種族を越えた絆・・・

「お母さん!?あたしのお母さんなんでしょ?」
エルフの森にハーフエルフの悲痛な声が響いた。「お母さん」と言われた女性、ルーチェはかたくなに目を閉じている。
「・・あの子が君の娘かい、ルーチェ」
「・・・ええ・・・」
私はただただ彼らを見守る事しかできなかった。アルヴァニスタ王朝の紋章を持っていたとはいえど、ハーフエルフの彼女と仲間である彼らをこれ以上ここに留めておくことは出来ない。それがこのエルフの森の掟だ。
「・・・久しぶりに自分の娘に会ってみた感想はどうだい?」
私は皮肉っぽくルーチェに聞いてみる。彼女は涙をこらえたような声で答えた。
「・・・あんなに立派に成長して、うれしく思いました。・・・でも、でも、私は、もう・・・」
彼女はそれだけ言うと、黙って自分の宿屋に入ってしまった。それを合図にするようにみんなも自分の家に戻っていく。不意に空を見上げると、もう夕方になっていた。
私は何となく家に帰りたくなくなって、ふと目についたルーチェの宿屋に入ることにした。
「いらっしゃ・・・、あら、族長。どうされたんです?」
「いや、ちょっとね・・・。君なら大丈夫だと思って」
私はルーチェが持ってきた、炭酸抜きシャンパンのリンゴジュース割りを受け取りながら答えた。私の言葉にルーチェは驚いて、いったんカウンターに戻ると自分のリンゴジュース割りを持ってくると、私と向かい合いの形で座った。それを待ってから私は口を開く。
「・・・実は、私も人間を信じている者の1人なんだ」
「え・・・!?」
「昔、森を閉鎖しようってなった時にね、私はどうにも納得がいかなかったんだ。子供の頃人間に助けられた事があってね。それで、みんなが人間達の事を悪く言っていた時にみんなに抗議したんだ・・・」
そして、私は長くなるよ、と付け加えてから事を話し始めた。

「なぜみんなはそう思うんだ!?人間にもいい所はたくさんあるじゃないか!」
「族長はわからないのですか!?人間が我々にどんな事をしたのかぐらい判ってるでしょう!!」
「っ、それは・・・っ」
「やはりこの森を閉鎖すべきです!!」
「その通りだ!!」
「そうだそう・・・」
「わかった!!!」
森にりんと響く声・・・。それはエルフの長、ブラムバルドが他のエルフを制した声だった。しんと静まり返った森に次の瞬間、ブラムバルドの声が響いた。
「私が直接人間の町に行って人間の心理を確かめる!!」
「そんな!!やめて下さい、族長!」
「無茶です、族長!!」
様々な反対意見が飛び交う。だが、それを無視してブラムバルドはいったん自分の家に入った。そして、彼が家から出てきたとき、感嘆の声があがった。
彼は普段来ている服とは違った、暗い水色が基調の、旅人が来ているようなレザーローブを着て、麦わらでできたファインベレットを目深(まぶか)にかぶっていた。
「とめても無駄だ!私がいない間は何があってもここを出ない事!いいな?」
ブラムバルドはそう言い残すと、ほうきで飛び去ってしまった。残された物たちからは戸惑いとどよめきの声があがる。その中で苦々しい表情を浮かべた者がいた。
それはブラムバルドの父、シアーズ=ミレネーであった。

「・・・さて、ついたはいいが、何をしよう・・・」
アルヴァニスタの入り口で麦わらベレットをかぶった旅人がつぶやいた。当然、麦わらベレットの旅人とは、ブラムバルドのことである。
トレントの森からアルヴァニスタなど、ほうきに乗ってしまえばものの20〜30分で着いてしまうのだ。
とりあえずどこかに移動しようと考えて、彼が足を運んだときだった。
「おかぁさぁーん!!」
という、子供の悲痛な叫び声が聞こえた。ブラムバルドが声のした方に小走りに行ってみると、何十人ものヤジウマに囲まれ、ガラの悪そうな男たち4、5人にからまれている母子の姿があった。
「だからさぁ、カネだよ、カネ。ちょこぉぉっとカネさえ出してくれりゃぁ、このボーズを放すって」
「だったら、先にぼうやを帰してちょうだい!!その後でお金を払うわ!!」
「いや、先にカネだ!」
「いいえ、ぼうやよ!!」
「カネだ!!(怒)」
「ぼうやよ!!(怒)」
周りのヤジウマに聞いてみたところ、こんなやりとりが半年前から、買い物中の母子を狙って発生しているらしい。ブラムバルドも事の成り行きを見守ることにした。その時である。
「おいっ、てめーら!まぁた性懲りもなく買い物中の仲むつまじい親子ねらいの強盗してやがんのか!!」
