Twilight Dimension(6)
作者様
星 蒼矢 さん
掲載日
2000.09.16

〜廊下の向こう〜

 気が付くと私は部室で寝入ってました〜。うつらうつらとした目で時計を確認する…。八時!それで一気に目が覚めた。
「やっばー」
もうすぐ日直が戸締りに来る。下手したら気づかれないでそのまま閉じ込められちゃったりとか…。夜の学校に独りきりなんて嫌!絶対嫌!
 私は慌てて立ちあがると鞄を持ち上げた。窓の外には不気味に月なんかが輝いちゃたりしてる。止めてよ〜。このなんか出てきそうな感覚…。
 その私の目に移ったのは光だった。一箇所教室の電気がついてる…。ありゃ?しかもウチの教室じゃん。
「しょうがないなぁ」
私は部室の鍵をかけるとできるだけ急いで中央廊下から南校舎に渡った。それからできるだけ軽快に階段を降りる。この階段を三階まで降りればすぐにウチの教室だ。
 ああん。でも夜の学校って怖いよ〜。そりゃ確かに私だってこれまでに遅くなることあったわよ。でも、そのときは友達と一緒じゃない?だからいいようなものの、独りだと怖いよ。なんか、別世界って感じ…。
「ひえっ…」
私は三階まで降りてきて思わず声をあげた。中央廊下の向こう側。T字路になったところを曲がって行く人影が見えたからだ。
 薄暗いせいもあるんだけど、なんだか消え入りそうな感じで、フワリとはためいたのはスカート…だと思う…。誰なんだろう?
 うう、怖。なんか、実際に見たって感じじゃない辺りがまた怖い…。彼女は右側、つまり東側に曲がって行った。
 どうしよっかな…。追いかけてみたい気がしないでもない…。私は少し迷った。けど、廊下の窓から彼女が向かった方向を見ると六組に電気がついていたから私は少し安心して、少しがっかりした。
 部室は六組の真上だから部室からは見えなかったのよね。
 私はその不思議な出来事、って、よく考えると不思議でもなんでもないんだけど、を頭の片隅に入れると自分の教室に向かうことにした。
 とっとと電気消してとっとと帰ろう。今日はなんか面白いテレビでもやってたかな?
「あら?」
ウチの教室の電気は確かに付いていた。ただ、そこには人もいた。教室の電気の三分の一ほどをつけて窓際の席に座っている。
 服装はもちろん学ラン。頬杖をついて窓から外を覗いてるから、顔は見えない。真ん中から分けて、ちょっと生え際にカールが掛かった髪型。いやいや、何よりもこの後姿の知的な雰囲気ってヤツですか?これで彼が誰なのか簡単に限定できるってもんです。
 彼は木田正平君。淵無しのメガネとシャープな目元が見ずとも思い出せる。私よりも頭二つくらい背が高いってところ。結構真面目なタイプでやっぱり二枚目かしら?
 正平君は私の隣の席で、よく勉強を教えてもらってたし、良子と三人で遊びに行ったこともあった。
 前にも言ったけど私としては良子と正平君がイイカンジだと思うんだよね。二人とも頭いいし。本当に仲いいんだから。あとこれでどっちかがきっかけを掴めば二人は上手く行くんだろうに…。
 私はとりあえず教室の入り口に立ったけど、彼は気づいていないらしい。よっしゃ、ちょっと悪戯してやろう。
「こら。もう下校時間よ」
私はそうっと、息をすうと、ちょっと喉に力を入れて、声を作ってそう言った。
「あ、はい。すいません」
教室の向こうの隅で彼が慌てて立ちあがるのが見えた。
 ふっふっふ。悪戯成功。彼の慌てた様子がちょっぴり可愛かったりなんかして…。
「ね、帰ろう」
私はネタバラしに声をかけた。
「なんだ。志緒か…」
ふーん。志緒ちゃんで悪かったですね〜だ。と、言ってやりたい所だけど、今の悪戯があるからここはグッと我慢してお互い様ってことにしておこうか。
「何やってたんだ?」
「何って、部室で寝てた…。そしたら真っ暗になっちゃって結構怖いじゃない?そんで、この教室に電気がついてたから」
正平君ががっくり肩を落とすのが見えた。
「ま、夜の学校なんて気持ちのいいもんじゃないけどね…」
そう言って彼は鞄を手にとって立ちあがった。そうそう。そういうところで話がわかるってのがいいのよ。って、そういえば、正平君は何やってたんだろ?こんな時間まで。ま、いいや。どうせ勉強かなんかなんだろう。
 私はとにかく知ってる人物がそばにいるってことに安心した。けど…、
「きゃっ」
突然、地響きがしたかと思うと足元が揺れた。地震?
