日向梨緒さんにお願いして書いていただきました。
妖刀『椿』をめぐって大波乱が起きそうな予感です。


   緋色の龍

 終章

       *                       *

 傷の手当を終えた後、足早に村に戻ってきた。
 疲れもあるので、ちゃんとしたベッドに寝たかったからだ。生憎、同室になってしまったけれど。仕方がない。
「これからどうするの?」
「何が?」
「どこに行くの? 目的は果たしたんでしょ?」
 ベッドに横になると、知らないうちにしんみりしてくる。別れが近づいていることがわかっていたからだ。
 なんとなく無口になり、チェリアが訊いたのはけっこう経ってからだった。
「うん、一応。だから今度は東に行こうと思って。『椿』を直すなら『東の果て』が一番いい」
 そう言ったところで、ポンとシエラは手を打った。
「そーだ、言い忘れてた。一個だけウソついてた」
「何が?」
「『椿』だけど、『東の果て』で創られたんじゃないんだ」
 途端、チェリアの眉間にしわが寄る。
「サリクはもちん『東の果て』の人間だけど、若いうちにこっちの北のほうに引っ越してきていたんだ。そうじゃなきゃ新妻が『北』の主にさらわれることないだろ? 東にいるんなら『東』の主が黙っちゃいない」
「そうね」
「悪かった、黙ってて。でも『椿』を創った技術はちゃんと『東の果て』のだよ」
「もういいよ、シエラ」
 いまさらこだわることでもないだろう。どこで創られたとか、どうやって創ってあるかとか。どんな思いで創ったのかさえ知っていれば、問題ない。
「ありがと。チェリアは? これからどうする?」
「村に戻るわ。やらなきゃいけないことが待ってる」
 きゅっと拳を握り締めた。込み上げてくる復讐心。それは生への原動力となってくれる。アイツがいる限り、自分は死ねない。アイツを倒さない限り、自分は幸せになれない。
 だから倒すのだ。
 『桜』と。
 家族と、そして自分のために。やってみせる。
「村ってどっち?」
「ずっと南」
「そっか。じゃあ明日から別々だね」
「それがどうかした?」
「チェリアが寂しがるんじゃないかと思って」
 ふとんの上でごろりと一回転。チェリアに近づく。
 ちゃんと顔が見えるように。
「失礼ね。寂しくなるのはそっちでしょ?」
 一瞬だけ、本当にシエラが寂しそうに見えた。たぶん、彼は気づいていないだろうが。
「べぇつにぃ」
 それはもしかしたら、強がりだったのかもしれない。
「ふーん」
「かわいくないなぁ。チェリア、おいで。一緒に寝よ」
 こいこいと手招きして呼んでみる。少女は顔を真赤にして抵抗した。
 一人用のベッドだから、当然身体をくっつけなきゃ落ちてしまうわけで、気にしない性格ではあったけれど、髪の色が変わってしまった彼は別人に見えて、なんだか恥ずかしかった。
「バ、バカ言わないでよっ。あたしは十六。立派なレディに失礼ね」
「これだけ長生きするとぜーんぶ子供に見えちゃうんだよ。十六なんてまだまだひよっこ。別になんにもしないのに」
「信じらんない。一番最初に言ったこと、ちゃんと覚えてるからね!」
 一夜を共にすれば『椿』をあげてもいいよ、とシエラは言った。
 世の中の女性をとろかせるような顔をして。
 結婚詐欺師にでもなったらがっぽり稼げそうな雰囲気で。
「あー、あのこと」
 言ったね、そんなこと。
「マジで信じてた?」
「あったりまえじゃない。見た目十八じじい」
「じじい。そういわれたの初めてだよ」
「だってホントのことじゃない」
「あーはいはい、お互いに歳のことはやめよう。おやすみ、チェリア。寂しく一人で寝ることにするよ」
 二人の仲は、相変わらずだった。
 たぶん、これからも変わることはないだろう。
「おやすみ、シエラ」
 朝日と共に、二人は宿を出た。ここからはお互いに進む道が違う。チェリアはまっすぐ。シエラは左に。
「『椿』完成したらあたしにちょうだい」
 道が二股に分かれるところで、チェリアは足を止めた。
 つられてシエラも立ち止まる。
 どういう風の吹き回しか、今日はちゃんと女の格好をしていた。シエラが買ってくれた女物の服。それをちょっと旅に適したようにアレンジしてある。
 シエラは気づかない振りをしていたが、心の中で喜んでいた。
 だからつい、からかう口調になった。彼なりの照れ隠し。
「生きてるかどうかわかんないよ?」
「大丈夫。ちゃんと探す。シエラが死んだって諦めない」
「違う、たぶん先に死ぬのはチェリア」
「なんで?」
「俺のほうが寿命が長い」
「わかんないわよぉ? そのうちポックリ逝っちゃうかもね。もう百五十なんだから」
 さよなら、なんて言わない。
 言うのが何だか照れくさい。
 出会ってから一カ月くらいしか経っていないのに、おかしな感じがする。出会いも別れも突然やってきた。
「そうそう、一つだけ、訊いておきたいことがあったの」
「何?」
「髪の色、どうしてそうなったの?」
 鮮やかな緋色。瞳と同じ。とても神秘的で美しい。
「こっちが元々の頭だよ。サリクと契約を交わしたとき、その印として変えてたからさ」
 シャンが与えたと言う、髪の色。人間にあるまじき禁色。
 魔王の影響なのか、彼は魔導剣士の道を歩むことになった。魔術は、魔族との関わりが深い。これもまた、もしかしたら運命の一部なのかもしれない。そして世間の噂のように、ザーク家の滅亡もシャンの手によるものであったかもしれない。真意はもうわかることはないだろうけれど。 「チェリアはどっちがいいと思う?」 「どっちもどっちよ、結局」  結局最後まで、言葉は変わらない。強気な少女が目の前に立っている。
「じゃあなチェリア。またどっかで会うかも」
 シエラが苦笑した。
「そうね」
「楽しみにしてるよ、チェリアがちゃーんと成長するの」
「ありがとう。あなたがちゃんと人生を全うできるように祈ってるわ。じゃあね」
 またいつか出会う日までの、しばしの別れ。
 離れてから一度も振り返ることはなかったけれど、それでよかった。