向こうの道からアルヴァニスタ兵の格好をした青年が大声で言いながらやってきた。するとごろつきたちは一瞬にして顔色が変わった。ヤジウマからも、
「フェイが来たぞ!」
「あの子なら安心ね」
などという声があがる。フェイというらしい青年はヤジウマが自発的にあけた道を通ってごろつきたちの前に立ちはだかった。
「・・・ったく、てめーらよぉ・・・。確か7ヶ月前に投獄されそうになったとき、厳重注意で済むようにしてやったのは、どこの誰だっけぇ??!」
するとごろつきたちは態度をがらりと変えて、声をそろえて言った。
「へい、フェイの兄貴であります!!」
「その時、次にこんな事したらもう投獄決定だぞっつったものどこの誰だっけ??」
「へい、フェイの兄貴でありますぅっ!!(・・;;;)」
「・・・よし、投獄決定」
そう言うと、フェイは後ろで見ていた仲間たちに言ってごろつきたちを縛り上げた。仲間たちに先に行くように言うと、フェイはヤジウマに向かって説教をしだした。
「第一、みんなもみんなだ!!何で助けようとしなかったんだ!!特にそこの怪しい麦わら!!」
「は??!」
いきなり話をふられて、ブラムバルドは思わずたじろいだ。まぁ、普通なら誰だってそうであろう。そんなことお構いなしに青年はブラムバルドに向かってまくしたてる。
「旅のモンだったら大体「通りすがりに〜」とかって助けてくだろ?旅してるんだから護身術の一つや二つ修得してんだろっ!!」
なぜこの人間に、ここまで言われなければならないんだ!?、という気持ちを隠しつつブラムバルドは反撃に出た。
「・・・それはこちらの台詞だな。大体私は今この町に着いたばかりで、ここの地理もわからないのだし、第一ここの人間を私が助ける義理はない!」
さらにブラムバルドは、旅の者なら普通は助ける、という概念は間違っているとつけ加えた。これには、フェイも言葉に窮した。彼の気分と相反して、周りからはどっと笑いがおこった。
「こりゃぁいいや!!一本とられたなぁ、フェイ〜!」
「まったくだよ、あはは・・・。」
「・・フェイにぃちゃん、カッコ悪い・・・」
「うっ、うるせぇなぁ、気にすんな!!」
ブラムバルドは麦わらベレットの奥で思った。やはり人間との関係は見直すべきではないのかと・・・。
ブラムバルドが人知れず立ち去ろうとしたとき、フェイは大声で呼び止めた。
「ちょっと待て!!お前の名前何てゆーんだ!!?」
人々の注目がブラムバルドに集まる中、彼は振り返らずに言った。
「・・・魔術がろくに使えない、弓だけが取り柄のハーフエルフだ。名乗る名なんてない」
そう、ブラムバルドはここにくる前に武器屋からハンターアローをかっぱらっていたのだ。
「魔術の使えないハーフエルフかぁ・・・。珍しいなぁ・・・」
「普通は何らかの呪文所を読んでるはず何だけどねぇ・・・」
ブラムバルドの発言に、アルヴァニスタの市民はざわついた。ブラムバルドはこれを狙っていたのだ。魔術の使えない落ちこぼれハーフエルフ≠ニでも言えば、たとえ姿形(すがたかたち)がそっくりでも、誰もエルフの森の族長・ブラムバルド≠セとは思わないからだ。アルヴァニスタの住民たちは見事にそのだましに引っかかった。
「・・・・・・」
黙ってその場を立ち去ろうとしたブラムバルドの腕をがっ!とつかんだ者がいた。びっくりして彼が振り返り確認すると、その人物はフェイだった。
「ちょっと来い!!」
そう言ってフェイはブラムバルドを半ば強引に連れていく。周りの人間が驚いているのも無視して、フェイはある建物までブラムバルドを連れていった。そして腕を放すことなく階段を上っていく。階段を上りきったところで、ようやくフェイはブラムバルドの腕を放した。掴まれていた場所を押さえながらブラムバルドが抗議しようとすると、フェイががびっ!と指を指して言った。
「いいか。ここで俺が戻ってくるまで待ってろ、いーーーーな!!」
そう言ってフェイは階段を下りていった。ブラムバルドは彼を睨んだまま見送り、とりあえず矢づつと弓を置いて、そのそばに座った。そして思考を巡らせた。
(さて・・・。とりあえずどうしようか・・・。まぁ、今しなければならないことはどうやってあの少年に気づかれずにここを逃げ出せるかだな・・・)
そう思いながらブラムバルドは空を見上げた。すると、美しい夕日が他の建物に隠れることなく見えた。
(・・・そうか・・・。どこでも夕日は変わらず沈むのだな・・・)
いつの間にか、ブラムバルドは表情をほころばせていた・・・。

