Show me the Wisdom of the world
Tell me the Seacret of the heart
And the sweet mysterise of Love
the voice of a man crying in the wilderness
荒野で呼ばわるものの声
◇◇1◇◇
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―――『運命』という言葉は信じない。出会いは『偶然』であっても『必然』ではないはずだから。何度振り返ってみても、運命だとは到底思えないけれど。貴方と出会った事を幸運だと思うのは、いつまでたっても変らない事実だよ――――。 「あっづ〜いぃぃぃ〜っ」 発掘現場のすぐ脇。砂漠に設営された作業用のテントの中で、丸椅子に腰掛け古ぼけた木の机に突っ伏してる人影が見える。今は風がなく、四隅を棒で支えた中心に大きな支柱を立て上から布を被せただけという簡素なテントの中は、かなり熱くなっていた。 弱音を吐いて机に突っ伏す人物は、現地の人が身につける風通しの良い服を着ているのだが、今に限って言えば風が無いので何とも言えない状況だ。湿気がないぶんだけ楽だが、熱いものは熱い。 「砂漠が熱いのは当たり前だろうがー。何をいまさら……。お前があんなに『砂漠の暑さを体験しながら発掘作業を手伝いたいー!』って言うから連れてきたってのに、バテててどうするんだよっ」 真正面に座り、出土した遺物にブラシを掛けていた男に頭を小突かれたその人物は情けない顔をして男を見上げた。 「ううう〜っ、師匠〜っ」 「いまさら泣き言いっても駄目だぞー。無駄だぞー。さぁ、手伝え」 そう言って、師匠と呼ばれた男は手元に置いてあったもう一つのブラシを、正面の人物にずいっと突き出してきた。気乗りしなさそうにそれを受け取ると、手近にある遺物を摘み上げ、これまたやる気がなさそうにブラシを掛ける。 「まほら〜…」 その様子を見ていた男は、机の上でだれている人物――まほらに鉄拳制裁を銜えた。 「だって〜っ!絵で記録する仕事なんか無いじゃないですかぁ〜っ!私の仕事をカメラが取ってるじゃないですかぁっ!!ブラシ掛けは私の仕事じゃない〜っ」 拳骨をくらった頭のてっぺんを押さえながら涙目でそういうと、またもやぐんにゃりと机の上に倒れ込んだ。まほらの前に座っている男はしばらく呆れた表情をしていたが、髭に覆われた顔を急に引き締めると、至極まじめな様子でまほらに問いかけた。 「…まほら。俺はお前の保護者兼師匠だ。お前は俺の弟子だ。弟子の定義は?」 「……弟子は師匠についてその専門の手ほどきを受ける人の事です…」 男はまほらの答えに満足げに肯く。 「その通り。ブラシ掛けは俺の専門。さぁ、がんばって学べ」 「ししょぉぉぉぉぉ〜っ!」 へ理屈なりに理屈の通った事を言うと、ブラシ掛けの作業を再開する。机の端にかじりついて、まほらは世にも哀れな声を上げた。 「……何じゃれてるんですか、二人とも」 冷静な声がまほらの背後から降ってきた。振り返ると、亜麻色の髪を結い上げ、すこしばかり神経質そうな女性がファイルを抱えて立っている。 「おう、アリシアナか。何かでたか?」 「特にこれといったものは。それよりもチーフ、ハニニさんがお見えです」 アリシアナの後ろにひっそりと立つ愛敬のある顔を認めると、オルデラインは嬉しそうに笑って立ち上がった。 「先シーズンぶりかー。元気だったか?ハニニ」 「ええ。オルデラインもお元気そうで」 少々オーバーなほど喜ぶオルデラインに少々閉口しつつも、ハニニもやはり嬉しそうな顔を見せる。オルデラインがテントの中へハニニを招き入れると、アリシアナは遺物を机の隅へよせ、邪魔にならない場所においてあったアラベスク模様のティーセットでお茶を注ぎはじめる。 ハニニ親子と知り合ったきっかけは今から40年ほど昔。当時16歳だったオルデラインは、砂漠へ無謀にも単独で突っ込んだ挙げ句遭難し、冗談ではなく干物になりかけた事に端を発する。