       *                       *

 それから二人別々の道を歩き始める。
 再会は偶然に、そして突然にやってくるもので、互いを驚かせた。
 そして分かり切っていたかのように、再び旅に出る。
 今はまだ、それを知らない。
 二人に待っている未来を、知る術もない。
 シエラは東に。
 チェリアは南に。
 それぞれの思いを抱いて歩き出した。
 これはまだ、ほんの始まりにすぎない。

       *                       *

 僕達は信じていた。
 幸せは永遠に続くと思っていたんだ。
 たとえこの世に終わりが来ても。
 たとえ世界が壊れても。
 運命の輪が、必ず導いてくれると……信じていたんだ。

                                    〔終〕

 

 あ・と・が・き

 えーと、初めまして。日向梨緒です。
 あとがきを書いていいのか悩んだのですが、書いちゃいます。なんだかホンモノの作家みたいでドキドキしてます。
 あとがき、といってもこの話「緋色の龍」についてあんまり書くこと無いんです。まあ、題名はその名の通り主人公のことですね。彼のキャラ設定はけっこう難しかった。あとは簡単に頭の中から出てきました。一番最初に浮かんだイメージは、最初の誘拐シーン。でもこんなストーリーになる予定ではありませんでした。勇ましい少女が出てきてから、話の方も固まってきました。で、この作品は春休みに入ってから、驚異のスピードで書き上げました。十日間くらいでしょうか。原稿用紙にして約百枚。ほかの原稿をそっち退けで書いてました。
 高校生作家を目指してもうすぐ二年。そんな肩書きはきっと手に入らない受験生になってしまいました。最後のチャンスに春休みを利用して投稿作品を仕上げるつもりでした。同じくらいに始めたのに、こっちの完成が早かったのはなぜでしょう?
 でも、こうやって皆様に広く見ていただく機会を得て、幸せに思っております。結局は自己満足に終わってしまうことが多いので、ビシバシ感想など書いてくれたら幸いです。矛盾点とか、どんどん突っ込んでください、でも、自分で見れないの。パソコン無いからね。
 最後にるしくんへ。遅くなってごめんなさい。確か、最初の話は冬休み前。どう間違ったのか、完成は春休み。うーん。でも、渡せてよかったよ。話を持ちかけてくれてありがとう。感謝しています。
 このキャラたちともう少しつきあってみたいので、次回作、書かせてもらえたらうれしいな。予定は決まっていませんが、いつかまた、お会いしましょう。

 

二千年 四月   日向梨緒



一言感想欄
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2000.06.11


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