「・・・あぁ〜、まさか後処理にここまで戸惑うとは思ってもなかったなぁ〜・・・。あんのやろーども〜・・・って、おい!!?」
フェイは独り言を言いながら階段を上ってきて、驚いてしまった。ブラムバルドが寝転がっていたからだ。あわてて階段をかけ上ると彼は大声で、
「おいっ!!どうしたんだっ!!?まだ死ぬには早・・・って、何だ・・・」
フェイはブラムバルドのそばに来て拍子抜けした。ブラムバルドはただ寝ていただけだった。夕日を見ようと思って寝っ転がったら、そのまま眠ってしまったらしい。最近は寝不足気味だったからであろう。
「・・・・・・」
フェイはブラムバルドのそばに来てあぐらをかいて座った。そのとき、ブラムバルドは「うぅ・・・ん」という声とともに寝返りをうった。その時、フェイの目に飛び込んできた物はエルフ耳と、魔術を操る物が身につけている『魔力制御石』というイヤリングのようなピアスだった。
フェイは信じられないという感じにおそわれた。自分たちはだまされたのだ。そんな思いがフェイを支配しているとき、ちょうどいいタイミングというべきなのかどうなのか、ブラムバルドが一時(ひととき)のうたた寝から起きてしまった。
「・・・ん・・・、っ!!何でお前がここに・・・っ!!」
「そりゃあ、お前さんを連れてきた張本人だからなぁ、いてもおかしくないだろ?」
「そうじゃなくてだな、私はいつの間に戻ってきたんだ、と言いたいんだ!!」
「ついさっきだよ、どーでもいーんだけどさぁ、何で俺さけるようにして間合い広げるの?」
ブラムバルドは一応警戒して、間合いを広げつつ話をしているのだが、広げれば広げるほどフェイは間合いを詰めてくる。ブラムバルドはいよいよ精神的な余裕を失った。
「・・・私にかまうな!!」
そしてハンターアローをつかみ取ると、フェイにタックルをかけようとした。だが、フェイはブラムバルドの体をよけると、もう一度、さっきと同じ腕の箇所(かしょ)をつかんで、こう言った。
「・・・ほっとけるわけないだろ?なんか悲しい目をしてるしな、あんた・・・。人間だって、相談ぐれー乗れるだろ?」
その目は妙に偽善・・・というか慈悲・・・というか、その種の感情に満たされていたような気がした。だがブラムバルドは強引に腕を放すと、叫んだ。
「私にかまうなと言ってるんだ!!私は人間同士のなれ合いとか、そう言う物が一番嫌いだ!!」
そう言ってブラムバルドは階段を下りていってしまった。フェイはただ見ているだけしかできなかった・・・。

冒険者ギルド。ここはモーリア坑道へ入るための許可証発行所でもあるが、マスターの酒目当てとか、毎日交代でステージを行っている、歌姫「ヨーミ」、天才ピアニスト「サクラバ」のショー目当ての客が大半を占めている。ブラムバルドはここで一人、酒のグラスを傾けていた。
(・・・とりあえず宿屋はとった・・・。・・・明日になったら出発しないとな・・・。あの少年は私の一番苦手なタイプだ・・・)
青年と言うにはまだ少し少年(つーか美少女??!)のあどけなさを残しているブラムバルドが、一人で、しかも無防備状態で酒を飲んでいるのだ。そっち系の奴らは真っ先に目を向けた。
「なぁ、嬢ちゃん、俺たちにも酌してくんないかなぁ?俺たち、ヤローばっかで飲んでて寂しくてさぁ〜」
だが、ブラムバルドに声をかけたのがその男たちの運の尽きだった。ブラムバルドは静かに立ち上がると、酒瓶の口を男たちに向けて酒を浴びせ、こっそり低級炎系魔術を発動させた。
「だぁ〜〜〜〜っっ!!!なっ、何しやがんだ、この〜〜っ!!」
男たちは消火に必死になりながらブラムバルドに叫んだ。
「やかましいっっ!!」
ブラムバルドはその一声で男たちを一蹴した。
「私に声をかける貴様らが馬鹿者だったということだ!!男と女の区別がつくようになってからナンパするんだな!!」
声色から、不機嫌だということがありありとわかる。さらに目は少し充血気味であり、それがさらに迫力を増した。男たちは、昼間のフェイをおそれていた者たち同様、ちぢこまってしまった。すでに消火は済んでいた。それを確認したブラムバルドは代金が入った袋をカウンターに無言で置くと、さっさと出ていってしまった。ブラムバルドの怒声に圧倒されてか、しばらくはだれも物を口にしなかった・・・。

「はぁ・・・。やっぱり疲れてるな・・・私・・・」
