…あの子達が帰ってきた…。 待ち焦がれるあまりに私の心が見せる幻でも、夢と現の狭間に住む 妖精達の悪戯でもない、これははっきりとした確信。 私は、まだうとうとと眠っている“私”を無理矢理現の世界へ 引き戻しにかかる。 …早く、早く。急いで、急いで…! ほら。向こうからだんだんと声が近付いて来る。 あの子達が戻ってくる前に支度をしなくては。 早くしないと間に合わなくなってしまうよ。 …永い、永い間待ち続けた瞬間がやってきたのだから…。 「あ、ほら。まだあったぜ!」 星矢がへええと大袈裟に感心しながら指をさす。 遠くからでも、家の白い壁が闇にぼうっと浮き出ている。 氷河は氷河で、一見冷めたような声で星矢に調子を合わせて言う。 「ないと困るぞ。もしそうなったら、 俺達五人で路頭に迷う事になるからな。」 「…うーん。のら聖闘士かぁ。 どう転んでもあまりサマにはならないよなあ。」 くるんっと大きな瞳を回して星矢が腕組みをする。 「もう!星矢、氷河!僕達約束したんだからね。 必ず戻って来るって!」 珍しく怒った瞬に、名を呼ばれた二人は反射的に首をすくめる。 まるで母に怒られた子供の様に。 「まあ、そう怒るな瞬。星矢もふざけ過ぎだぞ。」 紫龍が苦笑しながら星矢達を軽くたしなめ、憤慨する瞬を なだめるように言う。 「やっと帰って来れたのにそんな顔をしてると、せっかく 待ってくれていた家もがっかりするんじゃないか?」 諭すような紫龍の口調に、瞬もふうっと息を吐き肩の力を抜くと 軽く微笑み返す。 「そうだね。紫龍の言う通りだ。」 「そうと決まったら早く行こうぜっ!なっ。なっ。」 やっと機嫌を直した瞬に、すかさず星矢が言う。 が、足はすでに走り出している。 星矢の変わり身の早さには、さすがの紫龍も黙るしかなかった。 …ああ。大きくなったんだね。愛しい子達…。 だけど、決して見間違えたりしない。私が愛した者達なのだから。 「あいかわらず埃ぽいな。」 「仕方ないよ。永い間ほっておかれたんだから。」 「でも、こんなに小さかったけ?」 「逆だ、星矢。俺達が大きくなったんだ。」 それぞれいろんな事を言いながら、家の中に一歩入ったとたん…。 「な、なんだっ!」 星矢が仰天して叫ぶ。突然家中の灯りがいっせいに付き始めたからだ。 いや、灯りだけではなかった。 椅子が、テーブルが、皿もカーテンも燭台も、調子を合わせるように かたかたと音をたてる。 「聞こえるか?」 「ああ…!これは、あの家か…。」 家がおうおうと全身で喜び騒ぐのが聞こえる。 幼かった頃にも感じはしたが、よく解らなかったこの声は…。 …オカエリ…オカエリ…愛シイ子…。 瞬はにっこりと微笑みながら、まるで抱き締めようとするかのように 家に向かって大きく両手を広げて言った。 「ただいまぁー!」 そして…その呼びかけに家も応える。 まるで潮が引くかのように静けさがもどってくる。 やがて…ゆっくりと、そうゆっくりと彼らを包み込むように、 低く優しい唄が家の中に満ちていく。 ら… ら… る… ら… るら… る… ら… る… ら… らら… る… ら… 「兄さん!?」 はっと瞬が顔を上げるなり、戸口の方に向かって走り出す。 かすかだが、一輝の小宇宙が感じられた。 「ちぇっ。一輝の奴、いっつもおいしいところだけ後から来てさ、 ちゃっかりさらっていくんだよな。ほんとずるい奴だぜ。」 星矢が下手なウィンクを残った二人にしてみせる。 「まったくだ。その上ああいう奴に限って長生きするんだぞ。」 氷河が両腕を腰にあて、むすっとした声で答える。 「まあ、いいじゃないか。それより茶でもいれてやろうか? これで全員約束を守った事になるしな。」 紫龍は、静かに微笑みながら引き寄せた椅子に腰掛けた。 …やがて新しい生活が始まるだろう。 温かい人達と、優しい家とで…。 …この家はかつてさみしかった…。 *END* |
「帰ってくる」と宣言したのなら、その話が必要かと。 やっぱり、世の中バランスが大事ということで。 ただ、こんな手入れもしてないような家が、はたして 屋敷内にあるのか、とかは考えないように。 はっきりいえば、お化け屋敷だよね。これ。 |