緋色の龍
〜外伝・黄昏の世界〜
(1)
作者様
日向 梨緒 さん
掲載日
2000.08.17

  0、ゼロ

 僕の好きな色をきみにプレゼントしよう。

 絹のような髪と、宝石のような瞳を染め抜いてあげよう。
 天使のように愛らしい寝顔が、いつの日か僕の前に現れるように。
 生まれてきたその瞬間に、この僕を魅了したきみに、僕からの誕生日プレゼント。

 そうだ。
 もしかしたらきみは、僕の子供なのかもしれない。
 僕が生涯ただ一人愛する人間が、きみの母親なのだから。

 僕の好きな色をプレゼントしよう。
 きみが不思議な運命をたどるように。
 きみが特別な力を手に入れられるように。

 人間には決して許されることの無い色を。
 地獄の業火を染め抜いてあげよう。

 覚えておいで、緋色のこども。

 きみは特別だってことを。

 きみは選ばれてしまったことを。

             *            *

 都で名門と呼ばれる家に、彼は生まれた。
 それから一週間後。
 彼に異変が起こった。
 茶色の髪と翡翠色の瞳が奪われた。

 鮮やかな緋色がそこにあった。

 

  1、 不安

 サフにとってのライバルは三つ下の弟だ。
 どういうわけか知らないが、弟はデキがいい。周りは弟の『色』のせいだと言っているが、サフはそうは思わない。明らかに努力のたまものであり、また、生まれ持った才能を上手に開花させた結果である。
 剣術家の家に生まれ、本家の長男として育ったサフに課せられた重圧は大きい。サフもそれなりに努力をしてきたし、誰もが認めるほどの力も身に付けた。
 力だけがすべてという、ある意味異質な家庭環境の中で、サフは揺るぎないトップの座を手に入れたのだ。しかし、それなのに安心できない。
 弟の存在は、頭の中から消えない。
 むしろ、大きくなるばかりだ。
 あと三カ月で、弟も成人の儀を迎える。
 そうすれば全てが対等になってしまう。
 子供だからと安心していたが、それももう通用しない。
 大人になってしまえば、年齢など本当に関係ないのだ。そして、前当主である二人の祖父は、サフの廃嫡を狙っているというではないか。その後釜に弟を添えるらしいとも。弟には従姉妹のシルヴィアを婚約者として考えているとも、噂されている。
(どうすれば…)
 正直言って、弟が恐い。
 何を考えているのかわからないあの緋色の瞳。
 愛想だけは良くて、周りの妬みも苛めも軽く受け流せるほどの精神力を持った人間。もしかしたら、弟のほうが当主としてふさわしいのかも知れない。
 代々王家に忠誠を誓ってきた一家にとって、当主に求めるのは絶対的な力と器だ。
(俺は、負けるのか? 魔族の加護を受けるあいつに?)
 産まれて一週間で、彼は人間の色を失った。
 母親が魔王に見初められた結果だという。証拠に、母親の胸元には魔族の刻印があったし、弟の髪と瞳は緋色だ。
 分家の人間はこの母子を裏切りものだとして追い出そうとした。それを止めたのは夫であり父でもある当主と、その父の前当主だ。
『たまにはこういう子供がいてもおもしろい』
 そんなことを言ったとか。
(俺は…どうすればいい?)