ブラムバルドは少々重い足取りで宿屋に向かった。その途中、なにやら美しい笛の音が聞こえてきた。ブラムバルドはしばらく立ち止まって聞き入っていたが、しばらくして、誘われるように笛の音の方向に歩いていった。だが、吹いている人物を見てブラムバルドは建物の影に隠れた。
奏者は木に腰掛けているフェイだった。月の輝きを受け、琥珀色に輝くオカリナを吹いていた。ブラムバルドは黙ってその場を立ち去ろうとしたが、歩くときに小枝を踏んでしまった。それに気づいて、フェイは木の枝から地上に飛び降りた。
「奇遇だなぁ〜。また会ったな」
だがブラムバルドは何も答えない。答えたくもなかった。酒の酔いが回り始めてきたし、さっきギルドであんなに怒鳴ってきた直後だ。声を出す気力もない。ただ虚ろにオカリナを眺めていると、フェイがそれに気づいてこう言った。
「・・・あぁ、これか・・・。これな、死んだオヤジの形見なんだ。オヤジはよく俺の前でこのオカリナ吹いてたんだ・・・。オヤジが死んでから、何気なく練習したら吹けるようになってさ」
「・・・悲しくないのか・・・?」
かすれたような声で、ブラムバルドは質問を押し出した。
「ん?そりゃーなー、親父はうちの稼ぎ手だったし・・・。それに・・・」
言いかけてフェイは口をつぐんだ。「まぁいいじゃないか」というノリでブラムバルドの背中をばしばし叩くと、彼は再び木にジャンプ一回で登った。
「来いよ!お前も!!今ならただで俺のワンマンショーだぞ!!」
ブラムバルドはふらふらと誘われるように、木に登った。フェイが開けておいた場所にブラムバルドが腰掛けると、フェイはオカリナを吹き始めた。
月のように優しい音色だった。よく楽器は奏者の心が表れると言われている。ブラムバルドはそのことを知っていたからなおさら驚いた。
(人間を視察しに来たはずなのに・・・。いつの間にか私はこの人間に惹かれ始めている・・・)
そう感じたブラムバルドは、わざとフェイの方を見ないで、木の幹に視線を落としている。それを横目で見たフェイは演奏をやめた。
「・・・具合でも悪いか?」
「・・そうじゃない・・・。・・・何故お前は私に優しくする・・・?」
フェイはその質問にあっけにとられ、そして笑って言った。
「やだなぁ、『情けは人のためならず』って言葉通り、俺は人に優しく、自分に厳しく生きてるだけさ。・・・それがウチの生き方だ」
言葉の最後は消え入るような声だった。だが、ブラムバルドは聞き取ってしまった。
「・・・どういうことだ・・・?」
度重なる質問に、フェイは苦笑しながら言った。
「・・・ん〜、一言で言えるこっちゃないけど、・・・まぁ、オヤジの遺言だな・・・っと・・・。・・・寝ちまったか・・・」
いつの間にか、ブラムバルドはフェイの肩にもたれかかった格好で寝てしまっていた。だいぶ酒に酔っているのか、顔が赤い。フェイはオカリナからぶら下がっているひもを首に掛けて、ブラムバルドをお姫様だっこし、木を降りた。そして、宿屋に歩きながら、夜風に消え入るような声でつぶやいた。
「・・・言えるわけねーだろ・・・。俺んちが今のお前たちと同じ、迫害されてた家なんて・・・」

その夜以来、ブラムバルドは何故か精神的余裕を取り戻しつつある。やはり人見知りはしているものの、フェイとかなら何とか普通に話ができた。だが、やはりブラムバルドは自分の立場を考慮してか、滅多に人と話すことはなかった。しかし、この街に来て初めて夕日を見た、この建物の屋上はブラムバルドにとってこの街一番のお気に入りスポットになっている。そんなときに事件は起こった。それも二つ同時に・・・。まず、最初の事件は、ブラムバルドが寝ころびながらまったりと空を眺めているときに起こった。
「おーーーーい、なんか知らねーけどエルフが来てるぞーーーーーっ!!」
ブラムバルドは市民の声ではね起きた。そんなはずない・・・。そんなはずはないのだと思いつつ、彼は現場となっている、アルヴァニスタ広場に走った。
ブラムバルドは現場に着いて愕然とした。人間の男性から、エルフの女性を引き離そうとしている、数人のエルフがいたのだ。しかも、かなり激しい言い争いをしている。ブラムバルドは見つからないように、麦わら帽子を深くかぶった。その時、ヤジウマのおばさんがブラムバルドをめざとく見つけたモンだから、事態はやばい方向に発展し始めてしまった。
「ねぇ、アンタ、時々フェイ君とからんでるだろ。だったらあのエルフたち止めておくれよ!」
「そうだよ!何とかしてやってくれ!あんたハーフエルフなんだろ!?」
