|戻る|     |第二夜も見る?|

「走れメロス」サイドストーリー

走れユリウス 第一夜

       

 ユリウスは激怒した。必ずかの忘恩無頼の徒を除かねばならぬと決意した。ユリウスは一介の傭兵である。
戦場を渡り歩き、人殺しを生業としてきた。けれども邪悪に対しては人一倍に敏感であった。
確かに人を殺めはするが、それは悪に組みする者だけだという自負があった。
 きょう未明、ユリウスは一つの戦を終え、野を越え山越え十里離れたこのシラクスの市にやって来た。ユリウスには父も母もない。誠実な、弟が一人あるだけである。弟はこのシラクスの市で生計を立てていた。そして近々、町の清楚な娘を花嫁として迎えることになっていた。結婚式も間近かなのである。ユリウスが陰惨たる戦場を離れ、きらびやかなるこの市にやってきたのもすべてこの色男を心から祝福するためであった。まず、祝いの品やら酒やらを買い集め、それから弟の家へと足を運んだ。久しく会わなかったのだから、訪ねていくのが楽しみである。
 歩いているうちにユリウスはまちの様子を怪しく思った。ひっそりしている。もうすでに日も落ちて、まちの暗いのは当たり前だが、けれども、なんだか、夜のせいばかりではなく、市全体がやけに寂しい。のんきなユリウスもだんだん不安になってきた。
 路であった若い衆をつかまえて、何があったのか、二年前にこの市に来たときは夜でも皆が歌を歌って、まちは賑やかであったはずだが、と質問した。若い衆は「またか」とつぶやいたきり首を振って答えなかった。しばらく歩いて老婆に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。老婆は答えなかった。ユリウスは両手で老婆のからだをゆすぶって質問を重ねた。老婆は、あたりをはばかる低声でわずか答えた。
「・・・市の紳士が殺されるのです」
「なぜ殺すのだ?」
「昨日、メロスという男が、王に反逆を試み、それに失敗したのでございます」
「なんと、王に謀反を働いたというのか」
「はい、王にあだなすは死。当然かのメロスには磔の命が下されました。ところが、かの者はその夜のうちに王の許しの下、悠々と市を出ていったのでございます」
「驚いた。王は自らに向けられた剣をも許すというのか」
「いいえ、そうではありませぬ。無粋にもかのメロスめは人質をたてるから、三日の猶予を与えよと王に持ちかけたのでございます」
「馬鹿な。逃がした小鳥はもう帰っては来ぬ。その人質とやらは無駄死にではないか」
「さよう。だがあの方は人を疑うと言うことを知らぬ純朴無欲な人柄。市の住民からの信頼もあつく、皆こうして一刻も早く市の紳士が解き放たれんことを祈っておる次第なのでございます。ああ、神よ。我らがセリヌンティウス様に憐憫の情を垂れたまえ・・・これではルキニア様が哀れでなりませぬ」
「呆れた男だ。生かして置けぬ!」
ユリウスは買い物を背負ったまま駆け出した。
「もし!旅の方!」
「もはや許せぬ!セリヌンティウスは、我が弟だ!」
そう叫ぶとユリウスは、風神のごとき勢いで王城へ走り去った。

以下、第二夜へ!  |行く!|