LastSurvivor(8)
第一章 脱出
Z
「はい、酔い止め。」
「ああ、…悪いな。…うげっ」
相変わらず船酔いが続いている。朝食はさっき全部もどしてしまったので、ほぼ胃の中は空なんだろうが、それでもまだ気持ち悪い。むしろ吐き出すものが無いだけに、戻しそうになるたびに腹にかなりの負担がかかって痛い。出発してまだ一時間もたっていないというに、すでに相当の体力を奪われてしまった気がする…。
俺はクリシアの用意してくれた酔い止めを飲み込んだ。
「薬が利き始めるまで吐き出さないようにしないと意味ないからね。」
…といわれても厳しいものがあるが…。
「とりあえず、気持ち悪いって考えないようにしたほうがいいわ。海でも眺めていたら?」
「あ、ああ、そうする…。」
俺は腹を抱えながら、気持ち悪いのを我慢しつつ、船室からでた。
船の後方へ、進路をしめす泡が延々と続いていた。時刻は朝8時を少しまわったころ。 すでに空はかなり明るくなっていた。空は雲ひとつない晴天だった。
セロウェ第3小島から俺達の目指す西側の国境までは1時間半あまりかかる。国境すぐ近くにはセロウェ本島とよばれる、セロウェ最大の面積(といってもそれほど大きいわけではないが…)を持っていて、政府の関連施設が集まっている。ミシガンが国境警備船の写真を撮りに行ったのもその島で、おそらく警備隊の拠点になっている島だ。その島に接近するあたりが、今回の国境突破作戦最大の山場だ。つまり、あと20〜30分あまりで、その山場に差し掛かることになるのだ。
そう考えると、なんかじっとしていられないような緊張感が沸き立ってくるが、こんな状態じゃなにができるのやら…。
「トレイス、どお?」
外に出てから10分ほどして、クリシアが様子見に来た。
「まだ…かなりきつい…。」
そう言って俺は、力無く近くにあった段差に腰をかけた。
「もう、困ったわね…。もうすぐ国境を超えるっていうのに、この計画の参謀がこんな状態じゃ…。」
「うるさいな…。仕方ないだろ。俺だってこんなに船酔いがひどいとは思わなかったよ。」
「…でも、昔セロウェ本島に一緒に行った時にはなんともなかったじゃない。」
…そういえば確かにそうだ。なんで今回に限ってこんなに酔っているんだろう。
「うーん、そうだなぁ…。なんでだろ。」
「ちょっと緊張し過ぎなんじゃない?それに朝が早かったから、寝不足ってことも…。」
「あ、それあるかも。昨日なかなか寝付けなかったからなぁ…。」
「うん、きっとそれよ。乗り物酔い体質の人ってそういう人多いみたい。」
…クリシアの医学的知識がここでも出てきた。まぁ、そのクリシアの持ってた酔い止めのおかげで、少なくとも気分的には楽になったが…。
「隣り、座るよ?」
クリシアがそういって俺のすぐ横に腰かけた。
ふと、クリシア独特の「いい匂い」が俺の鼻をかすめた。オーデコロンか、それとも髪に残っているシャンプーか何かの匂いかどうかはわからないが、とにかく、いい匂いだ。
サラサラと海風になびくストレートロングの髪、大きな目、きれいな白い肌…。普段はあまり意識していないが、こうして見ていると、クリシアはやはり「可愛い」。ただ、国境越えに対する不安か、はたまたセロウェに残してきた家族に対する想いか、その表情は少しいつもよりも暗かった。
「? どうしたの、トレイス?」
なんとなくクリシアの顔をじっと見てしまったため、こう言われてしまった。
「いや、別に…。」
話題をそらそうと少し遠くを眺めた。
「…ん?」
遠くに、何か動いているものがある。こちらに近づいてくるようなので、少しの間、目をこらしてみていると…。
「…!国境警備船だ!」
船体の赤みがかった色から、それと分かった。警備船は一隻だけで、今のところ特別警戒しているような様子ではないが…。
クリシアもその船の方向をじっと見つめていたが、やがて 「ミシガンに知らせに行かなきゃ」 と船の中に入っていった。
「お、おい、待てよクリシア。」
俺もクリシアを追いかけて中に入っていった。
「いよいよお出ましか。案外早かったな。」
ミシガンが国境警備船の方を窓越しに眺めた。警備船はもうかなり接近しているが、こちらに向かってまっすぐ進んでいるわけではないようで、沖合いからセロウェ本島の方に戻っているようだ。とはいえ、否応にも緊張は高まる。
「ま、外観はまったく同じだ。下手に動いたりしなければすぐにはバレないさ。」
とミシガンは言ってはいるが、表情はやはりカタかった。
船はゆっくりと近づいてくる。俺達3人は息を呑んで、その通過を待った。警備船がかなり近く…1キロぐらいだろうか(海上なので正確には分からないが)、それぐらいまで近づいた。このまますれ違うとしたら、多分ふたつの船の距離が一番近づくポイントにさしかかった時だった。
向こうの船の船内で、ピカピカと何かが光った。
その瞬間、ミシガンの表情が凍りついた。
「やばい!」
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