周りのヤジウマがおばさんと一緒になってブラムバルドの説得を始めたものだからいよいよタチが悪くなってきた。その時、警棒のような物を持って数人の兵士が鎮圧に来た。その中にフェイが混じっていたため、街の人々の注目は一気に兵士に集まった。
「やめとけって〜、エルフのおっさんたち!」
フェイはとりあえず、フレンドリーに説得を始めようとしたが、エルフたちは聞く耳持たなかった。
「やかましい!!全ては貴様ら人間が悪いのではないか!!おれたちは妹を取り返しに来ただけだ!」
「だったら何で結婚させたんだよっ!」
「妹が勝手に駆け落ちしたに過ぎない!!」
だんだん言い合いはヒートアップしてきてしまった。その時、エルフの一人がブラムバルドの存在を確認した。
「族長っ!!何やってるんですか、こんな人間と一緒になって!!」
「何っ!!?族長だって?」
ブラムバルドは一瞬ぎくりとした。言い当てられてしまった。だが、ブラムバルドの事を知らない街の人々はきょろきょろするだけだった。
「どこ?どこどこどこ??」
「ここにはハーフエルフは来てるけど、エルフなんて、あんたら以外いないよ!!」
「そのハーフエルフが我らが族長、ブラムバルド殿だ!!」
人々の目が一気にブラムバルドに集まった。ブラムバルドは観念して、とうとう正体を現すことにしようとした。その時、第二の事件が港で起こった。
「うわぁーーーーーーーーっっ!!誰かぁーーーーーーーっ!!」
「巨大クラーケンだぁーーーーーーっ!!」
港に強大ないかのモンスター、クラーケンがうちあがってきて、暴れているというのだ。その声を聞き、兵士が2〜3人城の中に入っていった。フェイはそのどさくさにまぎれ、ブラムバルドの腕を引っ張って港に連れていった。
「・・・どうして私を連れてきた?!」
「お前が純粋エルフで、強烈な魔力を持ってるって事もわかってた!だからクラーケンをやっつけるくらいの魔力はあると思ってな!!」
「・・・何故そのことを・・・」
「俺の血筋も特別なんだよ!エルフには適わないがな!!」
そんなことを話しているうちに二人は港に着いた。
「・・・これは大きいな・・・」
「・・・俺が説得してみる!!それでもダメならお前の魔術で焼きイカにしてくれ!」
「・・・焼きイカって・・・(汗)・・・って、説得ってどういうことだ!!?」
「そのままだ!!」
フェイはクラーケンの前に行くと、クラーケンに向かって念じた。すると、クラーケンの動きは一瞬止まったが、次の瞬間、フェイはイカの触手に捕まってしまった。
「フェイ!!・・・!?」
「っかぁ〜、あっぶなかったぁ〜!!」
ブラムバルドは声のした方を見た。するとフェイは空中に浮いているではないか。ブラムバルドは呆気にとられてしまった。
 「・・・な・・・」
「・・・これが、うちの特別な力の一つ、【テレポーテーション】に【サイコキネシスフライト】だ。ブラム、こいつは説得に応じる気がないらしいから、思い切りやっちまっていいぞ!!」
「なっ、私はお前に名前まで教えた覚えは・・・」
「それも俺の能力で見た!!さぁ、やっちまえ!!」
フェイが叫んだときだった。エルフがやっと追いついてきてグラムバルドの腕をがしっ、とつかんだ。
「族長!!これ以上人間の地にいては危険です!!こんな事人間に任せて俺たちは帰りましょう!!」
「そうですぞ!!人間など、都合のいい時にしか頼み事などしないのです!!特に我々には!」
エルフの男性たちが説得を続けるが、ブラムバルドは聞く耳持たない。逆にエルフたちの手すれすれに炎を呼び出した。エルフたちがあわてて手を引っ込めた隙にブラムバルドは急いで詠唱を始めた。
「黄泉に広がりし無の境地、闇の束となり彼の者(かのもの)を消し去れ・・・」
ブラムバルドの周りに闇が広がってきた。いつの間にか麦わら帽子は落ちていて、美しい蒼い髪にエルフ耳、エメラルド色の魔力制御石があらわになっている。そんなことお構いなしにブラムバルドは詠唱を続ける。エルフたちが彼を取り押さえようとしたが、彼の周りには魔力が広がっており、手を出すことができなかった。
「闇の魔王よ、今こそ彼の者を汝のモノとすべし時・・・、エクステンション!!」
呪文を唱え終わったブラムバルドの人差し指から一筋の黒い光がクラーケンに降りてくる。クラーケンはまともに魔術をくらい、闇に包まれて消え去った。一息ついているブラムバルドにフェイが近づいてきた。
「・・・やったな!!」
「・・・ああ!」
