葛藤は永遠に…


 私の名前はクラース・F・レスター。精霊召喚術の研究者だ。
 先の世界の危機には、頼もしい仲間達と共に、完成したての召喚術を引提げて参戦したものだ。
 そして魔王ダオスを打ち倒し、世界は平和を取り戻した。
 だが、自分の時代に戻った私の前に、更なる強敵が立ち塞がっている。
 未練がましく紅に輝いていた太陽も地平の彼方に顔を隠して暫し後。私は古めかしいテーブルについていた。二人きりで使うには、聊か大き過ぎる感のある、どっしりとしたテーブル。
 向かい合うのは、青い髪の女性…そう、幼馴染であり助手でもあるミラルドだ。
 頼り無く揺れる燭台の灯を見つめながら、私は人知れず戦っていた。
 今日こそ…言わなければならない。
 見えない重圧に、私の体は今にも押し潰されそうだ。
 さぁ…どうする。どう言えばいい。どうしたら…きちんと伝わるのか。
 ミラルドも私と同じ一点を見つめている。だが、同じ気持ちであるとは限らない。
 他人の心を読むことが出来ればどんなに良いことか。だが、無い物強請りをしても仕方が無い。
「ミラルド…」
 私は意を決して声をかけた。
 胸は不安に高鳴って張り裂けそうだ。
 対する彼女は、目線を私に向ける。
「何?」
 目が合って、私は金縛りに遭ったように動けなくなった。
 喉が張りついて上手く話せない。
 唇も乾いている。
 とりあえず…差し障りの無い話から。
「髪…伸びたか?」
「あなたは減ったんじゃない」
 ……………………………………………………
 いかん、ここで引いてはいけない。頑張れ私、負けるな私。
 でも涙が滲んでくるのは何故だろう。いや、解らないでいた方が幸せなのかもしれない。
 しばらく話題を探して、何気ない振りを装って、再び話しかけてみる。
「お前は…私が留守にする前から変わらないな……」
「あなたは老けたんじゃない」
 ……………………………………………………
 いかん、ここで引いてはいけない。頑張れ私、負けるな私。
 でも自爆したくなるのは何故だろう。いや、解らないでいた方が幸せなのかもしれない。
 言わなければ。今日こそ言わなければ。
 今日こそ…この偽り無き想いを伝えなければ。
 その為に頑張って来たのだろう。
 …気が遠くなる程永い時間に思えたが、実はそう経っていなかったのかもしれない。
 私は、重圧を何とか押し退け、立ち上がった。
 そしてテーブルに両手を付き、腰を折る。


「…すみませんでした」


 テーブルの上には、赤い字の書きつけられたノートが広がっている。


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