたかも事実になるように聞こえるのは何故だろう?

「この狂い咲きは言わば、灯火が、消える直前に放つ光のようなものだ。」
「……断末魔の悲鳴ってか?」
 わざと冗談めかして言うと、
「そうとも言うな。」
 朱を刷いた唇が薄っすらと笑った。

「……どうしてそれがお前に判るんだよ?」
「さあな。」
 また風が吹いて、彼に纏わりつくように桜の花弁が舞う。

「庵!」
 京は思わず相手の名を呼んで、その所在を確かめるように背中から抱きしめた。
「?」
「何でそんなコト言うんだよ。まるで……」
 お前まで逝っちまうみたいじゃねえか。
 京は、言いかけた言葉を途中で飲み込んだ。口にしたら、それこそホントにそ
うなってしまいそうで。

「似非詩人が……。」
 薄っすらと笑った唇から発せられるいつも通りの声で、いつも通りに皮肉られる。
 生暖かい風がまた、吹き抜ける。
 花弁が舞い落ち、舞い上がる。

 嫌な予感、嫌な予感、嫌な予感。

「皆、二次会行っちまったぜ? 俺らも行こう。な? な?」
 この場所から彼を連れ出したい一心で、京は相手の腕を掴んで引っ張る。
 その勢いでバランスを崩しかけた相手がやっと振り返った。

 口元だけが笑う、アルカイック・スマイル。まるで死者のような顔。

「!」
 一段と強い風が吹き抜けて、咲いていた花弁を散らし、落ちていた花弁を舞い
上げ、京の視界は桜の花弁で埋まる。
 掴んでいたはずの相手の腕も、花弁となって散ってしまった。

「う、わぁぁぁぁぁっ!!!」

「……か! 起きんか! この馬鹿薙! 重い!!」
 庵の怒鳴り声で京ははっと我に返った。
 桜の木の下、片々と舞い落ちる花弁の中、敷いたような花弁の上。

「さっさと退かんか!!」
 月の光の中、仰向け状態でぴりぴり怒っている庵、縋り付くようにして伸し掛
かっている京。

「あ、あれ?」
 京は慌てて上体を起こした。
「あれ、夢……?」
「……ったく。桜に酔いでもしたか?」
 大きく息をついて、庵は京を睨んだ。

「……確か、二次会行くって話になって、お前探しに来たんだけど……?」
「ふん、気にせず行けば良いものを……。」
「……お前、ここで何してたわけ?」
「この老木が花を咲かせるのは」
 そう言って、庵は樹を見上げる。

「これが最後のような気がしてな。これほどの老木も珍しいから、しっかり覚えておこうとしたのだが、
夕べのライブの疲れがあってうたた寝してしまったらしい……。
重苦しくて目が覚めたら、貴様が伸し掛かってた。」
 京には、さっきまでの出来事が夢の中のだったのか、どうも自信がなくなってしまった。

「さて。」
 庵は立ち上がると服を叩いた。花弁が舞い落ちる。
「あ、おい、何処行くんだよ。」
 歩き始めた庵に、京は慌てた。

「帰る。」
「ちょ……待て、二次会はどうすんだよ?」
「貴様が行っとけ。」
「駄目だって! 後から連れてくって約束しちまったんだぞ、俺。」
「約束したのは貴様で、俺ではない。」
 スタスタと、まるで京と同じくらいこの辺りを知り尽くしているように、
庵は歩いて行ってしまう。

「ま、待てってば!」
 京は慌てて追いかけて、その腕を掴んで引っ張った。

 その時、底冷えのする風が吹いた。

 京も庵も一瞬、ブルッと身体を震わせたくらい冷たかった。

「花冷え、という奴だな。」
 庵がぽつんと呟いた。

「酒、飲みに行こうぜ。」
 間髪入れずに誘いをかけてみる。

「……まあ、身体を温めるくらいにはなるか……。」

 素直じゃねえよな、ホント。
 京はそう思ったが口には出さなかった。話がこじれる。

「よっしゃ、二次会二次会! 酒飲むぞ〜。」
 嬉しそうに言って、京は庵の腕を引いて早く皆と合流しようと歩き始める。
 庵は、仕様が無いなと言う顔で、それでも自分の腕を掴む京を咎めはしなかった。

END

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しらす:きゃあ〜〜〜☆ステキィ〜〜〜〜☆綺麗じゃーーー!!すごくいいですよう!!
リンクの記念にいただいたものです☆☆すごくサービスいいですね☆☆
私が貰っちゃってもいいのかしらっ!?ってかんじっすよ!!
ちなみにリクエストは「京庵で夜桜」でした☆一足先に春♪
春と言うと明るい印象と同じくらい悲しい印象を受ける私。
それは春と言うと「出逢い」と「別れ」っていう印象があるからなのかなあ。