二人は互いの右手を打ち合った。下には王宮兵士や街の人々、さらには王宮魔術師数名が来ていた。するとエルフの中で一番歳をとった者がブラムバルドを(なんと)グーで殴った。人々からどよめきが起こった。だが、殴ったエルフはかまわず怒鳴りつけた。
「馬鹿者!!わざわざ人間の前で魔術を使うとは何事だ!しかもあんな禁呪文を使うとは!!お前はもう森からださんぞ!!」
「・・・ええ、そのつもりでわざわざあんな呪文を使ったんですよ、父さん」
人々から驚きの声があがった。当然であろう。族長の父親がここにいるのだ。驚く者はいない。そこに赤い髪の、白衣を来た宮廷魔術師が近づいてきて、ブラムバルドにこう訪ねた。
「・・・なら、何故クラーケンを消したのだ?」
「・・・誰だ?」
「・・・私はアルヴァニスタ王宮魔術師、ルーングロム。かねがねあなた方と話し合いの場を設けなければ、とは思っていたのだが、わざわざ族長殿自らここに来るとは思っていなかったものですから」
ブラムバルドは少しむっとした口調で言った。
「・・・お構いなく」
「あなたは私直属の部下、フェイ=スタートルンと仲が良くなったようですね。彼から聞きました」
ブラムバルドは驚いた。いろいろな意味で、説明の使用がなかった。彼自身、何に驚いているのかわからないからだ。
「スタートルン家の人間は代々ミッドガルドで暮らしていたそうですが、代々彼の家は強力な【超能力】と呼ばれる特殊能力があったらしいのです。彼の祖父の代までは上手く隠していけたそうですが、彼の父の代になってばれてしまったそうで、引っ越しせざるを得なくなったようです。その時、フェイは引っ越しまでの期間、今まで友人だったはずの人間に迫害され、彼の両親も周りの大人たちにいろいろ言われたそうです。彼らはここに来てからは、そんなことは言われなくなりました。なぜだかわかりますか?ここはエルフが一番近くにいる街・・・。そんな超能力程度でとやかく言われないですよ」
ルーングロムはフェイの生い立ちのすべてをあかした。ブラムバルドは視線をフェイに送ると、彼は下を向いて拳を握りしめて、黙って立ちつくしていた。だが、フェイは数秒の間の後、口を開いた。
「・・・だから、お前の本名を知ってたり、エルフだって事も知ってたり、・・・後、何でこの街に来たかって事も知ってたんだ。ブラムバルド=ミレネー・・・」
フェイは下を向いたまま苦しそうに言った。ブラムバルドはいたたまれなくなったが、周りの手前、族長としての顔を崩すわけにはいかなかった。
「・・・そうですね、私の目的はあなたにはばればれだったって事ですか・・・。やはり、人間はずるがしこく、浅はかな考えしか持っていないようですね・・・」
ブラムバルドのこの言葉に周りの者たちは一気に沸いた。人間やハーフエルフ、または人間を友好的に思っているエルフは反論を、その他のエルフは「よく言った!」というような歓喜の賛論だった。
ブラムバルドは下を向いて、表情を悟られないようにしながら言った。
「・・・エルフのみなさん、帰りましょうか・・・」
その声でエルフたちはみんなほうきを出して帰ろうとしたが、ルーングロムが呼び止めた。
「・・・ブラムバルド殿、もしまだあなたが人間に対して友好的な考えを持っているのなら、せめて人間に対する考えを変えてみるように他のエルフに言ってはくれないでしょうか・・・。人間はあなた方エルフが思っているより、ずっとフレンドリーな人たちが多いですから・・・」
ブラムバルドはそれを聞いて、無表情だったその顔を全く崩さないで言った。
「・・そうですね・・・。考えてみましょう・・・でも・・・」
ブラムバルドは、今度は悲しそうな微笑を浮かべて言う。
「・・・もう、無理だとは思いますけど、ね・・・」
そのままブラムバルドは前を向いて他のエルフたちとともにほうきに乗って帰っていった。その時、フェイが飛び上がってブラムバルドの前に行った。
「・・・なんですか」
「・・・そりゃ、確かにだましてたことは悪いとは思ったけど・・・。でも、お前だって俺にも何でアルヴァニスタにいたか話さなかっただろ。それで、両成敗じゃないのか?」
フェイは、真剣な目でまっすぐブラムバルドを見て言った。ブラムバルドはそれを、敵を見ているような目で言った。
「・・・それは、私たちエルフをあなた方人間が実験材料に仕立て上げようとしたからでしょう?」
「それは違う!!そんなことをしたのは一部の人間で、俺たちはそんなこと・・・」
「言い逃れするな!!」