 私は思わず壁に手をついた。手の下でボタンの感じがする。教室についていた残りの電気がパッと消えた。でも、私には立ちあがって電気をつける余裕なんてのはなくて、そのままはいつくばって近くの机の下にもぐりこんだ。
 なんだか、静電気のようにビリビリするものを感じる…。気持ち悪い。でも、ジェットコースターみたいでちょっと面白いかなぁ…?
 私、地震なんて始めてだけど、やっぱ恐いな…。しかも、なんかちょっと急に寒くならなかった?もしかしてこの地震どこかの悪魔の仕業とか…。
 ひえぇ。防災訓練は何度かしたことあるけど、なんか想像してたのと違うよ。私は机の脚にしがみついてた。
 さっきまでのビリビリした感じは酷くなるし、体はゆすられるような感じ。それに、変な耳鳴りまでしてきたよ…。これってマジやばいじゃん…。
 どのくらいだろう?長かったような気もするし、短かったような気もする…。ようはそれだけ集中してたってことかもしれないけど、時計の針はほとんど変わっていなかった。
 一分も続かなかったのよね。この地震…。
「志緒大丈夫?」
私は机から這い出すと正平君を見た。彼も何とか無事そうだ。けど…
「どうしたの?」
私はスカートの裾を払いながら正平君に尋ねた。なんか、様子が変なのよね…。
「あ?いや、なんでもない。なんでもないよ〜」
彼は頭をかきながらそう言った。なんだろう?彼の言動には非常に気になるものがあったんだけど、とりあえずお互いの命に別状がなかったんだからよしとしようじゃないか。
「ま、大体は無事みたいだね。それじゃ、余震の心配もあるし、とっと帰ることにしようぜ」
ええっと、なんか言っておいた方がいいことがあったんだよね…。思い出せない。さっきまで彼に話そうと思ってた話なんだよ。なんだっけ?
「さ、行こう」
正平君が私のそばに来て肩にポンと手を置いた。その彼が私を追いぬいて廊下へ出ようとしたときふいに私は思い出した。
「そうだ!」
「なに?」
正平君が振り向いて尋ねた。
「六組六組」
そうだ。六組も教室に電気がついてたんだ。それにさっき人影を見た。このことだ。
「六組がどうしたって?」
正平君が訝しげに聞き返した。
「六組の教室にも電気がついてたのよ。それに廊下を曲がってく人影も見たよ」
彼はしばらく黙ってから答えた。
「じゃ、よってってみようか?」
私は頷いた。なんだか、多人数の方がいいじゃない?さっきの人影が誰なのかってのも気になるし。
 みんなで渡れば恐く無い…じゃなくて、こういうときこそ、そう言う助け合いの心ってのが大事なのよね。きっと。
 私は鞄を持つと歩き出した正平君の後ろについた。
 だが、私はそこで世にも不思議なものを見てしまった…。見なきゃよかったと思ってる…。でも見てしまったものは仕方ない…。
 私の前を歩いていた正平君が廊下への敷居を跨ぐ。つま先がでて膝、腿、手、胴体…。彼の体で扉の向こう側へ行ったものから順に消えて行く…。
「キャアア」
私は思わず悲鳴を上げた。
 なんで?どうして?そんなことがあるはずないじゃない?私はさっきの人影ももしかしたらこうだったかもしれないと思った。
 よくできた悪戯を私にしかけてるの?違うよ。正平君はそんな人じゃない。じゃ、まさか、私が今喋ってたのって、幽霊…?