用事があってたまたまそこを通りかかったハニニの父親・シャーザに、寸での所で助けてもらい事無きを得たのだが、その縁以来砂漠に来る度、知恵を借りたり宿の提供やらとあれこれと厄介になっているのだ。最近は以前ほど迷惑を掛けなくなったとは言え、快く手を貸してくれている。脱水症状から何とか回復したオルデラインの無鉄砲さに呆れつつも「遺跡を見に行くのなら、ワシが案内してやろう」と言って笑ったシャーザの笑顔を、オルデラインは忘れた事はない。82歳になった今でもかくしゃくとしているが、ハニニに家長を譲ってからはあまり家の外は出歩かず、オルデラインが自分の家へ尋ねてくるのをどーんと構えて待っている。 テントの中へ入り椅子に腰を落ち着けたハニニは、でれ〜んと伸び切ったまほらの姿を見て苦笑した。むかし良く見た光景だ。 「オルデラインも砂漠へ来始めた頃は、こんなふうに伸びてましたっけねー」 その言葉に、まほらの深緑をした眼が邪悪にキラリと光る。後に続いた「オルデラインのお弟子さんですか?」という台詞は、まほらが作り出した黒い渦の中へ飲み込まれてしまった。自分の左隣で『ふふふ…』と邪悪に笑うまほらと、そこから作られる黒い渦に気づかないハニニは、「そうだ」と答えたオルデラインの慌てた様子に不思議そうな顔をした。だが、「気にしなくても大丈夫ですよ」というアリシアナの言葉に促されて不思議そうな表情を崩さずにお茶を手に取る。 「今シーズンは何だか大変なようですね」 ソーサにカップを戻しながら、ハニニはちらりとテントの外へ視線を投げた。遺跡を隔てた500mほど先には、ガルボグの一個中隊が陣を張っている。改めて視線をオルデラインに戻すと「何処を案内しましょう?」と問いかけた。 「あぁ。今回は衛星写真が撮れたから、場所の特定は簡単に出来たんだが、丁度流砂の多い区域に入り込んじまってるんだなー、そこが…」 ワンクッション置いて冷静さを取り戻したオルデラインは、そう言いながら隅の方で乱雑に積み上げてあった紙の山から何枚かの写真を引っ張り出すと、それらを机の上に広げる。 今回、人工衛星などという代物を使えたのは、この発掘作業が国からの依頼である事が大きい。特に軍が乗り気な『機神発掘』。オルデラインは通常行っている古皇国末期の遺跡発掘の片手間にそれをやるつもりだったが、機神発掘を推進させたい軍は痺れを切らして金魚の糞よろしくこの砂漠へやってきている。エベトとガルボグが冷戦状態に陥って早30年。双方はいまだに軍事力の強化を図っている。最初の頃はいつ攻めてくるかわからない相手よりも、少しでも強くみせられるように。今はただ惰性のように図られる軍事力の強化。飽きないなー、とは思うものの、軍がすぐ間近でつぶさに行動を観察している以上『片手間』という訳にもいかず、機神の埋まっていそうな場所を調査しなくてはいけなくなったのだ。 「…これは『死者の庭』の近くですねー」 衛星写真には丘らしきでこぼこと、枯れ河が結構な大きさで写っている。写真の印と自分の記憶を照らし合わせ、ハニニは顎に手をやったまま小さく呟いた。 『死者の庭』という縁起でもない名前をつけられた小高い丘の周りには、所々流砂が流れていた。この場所は今から500年ほど前に起こった『百年戦争』初期の激戦地で、首を探して歩く騎士を見たとか鬼火が飛んでいたとか、怪談話に事欠かない。ついでに言えば、百年戦争が終結した際に機神が自らこの地へやって来て眠りについた、という言い伝えもある。おおっぴらに伝わっている所を脈ありと見るか、デマだと見るかは意見の別れる所だ。 幽霊が出るという噂を聞きつけて、見物客が外から一時どぉっと押し寄せてきたが、流砂が危険な事とわざわざ墓場で騒ぐような真似はして欲しくない為、現在は立ち入り禁止の札が立てられている。 「軽く調べるなら今から行った方が良いでしょう。日が暮れてしまうと厄介ですから……」 ここから結構距離がありますし、というハニニの言葉にオルデラインは、まほらから衛星写真を取り上げると頷いた。 「そうだな、今日の所は俺がいなくても大丈夫そうだしな。下見に行ってみるか」 すでに危険区域に立ち入る為の許可は取ってあるので、いつでも行く事は可能だ。移動時間を考えるとハニニの言う通り、今から出た方がよさそうであった。 