ブラムバルドは、フェイをすごい剣幕で怒鳴った。フェイはたじろいだ。他のエルフたちもびっくりした。いつも穏やかな性格の彼がこんな風に怒鳴ることなかったからだ。彼の父である、シアーズも驚いてしまった。
「・・・これ以上私に口出しするな。さもないと、お前の存在をこの世界から抹消するぞ!!」
「・・・できるモンならやってみたら?」
エルフたちはブラムバルドとフェイの言い争いを固唾(かたず)をのんで見守っていた。ブラムバルドはふっ、と鼻で笑いながら皮肉を混ぜたような声色で言った。
「・・・できるわけないでしょ?私はあなたのような特殊なはみ出し者人類じゃないんだし」
「・・・っ!!」
どうやらブラムバルドはフェイを挑発してしまったようだ。フェイは怒った顔でブラムバルドに言った。
「・・・いいこと教えてやろうか、ブラム。あんたが幼少の頃、モンスターに襲われたときに助けた人間・・・。そいつの名前は『ルートヴィア=フィルナー』だろ?」
ブラムバルドはどきっとした。言い当てられてしまったからだ。だが、それは顔には出さず、淡々と言い返す。
「・・・何のことだ?」
「・・・しらばっくれるなよ、『ルートヴィア=フィルナー』に助けられたことがあるから、わざわざ反対を押し切ってアルヴァニスタに来たんだろ!?」
「うるさい!!」
ブラムバルドはつい無意識のうちに魔力を解放していた。そしてそれはダイレクトにフェイに当たってしまった。
「うっ、うわぁぁぁぁぁっっ!!(汗)」
フェイは全身傷だらけで、海に落ちていった。ブラムバルドは一瞬はっとしたが、他のエルフに促されて森に飛んでいった。その時、頭の仲に直接フェイの声が響いてきた。
『「ルートヴィア=フィルナー」はなぁ、俺の直結の先祖なんだよ!!それでも俺を欺いて(あざむいて)遠ざける気か?!』
「・・・うるさい・・・っ。お前は・・・何もわかってないくせに・・・っ」
ブラムバルドは泣いていた。フェイも、体の傷の痛みを押さえながら、海に浮かびながらエルフたちを見ていた。こうつぶやきながら・・・。
「・・・俺の体の痛みに比べりゃあ・・・。あいつの心の痛みの方がずっと・・・深いんだよな・・・」

・・・語り終えた頃にはすっかり日は暮れ、ルーチェが話の合間にろうそくを灯していた。私は一通り話し終えて一息つき、グラスを見た。シャンパンには、一口も手が着いていなかった。それを見て私は少し驚いた。
「それにしても、族長には、そんな過去があったんですか・・・」
「・・・君はローンヴァレイというところで暮らしてたらしいからね・・・。この森には人間と非友好的な者たちが多かったから・・・」
彼女は少し考え込んだ後、私にこう言った。
 「・・・でも・・・、やっぱり人間にもいい人はいると思うんです・・・。・・・考え直すことはできないんでしょうか・・・?」
「・・・さぁ、やっぱりこっち側の心の屈折が激しいからね・・・。どうにもできないんじゃないかな・・・」
私はグラスを握りしめながら言った。彼女は溜息をつきながら言った。
「・・・でも、話してくださってありがとうございます。これで、納得できました・・・」
私は、彼女がほほえんでいたのを見て少しだけ救われたような気がした。今まで心にためていた物を彼女に話したことで、晴らしたような気がしたから。
「・・・じゃ、もう遅いし、私は帰るよ。済まなかったね」
そう言って、私は宿屋から出た。後ろを見てみると、ルーチェが見送っている。私は軽く手を振って、その場を後にした。
家に向かって歩いているときに、不意にあのときのヤツのセリフが頭に浮かんできた。
 『「ルートヴィア=フィルナー」は俺の直結の先祖なんだよ!!』
私はいったん立ち止まると、大きく深呼吸した。そして、あることを決意し、私は再び家に向かった。

彼ら「クレス=アルベイン」たちがこの世界からダオスを追い払ったという噂を耳にしてから、私の行動は早かった。まず、人間に友好的感情を抱いている者たちを見つけだし、その者たちの結束を固めてから、人間を嫌悪している者たちの説得にかかった。
「目安箱??!」
「ええ。人間界では、そのような民衆全体の意見を聞くに実に便利な物があるという話で」
「なっ・・・。それまでも人間のマネか!!」
「だって、便利なんですもん」
私はしれっと言ってみた。すると、思い通りに年寄りエルフたちは怒りを露わにする。
「ふざけるな!俺たちは人間のまねごとでみんなの意見を集めるほど俺たちは落ちていない!」
「そうだ!!目安箱など無くとも・・・」
  ばんっっっ!!!
ばきばきばきばき・・・どすん!