 きっと彼は私の心の中を読んで正平君に化けて私をたぶらかしにきたんだ。そんで、私は悪魔の世界に誘って彼らの仲間にしちゃうんだ。そんで、きっと私はもてあそばれて、彼らの子孫かなんかつらされちゃったり…。
「うそぉ。きゃ〜。いや〜」
私は恐怖と羞恥で、顔は真っ赤だったか真っ青だったか…?
 私はグッと肩を掴まれた。その手を払いのける。止めて〜。私にとり憑かないで、まだ死にたくないんだってば。嫌よ!悪魔の世界なんて絶対いきたくない!
「南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経、神様仏様、私がわるぅございました。どうぞ迷える子羊をお救いくださいませ〜」
私は錯乱して私の知ってるありとあらゆる念仏をごちゃ混ぜにしたようなものを口走って合唱していた。もう誰でもいいから誰か助けて〜!
「おいおい…。そんなにされても僕はいつもの僕なんだけど…?」
その声はいつもの正平君で、私は恐る恐る目を開けた。そこにいたのは、いつもの正平君だった…。
 どうなってるの?悪い夢でもみたのかしら?
「どうなったのか、詳しく話してくれないか?」
正平君は真顔で尋ねた。
 どうして?どうして気のせいだとか悪戯だとか言ってくれないわけ?やっぱり本物の幽霊とか…。
「志緒。大丈夫。僕は確かに木田正平だから。話を聞かせてくれよ」
「うん…」
このまま黙ってたったなんの発展にもならないもんね。私は深呼吸して気持ちを落ち着かせると自分が見たままを彼に話した。どうせ信じちゃ貰えないんだろうけど。やっぱりアレは幻覚か何かだったのかな?
「じゃあ、僕が教室から出ると志緒からは見えなくなったんだね?」
彼の質問に私は頷いた。その通りだなんだよ。
「ね、どうかした?」
「ん?ああ…」
彼は近くの席につくとしばらく何かを考えていた。私はその彼をただ見てただけなんだけど、なんていうか、すごく不安だった。現実はどこにいったんだぁって感じでさ。
「志緒。落ちついて聞いてくれよ」
しばらくすると彼がそう言った。
 何を言い出すの?彼があんまりにも真顔だったから私は思わず笑みをこぼした。でも、その笑みは引きつっていたと思う。
 冗談を言い合ってても真面目な正平君に真顔で言われると、次に何が来るのか怖くなって来るんだ。
「この教室はどこか別の場所につながってる…」
「え?」
私は目を丸くした。その次に笑い出していた。だって、別の場所につながってるなんてそんな話があるはずないじゃない?ここまで凝った演技なんて正平君もなかなかやるじゃない。でも、さすがにこれ以上ダマされてるってわけにもいかないでしょ?
 私が恐がりなの知ってるから…。彼も意外とやり手なのね。それともさっきの私の悪戯のしかえしのつもりかしら?
「ちょっと、冗談は止めてよ…」
でも、私の声は裏返っていた。どんなに自分に言い聞かせても、廊下に向かって消えてく正平君の姿が目に焼き付いてたから。
「冗談なんかじゃない。これを見てくれ…」
彼はそう言うと立ちあがって自分の座っていた椅子を持ち上げた。それを半分だけ廊下に出るように外にだした。
 その椅子の先端はさっき私が見たように消えて見えなくなった…。正平君の話だとそこからさき別の場所に行ってしまったらしい。
「今、僕達が見てる扉の向こうの廊下の風景はただの飾りで現実じゃないんだ。つまり、壁紙みたいなもんだ。本物は別なんだよ。さながら、未来の猫型ロボットの道具みたいにね。ただし、光は一方通行しかできないらしいんだ」
未来の猫型ロボット。大人気ロングセラーのアニメだ。彼の道具に好きなところに移動できる簡易の扉があった…。
「まだ信じてないね?」
私は否定しなかった。でも、肯定もできない。だって、信じられる?そんなことがあるはずないじゃない。いくら怖い話しが好きな私だって、これはちょっと…。
「来てみればわかる…。大丈夫、死にはしないから」
そう言うと彼は平然と扉を越えた。ちょっと、嘘でしょ?なんでそんなに平然としてられるわけ?