「師匠、これから行くんですか?」 さっきまでの伸び具合は何処へやら。やたらとすっきりした顔でまほらが聞いてくる。きらきらと期待に満ちた目はしきりに何かを訴えていた。 「車で行くんでしょう?師匠、車の運転できませんよね、運転手はいりません?」 「運転ならハニニに頼むからいいぞ」 「じゃ、じゃぁ資材運びの人員はいりませんか?」 「そんな大きいものは持っていかないからいらないぞ。第一筋肉のないお前が荷物運びなんて出来る訳ないだろう?」 「ししょお〜っ、私も行きたいですよ〜ぅっ!」 オルデラインのにべも無い応答に、まほらは小さな子供のようにがたがたと椅子を揺らす。その姿を見て思わずハニニは吹き出してしまった。 「まほらも連れていったらどうでしょうか、チーフ」 助け船は意外な所から出された。今まで黙って事の成り行きを見ていたアリシアナだが、ふと思い付いたようにそう言った。まさかアリシアナからそういう言葉が飛び出てくるとは思わず、まほらもオルデラインも驚いた顔をする。 「そろそろ大尉がお出でになる頃です。まほらと大尉がぶつかると、ろくな事がありませんから」 アリシアナの歯に衣着せぬ物言いに小太りな中隊長の顔を思い出して、まほらは心底嫌そうな顔をした。オルデラインは難しい顔をして額を掻く。 まほらと遺跡のすぐ側に陣を張るガルボグの中隊長、シザ・ウィーラン大尉との相性はすこぶる悪い。そのため顔を合わせる度、一騒動が起きてしまうのだ。ならばなるべく顔を合わせないようにした方が賢明なのだが、彼は一日に一度、発掘状況を聞きにオルデラインの元を尋ねてくる。腕時計を見ればそろそろその時間だ。報告しろ、と呼び立てるような事をしない分だけ物分かりのいい人物と言えるのだが、一般人となじみの薄い軍人ということで何やらあらぬ反感を買っている。 くそ熱くて娯楽など何もないこの砂漠で兵士の士気を下げずに駐屯させている所を見る限り、軍人としてはなかなかの力量を持っているのだろうが、まほらにとっては小憎たらしいちょび髭おやじでしかない。強いものに対して並々ならぬ反発心を起こすまほらにとって、権力や軍隊などは最大の敵である。ついさっきまでごねていたのも、張りきって砂漠にやってきたものの仕事はなく、おまけにそばに軍隊がいる、というフラストレーションの溜まる現状があったからだと言って良い。しかも今回の『機神発掘』はほぼ強制的に引き受けさせられた仕事だったというのも、まほらの不機嫌さに拍車をかけていた。 まだむくれているまほらをちらりと見やると、しょうがない、といった風にオルデラインはため息を一つ吐いた。 「まほら、仕度をしてこい」 と、どこか投げやりな調子で手を振る。 「はい〜っ!」 表情をぱっと輝かせて、まほらは元気良く返事をする。椅子を蹴倒す勢いで飛び降りると、自分の荷物が置いてある建物へ一目散に駆けてゆく。 「随分と苦労しているみたいですね」 オルデラインとまほらのやり取りを見てまだ笑いの止まらないハニニは、目尻に涙を浮かべながら感想を述べる。それを聞いて眉間のしわを深くしたオルデラインは、もう一度大きくため息をついた。案を提供したアリシアナは素知らぬ顔でティーセットを片づけていた。ばたばたと騒がしい足音を立てて、大きな鞄を抱えたまほらが駆け戻ってくる。その間約二分。 「準備できましたっ。さぁ、いきましょうっ!」 「………現金な奴だな、お前…」 上から下まで現地の人と変らない、砂漠に適した格好をしてにこにこと笑うまほらを見ると、オルデラインはげんなりとした表情で呟く。 「そろそろ出た方がよろしいのでは?」 ティーセットを片づけ終ったアリシアナは、発掘現場へ戻る為机の上を整理し始めている。言外に「早く行かないと大尉殿がやってきますよ」と告げていた。 「おしっ、行くかっ。大体必要なものは車に積んであるから、さくさく行くぞー」 「いってらっしゃい、お気をつけて」とアリシアナの声に見送られて三人はテントの外へ出た。日陰から陽の下へ出た途端、太陽の光は目を射るように容赦なく差し込んでくる。オルデラインとハニニは近況報告をしながらまほらの少し先を車に向かっていた。 