「・・・やってみなきゃ・・・、わからないでしょう・・・?」
私は彼らのブーイングを妨げるために近くにあった木を拳で倒し、そのまま冷ややかに笑いながら言ってみた。すると、彼らは青ざめていた。
「・・・よろしいですね?目安箱」
「「「「・・・はい・・・」」」」
私は彼らの声を聞いてから出ていった。彼らのこそこそ話を小耳に挟みながら。
「・・・シアーズ殿。あなたは彼をあんな風に育てたのか・・・?」
「・・・いや・・・、普通に育てたのだが・・・。・・・何故あんな風に・・・」
悪かったな、と心の中でつぶやきつつ私はその場を後にした。

エルフの森に人間が入れるようにしてからすでに10年の月日がたった。
「いや〜、それにしても一昔前ならこんな事考えられなかったよなぁ・・・」
「ほんとだぜ、人間の俺とエルフのお前がこうやって普通に話してるんだからな・・・」
向こうで若いエルフと人間の青年が話しているのを見て、私もようやく肩の荷が一つ下りたような気がする。だが、まだ問題は山積みとなっている。
 そんなことを考えながら歩いていたとき、後ろから突然頭をこづかれた。私がびっくりして振り向くと、そこに一人の人間が立っていた。私よりも30pは背が高いだろう。だが、どこかで見た覚えがある。思い出せずにぼーっと立っていると、その人間はにっと笑ってこう言った。
「何だよ、もうど忘れか?お前老けたんじゃねぇのか?ブラムバルド」
その人間は、42歳になったフェイだった。あの時感情が高ぶったせいで暴走した魔力がつけた傷はまだ残っていた。だが、面影はある。私は呆気にとられ、何も言えなかった。だが、次の瞬間、こんな言葉が口をついて出た。
「・・・すまなかった・・・」
「・・・なっ・・・、何で謝んだよ・・・(汗)」
 何故謝ったのか、私自身も理由はよくわかっていない。だが、謝らずにはいられなかった。
「・・・何故って・・・、あの時のこと、怒ってはいないのか・・・?」
適当に理由づけて誤魔化そうとした。しかし、そんなこと通用しないのはわかっている。彼はしばらく黙ったままじっと私を見ていた。長い沈黙の後、フェイがようやく口を開いた。
「・・・お前は・・・。昔・・・、あの時は族長・・・先頭に立ってみんなを引っ張っていく立場になったばかりだから、・・・きっと、いらだってたんだよな・・・、いろいろな意味で・・・」
私は黙って聞き流す。向こうもきっとそれを承知だろう。だが、話し続けた。
「・・・俺は・・・さ、あの時、先頭に立つって言う苦労の重さがまだわかってなかった・・・。だけど、家族を持つようになって、自分の部隊も与えられて・・・。ようやくお前の抱えていたストレスってのが全部理解できるようになった・・・。・・・こっちの方が・・・、謝らなきゃいけないんじゃないかって、ときどき思うことがある・・・」
「なっ・・・、お前が謝る必要は・・・」
私が言いかけたとき、彼は私の頭をぽんぽんと叩いた。
「・・・ははっ、昔はちょっと見上げる形だったのに、今じゃ俺の方が見下ろしてんだもんな・・・。年月の流れって残酷だよな・・・」
「・・・・・・っ」
私は何も言えなかった。彼は私の頭から手を離すとさらに続けた。
「今日ここに来る前さ、ルーングロム様が俺を呼び止めて言ったんだよな。お前に謝っといてくれって」
「・・・なっ・・・」
「ルーングロム様もさ、なんかあの時のお前を見て、思う所があったらしくてさ。なんかそう言われたんだ」
「・・・・・・・・・・・・」
私はうつむいたまま苦い顔をしていた。するとフェイはおいおいというような顔で、
「・・・泣いてんのかぁ〜?やめとけって〜。お前の年齢で泣き落としはなぁ〜」
と言って来た。
「なっ!!誰が泣いてるんだ!!」
私は少々焦り気味に言った。その時、顔を上げてみると、フェイは笑っていた。
「・・・ほらな。お前はぐだぐだ悩んでるより、そうやって怒ったり笑ったりしてる方がいいんだよ」
彼はそう言ってきた。そして私の頭を再度ぽんぽん叩くと、後ろを向いて歩いていく。
私は何て言っていいのかわからなかったが、意を決すると、こう言いながら追いかけていった。
「あいにく、私はお前ほどガキじゃないんだよっ!!」
彼はびっくりしたような顔で振り向いたが、なにやら心得たような顔をして立ち止まり、ゆっくり歩く私を待っていた。
・・・どうやら、人間とエルフの仲はまんざらでもなくなってきたらしい・・・。

FIN


ちゅーばさまのサイトへ


もどる