星 蒼矢さんの「センチメンタルグラフィティー」SSです。
若菜の前世…ということですが…
一風変わったSSです。お楽しみください。

センチメンタル・グラフティ 〜若菜編〜(8)

〜平安時代〜

この物語はセガサターン用ゲームソフト、「センチメンタルグラフティ」に題材しています。

「まあ、御輿(ミコシ)を止めてください…」
春もうららかなとある日、綾崎家で花見に出かけるその御輿が羅城門の前を通りすぎるあたりで、若菜は供の者に声をかけた。
 若菜の一言で彼女を担いでいた御輿担ぎが御輿を下におろした。それとほぼ同時に若菜は御輿を降りた。
「若菜様。このようなところに何の用がございましょうか?ここは危険なれば、先を急ぎましょう」
彼女の乳母が若菜の行動を止めに入った。
「さようじゃ。若菜、御輿にもどれ」
それとほぼ同時に爺が彼女を牽制した。
「ですが、あちらに人が…」
若菜が指差す方向には、一人の男が倒れこんでいた。運脚としてでも上京して、食に窮して倒れこんだのであろう。
「かような輩に若菜が気を懸けることはない。さ、行くぞ」
爺は相変わらずの勢いで若菜の行く手を阻んでいた。
「ですが、私はほってはおけません」
「ならぬ。あのようなどこの馬の骨ともつかぬ男に近づくでない」
また、爺の頑固さもこの辺りの貴族では一つ名が通っていた。
「よいではないですか。若菜様のかの御仏のような優しさを叶えさせてはいかがでしょ う?」
最初こそ止めに入った乳母のお美津であったが、最終的には若菜の味方だった。このお美津と爺とのバランスの良さが若菜を育てていたのである。
「ありがとうございます。お美津さん」
返答に窮した爺の傍らをそういいながら若菜はすり抜けていった。
 若菜の中には僅かな期待があった。数年前に出会った少年を思い出させたのだ。かの青年は…。
「もし…?」
若菜は倒れていた青年に声をかけた。齢は十八、九。若菜と同じほどだ。若菜に声をかけ られようやっと気づいたのか、青年が身体を起こした。そして、目があう…。
「わ、若菜…?」
青年の最初の言葉はそれであった。一瞬若菜は戸惑った。どうして、彼が自分の名前をし っているのか…?だが、答えはすぐに見つかった。彼女も、その青年の名を知っている。
「喜助様…?」
少年はか弱くうなずいた。
「本当に、若菜なのか?」
今度は若菜がうなずいた。
「すみません。本日若菜は所用がございますが、宿を手配させますので少々お待ち下さい」
若菜は喜助にそう言うと小走りでお美津の元へ戻って何事が耳打ちした。それにお美津が笑みを浮かべていくつか言葉を交わすと若菜はその旨を喜助に告げた。
 翌朝、若菜は外出の許可をえると供を数人つれて都内の宿を尋ねていた。
「喜助様…」
二人は宿の部屋で茶を囲んでいた。喜助は昨日よりも随分と落ちついている。それでも里から着て来た狩衣はすでにボロボロになっていた。
「随分またせてしまったな…」
二人には約束があった。
 喜助は確かに東国の出身だった。とはいえ、もとは天皇家の血筋を引いた国司である。 それが、土着して農耕も営むようになっていた。そして、もはや彼の出身を示すものは彼が傍らにもっている一本の刀のみとなっていた。そんな彼がはじめて若菜と出会ったのは五年ほど前のことだった。
 当時元服の為に彼は一度上京していた。そのとき、偶然にも大学へ行っていた若菜と出会ったのである。
 彼らは沢山の話しをした。喜助は沢山の東国の話しを、上京するまでに通った沢山の国々 の話しを。若菜は都のことを、大学で学ぶ遠い異国の話しを。喜助は厳しい大学に女子で ありながら加わっている若菜をある種尊敬していたし、若菜も皆が家の為に争う中で喜助 の人間味を温かく感じていた。そんな二人は次第に仲良くなり、約束を交わしたのだ。
「もし、若菜が大学を無事に卒業したら、共に花見に行こう」と。
が、若菜が大学を卒業しても二人で花見に行くことはなかった。というのは喜助の国もとから急ぎの便りがあって、彼は早急に里へ帰ってしまったのである。
 そんなわけで二人はこの五年の間互いに会うこともなかったのである。
「若菜は嬉しゅうございます。わざわざ、尋ねてきてくださったのですね」
「実は国で…。いや、若菜、あの時の約束だ。花見に行こう。積もる話しが山ほどあって、 夕べはあんまり眠れなかった。されど、若菜の顔を見たら、全て忘れてしまったよ」
若菜は頷くと唇をかんで涙をこらえた。今泣いてしまったらせっかくの白粉が流れてしまう…。  それから、若菜はゆっくりと立ちあがった喜助を見上げた。ずっと大きかった。彼の国元で恐らくは大変なことが起こったに違いないことは若菜にもわかった。けれど、彼のその瞳と懐の深さに、若菜は素直に甘えていたのであった。

あとがき

 さて、今回は非常に特別へんです。これは「センチじゃない」といわれるかもしれませんが、一応、センチということにしておいてください。主人公と若菜の前世はこうだったかもしれないですし…。
 彼らはこれからどうなるのでしょう?作者の僕にもわかりません。地方有力農民と都の貴族じゃ叶わぬ恋のはずですし…。
 付け加えて、少々用語の説明をいたしますか。
大学  当時の大学は貴族を教育するための機関で、毎週テストをして不合格なら即退学などと言 うかなり厳しいものだったそうです。学年制だったのか、そもそも「卒業」があったのかは、僕にはわかりません。そこは僕の想像なので、ご了承下さい。


ご意見、ご感想は「Free Board」へどーぞ!

2000.03.22


Topページへ