LastSurvivor(13)

第二章 探索

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 「小さな町」を目指して歩き始めて10分ほどが経った。両手と背中には重い荷物、しかも足元は砂浜で、足をとられてなかなか思うように進まない。とはいえ、森林の近くを夜中に歩くのは危険なのであえてこういう条件の悪いところを歩かなければならない。
 周囲はミシガンの持つ懐中電灯の灯以外に明かりはない。人の気配も、この時間帯だから当然だろうが、まったく感じられない。波の音と不気味な風にゆれる森林の木々の音がただ響くだけだった。
 俺はふと、船の中で歯を磨いている時に見た小さな明かりのことを思い出した。あれはその「小さな町」の明かりだったのだろうか。…だとしたら、あの明かりの大きさからして、まだ相当の距離を歩かなければならないだろう…。
 自分の腕時計を見ると、午前3時を示している。船の中で時差はミシガンの指示でなおしたので間違いないだろう。夜明けまでに辿り着けるのだろうか…。
 予想通りミシガンとクリシアの表情も明らかに険しくなっていた。ミシガンはともかく クリシアは俺が半分も荷物を持ってあげているってのに。まぁ、女の子の基礎体力は根本的に男と違うので仕方ないのだろうが…。
「ちょっと休憩するか?」
 俺の提案に、2人はほっとした表情を浮かべた。でもミシガンは
「でも、遅くなるとまずいから…」
と無理を言っている。…まぁ、ミシガンには伯父さんの家まで案内するという責任感があるのだろうから無理も無いが、そうは言っても船の運転などで十分な睡眠をとっていないはずだ。少し休んだ方が賢明だろう。
「そう長い時間じゃないから、少し休もう、荷物がこれだけ重いんじゃ、腕がもたない。 それに、クリシアも限界みたいだし。」
 そういうと、仕方ない、といった表情でミシガンは荷物を降ろした。クリシアはすでに砂の上に力なく座っていた。
 俺も荷物を降ろし、自分の荷物の中から飲料水を取り出して、喉を潤した。2人も同じように飲み物を口に含んだ。
「ねぇ、ミシガン。あとどれぐらいで町なの…?」
 クリシアがけだるそうに尋ねる。
「分からない。到着した場所が正確には分からないから、なんとも言えない…。」
 クリシアは深くため息をついた。
 その時だった。
 俺は後ろの森の方から、風の音でもない、木々のざわめきでもない、何か低い音を聴いた。その方向を凝視する。
「…どうした、トレイス?」
 ミシガンとクリシアは気づかなかったようだが、明らかに何かの音が聞こえた。自慢じゃないが、俺は地獄耳と視力には自信がある。
 しばらくすると、茂みを何かがかき分けてくるような音が聞こえた。さすがに2人も気づいたらしく、警戒態勢を取った。
「野犬だ」
 間違いない。さっきの低い音は野犬のうなり声だったのだ。
「二人とも、ちょっと下がってろ。」
 俺は腰に付けているサバイバルナイフのケースのボタンを外した。そして、ポケットからライターを取り出し、荷物からロケット花火を数本を引っ張り出した。別に遊びのためにこんな者を持ってきたわけじゃない。野生動物は火や大きな音を嫌う習性があり、キャンプの時はいつも非常時に備えて持っている。
「ミシガン、懐中電灯を弱くしてくれ。」
「ああ、わかった」
 懐中電灯の光量が落ちると、暗闇にふたつの緑色の光が浮かび上がった。野犬の目だ。
 それを認識すると同時に、野犬が草むらから躍り出た。俺はひるまずに、みずから野犬の方へ突っ込んでいった。ナイフを引き抜き、火の準備をする。
 距離が約5メートルぐらいまで縮まった。俺は相手を引き付けたところで火を花火に付けようとして構えた。
 …と、相手はなぜかそこで踏みとどまった。
 しばらく5メートルの距離で野犬と対峙する。俺は気迫でも相手に負けぬように、思いっきり相手を睨み付けた。
 …すると、野犬はクーンと情けない声を出して、その場に伏してしまった。
「…あれ?」
 攻撃してくるような様子はない。殺気もまったく感じられなかった。
 俺はその野犬に少し近づいてみた。ちょっと後ずさりしたが、逃げるような様子も、襲い掛かってくる様子も無い。よく見てみると、妙にやせこけて弱々しい体で、小刻みに震えている。
「なんだ、こいつは…?」
 後ろでミシガンとクリシアが、様子がおかしいと思ったのだろうか、少しずつ近寄ってきた。懐中電灯の光が近づいてきたため、野犬の様子がだんだんと分かるようになってきた。見ると、首輪を付けている。飼い犬らしい。
「なんだ、弱そうな犬だな…」
 うしろからミシガンがこういった。
 3人がその犬の周りに集まっても、別に犬は動こうとはしなかった。
「ねえ、この犬、おなかが減ってるんじゃないの?大分やせ細っているけど…。」
 ひょっとしたらなにか食べ物でも分けてもらおうと思って近寄ってきたのかも知れないが…。確かに俺達の荷物の中には食べ物がたくさん入っている。鼻の効く犬がそれを見逃すはずはない。
「クリシア、なんかこいつにあげられそうな食い物ないか?」
 …まってね、荷物持ってくる。
 俺達の会話が分かるのだろうか、上目遣いで俺達を見て、小さく尻尾を振っている。
「…持ってきたよ。これなんかどう?」
 …クリシアの手にはビーフジャーキーがあった。…ぬぅ、俺の大好物をこの犬っころにやるというのか。しかし犬はそれが何だか分かるらしく、立ちあがって尻尾をぶんぶん振っている。…くそ、仕方ない。この際許してやるか…。
 クリシアが袋の封を切って、中身のいくらかを地面に置くと、すかさず野犬は食らい付いた。予想は的中だったようだ。
「…やれやれ、人騒がせなやつだ…。」
 といいつつ、クリシアが
持っているビーフジャーキーの袋からおもむろに数片のジャーキーを取り出して俺も食べた。
「あ、トレイス。これはこのコのだよ!」
 …なにがこのコだよ…。まぁ、クリシアの動物好きはセロウェでも有名だったからな…。看護婦より獣医になった方がいいんじゃないか、ともっぱら近所の人は言っていたが…。
 ひととおり犬がビーフジャーキーを食べ終わった後、俺は荷物を運んできて、小さ目の器に水を分けてやった。ビーフジャーキー食った後は喉が渇くからな…。ふ、俺ってなんて優しい奴なんだ。
「…で、トレイス、遅くなったからそろそろ行かないと」
 …余韻に浸っているところを邪魔するなよ…。ま、確かに余計な時間を食ってしまった。早くしないと夜が明けてしまう。
「じゃあ、行くか!元気でな、どっかの飼い犬サン」
 俺達が歩き出すと、犬はすかさず俺達を追いかけてきて、俺達の前で吠えた。
「…あーあ、餌あげたせいでなついちゃったな。」
 俺達はその犬の横を通り過ぎてた。すると、また俺達の前に出てきて、鼻先を森の方へ向ける仕草を何度もする。そして、森の方へ少し走っていくと、こっちを振り返ってまた吠えた。
「…なんか、ついてきてって言ってるみたいじゃない?」
 …俺にもそう見えるが、まさか、犬が俺達の言葉を理解しているというのか?
「いってみようよ」
 クリシアが犬を追いかけて歩き出した。
「…お、おい、待てよ…。」
 俺とミシガンは、仕方なく後を追う。俺達がついてきたことを確認すると、犬は俺達を先導するかのようにあるきはじめた…。

つづく…


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2000.07.30