話の合間に前方に視線を向けると、車の置いてある方向から人が近づいてくるのが見える。それに気づいたオルデラインとハニニは足を止めた。雲一つ浮かんでいない紺碧の空を眺めながらぼんやりと歩いていたまほらは、前の二人が立ち止まった事に気づかず、鼻から師匠の背にぶつかってしまった。 「…ったぁ。…師匠?」 鼻を押さえながら二人の隙間から前を覗き込むと、軍服を来た男が二人、こちらに向かってやってくる。妙に高低さがある二人だ。時計を引っ張り出すと中隊長が報告を求めにやってくる時刻になっていた。 「ギユ教授、どちらへいかれるのかな?」 「これから候補地を軽く現地調査しに行く所ですよ、中隊長殿」 背の低い方の人物――中隊長としてはやや歳のいったシザ・ウィーラン大尉がオルデラインに声を掛ける。 「ほう、とうとう本腰を入れてくださる訳ですな」 少しばかり刺のある言葉にオルデラインは、はっはっは、と幾分乾いた笑いで答えを返した。 「そう言えば、おたくの金魚の糞はどうしましたかな?今日は姿が見えませんが?」 声を聞くのも嫌だ、という風に耳をふさぎ、後ろ向きでオルデラインの背後にしゃがみ込んでいたまほらが、その言葉にぴくりと反応する。 「……どっちが金魚の糞だよ。戦争でもないのにわざわざ砂漠くんだりまで出てきて、給料をもらうなんてご苦労なこった」 明後日の方向に視線をやりつつ耳をふさいだまま、仏頂面をしたまほらは呟く。その言葉は中隊長に届いたらしく、髭が微妙にうごめいた。 「ウィーラン大尉、候補地の調査が終ってから報告を伺った方がよろしいのではありませんか?」 大尉の隣に直立不動で立っていた人物が、不穏な空気を感じ取って意見を述べる。背の高いその人物は、この熱い中、何とも怪しげで暑苦しい仮面を付けている。軍人であるということを差し引いても、奇怪すぎてまほらは苦手だ。理由は分からないが、終始仮面を外さないこの人物は、アブ・ダウド中尉といい、シザ・ウィーラン大尉の副官である。 「うむ、そうだな、帰ってきてからの方が良かろう。がんばってくれたまえ」 気を逸らされた形だったが、中隊長は髭をちょいちょいと直し、オルデラインの肩をばんばんと叩くと踵を返して陣の方へ戻っていく。ダウド中尉は小さく会釈をして大尉の後に続いて去っていった。 「……戻り方だけ軍人くさいや」 まほらはその踵の返し方を見て、オルデラインの陰に隠れたままあかんべをする。オルデラインは、まほらをじろりと睨んだ。 「だから、お前はどーしてそう喧嘩を買うんだよっ!」 二人の軍人の姿が見えなくなると、オルデラインは脇にあったまほらの頭をヘッドロックして容赦なく、ぐいぐいと締め上げる。 「今日は一生懸命耳ふさいで、無視しようとがんばったじゃないですか〜っ!」 「無視するならずっとし続けろっ!これ以上、俺の頭痛の種をふやすなっ!」 苦しげに手をばたばたさせて何とか逃れようとするが、中年太りで幾分脂肪はついても筋肉質なオルデラインの腕は中々外れない。 「大人のくせに子供相手にムキになってるのはあっちです〜っ!」 「でかいなりして何をいうかっ!子供だっていうなら、もっと可愛らしい行動をとれっ!」 「……そろそろ出発しないと、陽が落ちる前に帰ってこれなくなりますよー」 師弟の派手なスキンシップをにこやかな表情で見ていたハニニは二人に声を掛けた。その言葉にコブラツイストをかけようとしていたオルデラインは、ハニニの姿にはじめて気づいたように顔を上げた。 「いや、すまん」 まほらの首から手を放し、少し恥ずかしそうに頭を掻くオルデライン。まほらは膝に手をついてけへけへと咳をしている。すっかり忘れ去られていても、ハニニは気を悪くした様子はない。 「師匠、やりすぎですよー…」 こほっ、と小さくもう一度咳をして、まほらは恨めしそうにオルデラインを見やった。 「いつもこんなふうに師弟漫才をしてるんですか?」 にこにこしながらそう問うハニニに、オルデラインとまほらは、あははは、と脱力したように笑う事しか出来なかった。 |
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19990922.
長くなりすぎじゃい(;_;)