 彼のこちら側に残った腕が強引に私を引っ張った。
「ちょっと。待って」
まだ心の準備ってヤツができてないんですけど…。私は抗議したがダメだった。私は彼に強引に向こうの世界に引き込まれてしまった。扉を越えるときに水面に飛びこんだような奇妙な感覚があった。私は思わず息を止めたけど、正平君に掴まれた腕の感覚は確かだった。
「な?大丈夫だろ?」
私は目を開けた。いつの間にか強く目を瞑っていたらしい。目を開けると私の視界に見たこともない部屋が映っていた。
 確かに、こりゃ別世界だわ。学校にこんな所はないんだもん。そこは寝室だった。ただ、面白いのは振り返るとそこにはウチのクラスがちゃんとあったことだ。教室からはこっちの部屋の様子は見えないのにね。
「なんだかミスマッチだね…」
正平君は頷いていたけど、この部屋の様子を調べていた。
「もう一つ、わかったことがある…。音に関しては光とは逆向きになるらしいんだ。この境界線は」
はは。彼の言ってることの半分もわかりませ〜ん。なんとかなればいいのよ。なんとかなれば。
「なんでこんなことになったんだろう?」
私にしてはまともな質問だったと思う。
「君にしてはまともな質問だね」
けど、こうはっきり言われるとなんか悔しい気もする。
「けど、原因に付いては皆目検討もつかない。ただ、さっきの地震となんか関係があるかもしれないけどね」
そんなもんか。あの正平君にわかんないなら私になんてわかるわけないよね。妙に納得すると一度部屋の様子を観察してみた。 
「ああ!」
私は思わず声を上げた。その部屋のベッドの上の壁に穴が空いてる。きっとこの穴もさっきのと同じような作りになってるんだろうね。なんたって、不自然だからね。ベッドのすぐとなりの壁に穴をあける人なんていないはずだから。
 私が見たのはその穴の向こうだ。私は迷わずそこから外にでた。
 広い筒抜けのドーム状の広場の中二階っていうか、壁沿いについているベランダみたいなところ、に私は降り立った。
 これがすごい…。一瞬何かの塔がたってるのかと思った。でも、それって、見渡す限りのコンピュータなんだよ。巨大で複雑に繋がっているけど、全体的にシンプルで…。そうそう、丁度、映画や漫画でみる宇宙要塞の幹部って感じなんだ。
 私はしばらくそれに見入っていた。だってだって、これ現実だよ?舞台のセットにしたってここまで本格的なのはそうそう見れないじゃない?しっかり目に焼付けとかないともったいない。
 ああん。こんなことならカメラ持ってくればよかったよ。
「ねえ、正平君…」
すぐ後ろ、穴の向こうの部屋にいるはずの正平君に声をかけた。けれども返事はない。あれ?私ってそんなに遠くまで来たっけ?
 ちょっとだけ不安になって私が振り向くとそこにはさっき入ってきた穴はなくなっていた。ってか、私から少しずれた所にあったんだけど、その穴の向こうは学校の上り階段があって、私のいた寝室じゃなかったんだもん。
 私はショックだった。一種の絶望かな?それを感じてた。だって…。
「大丈夫。心配するなよ」
でも、メタリックブルーの金属の壁のすぐ向こうから正平君の声が聞こえてきた。そして、声のした辺りの壁から彼の顔だけがにょっきり生えてきたの…。
「きゃあっ」
 これってのは、消えてくよりもよっぽど怖い…。彼が現実の彼であろうとなかろうと、そんなことおかまいなしにとにかくこれは怖い…。


続く


感想専用掲示板『Impression』

一言でも感想を頂けると嬉しいです。