             *            *

「サフ、またいじけてるの?」
 そう言って部屋に入ってきたのはシルヴィアだ。
 魅力的な顔立ちと豊かな金髪に加え、人形のような姿。そんな彼女に憧れる男は多い。
 そのせいか、彼女の周りにはいっつも男の噂がある。
「ああ、ヴィア」
「ねえ、伯父様に言ってくれたの? あのこと」
「いや、まだだ」
「どうして決断してくれないのよ。『シルヴィアと結婚させてほしい』って言えば済むことでしょう? あたしがウィルと結婚してもいいって言うの? サフは」
「そうじゃないよ、ヴィア。でもお祖父様の考えに父上も反論はできないんじゃないかと思って」
「だったらお祖父様に言えばいいでしょう?」
 煮え切らない従兄弟に、シルヴィアはいつも苛立ってしまう。前はもっと男気があったのに。だから魅かれたのに。誰よりも強くて、誰よりもかっこよかった。この人なら結婚してもいいと、結婚したいと、本気でそう思ったのに。
「サフはあたしのこと嫌いなの?」
 振り向いてもらう為に、磨きをかけた。
 大勢の男と交際をしたのだって、サフにやきもちを妬いてもらうためだった。それを、何もわかっていない。
「好きだよ、もちろん」
 やっと想いが通じたと思ったのに。
「だったらハッキリ言ってよ。お祖父様や伯父様の決定したことに、あたしは反対できないのよ? 唯一、あなただけが抵抗できるのに」
「ごめん」
「謝らないでよ。謝るならちゃんとしてよ、サフ」
「明日、ちゃんと言うから」
「そんなこと、二週間前にも聞いたわ。でもまだ渋ってるじゃない」
「それは俺も忙しかったからで、父上も出かけていたし」
「いいわけだけはちゃんとしてるのね、サフ」
「ヴィア」
 部屋を出ていこうとした恋人の腕、とっさにつかんだ。
「放して」
 それを、強い力で降り解かれる。
「サフが決めてくれないならいいわ。あたし、ウィルと結婚するから」
 そのまま、もう振り返ることもなく部屋を出ていった。
「結…婚か」
 サフ自身、そんなことはまだ考えていない。そろそろ身を固めたほうがいいと言うが、相手のシルヴィアが弟−ウィルと婚約してしまえば、どうしようもなくなる。
 だが、サフとシルヴィアの関係は、本人しかしらないものだった。
(どーしようかな…)

 サフの部屋から出てきたシルヴィアは、その後ウィルに出会った。どこか外から帰ってきたばかりで、服がところどころ汚れていた。
「また喧嘩したの?」
「まあね」
「稽古さぼって言い度胸ね、ウィル」
「だーいじょうぶ。俺、ほかの時間にやってるから。稽古の時間だと人がいっぱいでやりにくい」
(大した自信だこと。まあ、それなりに強いけど)
「それよりシルヴィア、考えてくれた? 俺との婚約」
「またその話? あたしは断ったでしょう? 相手がいるからだめだって。それに、年下と結婚する趣味もないし」
「年下といっても、半年しか違わないよ。ヴィア」
「!」
 彼の兄と同じ呼び方に、シルヴィアの表情が、固くなる。
 それでもますます美少女に見えてしまう。ウィルが気に入ったのもそういうところだ。
「兄貴と同じように呼ばれるのは嫌い?」
「ウィル…、知っててやったのね? あたしとサフの仲を知りながらお祖父様に言ったんでしょ?」
「さあ…?」
「どうして」
 目に、涙が溜まってくる。
 ここで泣いてはいけないと、シルヴィアは必死にこらえた。
「どうしてって、訊きたいのは俺の方。俺のほうが先にヴィアを好きになった。それなのに、どうして兄貴にヴィアを渡さなきゃいけない?」
 十四とは思えない大人びた表情。余裕のある大人の笑みだ。
 ウィルの整った顔立ちと、サフと変わらない体格のせいで、時々年上に感じてしまう。サフと似ているところがあるせいで、見とれてしまうこともあった。そしてなにより、ウィルの妖しい視線がこわい。
 何もかも見透かしているような瞳。
「あたしが好きになったのはサフよ。ウィルじゃない」
「知ってる」
 ニヤリと笑うと、シルヴィアの首のすぐ横に手をついた。シルヴィアの背中が、自然と壁にぶつかった。
 少年に恐怖を感じる。
「でも俺はヴィアがほしい。兄貴には渡さない」
「あたしはモノじゃない。ウィルのお飾りになるのは願い下げよ」
「そう?」
「あたしはサフがいいの。サフ以外と結婚なんかしたくないわ。だから…そこをどいてちょうだい」
「嫌だって言ったら?」
「ウィルの秘密、ばらしてあげる。街に何をしに出ていくのか、あたし知ってるの」
 賭けにならないかもしれないが、今の窮屈な態勢から早く逃れたかった。
 今の彼に弱点があるとしたら、この情報くらいだ。
 誰にもしゃべっていない秘密。
「……わかったよ、ヴィア」
 渋々どくと、そのまま自分の部屋に向かおうとする。
「ウィル、本気でやってるの? それ」
「当たり前だろ? ヴィアが黙っていてくれてるおかげで、俺は修業をしやすいよ。ありがと」
 もう一度シルヴィアの知らない大人の顔になった。
(本当に…恐い)

               *            *

 三人で遊んでいた頃とは違う。
 それぞれが別の道を歩き出している。
 その道は大きく曲がるばかりで、再び交わる場所さえわからない。
 特に。
 緋色の少年の道は。
 本当に先が見えない。
 見えるのは、いつも深い闇の中。


続く


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