Twilight Dimension(2)
〜憧れ〜
桑折良子は素敵な友人でした。そして、彼女はきっと駒の切り方を知っていたのだと思います。でも、できるなら、もう一度彼女と遊びに行きたい…。
「部長…負けました…」
私は手持ちの銀を相手の王の前に置くと立ちあがった。
「ふっふっふ。この志緒ちゃんに勝とうなんてあま〜い」
「相変わらず、部長にはかなわん…」
私こと、稲川志緒は将棋部の部長であります。百戦錬磨、向かうところ敵無し。でも、中学時代からずっとそうだった私は、さすがに飽きてたりもした…。だって、この学校にライバルいないんだもん…。
あ、いやいや、だからって将棋が嫌いになったというわけじゃないよ〜。
「それじゃ私、先に行くね」
適当にあしらって部員に後のことを任せた私はさっさと部室を後にした。将棋に飽きてきた私は最近凝ってるものがあった。それはね、うふふふ。実は覗きなのだぁ…。
ただし、誤解しないで欲しいのよね。別に世の男性がコソコソとするような嫌らしいやつじゃないんだから。
私が覗いているのは格闘技。う〜ん、自分で言っといてなんだけど、やっぱり表現がよくない。
言い直そ。私がよく見学に行くのは格闘技。特に空手。私に空手の何がわかるかって言われれば全くわからない。
けど、カッコイイじゃない。あの緊迫感と輝く汗。あれこそまさに青春よ。そんなわけで私はよく放課後武道場を覗いて空手部の練習を見ていくのであったのです。
その日も私は空手部を覗いていくつもりで部室をでたの。なんだけど、私は中央階段の手前でうっかり誰かさんとぶつかってしまったのだ。
「うわっ。ごめんなさい…」
私は反射的にそう謝ってしまった…。なんせ謝るのには慣れてるから。って自慢にはならないんだけどね。
私はまずとりあえず謝ってから、そのぶつかった相手が誰であるか確認したわけ。
「あれ?良子じゃない?」
そこにいたのは桑折良子だった。去年同じクラスになって、最初はお高い人かとも思ったんだけど、意外と気があって、今でもこうして話をするってわけ。
けどね、信じられる?彼女って、美人で勉強ができて、運動もできる。なのに彼氏の一人もいないのよ。
どうも私には理解しがたいものがあるんだよね。ま、理想が高いってことなんだろうけど…。
「ねっ、良子は何やってたの?」
方角からして図書室から来たらしいことぐらいはわかる。
「部活もないしね。図書室で考え事。それより、志緒はこれから帰り?」
ふふふ。
私は笑って見せた。ま、良子ならわかっちゃうんでしょうけど…。この笑いの意味がね。
「もしかして、覗き?」
「アッタリィ」
私は彼女に答えると彼女の腕をとった。どうせなら道連れ…じゃなくて、一緒に見た方が面白いし、彼女ならきっとあのカッコよさをわかってくれる…。
「ね、一緒に行こうよ」
「え?でも…」
私はそれでも強引に彼女を引っ張った。そのまま強引に階段を引き摺り下ろす。タンタンと段を下りるたびに後ろで一つにまとめた彼女の艶やかな黒髪が躍った。
スラッとした足に、いかにも「将来はいい子どもができます」って感じのしっかりした腰。身長は、どうだろう?私が百五十ちょっとだから、百五十五か六か、そのくらいかな?
大人っぽい顔立ちに胸はちょっと小さ目。でもさぁ、どれをとっても一級品なのよね…。それに比べると、私なんてズンドーで、背も低くて童顔で…。髪も左右二つに分けたシンプルな髪型で…。
ぐすん。どーせ、彼氏の一人もいませんよ〜だ。って、二人はいらないけど。
ちょっとイメチェンした方がいいかな…?
「ちょっと、志緒。わかったから放してってば」
「あ?ごめん」
私ってばまた謝ってるよ…。あわてて彼女を解放した。階段でふざけてたら危ないもんね。まあ、この子どもっぽさ…。私ってこのままが自然かもね。
でも、いいよ。この話が通じるあたりがいい。やっぱ友達って持つべきだよね。良子みたいなのと友達でいれるってホント、ラッキーだよ。こんな私にも付き合ってくれるんだもん。
それから私達は二人連れ立って下駄箱に向かった。この学校、よく言うと伝統があるんだけど、ようするにボロボロ。増築に増築を重ねてるわけ。
だから、武道場行くのにわざわざ外まわらなきゃならない。
「良子は他の学校の道場とか知らないだろうけど、これでもウチの武道場ってこの辺じゃあ立派な方なんだよ」
東向きの下駄箱を出ると小さな駐車場。その東側に体育館で、その北側に武道場。詰めこんだような作りだけど、さすがに二年目にもなるとだいぶ慣れてしまうんだよ、これが。
私は武道場に向かう僅かな道すがら彼女にそんな話をした。
「ああ、陸上のトラックだってもうちょっと良くしてくれれば成績だって上がるのになぁ…」
「そうそう。将棋盤と駒も新しくしてくれたらねぇ…」
私達はそんなことを言って笑った。良子といると自然とこんな感じで笑いが出てくるんだよ。なんでだろ?でも、私はこの時間が好きなんだ…。
「平安初段」
私達がこっそり、でなはなく、堂々と武道場に入ると部長の佐野島拓斗君が号令をかけていた。
ちょうど、準備体操とランニングが終わって、道場で「形」をはじめたんだ。
それぞれが各々に「形」をこなして行く。それがまたぴったりあってるの。なんというか、一匹狼の集まりって感じ?気迫にあふれてるんだ。
「この形ね、技はどれも簡単なんだけど、基本通りにやらないと見栄えがしないから重要なんだってさ」
私は形を目で追いながら良子に説明した。
「なんて、拓斗君の受け売りなんだけどね…」
そう、そうなんだ…。私ってなんだかんだ言って結局受け売りが多いんだ…。それが自分で悲しかったりする。それに比べるとこの空手部の人や良子なんかすごいよ。なんだか堂々としてるんだもん。
「憧れちゃうな…」
私は思わず呟いていた。ホント…憧れちゃうよ…。
私達はしばらくそんな感じで空手部を見ていた。
「良子?どうしたの?」
私はふと良子が私を見ているのに気がついて声をかけた。なんだか、よそよそしいよ…。
「私の顔に何かついてる?」
「え?ううん。そんなことないよ…」
なんだか、今日の良子って元気ないよ…。なんか変だって…。せっかくの美人がそんな顔してたらもったいないって感じ。
ふふふ。
人間一旦気になったことってしばらく気になってるじゃない?私もそうなのよ…。
「どうしたの?良子?」
「だからなんでもないって…」
良子は軽く笑うと少しうつむきかげんに空手部に視線を向けていた。むむ。こうなると余計に怪しい…。
「本当にどうしたの?元気ないよ」
「大丈夫…」
彼女の返事はさっきよりも小さい。どう見たって、大丈夫じゃない。
「なんか、悩みでもあるんでしょ?この志緒ちゃんが相談にのりましょうぞ!」
私は少し声を上げた。それでも良子は何も言い出さない。くぅ…。こうなったら意地よ。一体なんだろう?私にも話せないような悩み?
まさか、体調が悪いとか…。それも、私には言えないほどに悪くって…。もしかして不治の病で余命幾ばくもないとか…。
「良子…。体調悪い?」
「ホント、大丈夫だよ」
ダメだ…。しぶとい…。まてよ…。ちょっと鎌をかけてみよう。
「良子…。もしかして、恋の病?」
「え?」
彼女が驚いたように顔をしかめた…。おや、もしかして図星か?これは脈ありかも…。誰だろう?私の知ってる人かな?
「そうじゃないよ…」
彼女は穏やかに否定した。なんだ、つまんない…。いや、もしかしたらこれもカモフラージュかも…。だとすると誰だろう?やっぱ正平君かな?彼とはずっと仲がいいし。私はてっきり二人はつきあってると思ってたんだよね。
あの二人ならお似合いだと思うのに。私の情報網によると正平君の方がちょっと押し気味なのかな?というと、良子もそろそろ折れるころってことで…。
「ただ、同じ目をしてると思って…」
同じ…目…?
私のこれまでの想像は全部吹き飛ばされた…。彼女の口を開かせる必殺の一撃をお見舞いしてやろう、なんて考えてたけど、なんか逆に強力な一撃って感じ…。
「将棋してるときの志緒と同じ目だよ」
私は本当に頭の中が真白になった。
そんなの嘘だよ。私はいつもみんなに憧れてばっかりで、自分がよく見えるようにみんなに誤魔化して…。私って、そんな自分が嫌いなのに…。そんな私と同じ目のはずないよ…。
「彼らを見てる志緒とも、同じ目してる…」
「………」
私は良子を見つめてた。
「憧れるよ…。私、そんな志緒が好きだったよ」
憧れてたのは私のほうで、良子は私にダマされてるんだよ…。私ってズルイ子だよ。良子は最後に笑顔をみせると武道場を出ていってしまった。
待って…。私を独りにしないで…。
私はしばらく良子が去って行った入り口を見つめてた。もう、空手の練習なんて目に入ってこなかったし、心臓がドキドキしていた。
私は特に何かを考えると言うわけでなく、フラフラと武道場を後にすると校舎を目指した。なんか、帰るのも億劫だ。
私は誰もいなくなった部室に行くと夕日の当たる窓際の席に身を投げ出した。オレンジに染まった部室を眺めてみるけど、そこには私以外には誰もいなかった。なんだか、涙が出てきた。私は机に突っ伏すとしばらくそこにいた…。
ねぇ、良子。私ってズルイ子だよ…。そんな私はどこに行けばいいの?
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